閉じる


憑妖 ~つきあやかし~

― チリーン。

 窓辺に吊り下げられた風鈴が、季節外れの声を上げる。
 茶箱から取り出した日用品やら書籍やらが部屋中に広げられているから、埃を追い出すように建て付けの悪い窓を開けてみる。

― チリーン、チリーン。

 父が好きだった風鈴でわりと骨董に近い。窓辺の木枠に丁度いい引っ掛けがあったから、とりあえず吊るしてみた。
 この家は父の恩師だった人が使っていたという木造三階建ての洋館で、生成りの板壁に黒っぽい木で角の面取りをしているような建物だ。ところどころにステンドグラスがあって、部屋の中が明るい。僕がいる二階の部屋は東側にあって、八角形の塔がくっついている作りになっているから、小さな文机を置く場所を先ほどから考えあぐねている。
 父もよく海外へ出張していたから、恩師という人もそうとう外国通だったのかもしれない。

 東京に居た時の家は父と僕の二人が住むには充分な広さの長屋で、隣数軒の声が聞こえる賑やかさだったけれど、この森の中にある洋館は一人で住むには広すぎる。部屋もいくつあるのかわからないぐらいあって、二、三覗いてみたら、いつでも使えるように掃除されていた。家主が居なくなってからもこんなに綺麗だということは、きっと誰か世話をする人がいるのだろう。
 ふと、その人にご挨拶をしなきゃなぁ、と頭を掻いて桟に腰を下ろす。

「……そうだ、僕はひとりになったんだ」

 普段から家に帰ってくることの無かった父が、二度と帰らなくなったのは丁度一週間前だ。それも嘘か本当か判らないような電報が一通、僕が通っている学校に届いた。そこにはただ父が死んだという事実だけが書かれていて、どうして死んだのか、何があったのかは皆目わからなかった。
 僕を産んだ直後に母が居なくなって、男手一つで育ててくれた父ではあったけど、僕が大きくなるにつれて会う機会が少なくなっていた。
 その電報を手にした時は「ああ、そうなんだ」と妙に納得出来てしまったのは、親不孝だろうか。

 窓から入る秋風の冷たさに身震いをすると、また荷物を解き始める。

「……さ~ん! ……武本たけもとさ~ん!」
「っ、は、は~いっ!」
 階下から声が聞こえると、慌てて階段を降りる。もしかしたら部屋を綺麗にしてくれていた人かもしれない。階段を下りきると、左右を見回して玄関だと思われる方に走っていく。

「……武本さん? ……あらあら、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」
「…はぁ、はぁ、す、すみません。……まだ家に慣れていないものですから」
 縞の入った紬に白っぽい染め帯をした老婦人が、紺色の羽織りを片手にかけて挨拶をしてくる。慌てて身なりを整えると頭を下げる。

「あ、あの、初めまして。武本諒太郎りょうたろうです」
「ええ、存じ上げてますよ? 赤ちゃんの時分には良く抱っこして差し上げましたもの」
「え? ……そ、そうなんですか? すみません、父からは何も聞いてなかったものですから」
「良いんですよ、武本先生は、そういうところ、無頓着な方でしたからねぇ。…あら、草場の蔭でくしゃみでもしてらっしゃるかしらねぇ?」
 老婦人が楽しそうに笑うと、丸に竹と藍染してある前掛けをした手代風の男達が開け放たれたドアから次々と洋燈ランプを運んでくる。

「油問屋・丸竹屋のおかみをしております、たえと申します。以後お見知りおきを」
「こ、こちらこそ宜しくお願い致します。…あ、あのおかみさん、これは?」
 広い玄関とはいえ、一畳程の場所にぎっしり大小さまざまな洋燈が置かれては、歩くにも邪魔になる。洋燈を一つ手に取ると綺麗に磨かれたガラスに映った自分の顔を覗き込む。
「このお屋敷は、まだ電気が通ってないんですよ。なので洋燈をお持ちした次第です。お部屋も三十近く御座いますから、これでも足りないかと……」
 そんなにあったのかとびっくりすると、慌てて手を振る。どうせ僕が使うのは二階のあの部屋と台所だけだから、そんなに必要では無いし慣れない仕草で火事を起こしては大変だ。
「ご心配なく、うちの者が部屋に置いてきますから。使わなければ使わなくていいんですよ? ただ、あった方が何かと便利ですからね」
「……はぁ、わかりました。」
 折角の好意を無にしてはいけないと、その場に座り込んで手代達の働きを眺める。中には僕ぐらいの年格好の者もいて、学校に行くお金をどこかで稼がないといけないと現実を思い出してしまう。小さく溜め息をつくと、おかみさんが僕の膝をポンと叩く。

「……元気を出して下さいまし。武本先生の忘れ形見である諒太郎坊ちゃんを、皆でお護りしますからね。心配はいらないんですよ? 隣町にある学校に編入の手続きも済ませてありますから、こちらの生活が落ち着いたら通って下さいね」
「え? ……で、でも、うちは今……その、お金が無くて……」
 すると、おかみさんが懐から袱紗ふくさを取り出して広げてみせる。札束がゴロリと現れると、見たことのないその厚みに目を驚いてしまう。
「……お金の心配はご無用に。当座はこのぐらいで宜しいでしょうかねぇ? 足りなくなったらいつでもお声をかけて下さいな」
「ちょ、ちょっと待ってください! これはいくらなんでも多すぎます! それに、いくら父のお知り合いとはいえ、ここまでしていただく訳にはいきません!」
 慌てる僕の様が面白かったのか、おかみさんが目尻に涙を浮かべながら笑い出す。いつのまにか洋燈も綺麗に片付き、手代たちがドアの外に消えていく。

「……武本先生の血筋とは思えない程、真っ当な方ですねぇ。親は居なくても子は育つものですねぇ」
「………はぁ」
「お金やこのお屋敷のことは、全て生前の武本先生が私どもに言い置きされていたものなんですよ?先生が毎月坊ちゃんの為に貯金をされていましてね。……っというのも、私がさせたんですけどね」
 おかみさんが若い娘がするようにペロリと舌を出すと、羽織りに袖を通して微笑む。なんだか先程よりも若くなったような感じがする。

「……では、お疲れでしょう。今日はゆっくりとお休みください」
「はい、いろいろ有難う御座います」
 下駄の良い音を立てておかみさんが出て行くと、静かにドアが閉められる。立ち上がってそのドアの向こうへ深々と頭を下げると、また座り込む。

「………」

 目の前にある札束に、溜め息がでる。なるべく札に触らないように置いていかれた袱紗で包むと、手にとって懐に押し込む。ハッとして顔を上げると、玄関に鍵をかけて二階へ駆け上る。僕は相当、小心に出来ているに違いない。
「……こんなに、どうしよう。布団の下にしまおうか」
「そいつはやめときな、コソ泥が一番狙う場所だぜ?」
「……そうだよねぇ、じゃ、どこにしよ………っ、って、誰だっ!」
 二階の部屋に入ったところで声の方を振り向くと、窓の桟に座って足を投げ出している着流しの男が細い目で僕を見つめる。煙管を咥えなおすと、足を組んで頬杖をつく。

「だ、誰だっ! 泥棒かっ?」
「……馬鹿か? 阿呆か? ……さすが、燐の息子だな」

 壁に立てかけていた竹刀を取り出して構えると、男が細い目をさらに細めて溜め息をつく。
「いきなり人の家に入り込んで、悪口雑言とは失礼じゃないかっ!」
「……阿呆。お前の心配をしてやったんだろ? 化け猫どもに良いように丸め込まれやがって、札束に目がくらんだか?」
「ば、化け猫?」
「……おたえは東の門を護るあやかしだが、意地汚い奴でな」
 男がいつの間にか現れた煙管箱に灰を落とすと、立ち上がって目の前に立つ。ひょろりと背の高いその男はとても色白で、目尻に赤い化粧をしている。もしかしたら役者なのかもしれない。
 スッと手を伸ばすと僕の竹刀をいとも簡単に奪い取り、畳の上に転がす。何が起こったんだかわからないように転がされた竹刀と男の顔を交互に見ると、腕を掴まれて座布団の上に座らされる。

「……燐の奴を好き放題利用することが出来なかったからな、今度はお前を使おうとしていやがる。……燐が貯金してたって? 有り得ないだろ? 化け猫のやり口さ、甘い言葉で信用させて思い通りに操るんだからな」
「……貴方は誰ですか? 燐って、父・燐太郎りんたろうのことですか?」
 猫背を少し伸ばすと、男が細帯に吊るしている煙草入れから刻み煙草を取り出して丸める。その仕草が少し父に似ていたから、何だか懐かしくなって小さく息を吐く。

 煙管から煙が流れると、男がふぅっと息をかけてそれを散らす。遠くでまたチリーンと風鈴が鳴ったような気がして窓の方を振り向くと、そろそろ夕陽が差し込み始めて物の影を濃くしていく。
「ま、おいおい教えてやるよ。……闇には気をつけろ。夜中、外を出歩くんじゃない。どうしても行く用事ができたら、気にいらねぇが、洋燈を一つ持っていきな……」
 窓の外の夕陽に気を取られていたから、その言葉の最後が薄れていくのを聞くと男に目線を戻す。
 ところがそこに居たはずの男は居なく、ただ煙がゆるやかに漂っている。
 思わず呆然と立ち上がると、八角形の部屋のをぐるりと見回す。そこに居るのは自分ひとりで、広げられた荷物はそのままだ。

― チリーン。

 開け放ったままの窓に寄ると、風鈴が揺れる。吊り紙に描かれた白い狐がニヤリと笑ったような気がして、指でピンと弾く。あの男がしていたように窓の桟に腰掛けると懐中を探り、ホッと息を吐いて眩しい夕陽を見つめる。
 きっと、父が遺してくれたものなんだろう。僕がひとりにならないように。
 とりあえず暇になることは無いな、と思わず微笑んで荷解きを続ける。この家を少しでも早く好きになって、また会えるように。

 それが僕と憑妖つきあやかしとの出会いだった。


(終)


奥付



憑妖 ~つきあやかし~


http://p.booklog.jp/book/38845


著者 : 猫春(にゃんばる)
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/nyanbal/profile


感想はこちらのコメントへ
http://p.booklog.jp/book/38845

ブクログのパブー本棚へ入れる
http://booklog.jp/puboo/book/38845



電子書籍プラットフォーム : ブクログのパブー(http://p.booklog.jp/
運営会社:株式会社paperboy&co.



この本の内容は以上です。


読者登録

猫春(にゃんばる)さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について