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スリル

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1

七月の海は、爽やかな風が吹いていた。

鮮やかなグリーンの水着。健康的な肌が午前の太陽に照らされている。砂浜に敷物を敷き、うつ伏せに寝る19歳の美少女。

男たちの視線が気になる。ちょっぴり怖いのがたまらない。お気に入りの時間。

純粋に水泳に来ている者ばかりではない。ナンパにも二通りある。本気で出会いを探しているタイプと、今夜の獲物を探している狼たちである。

純は、セクシーな身のこなしで仰向けになった。

彼女の魅力的な水着姿がもろに目立ってしまう。

美しい表情。見事な健康美。鍛え抜かれた体が、眩しく光る。

男たちがやって来た。しかし狼という感じではない。彼女は一瞬目を開けて確認した。5人。不良っぽくはない。

「彼女」

「え?」純は慌てたように上体をやや起こした。

「一人?」

5人の男たちに囲まれて、明らかに怯えた表情を見せる純。唇を噛み、皆を見てから、怖々答えた。

「はい」

「俺たちと遊ばね?」

口々に聞いてくる。慌てた様子の純は、小首をかしげながら眩しそうな目をした。肩まで届かない、やや染めた髪。

「遊ぶって、どういうことですか?」

「バカ大丈夫だよ。変なとこには連れてかねえよ。食事したり、喋るだけだから」

警戒心丸出しの純は、小声で答えた。

「あ、すいません、結構です」

「結構ってことは、OKってこと?」男たちはしつこい。

「いえ、お断りします」控えめな言葉とは裏腹に、気が強そうな顔に挑発的な美ボディ。

「断れると思う、お姉さん」

男たちは、いきなり純の両手両足を押さえつけた。純は焦った顔で目を見開いた。

「ちょっと、何するんですか、放してください!」

 


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2

男たちは危ない笑顔で脚やおなかを触ってきた。純は目を丸くする。

「ちょっと、何触ってるんですか、やめてください!」

「うるさいよ」

純の抗議を無視して触りまくる男たちに、純は怒った。

「だれが触っていいって言った? 大きい声出しますよ」

「大きい声出したら真っ裸にするよ」

純は怯んだのか、一瞬黙る。そんなことされたら、たまらない。

「彼女、生意気な態度取るなら水着上下とも取って逃げちゃうよ」

「わかった、やめて」

言うしかなかった。手足を押さえつけられた状態でビキニを剥がされたら、女の子はアウトだ。

「赤っ恥かかせてあげようか?」

「やめて、わかったから」

慌てる純の姿を見ていた男たちは、勝手にサディスティックな欲望を刺激され、興奮してしまった。

もしも水着を取られて逃げられてしまったら、全裸で置き去りにされた女の子はかなり困ることになる。そんなことを想像して、男たちは完全にエキサイトした。

「彼女、水着取って逃げるよ。いい?」

「ダメに決まってるでしょ、ちょっと手離して!」

無抵抗の状態では危険過ぎる。純は本気でもがいた。

「離してください」

「裸で放置は困る?」

「困ります」純は赤面しながら即答した。

「かわいい。じゃあ、何でも言うこと聞くか?」

彼女は確認するように聞いた。

「もしも言うこと聞かないと、水着を取って逃げる気ですか?」

「そうだよ。嫌なら言うこと聞きな」

純は唇を結び、男たちをながめると、言った。

「わかった。言うこと聞くから離して」


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3

女の子が観念したと思い、男たちは手を離して彼女を立たせた。

「さあ、どこ行く?」

「どこも行かないよ」純は涼しい顔で言った。

「そういう生意気なこと言うと・・・」

「何だって言うんだバッキャロー!」

純は男の首筋めがけて右ハイキック!

「あああ!」

危ない倒れ方をした。一瞬にして大注目だ。

「テメー何してんだこのガキ!」

突進する男に右フロントキックから右サイドキック!

前から来る男の腕を掴むと同時に、バックキックで別の男を吹っ飛ばす。そして腕を捻って倒すと腕固め。

「イタタタタタタ・・・」

4人目。純の顔を蹴り上げようとする男のキックを軽く交わすと、突進しながら飛び膝蹴り!

「だあああ!」

逃げようとする最後の一人の髪を掴むと、純は怒りの表情で凄んだ。

「おい、あたしがか弱い女だったら悪さしようとしたのか?」

「違う違う違う、俺たち口だけだから、そんな恥かかせたり悪いことしないから」

「本当か?」

「本当です、信じてください」

純は髪を離し、屈む男の背中に軽く右ミドルキックを見舞う。

「痛ッ」

「今度脅迫めいたことしてたら容赦しないからな」

怖い目で睨むと、純は自分の荷物を持ってその場を去った。大勢の海水浴客が呆然と純を見ていた。

(5対1でも勝てたかあ・・・)

でも男は相手が女だと油断する。強い女とわかって警戒しながら構えた男5人とは違う。純はそんなことを考えながら、砂浜を歩いていった。

 

 

 


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4

古い2階建ての一軒家。家の駐車場に車を止めると、男が一人、ゆっくり下りてきた。

グレーのスーツに白いワイシャツ。ノーネクタイ。精悍な顔。日が眩しいのか渋い顔をすると、鍵を差してドアを開けた。

殺風景な事務所だ。

中に入ると、ソファにどっかりとすわり、エアコンのスイッチを入れた。

菅葦探偵事務所を経営している探偵・菅葦友斗である。

過去も私生活もよほど親しい人間にしか話さないから、詳細はわからないが、年齢は46歳。独身。結婚歴はない。

「なぜ結婚しないの?」と聞くと、「なぜ結婚したんだ?」と聞き返すから、そのうちだれからも聞かれなくなった。

鍛え抜かれた肉体。180センチの長身。虎豹を思わせる闘争心溢れる風貌。

モテない男という感じには見えないが、どうやら仕事が危険過ぎるのが、独身の理由らしい。

事務所の電話が鳴る。菅葦は面倒くさそうな顔をして受話器を取った。

「はい」

『俺だよ』

「詐欺か?」

『冗談はいい。厄介な事件を担当した。きょう会えるか?』

菅葦は一瞬ためらうと、答えた。

「構わんが、受けるかどうかは、中身を聞いてからだ」

菅葦はハスキーでドスのきいた声。力強くゆっくり喋る。かなり個性的な声なので、名前を名乗らなくてもすぐにわかる声だ。

「場所はここでいいか?」

『ああ』

「・・・警部」

『何だ?』

「危ない話か?」

『ハハハ。安全な話なら、君に頼らないよ』


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5

大林警部は、車で菅葦の事務所に来た。紺のスーツを着ている。

ソファにすわり、菅葦と向かい合うと、テーブルにコンビニの袋を置いた。

「菅葦君。助手は雇わんのか?」

「足手まといになるだけだ」

大林は50歳。年齢は菅葦よりも4つ上だがほぼ同期だ。しかし役職は大林のほうが上だった。菅葦のように反骨精神が旺盛過ぎると、警察に限らず、どんな組織でも役職は上がらないものだ。

自分に逆らう人間を推薦する上司というのは、そういるものではない。

「どうせお茶を入れるのも面倒くさがると思って、コーヒーを買ってきたよ」

大林は冷えた缶コーヒーを2本テーブルの上に出した。菅葦は渋い顔で缶を手にすると、文句を言った。

「ホットじゃないのか?」

「きょうは暑いじゃないか」

「俺は夏でもホットだ」

「贅沢言いなさんな」

大林はコーヒーをひと口飲むと、早速話を始めた。

「簡単に言えば形を変えた売春事件だが、立証が難しいケースだ」

「・・・・・・」

「まずインターネットを使って、パソコンや携帯電話に、ダイレクトにメールを送る。そこで格闘技に自信がある女子を広く募集する」

「格闘技?」菅葦が少し関心を示した。

「ああ。まあ、悪の一味だ。そういう名簿くらい持っているだろ。無差別に撒くんじゃなく、柔道や空手をやっている二十歳前後の女子にメールを送信する」

菅葦は仕方なさそうに冷たいコーヒーを開けて飲んだ。

「見知らぬ者からのメールなんて開かずに即ゴミ箱行きにしてくれれば安全なんだが、セキュリティ意識が低いのか、簡単に開いて見てしまうんだな」

大林の嘆きに、菅葦は顔をしかめただけで、話の続きを聞きたがっていた。

「引き込むタイトルをつけるんだ。男を3人倒したら100万円の賞金とかな」


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6

大林は、臨場感たっぷりに、菅葦に詳細を説明した。

履歴書を送らせ、次に面接。そこでルックスのいい格闘女子を選び、いざ本番。柔道着や空手着に着替えて、道場へ行く。

1対1の試合で男と戦う。3人勝ち抜けば賞金100万円。試合は総合格闘技。打撃、投げ、関節技もOKの、いわゆる何でもありルールだ。問題は、女子が負けた場合、何でも言うことを聞く。

そこまで説明を聞くと、菅葦が口を開いた。

「何でも言うことを聞く?」

「かわいい女の子だ。察しはつくだろう」

菅葦は厳しい表情で想像した。

「・・・・・・」

長い黒髪の美少女。空手着を着て男と相対する。

「おりゃあ!」

腹への左中断蹴り一発で男を倒す。KO勝ちだ。次の男が出て来る。いきなりタックル。倒された。彼女は必死に逃れようとするが、素早くアキレス腱固めが入ってしまう。

「アタタタタタ・・・ちょっと待って」

真っ赤な顔で技を解こうとするが無理だ。彼女は武人の情けを期待して男を見つめる。

「待って、待ってください」

男はもとより許す気などない。彼女はたまらずタップアウト。レフェリーが逃げ道をつくれないように確認する。

「降参か?」

「外して」

「降参か?」

「わかった、降参、降参!」

すると、男たちが大勢集まって来た。柔道着を来た男たちに囲まれた彼女は、両手を出して叫ぶ。

「ちょっと待ってください! ちょっと待ってもらえますか?」

「裸だあ!」

「オオオオオオオ!」

「待って! やめて! きゃあああああ!」

「・・・・・・」

菅葦は、やや表情を動かしたが、大林を見た。

「なぜ犯罪を立証できないんだ?」

「その辺の道端を歩いているお嬢さんを連れ去るわけじゃない。本人は負けたら好きにされることに同意しているんだ。絶対勝つから関係ないと」

「・・・ふう」

「しかもそれは裏Vとして撮影されている。被害者も脅されているんだろう。訴える子がいない。まあ、自分にも否があるからな」

大林はコーヒーを飲みほすと、怖い顔で言った。

「でも女を食いもんにして金を稼いでいるのは事実だ。放ってはおけん」

 


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7

菅葦もコーヒーを飲みほした。

「よく調べたな、警部」

「問題は作戦だ。一網打尽にしたい。いちばん最良な方法は、現行犯だ。俺たちは囮捜査以外の方法をあれこれ考えたんだが、なかなか浮かばない」

「・・・囮捜査はダメなのか?」

「おいおい」大林は笑った。「警察は囮捜査なんかやらないよ。覚醒剤取締りや痴漢は別にしても、この手の囮捜査は危険過ぎる」

「そうだな」

たとえば女捜査官が囮になったとしても、万が一失敗したら、取り返しのつかないことをされてしまう危険性がある。スパイではあるまいし、女性警察官にそんなリスキーな任務を強要することはできない。

大林は急に笑顔になると、声を落とした。

「そこで君に頼みがあるんだ」

「頼み?」

「格闘技の経験がある女子を一人、探してくれないか?」

菅葦は鋭い視線を大林に向けた。

「探してどうする?」

「どうするって、そんなこと聞くなよ。わかるだろう」

「警察官も危険だからやらない仕事を、一般市民にやらせると?」

「だれも一般市民とは言っていないよ。いるだろう。そういうのがへっちゃらな女の子」

菅葦は渋い顔をした。

「今のセリフを録音しておけば良かった。警部の言葉とは思えない。揺すれる」

「暗殺するさ」大林は指でピストルの形をつくると、菅葦に向けた。

「じゃあ、マスコミに高く売るか」菅葦が真顔で言う。

「無理は承知だ。でも、こうして冗談を言っている間にも、犠牲者は出ているかもしれん」

 

 


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8

菅葦は目線を外し、少し考えたが、険しい表情で言った。

「そういうのがへっちゃら女など、いない」

「ここで道徳を語るのはよそう」大林が苦笑した。「犠牲にするわけじゃない。囮も絶対に助ける」

「絶対と言い切れるのか?」

「失敗しないように二重三重の手を打つさ」

「でも面接がある。そういうのがへっちゃらなアバズレでは、面接で落とされるかもしれない」

菅葦がなかなか首を縦に振ってくれない。大林は焦った。

「なぜ面接で落とされるんだ?」

「裏Vの撮影が目的だとすると、かなりマニアックな内容だ。この手の作品は、素人っぽくないと意味がない。つまり、いかにもアバズレではダメだということだ。マニアが求めているのは、清らかなタイプのキャラだ」

「君もマニアックだねえ、顔に似合わず」大林は指を差して笑った。「君が清らかなタイプを好きなだけじゃないのか。ハハハ、ハハハ」

菅葦は大きくため息を吐くと、あっさり言った。

「この仕事は受けられない」

「ああ、待ってくれ、すまんすまんすまん」大林は慌てた。「そう怒るなよ。相変わらず短気だな。でも菅葦君。話を聞いていて放置はできないと思うだろう?」

「・・・・・・」

「君が警察を辞めたのは組織にどうしても馴染めなかっただけの話だ。今でも正義感や使命感があるから、探偵としてとどまっているんだろ?」

菅葦は怖い顔をすると、大林を睨んだ。

「ほかにもっといいやり方があるかもしれない。作戦を練る。それに、俺は俺で調べたい」

「任せるよ。でもそんなに時間はないぞ」

 


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9

朝方。

純は目を覚ました。時計を見る。まだ4時半だ。窓から外をながめる。薄暗い。

「早く起き過ぎた」

純はベッドから出た。赤と白のチェックのパジャマ。彼女は軽く伸びをすると、ゴミ袋を掴んだ。きょうは燃えるゴミの日だ。

大胆な純は、パジャマのまま部屋を出ると、寝ぼけ眼で階段を下りる。

アパートの前のゴミ置き場にゴミを置くと、バイクが目に入った。

「お、パジャマ!」

「かわいい!」

純は目が覚めた。暴走族かどうかはわからないが、柄が悪い男が3人。淫らな目で純をからかった。

「彼女、夜にゴミ捨てちゃダメなんだよ」

「うっせ」

小声で呟いたつもりだったが、聞こえたらしい。

「おい、今何て言った?」

男たちが歩み寄って来る。

「朝だよ。夜じゃない」純は怯えた表情を見せて二歩三歩と下がった。

「ちょっと待てよテメー」

手首を掴まれた。純は慌てた感じで逃げようとする。

「何ですか、離してください」

「今、うるせえって言わなかった?」

「言ってません」純は顔を紅潮させて男たちを見上げた。

「おまえ、どこ。何号室?」

「大きい声出しますよ」

「大きい声出したらボコボコにするよ」

純は目を丸くした。ボコボコとは酷い。

「女の子をボコボコになんかしちゃダメでしょう」

「女だからって生意気言ったら容赦しないぞ」

純は心の中で呟いた。大義名分完了だ。意味もなく練習相手にはできないが、ここまでの暴言を吐くなら十分だと思った。

「離せよ」

「はあ?」男は高い声で凄んだ。

「離せって言ってんだよ!」

いきなり怒鳴る純に3人は驚いたが、狼たちにも襲う大義名分が整ってしまったらしい。

「おまえ、そういうこと言ってると死ぬよ」

「どっちがだよ!」

 


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10

純は、不用意に手首を掴んでいる男の腹に左ミドルキック!

「ぎゃっ・・・」

屈むところを、思いきり足を振り上げて踵落とし・・・何と足を掴まれた。慌てて後ろに跳ぶ。

前後を挟まれた。

前から来る男に気を取られている隙に、後ろから攻撃を加えられる。男は純の股を思いきり蹴り上げる!

「あああああ!」

思わず両膝をついてしまった純。前から両手を、背後から両足を同時に掴まれ、仰向けにひっくり返された。

「離せバカ! 離せよ!」

しかし二人に手足を押さえつけられた。もう一人がパジャマをめくる。純のセクシーなおなかが見える。

「何すんだテメー、変態・・・あう・・・」

強烈なボディブロー。完全に入ってしまった。純は慌てる。全身から汗が出て、脚が動かせないほど効いてしまった。

男は純の腰をまたぐと、両拳で腹パンチ連打を狙う構え。そんなことされたら死んでしまう。純は叫んだ。

「待ってください! わかったから!」

「何がわかったんだ?」

「降参です、参った」

男は殴る構えをやめると、上から睨みながら凄んだ。

「参ったのか?」

「参りました」

「じゃあ、この体好きにしていいんだな?」

「え?」純は本気で慌てた。

「参ったってそういうことだろ?」

どうすればいい。好きにされたら困る。純が黙っていると、無慈悲な男はまた腹を殴るポーズ。

「ボンボンボンボンって行くぞ、いいのか?」とボディブロー連打の真似をする。

「待ってください、そんなことしたら死んじゃう」

実際に腹パンチなんかしたら内臓破裂だ。戦隊ヒロインではないのだ。そんな区別もつかないとは恐ろしい。

 


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11

「ほら行くぞ、ボンボンボンって」

「やめて、待って」

「ほらボンボンボン」

本気で叩かれたら本当に危ない。純は身じろぎした。悔しいけど力で押さえつけられたらどうにもならない。

そのとき、ブワンという鈍い音が聞こえた。男たちは後ろを振り向くとパトカーが止まっているので仰天した。

「ヤベ!」

男たちは純から離れた。純はおなかを押さえて横になったままだ。

警察の声がマイクで響く。

「そこの3人、そこを動かないで」

「逃げろ!」

皆はバイクに飛び乗ると、慌てて逃走した。

「そこの3人、止まりなさい!」

静かな早朝に、サイレンの音が鳴り響く。警官が一人パトカーから出ると、車は追跡を開始した。近所の人も何ごとかと出て来ている。

赤面しながら唇を噛む大注目の純は、おなかを押さえて片膝をついていた。

「大丈夫ですか?」警官が聞く。

「大丈夫です」

 

それから純は警察官に事情を聞かれ、経緯を話し、部屋に戻った。

疲れ果ててベッドにうつ伏せに倒れる。

「悔しい・・・」

悔しいし、恥ずかしいし、痛いし、最悪だ。海では5対1で圧勝できたのに、今は3対1で負けた。やはり人数ではない。それより危なかった。危うく殺されるところだった。

警察が来なかったら部屋に入られてしまったかもしれない。あの状態で脅されれば、部屋番号を答えるしかない。

「女だと思ってバカにしやがって」

修行が足りない。純は心底そう思った。


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12

懲りない純は、きょうも夜の街をさまよい歩く。女豹のように鋭い目をギラギラ光らせ、獲物を探す。

いつでも動きやすいようにというか、ファイトしやすいようにジーパン姿だ。

「ちょっとやめてください!」

女の悲鳴。自分も女だということを忘れているのか、純は声のするほうへ駆けていった。

狭い駐輪場に女子高校生が引っ張られている。腕を掴んでいるのは若い男3人だ。

「やめてください、離してください!」

「来いよ」

純は怖い顔で近づくと、男たちに怒鳴った。

「何やってるんだテメーら?」

「何!」

一瞬驚いたが、若い女なので男たちは強気に出た。

「何だよテメー」

純は高校生の前に行くと、男の腕を思いきりトーキック!

「痛!」

「行っていいよ」純が高校生に言う。

「え、でも」

「足手まといだ。早く行けっつーの」

高校生を人質に取られたら手が出せなくなってしまう。それに純は男ではないから、高校生と愛が芽生える必要はない。彼女を逃がすと、純は駐輪場に男たちを追い詰めた。

「おまえら、いつも女に悪さしてんのか?」

「何、この子? やっちゃう?」

「やっちゃおうか?」

男たちが歩み寄る。純は最初に来た男にカウンターの右ストレート顔面!

「あああああ!」

両手で顔を押さえて倒れた。かなり効いたようだ。純は笑顔で睨むと、両拳を構えた。

「次はだれだ?」

「ちょっと待てよ」男二人が怖気づく。

「待たねえよ」

そのとき、調子に乗る純の背後から、大勢の靴音が聞こえた。純は慌てて振り向く。

「え?」

「どうしたあ?」

柄の悪そうな若い男が約10人。これはあまり良くない展開だ。

(嘘・・・)

 


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13

13対1では勝てるわけがない。メチャクチャにされてしまう。純は唇を噛むと、駐輪場を出ようとした。

「待てよ」

「どきなよ」

「待てって言ってんだよ!」

強く押されて、純は壁に背中からぶつかった。

「何すんだよ、イテーなあ」

「おい、この子何?」

殴られた男が切れた口を押さえながら言った。

「こいつがいきなりぶん殴って来たんだ」

「いきなりなんか殴るわけないじゃん」純は即否定した。「高校生に変なことしようとしてただろ」

「うるせえ。おまえ絶対許さないよ」

純は神妙な顔をした。乱闘して組み伏せられたら犯されてしまう。勝てるわけがない人数に喧嘩を吹っかけるような無謀はできない。

「女の子。謝りな」リーダー格の男が笑顔で睨んだ。

「謝る?」純が顔をしかめた。

「悪いことしてないのに謝れないなんて言ったら泣かすよ」

「・・・・・・」

「謝らないならスッポンポンにしてボコボコにするよ。いいのか?」

スッポンポンと言われ、純はおなかに手を当てた。

「早く」

「すんま・・・」

純が聞こえない小声で呟くと、殴られた男は激怒した。

「ダメだよ、許さないよ」

「すいません」

「ダメだよおまえ。スッポンポンだよ」

それは困る。純は嵐が過ぎ去るのを待つように、無言で身構えた。

「土下座しろよ」

「ちょっと待ってよ」純はいきり立つ男を手で制した。

(悔しい・・・どうしよう?)

 

 

 


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14

そこへ、スーツ姿の男が入って来た。

「何をしてる?」

「何だテメー!」

「警察だ」

「ヤベ」

男たちは怯んだ。駐輪場で女一人に13人の男が迫っている。どう見ても恐喝だ。

「カツアゲか?」

「ちげーし」

菅葦はわざと逃げ道をあけるように、右端を歩いて純に近づく。男たちは回るように左側から外へ出て行く。無理に追わずに純のそばまで来た。

「逃げろ!」

13人は一斉に走って逃げた。菅葦は追わない。純は力が抜けたように深呼吸すると、菅葦を見た。

「刑事さん、ありがとうございます。助かりました。どうしようかと思った」

「大丈夫か?」

「はい」

「変なことはされてないか?」

「大丈夫です」

菅葦は男たちが遠くに行ったことを確認すると、渋い顔で言った。

「実は、俺は刑事じゃない。元刑事で、今は探偵だ」

「そうなんですか?」純は目を丸くして驚く。

「探偵だ、と言っても、それがどうしたと言われるのがオチだ」

「まあ、そうですけど・・・」純はかしこまった。「刑事じゃないならなおさら、命の恩人です。ありがとうございます」

本当に助かったので、純は自然に頭が下がった。

「なぜ囲まれてた?」

「高校生をここに引っ張り込んでいたから、助けようと思って」

「無謀だな。警察に電話するべきだ」菅葦が厳しい顔をする。

「最初3人だから、何とかなると思って。そしたら10人もあとから来たから、悔しいけど足がすくんで」

男3人相手に何とかなるというセリフに、菅葦は興味を持った。

 

 


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15

「君は、腕に覚えがあるのか?」

「格闘技は3歳の頃から」純は自慢げに言った。

「腕に自信のあるほうが危ないってこともあるぞ」

「あなたこそ」純は両拳を構えて見せた。「腕に自信があるからあの人数相手に怯まなかったんじゃないの?」

「膝が震え、心臓が喉まで来ていた」

「嘘ばっかし」純が白い歯を見せる。

「まっ、とにかく喧嘩はしないに越したことはない。喧嘩は犯罪だ。喧嘩自慢は、私は万引きが得意ですと言ってるのと同じだ」

さすがは元刑事。言うことが違うと純は苦笑した。でも命の恩人に逆らう気はない。

「あの、お名前は? あたしは梅島純です」

「純・・・。俺は菅葦だ」

「スガイさん」

菅葦は名刺を出して純に渡した。

「何かあったら警察か、俺のところに連絡してくれ。まあ、大丈夫だと思うが・・・」

お礼まわりはないと思うが、菅葦は悪の目線、悪人の発想に敏感だった。普通はここで終わるが、純はあまりにも魅力的だ。ナンパ目的で諦めない危険性は残っている。

「それじゃ、気をつけて」

「あの・・・」純は、行きかけた菅葦を呼び止めた。

「何だ?」

「事務所に遊びに行ってもいいですか?」

菅葦は渋い顔で純をじっと見る。

「ああ」

純は明るい笑顔を向けると、友好的な態度で言った。

「命の恩人です。ちゃんとお礼がしたいので」

「・・・・・・」

 

 

 


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