目次
何度でも、何度でも(はじめに)
僕はどうしても役に立ちたかった…だけだった
あの日、栗原、自宅で
震度7の幸運 ~アースクエイク・ツナミ・メルトダウン~
ろくでなしから、想い人へ
◆懐中時計の3.11よ
◆震災と日常と幸福
◆まけないタオル
◆Kiss Of Heart
◆「ちょっと」の人は「ちょっと」じゃない
◆アルペジオ
◆海の底から
◆幸福よ、伝播せよ
◆言葉を失うとき
◆この胸の痛みを知らない人へのエレジー
◆覚えている?
◆ありがたいこと
◆栗原から広島へ、広島から被災地へ
◆流燈
◆人を癒す本当の笑いとは
◆progress
◆松
◆白球
◆ナガサキ.8.9.11:02より
◆DESPERAD
◆TSUNAMIなんて歌えない
◆稲わら
◆逃げてください
◆切ないだけの5か月目
◆鳴らなかったサイレン
◆お盆
◆信じるものが違っても
◆震災に生まれた子どもたちへ
◆生き残ったあなたへ
◆隣近所がない世界
◆比べるな
◆生き残ったしるし
◆不安なときは
◆死にたいときは
◆Yell
◆向日葵
◆まだ、涙がこぼれます
◆忘れちゃうんだ
◆忘れないで
◆将来に押しつぶされそうなとき
◆ありがたい、は、ありがたい
◆私の震災半年目、私の同時多発テロ10年目(3・11&9・11)
◆生きて、いますか?
◆Quiet ~世界のほとんどが望むこと~
奥付
奥付

閉じる


僕はどうしても役に立ちたかった…だけだった

 ヒーローになりたかったわけじゃない。

 泣けない誰かが、泣く時間と場所を作ったり、

 恐れを胸に封じ込めて笑う人に、一緒に「怖かったね」と言ったり、

 本気で笑いたい人と、喜びを共有したかっただけなんだ。

 それがボランティアであったり、支援だったりするのだろうけど

 僕にはそれができなかった。

 統合失調症、二型糖尿病。

 持病を言い訳にするのは卑怯かもしれないが、

 震災後、自分の部屋を片付けただけで、

 軽く一、二週間寝たきりになるくらい体力もなかったし、

 自分で考えているよりも、ずっと地震の光景に怯えていた。

 ことあれば地震の話ばかりしていた。

 吐き出さないとつらくて怖くて、とてもじゃないがよそ様にまで手が回らないし、

 外出して被災地ボランティアなんて、できる状態ではなかった。

 

 それでも何か僕はしたかった。同じ宮城の人が、同じ東北の人が、

 同じ日本の人が、苦しんでいる事実から、住む世界が変わったという現実から、

 …逃げたくなかった。

 それに、本当は苦しんでいるはずの栗原市民含める内陸の人たちが、グレーで被災者リストから外されて、他の沿岸部の被災者がもっとつらいからと言って、支援を受けてもおかしくない、本来じゃない異常な生活を送っていても「自分は被災者じゃありません」と言う顔をして、笑って、「ああ本当大変だった!」と無理に吹き飛ばそうとしている姿は痛々しかった。

 

 僕があちこちで震災詩集などをアップロードしているのは、ひとつは栗原のために。そして、東北のために、日本のために、見知らぬ同胞に支援をしてくださった世界中にあらためて感謝の気持ちを伝えたいのと、これからもこの悲劇を忘れないでほしいからだ。

 震災以降、僕は強い情熱と義務感をもって、執筆活動に臨むようになった。

 もちろん、プロと言いつつ実はそこいらのアマチュアと変わらないレベルの僕が書いたものが、認められるはずもない。どれだけ努力しても、販促、広告、コスト、利益、あらゆる面から見ても、僕の作品は書籍出版に値しないと判定された。残念であるが、これが現実だ。

 

 文章の書き方勉強法や資料を読み漁りながら、「どう書けばいいんだ」と腐りかけていたころ、mixiページ経由で知り合った方から、このサイトを紹介された。なんと自分で電子出版できるという!

 まあ、その分(特に有料は)ハードルはかなり高いのだが、贅沢は言っていられない。

 

 チャリティーに間に合ったが、12月で終わりだというのが非常に残念だ。あとは個人的にやるしかない。

 

 そもそも売れるのか?読んでもらえるのか?懸念は尽きないが、とりあえずこの一連の詩集を出版することで、僕自身の震災トラウマともけじめをつけたいと思う。

 

 忘れてはいけない、でも、抱え込みすぎてもいけない。難しいさじ加減だが、何とかやっていこう。

 

 僕はどうしても役に立ちたかった。そして、この期間に、自分のできる範囲で本当に役に立てることを、あとは祈るだけである。

 

 これからも、僕は、僕の見て体験した震災を書いていく。自分の人生も、そっくり繰り返しても後悔しないくらいに、十分に生きながら。

 

 最後に、事実以外はほとんど感受性と情報で書いたこの詩集を読んでいただいた皆様に、深く感謝いたします。

 

 「ありがとうございます、ありがとう、ありがとう、ありがとうございます!」


震度7の幸運 ~アースクエイク・ツナミ・メルトダウン~

◆予兆 

 たいしたことないと思った

 また宮城県沖地震のフライングか?

  いつも、いつも「違う」だから

 心配していなかった

 「いつかはやってくるさ、でも大丈夫」

  「だって私たちは今までだって」

  北部地震、内陸地震、乗り越えてきた

  だけれど痛みは忘れかけていた

  そして、思いもよらぬ災害など

  描けるほど僕は、苦しんでいなかった

 

◆震度7の幸運 Ⅰ

 おばちゃんが菜の花をくれた

 いつもの光景

 玄関先で話す、入院中の母のこと

 ふと鳴り響いたあの音

  緊急地震速報だ

 テレビと携帯で

  嫌な予感がした

 すぐに東西に揺れ始める

  家の中に避難場所はない

  「外に出よう。出られなくなるかも」

  戸惑うおばちゃんを連れ出すけれど

  あまりの激震に立っていられない

  庭に座り込む私たち、長い揺れ

  もう何もかもが終わりだと

  告げるかのような地鳴り

  怯える伯母を「大丈夫、止む」と励まし

  研ぎ澄まされて冷静になる自分に

  内心、驚かされてもいた

 

◆震度7の幸運 Ⅱ

 揺れが治まり、家の中に戻ると  皿、テレビ、本棚、

  ありとあらゆるものが倒れ

  ぐじゃぐじゃになっていた

  ピアノとパソコンだけが  なにごともなく、佇んでいた

  足の踏み場もない、ひどい光景

  だけれど僕はまだ  停電に気付いていなかった

 おばちゃんは「ごめんね」と帰り  

  僕ひとりで後片付け

  パソコンの電源を切ろうとして

  バッテリーが減っていると知り

  初めて、停電しているのだと理解した

  お向かいさんも停電らしい

  そのときはまだ、一時的なものだと

  夜の前には直るだろうと  事の重大さをわかっていなかった

 

◆震度7の幸運 Ⅲ

 とっさに思い付いた

  薬と水と食料が必要だと

  崩れ落ちた本と棚の山をかき分けて

  少しずつ直しながら進んでいく

  余震に怯えて、外に飛び出し

  それでも何度も挑戦し

  冷蔵庫の水と

  テーブルの上の薬たちをとって

  ふと思い出したダイエットクッキーを

  安全な部屋に移した

  懐中電灯をかき集め

  パソコンから、原稿の入った 、大事なUSBメモリを引き抜いて

  薬と一緒にバッグにしまった

 だんだん日が暮れていく

 余震のたび外に出ると、吹雪いてきて

  泣きっ面に蜂だと  ダウンコートを羽織った

 

◆震度7の幸運 Ⅳ

 暗くなる前に少しでも片付けようとして

  母の大事にしていた陶器の破片で

 手が切れた

  止血しながら、別の痛みに気付く

 右足膝を見ると、血が出ていて

 色が変わっていた

  洗って消毒して湿布とキズバンを貼る

  仙台で被災した父からメールが着て

  互いに安否確認をし

  ラジオのありかを知る

  ラジオを付けると…

 (内容はどうしても思い出せない)

  いよいよ日が暮れて、真っ暗になって

  懐中電灯の灯りだけで過ごす  

  嫁いだ妹も無事だとメールが来る

  心配してきてくれたおんちゃんが

  実家に来ないかと誘ってくれたけれど

  私は家で父を待つことにした

 

◆震度7の幸運 Ⅴ

 固定電話は通じないし

  携帯電話の電池も2になった

  和室に糖尿病と統合失調症の薬と

  非常食、水、ラジオ  バッグにいくらか分けた薬と

  小さな懐中電灯を入れて  ダウンコートを羽織ったまま

  じっと夜をやり過ごした

  仙台を脱出した父とのメールのやり取り

  古川で入院中の母は大丈夫だろうか?

  いろいろ心配しながらも

  妙にいつもよりすっきり冴えわたる頭

  災害モードに入ったんだと実感

  そういえば片づけの途中で

  宅配便が来て、初音ミク・アペンドを

 1日早く届けてくれたけれど

  一種のプレゼント…なのかなあ?

  インストールは、できないけれど…

 

◆震度7の幸運 Ⅵ

 余震、余震、余震  何度も何度もバッグを抱えて外へ

  そんなことを繰り返しながら、夜遅く

 高速バスとタクシーを乗り継いで  父が帰ってきた

  それからのことは、よく覚えていない

 いろいろあったけど、覚えていない

  地震の瞬間とその後のことだけが

  やけに鮮明なのに

  他のことは、靄がかかったように

  思い出せないのが

  悲しく

  むなしく

  次にはっきりとしているのは

  片づけをしている父の背中と

  発電機を動かして見たTVの、津波の様子

  何もかも崩れ流れ去った、あちこちの街跡

 

◆震度7の幸運 Ⅶ

 ガソリンの残り少ない車で流して見た

  栗原の街は、びっくりするくらい

  当たり前の光景が多くて

  少し壊れるか、店が閉じているだけで

  震度7が襲ったとは思えないほどだった

  広報が回ってきたとき  怪我人が3桁で

  死者が1人もいないことに驚いた

  内陸地震の時のように

  行方不明になった人もいないようだ

  私も右脚だけでなく

  左脚もひどい打ち身があったことに

  かなり後で気づいたが(いつ怪我したんだ)

  市販の湿布で何とか治った

  停電は5日間続いて

  ボイラーから水漏れして普段止水して

  食材はあるものしかなかったけれど

  ものすごく追いつめられることはなかった

 

◆震度7の幸運 Ⅷ

 まずは市内で怪我をした方

  避難所で過ごしている方に

  お見舞い申し上げます

  薬王堂がやっていると聞いて行ってみた

  真っ暗な店内で、皆並んでいた

 ラーメンやパンはない

  ジュースや飴がいくつか

  並んで買うほどのことじゃないと

  うちに帰った

  いつのことだったかもう正確には

  思い出せないけれど

  出荷できないからってもらったお肉を

  バターで焼いて  分けてもらった菜の花のマヨ和えと

  土鍋で炊いた  しいたけと油揚げの混ぜご飯

  おいしかったなあ

  食べられることは素晴らしいと思った

 

◆震度7の幸運 Ⅸ

  発電機は短時間しか回せないから

  TVは食事の時だけだったけれど

  あれが、よく見た宮城の懐かしい風景だと

  若い頃、臨時で働きに行った場所

  子供のころ、遊びに行った場所だと

  信じたくなくて

  出会った人たち、関わった人たち

  すべてを思い出して、涙した

 もう、愛したあの光景はないんだね

  こみ上げる慟哭を我慢する

  痛みは皆同じだ  あるいはそれ以上だ

 安全だった、自分が泣くな

 だけど郷土愛は捨てられない

 名前も知らない同胞の死に涙が出る

  他県だってそうだ

 生きている人だってそうだ

  誰だって、泣きたくもなるだろう

 

◆震度7の幸運 Ⅹ

 固定電話がだめで

 携帯も圏外だったのが

 徐々に繋がるようになり

  時々届く広報の怪我人は

  たびたび増えていったけれど

  3桁を超すことはなかった

  海も原発もなかった

  震度7の土地の、幸運

 

  ある夜、走っていた放送車が

 通電することを告げ

  間もなく、ブレーカーを上げると

  電気が、点いた

  約1週間ぶりの明るいおうち

  日記を書くため  灯していたろうそくを消すと

  早速パソコンとTVをつけた

  事態は私が思っているより悪かったが

  私たち、栗原市民は一足早く歩き始めた

 

◆2週間目

 敷きっぱなしだった布団を干した

  2階で寝る勇気はまだないから

  もう少しお世話になるせんべい布団

 ミャンマー東部で地震があった

  世界中、もうたくさんだな、地震

  だけれど弱音ももうたくさん

  もう歩き出すんだ、前に向かって

  人はきっと強くなれる

  人はきっと助けられる

  自分を

  誰かを

  何かを

  泣いていても

  叫んでいても

  僕らは、きっと

 

◆泣かないでなんて言わないで

  今、涙流さなければ

  いつ、悲しみを洗うのですか?

  今、心晒さなければ

  いつ、顔を上げて歩くのですか?

  「泣かないで」なんて言わないでください

  私たちには  笑顔と同じように

 泣き顔もまた、共有することこそ

  その、僅かな時間こそ

  新しい、次の一歩を踏み出す

  勇気になるのです

   大丈夫

  挫けたりしません、泣いたくらいで

  大丈夫

  あなたの心だって、ちゃんと見えています

  だから  今は  静かに見守っていて、ください


◆懐中時計の3.11よ

11/8/2 14時8分

 

◆懐中時計の3.11よ

 

2011.311.某時刻。

 

人生の時計が止まった人もいれば、動き出した人もいる。

 

でも実際は、時は無情にもやさしく進んでいる。

 

全ての源である、宇宙(そら)の時刻(とき)は、

早く動いたり、止まったりしない。

 

今あなたがつらくて

動かしたくても動かないと思っている時計の針は、

実は周りがちゃんと遠まわしに宇宙の時刻に合わせて、

歯車の一つ一つを、動かしていてくれているんです。

 

あなたは独りじゃない。

あなたも独りじゃない。

 

誹謗中傷する人も、

無知ゆえにデマを広げる人も、

愛と勇気で支えてくれる人も、

無能と罵られる政治家や評論家も、

みんな、みんな、繋がっている。

 

私たちは皆、懐中時計の一(ヒト)部分。

 

神様の胸ポケットの中で、宇宙の時を追いかけ、刻み続ける懐中時計。


◆震災と日常と幸福

11/8/2 16時8分

◆震災と日常と幸福

たくさんの問題を抱えて生きなければならないのは、

被災者もそうでない人も同じ。

苦しみのベクトルが違うだけです。

 

だからこそ、日常を大事にしたい。

愛がくだらないと言われるように、

日常もまた、くだらないと言われながらも、

実は一番大切な宝物だということを、忘れないで。

 

日常を先に取り戻したことを責めないで。

あなたは幸福になる権利がある。

みんなにある。

 

そして幸福とは、

「生きることを喜べることを福とすること」であって、魂の財産です。

一度手に入れたら、迷いためらうことはあっても二度と失いません。

「人生」という、自分しか持てないチケットを持つあなたが死ぬまで。

 

あなたの中にしか生きていない人も、

あなたが生きることで幸福にしてあげてください。

あなただけの旅路の中、あなただけの言葉で、あなただけの心で、

感じた喜びの中に、今も生きていることを、想像してみてください。


◆まけないタオル

11/8/2 16時33分

◆まけないタオル

頭にも、首にも、短くて巻けないタオルは、

負けないタオル。

 

負けてもいい人にも

負けたくない人にも

あと一歩の踏ん張りをくれるタオル。

 

自分を捨てずに、自分を爆発させずに、

あと一歩の勇気と、さわやかな「あきらめ」をくれるタオル。

 

ひとつのこと、あきらめたからって、命は終わりじゃないよ。

そこからまた始まるんだよ。新しい何かが。

思いもよらぬ人生(ライフ)が。

 

もしかしたら「こないだの続き」かもしれないし、

もしかしたら「バッドタイムの始まり」かもしれない。

それでも、ずっとひとつごと、永遠なんてない。

悲しくても、ない。

 

タオルはぬぐってくれるよ、涙も汗も、泥も。

歌を聴いてみてよ、歌詞を読んでみてよ、あなたはまだ生きているから。

 

タオルはぬぐってくれるよ、血も体液も、不幸な表情も。

誰か、何か、に、勝たなくてもいいけど、「負けない」底力はみんなにあるよ。



読者登録

細雪美紅Relenaさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について