閉じる


<<最初から読む

1 / 3ページ

11月14日のおはなし「蛾」

 爪を剥がされてぼくは相手が本気だということがわかった。ようやくわかった。あまりの痛みに熱い涙がぽろぽろあふれ出し頬を灼いた。声は出なかった。正確には声を出せなかっただけなのだが。相手はぼくの様子をじっと観察して、何を思ったか満足気にため息をもらし頷いた。その時ぼくはほとんど失神しかけていたのだが、不意に男の行動が気になり始めた。屈み込んで足元の鞄を開けてガチャガチャ音を立てている。まだぼくが黙秘を決め込んでいると思っているに違いない。拷問し甲斐のある相手だとでも。冗談じゃない!

 ぼくはにわかに目を開き、足元の男を蹴り倒そうとした。けれども足は男を通り過ぎてしまい、その勢いでぼくは宙に浮かび上がる。いやそうではない。振り向くとぼくは相変わらず椅子に縛り付けられていて、のけぞった顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。背もたれの後ろで縛り付けられた手のうち、右手の人差し指の爪がなくなっていて赤黒くなっていまなお出血している。下に落ちているのが人差し指の爪だろう。

 男は鞄から道具を取り出すと、ぼくの足元に並べ始める。あんなの全部蹴飛ばせるのに、と思うが、いまのぼくは天井付近にいて、足を動かすことができない。椅子に縛り付けられたぼくはうっすら目をあけているのだが、その目は何かを見ているのかいないのか、ゆっくり右へ左へと単調な振り子運動を繰り返すだけだ。ぼくはあそこでああして縛られているのに、同時にこうやって見下ろしている。これはいったい、と思いつつ、頭のどこかで幽体離脱だと納得もしている。

 男はぼくのズボンのベルトをゆるめ、ジッパーを開け、ショーツと一緒に引きずり下ろし、ペニスをつまみ上げる。睾丸の皮膚をつまみ上げると、いきなりそこに針を突き立てる。椅子に固定されたぼくの目がカッと見開き、全身に痙攣が走る。男は全く構わずもう一本針を突き立てる。2本の針にはコードがついていて、それが電流を流すためのものだということがわかる。天井付近のぼくにはわかるが、椅子付近のぼくにはわかっていないと思う。わかる方がいいのか、わからない方がいいのか微妙なところだ。椅子付近のぼくにとっては2本の針を刺されただけで十二分な苦痛のようだから。

 男はコードを小さな装置につなぎ、何か言った。けれどもそれはあまりよく聞き取れなかった。恐らく必要な情報をしゃべるまで、こういったことが続くのだと警告したのだろう。でもそれは聞こえず、天井付近のぼくに聞こえないのはもちろんのこと、椅子の上で半分失神しているぼくにも聞こえるはずはなく、だとすると拷問はこのまま続くところまで続くことを意味する。ぼくからは何の反応もないのを見て男は手元の装置のダイアルを回す。

 椅子が倒れそうなほどにぼくの身体がびくびくと反応し、首から上が取れてしまいそうに上体がぐらぐら揺れた。目が白目をむきはじめている。男は息一つ荒げるでなくその様子を見ていたが、睾丸の表皮に刺した2本の針のうち1本をにわかに引き抜いた。椅子の上のぼくがまた飛びはね、天井付近のぼくも目をそらしてしまった。次に見ると男はペニスの包皮をつまんでそこに針を刺し直しているところだった。さきほどの痛みがひどすぎたせいか、椅子の上のぼくは特に反応を見せない。

 男が再びダイアルを回すと椅子の上のぼくは全身小刻みに痙攣し始め、それがあまりに素早くあまりに細かいので、見ていると、ぼくのからだの輪郭がよくわからなくなる。まるでからだが周囲の空間ににじみ出すようなのだ。目がぐるっと上を向いて白目が飛び出しそうになり、声を上げ始める。叫び声ではなく、どこから出てくるのか細く長い声だ。口元には泡が吹き出している。男がダイアルを戻すと、ガタン!と椅子が激しい音を立てて、ぼくの身体は輪郭を取り戻し、ただし完全に脱力して首も肩も上体もこれ以上ないほど、ぐんにゃりと垂れ下がっている。ペニスだけが見たこともないほど勃起している。わけがわからない。

 男はそのペニスに目をつけ、新しい道具を鞄から取り出す。それはストローほどの長さと細さの金属棒で、まわりにギザギザとした細かいトゲが無数についている。やすりのようなものだろうか。男は何のためらいもなくその金属をぼくの尿道に押し込みはじめ、椅子の上のぼくが再びのけぞる。そのとき突然、男が急に素早く右手を振った。何の脈絡もない、異様な動きだった。見ると一匹の蛾が男の目の前をちらちらしながら飛んでいる。白っぽく不思議とぬめっと光るその蛾は、あたりじゅうに鱗粉をまきちらしぬたぬた、ぬたぬたと、重たそうに飛ぶ。再び男は蛾を追い払おうとし、妙な声を出した。

 この冷徹な拷問執行人は蛾がお嫌いらしい。天井付近でぼくはうっすら笑い、同時に数千匹の蛾となって男に襲いかかった。ぼくは天井付近を漂いながら無数の蛾となり、同時に椅子の上で覚醒していた。いまや男は全身をびっしり蛾に覆われ、絶叫していた。ちらっと見えた男の目は恐怖に見開かれ、その絶叫する口の中に飛び込んでいく蛾のために息をすることもできないようだった。男はかたわらの別な椅子に倒れ込み、そのため下敷きになった百匹あまりの蛾がいやな音を立ててつぶれ、それがますます男を錯乱に追い込む。何をしたいのか両腕を突き出し、足を踏みならす。そこに白い蛾がびっしりとりつき、それを見てぼくは何か似ていると思う。

 あたりを飛んでいた蛾がいなくなり、天井付近のぼくもいなくなり、椅子の上でぼくは目を覚ます。右手の人差し指の爪を失い、ペニスには2本の電極を刺され、尿道には金属棒を突き立てられたまま。痛みをこらえて男の姿を探す。足元に黒くてごつい革の鞄が大きく口を開けたままだ。部屋の中を見回すが、男のいる気配はない。最後に男が座っていた斜め前の椅子にまだ蛾が何匹かとまっているようだと思うがそれは蛾ではない。白い、生き物めいた花だ。椅子の上にはなぜか胡蝶蘭の鉢が置かれている。 

(「胡蝶蘭」ordered by kyouko-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

感謝の言葉と、お願い&お誘い

Sudden Fiction Project(以下SFP)作品を読んでいただきありがとうございます。お楽しみいただけましたでしょうか? もしも気に入っていただけたならぜひ「コメントする」のボタンをクリックして、コメントをお寄せください。ブクログへの登録(無料)が必要になりますが、この機会にぜひ。


 「気に入ったけどコメントを書くのは面倒だ」と言うそこのあなた。それでは、ぜひ「ツイートする(Twitter)」「いいね!(Facebook)」あたりをご利用ください。あるいは、mixi、はてな等の外部連携で「気に入ったよ!」とアピールしていただけると大変ありがたいです。盛り上がります。


5つで、お気に入り度を示すこともできるようですが、面と向かって星をつけるのはひょっとしたら難しいかも知れませんね。すごく気に入ったら星5つつける、くらいの感じでご利用いただければ幸いです。


 現在、連日作品を発表中です。201171日から2012630日までの366日(2012年はうるう年)に対して、毎日「11篇のSFP作品がある」という状態をめざし、全作品を無料で大公開しています。公開中の作品一覧


 SFP作品は、元作品のクレジットをきちんと表記していただければ、転載や朗読などの上演、劇団の稽古場でのテキスト、舞台化や映像化などにも自由にご活用いただけます。詳しくは「Sudden Fiction Project Guide」というガイドブックにまとめておきました。使用時には、コメント欄で結構ですので一声おかけくださいね。


 ちょっと楽屋話をすると、71日にこのプロジェクトを開始して以来、日を追うごとにつくづく思い知らされているのですが、これ、かなり大変なんです(笑)。毎日1篇、作品に手を入れてアップして、告知して、Facebookページなどに整理して……って、始める前に予想していたよりも遥かに手間がかかるんですね。みなさんからのコメント、ツイート(RT)、「いいね!」を励みにがんばっていますので、ぜひご協力お願いいたします。


 読んでくださる方が増えるというのもとても嬉しい元気の素なので、気に入った作品を人に紹介して広めていただけるのも大歓迎です。上記Facebookページも、徐々に充実させてまいりますので、興味のある方はリンク先を訪れて、ページそのものに対して「いいね!」ボタンを押してご参加ください。


 10月からは「11篇新作発表」の荒行(笑)を開始し、55作品ばかり書き上げる予定です。「急募!お題 この秋Sudden Fiction Project開催します」のコメント欄を使って、読者のみなさんからのお題を募集中です。自分の出したお題でおはなしがひとつ生まれるのって、ぼくも体験済みですが、かなり楽しいですよ! はじめての方も、どうぞ気軽に遠慮なくご注文ください(お題は頂戴しても、お代は頂戴しないシステムでやっています。ご安心を)。


 こんな調子で、2012630日まで怒濤で突き進みます。他にはあんまりない、オンラインならではの風変わりな私設イベントです。ぜひご一緒に盛り上がってまいりましょう。


奥付




http://p.booklog.jp/book/38896


著者 : hirotakashina
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/hirotakashina/profile


感想はこちらのコメントへ
http://p.booklog.jp/book/38896

ブクログのパブー本棚へ入れる
http://booklog.jp/puboo/book/38896



公開中のSudden Fiction Project作品一覧

http://p.booklog.jp/users/hirotakashina




電子書籍プラットフォーム : ブクログのパブー(http://p.booklog.jp/
運営会社:株式会社paperboy&co.



この本の内容は以上です。


読者登録

hirotakashinaさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について