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11月18日のおはなし「タクシー・ドライバー」

 大きい方の月がもうすぐ沈む時間、韮沢が何かを言う。わたしはテントの中をのぞき込むが、どうやら寝言らしい。再び焚き火のそばに戻り酒を飲む。グレンフィディックと呼んでいるが、ただの地酒だ。この土地で取れた穀物を使って何年もかかって作り上げた、それらしい飲み物だ。喉がやけ、少しばかり何かの香りがする。何が一番近いかというと、草っぽい薬用アルコールとでもいえばいいだろうか。それをわたしたちはグレンフィディックと呼び、ちびちびとなめる。

 焚き火にくべるのはライボクの枝だ。枝振りが稲妻のようだというので、雷の木、ライボクと名付けたのは韮沢だ。韮沢はいろいろなものに気の利いた名前をつけるのが上手だ。毎朝けたたましい鳴き声で眠りを破る小鳥はケタスズメ、草原をうっそりと歩き回る牛ほどもある両生類にはウソガエル、雪山で見かけた猿人にはイェティ男。思わず笑ってしまうし、一度聞くと忘れない。

 韮沢が故郷で何をしていたのかは知らないが、ここでは名前をつける人として重宝がられている。本人もその生活を楽しんでいるようで、他の連中同様、過去の話は一切しない。日本人だということ以外、どこに住んでいて、何をしてきたのか、手がかりもない。わたしとは仲がいい方だと思うが、それでも見事なまでに来歴を明かさない。彼ほど意志の強固な男は知らないし、いったん口を閉ざすと決めたなら、もう何も聞き出すことはできない。彼に帰るべき故郷はないし、語るべき過去もない。韮沢とはそうした男だった。

 しかし昨日、ライボクの枝で傷を負って、ほとんど意識を失ってからの韮沢は、日頃と同一人物とは思えないくらい弱々しくなり、時折ふがふがとしゃべる言葉も意味不明になっている。ひょっとすると韮沢は、本当は日本語が母国語ですらないのかも知れない、とわたしが半ば真剣に思い始めたところで、その言葉を聞いたのだった。

「首都高3号線で用賀まで」確かに韮沢はそう言った。おそらくタクシーの運転手に行き先を指示しているのだ。これは面白い。かつて三軒茶屋から世田谷線を利用していたわたしにとって、首都高3号線はなじみ深い高速道路だ。わたしはかなり驚き、改めてテントをのぞき込んだ。やはり韮沢は日本人だった。しかも東京の、それもごく近所に住んでいたらしいと言うこともわかった。

「なんだ、ご近所さんじゃないか」愉快な気分になって、そう声をかけながら近づいたその時、異様な臭いに気がついた。見ると韮沢の顔の色がどす黒く変わり、細かくハッハッと息をするのだが、その呼気が夏の初めの草っぱらのむっとするような草いきれのような臭いをたてている。一瞬にして目は落ちくぼんでしまい、手先が細かく震えている。わたしは声を張り上げ呼びかける。「韮沢! 韮沢!」

 その夜のうちにあっけなく韮沢は死んでしまった。ほんの少し前まで穏やかな顔をしてすやすやと眠っていたのに。あまりの唐突な死にわたしは悲しむこともできずにいた。此花という医師が翌日の午後になって姿を現し、「ライボクで怪我をしたら助からんよ」とだけ言って帰っていった。知っているなら、先に言え。しかし死期が迫っていたと知っていたら何ができただろうか。別に何もできはしない。でも、いまならわかる。韮沢は家に帰ろうとしていたのだ。首都高3号線を用賀で下りて。

 地球はあまりに遠い。用賀の家に連れて帰ることはできない。もちろん用賀の家なんてものが、あの戦災を乗り越えて、その後も取り壊されなかったとしての話だが。なんにせよ韮沢はこの辺境の惑星に土葬で埋められ、皮肉なことにライボクの墓標をすえられた。韮沢の名付けたヒマユリの白い花を供え、グレンフィディックをあたりにまいてやると、もう、かけるべき言葉もない。あの夜、言うべきだった言葉を呟く。そしてその言葉をかけてやるんだったと痛切に悔やむ。

「お客さん、起きてください。そろそろ用賀ですよ」

(「首都高3号線」ordered by エルスケン-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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奥付



タクシー・ドライバー


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著者 : hirotakashina
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