閉じる


<<最初から読む

1 / 2ページ

通勤電車

 終電に飛び乗って、ガラガラの座席に腰掛ける。

 

 やりたいことが出来て、それなりに給料も職場環境もいい。だけど唯一問題なのが通勤時間だ。仕事がら残業は日常茶飯事。家に帰る事が出来るだけマシという生活の中で、この通勤時間はかなりのマイナスになっている。本を読んだり、ゲームをしたりというのは、もうやらなくなっていた。
 まぁ、それだけならいい。問題はその先だ。

 

「こんばんは。今日も遅いですね」
「……こんばんは」
 必ずと言って良いほど終電で顔をあわせるこの人は、どこかの大学の先生らしい。英国紳士を意識しているのか、しっかりとした三点スーツと帽子、それにステッキを持っている。
 何度か話をしていてそこまでは分かったのだが、名前が分からないので、密かに僕はホームズ先生と呼んでいる。

 

「今日も、残業ですか?」
「……ええ、まぁ、そうです。……先生も残業ですか?」
 ホームズ先生は、少し考えた後で頷いて見せると、ポケットから懐中時計を取り出した。
「残業……と、言えるかもしれませんねぇ。私は公私が分けづらいので、何とも言えませんが」
「……はぁ。そうですか」
 さすがホームズ先生、懐中時計まで登場するとは。
 その懐中時計は金色で細かい装飾がされている。盤面には星空が出ていて、いわゆる天体時計ってやつで、太陽や月の位置、星図の動きが見えるっていうアレだ。なかなか綺麗な盤面でたまにキラリと光る星があったりもする。

 

 向かいの車窓を見ると、行き過ぎる建物の明かりが少ない。寝静まっているんだと思うと、なんだか疲れが一気に襲ってくる。この電車の中で眠る事が出来ればいいのだが、乗り過ごして大変なタクシー代を支払った事が何度かあると、さすがに学習する。終電で寝ては行けないのだ。
 ぼんやりと外の眺めているとホームズ先生が話し出す。これがその問題ってやつだ。彼は授業をしているかのように僕に語りかける。その心地よいイントネーションが、さらに疲れと眠気を誘うのだ。

 

「あぁ、そう、私の担当は今日までなんですよ。だから、この電車で貴方に会うのは今日で最後になりますね」
「え? あ、そうなんですか」
 いつもと違う展開に少し驚く。これでこの人の話を聞かずに済む一方で、終電の友が居なくなるのは少し寂しい。
「出向か、何かだったんですか?」
「今夜はサウィン祭ですからねぇ。新しい担当と入れ替えをするんです」
「……はぁ」
 聞きなれない祭りの名前が出てきて、鈍い頭の中を検索してみる。そんな僕の様子を見て取ったのか、ホームズ先生がにっこり笑って説明しだす。

 

「古代ケルトのお祭りなんですよ? ケルトというのは、昔ヨーロッパの方に多く分布していた民族でしてね、ゲルマン民族の大移動で、住む土地を奪われてイギリスの奥地やアイルランドあたりに追われてしまった民族です」
「あぁ、ゲルマン民族の大移動ってのは、なんとなく知ってます」
「そうですか。それは話易いですね」
 やはり講義が始まるのかと内心思っていると、先生がステッキの先を向かいの窓に向けて一振りする。すると窓の向こうが平原となり、遠くの方で大きな炎が見えてくる。

 

「ほら、あれですよ。あの火がサウィン祭、収穫祭の光です。あの火の中に収穫する作物と動物の生贄をささげて、司祭達が火の回りを踊り明かすのです」
 次第にその様子が近づいてくると、大きな石のが立ち並ぶ中央でその火が燃やされているのがわかる。円形にならんだ石と同じように、輪になって踊っている影がちらちらとうつし出される。

 

「……ストーンヘンジ、みたいですね」
「ええ。あの辺りはケルトの色を残している場所ですから」
「……あまり観客はいないんですね」
「そうですね。人々が収穫を祈るのと別に、もう一つの意味があるのです」
「もう一つ?」
「そう。収穫祭は人の為。もう一つは、こちらの世界とあちらの世界が繋がる『門』が現れるので、移動をする妖精や精霊などの為にあるのです」

 

 だんだんと話がファンタジーになってきたような気がするが、なかなか面白い。今度提出する企画のプロットに使えるかもしれない。
「このサウィン祭の夜から数日間は『門』の出入りが自由になるんです。それで私は向こうに帰ることが出来るんですよ」
「……え?」
 さりげなく凄いことを言われたような気がする。この人は自分を妖精だとでも言うつもりなのだろうか。火の回りで踊る影が一層激しく動きまわる。

 

「私はこの一年間、この地域を担当させていただきました。迷ってしまう魂たちをあの門まで導くのです。彼らは夜の方が動きやすいので、いつもこの終電を利用させていただいていたのですよ」
 ふいに辺りを見回すと、いつのまにか車内は満員で、新聞を読む人、眠っている人、本を読む人など、さまざまな人たちが見える。今まで見たことの無い様子に吃驚していると、ホームズ先生が立ち上がり、パチンと懐中時計を閉じてポケットしまう。
 電車の速度がゆっくりになると、外の風景がいつものビル郡に変わり、軋音を立てて停車する。

 

「あぁ、これを差し上げましょう」
 ホームズ先生が小さなマッチ棒のようなものを差し出す。車内で火をつけているのは危ないんじゃないかと思いながら受け取ると、燃え尽きもしないその不思議な光を見つめる。

 

「……ありがとうございます」
「では、ごきげんよう」
 先生と同様に乗っていた人たちが全員降りてしまうと、またドアが閉まり電車が動き出す。

 


 目が覚めてみると見慣れない場所にいて、側には会社の同僚達が心配そうな顔を向けている。
「……あれ? どうした?」
「どうしたじゃないだろう! お前、倒れたの覚えてないの?」
「倒れた……?」
「会社で、昨日の帰りに! いくら家が近いからって終電連続じゃ身体が持たないだろ?」
「え、あぁ……」
 そうだ。僕の通勤時間はものすごく短い。本を読んだり、ゲームをしたりという時間もないから、やらないぐらいだ。
 ふと握り締めていた手を開くと、小さなマッチ棒のようなものが見える。火が点いていたと思われる先端部は少し焦げているだけで、もうすっかり冷たくなっている。

 

 心配する同僚たちを通り越して、ホームズ先生を思う。
 きっとまた何処かで夜な夜な誰かに講義をしているんだろう。そう思うと何故か少し寂しい気がした。 

 

 

                                      (終)


奥付



通勤電車


http://p.booklog.jp/book/38659


著者 : 猫春(にゃんばる)
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/nyanbal/profile


感想はこちらのコメントへ
http://p.booklog.jp/book/38659

ブクログのパブー本棚へ入れる
http://booklog.jp/puboo/book/38659



電子書籍プラットフォーム : ブクログのパブー(http://p.booklog.jp/
運営会社:株式会社paperboy&co.



この本の内容は以上です。


読者登録

猫春(にゃんばる)さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について