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11月15日のおはなし「日課」

 どこに行くのかわからずに歩き出すのには本当に勇気がいるのだ。毎日、毎日、とにかく最初の一歩を踏み出すのが日に日に大変になってくる。最初のうちは良かった。何しろ旅行である。非日常である。少々道に迷ったって、そんなの気にするほどのことでもない。楽しいに決まっている。景色が違う。食べ物が違う。酒も違う。行く先々に訪れる土地の人々とのちょっとしたやりとりがあり、そのどれもが永遠に記憶しておきたくなるようなできごとばかりに思える。

「目的地も決めんと! 毎日歩ききるって決めたはるんで!」初日に立ち寄った団子屋のおばちゃんは、いちいち大仰に驚いてくれた。「はあー、そら大変やろ。ほな、お団子、持ってきや、売れ残りやさかい」
「おもろいこと考えるなあ、あんちゃん、まあ一杯どうや」

 と何杯も只酒を飲ませてくれたのは2日目の夜に立ち寄った屋台で隣り合わせた肉体労働系の男だった。奢ってくれるほど潤っているようには見えなかったが、ありがたく飲んだ。

 その頃、一日の終わりに出会う人ごとに話したのは、“とにかく歩く”という、それだけことの予想外な面白さだった。どこにたどり着くのか自分でも予想できない。次の一歩次の一歩を踏み出していく。そうするとやがて自然に、いくつかの選択肢の中から道をひとつ選ばねばならない局面に差し掛かる。もちろんそこで悩み立ち止まることもある。でも結局はどちらかを、あるいはどの道かを選ぶことになる。そして歩き始めた道は必ずといっていいほど多くのものをもたらしてくれる。

 景色、飲食物、出会い、事件……。長く歩く日もあれば短くて終える日もある。そしてたどり着くべくしてたどり着いたように、どこかしらの宿を選ぶ。宿に着くと浴場なり、近所の食堂なりで、好奇心に満ちた質問を受け、その日一日の行程を話して聞かせることになる。みんなが聞きたがる話を提供できるという誇らしさ、行く先々の土地で歓迎されているという喜び、次の行程への期待感。なにもかもがとてもうまく進んでいた。

 どれくらい歩いた頃だったろうか。それはちょうど、いろいろなことが徐々に新鮮味を失い、1日の終わりに語る行程の話もいまひとつインパクトを与えられなくなり始めた頃のできごとだった。トドと遭遇して全てが変わった。
 
     *     *     *

 トドはそれまでトドに対して抱いていたイメージとはずいぶん異なり、ひょろひょろと細身でやたら長身だった。おまけに学生服を着ていたのだ。詰め襟の、あの学生服だ。トドはぼくの近づくのなど気にも留めずに、ふんふんと鼻歌を歌いながら畑仕事のようなことをしていた。でもそれは断じて畑仕事などではあり得なかった。なぜならそこは浜辺で、潮が満ちてくれば海になってしまうような場所だったからだ。これはまた面白いものに遭遇したとぼくは喜び、さっそくトドと話をすることにした。

「あたしの畑仕事を、畑仕事のような、と思いなすったね。ような、とね」いきなりトドは振り向くとそう指摘して、ぼくをどぎまぎさせた。「いやいや、何も責めているわけじゃない。あんたがそう思うのは無理もない。そのくらいわかる。何しろ、ほら、ね」 
 そこまで言うとトドは言葉を切り、見せびらかすように学生服姿を示すと、ほら、わかるだろう?という表情を作った。
ぼくに向かって眉らしきものをぴくぴく動かして。申し訳ないがぼくには何のことか全くわからなかった。わからないので要領を得ない返事をしてしまった。

「満潮時に海になってしまうから、ですか?」
 それを聞くとトドはがくんと下顎をはずし落とした。何てこと言うんだ!とでもいうような表情だった。古典的なアニメみたいでぼくは思わず笑ってしまったが、トドはマジメだった。
「それに気づかずにあたしが畑仕事をしていたと思いなすったのかね?」
 その通りだったのだが、このままいくとトドを怒らせることになりそうだと判断してぼくは首を振った。

「そうだろうそうだろうて」トドは満足げにうなずくとぼくに言った。「もちろんあたしはここで海草を育てておる。海草サラダにするためのな。潮が満ちてきたって何ら問題はない。問題があるとすると、ほら、ね?」
 トドはウィンクまでして、また学生服姿をアピールした。はずれたらどうしようと思ったが、イチかバチが言ってみた。
「素敵な制服ですもんね」
「だろだろだろだろー?」ご満悦の体でトドはうなずいた。「すげえカッコイイと思ってね。未来映画の軍服みたいじゃないのさ。こんなにクールなユニフォームはちょっとないよ」
「はは、ははは」

「そうだ」と突然トドは吼えた。これは本当に吼えたというのがふさわしい咆吼だった。「トドマークの海草ガーデンをな。どうだね、食べていくかね?」
 食べたかったからというより、断ると何をされるかわからなかったので、その話に応じた。思えばそれが全てのケチのつきはじめだった。

 海から程遠からぬ岩場にトドの家はあった。店と呼んだ方がいいかも知れない。そこは金を取って酒と若干のつまみを出すようなところだったからだ。トドは確かに海草サラダを食べさせてくれたが、厳密に言うとそれはただ採ってきた海草を皿にそのまま並べただけのものだった。そして他には食べるべきものは何も出なかった。おまけにトドはぼくの旅行を全否定し、「その証拠に、あんた毎日歩いているから、資金がどんどん底をついているだろう。働けないもんな」と実にもっともな指摘をした。

「じゃあ、どうすればいいんです?」
「やめちまいな、そんなクソみたいな企画。頭でっかちな青二才が思いつきそうなアイデアだぜ全く」学生服を着たトドに糞味噌に言われる気分がわかるだろうか。「でもまあ、どうしても続けたいって言うんなら、まあ仕事を紹介してやらなくもないぜ」
「何の仕事です?」
 実際お金に困り始めていたので、ぼくはついそう尋ねてしまった。

「毎日歩く代わりに、毎日注ぐのさ」
 というのがトドの返事だった。

 それがつまりこの仕事なわけで。旅は唐突に終わってしまい、あれから何年の歳月が流れたのやら。ええ、このお店はトドのものなんですよ。お客さんもきっと会ったことがあるはずですよ。トドっぽくないからなかなか気づきませんけどね。ほら。いまお客さんが飲んだカクテル、ドリンクメニューのトップのカクテルが「水辺」って名前なのは元々の店名だからなんです。え? ここは全然水辺でも海辺でもないじゃないかって? お客さん、いいですか、この話、そんな最近の話じゃないんですよ。

(「水辺」ordered by kyouko-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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著者 : hirotakashina
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