目次
はじめに
はじめに
平成生まれに捧げる特撮学
平成生まれに捧げる特撮学
日本のヒーローは、なぜ正義の味方か?
怪獣・怪人奮闘記
怪獣ブームとは何か?
悪の組織の完成
怪獣の数え方
なぜ、怪獣は○○ゴンか?
星人は1日にして成らず
メカ○○のはじまり
タイプチェンジは、なぜ生まれたか?
合体怪獣の歩み
再生怪獣の宴
怪獣はなぜ地底から現れるのか?
特撮ネタ・はじめてアラカルト
昭和ヒーロー番組の雑学集
ゴモラ命名異説
お笑いヒーローの歴史
ショッカー、他
ショッカー、他
ショッカーからデルザーまで
「仮面ライダー11戦記」解題
栄光のデルザー軍団
黒十字軍
黒十字軍
黒十字軍・我が闘争
エンペラ星人、ヤプール
エンペラ星人、ヤプール
ウルトラ宇宙興亡史
ヤプール・エンペラ星人
テンペラー星人再検証
私の地球侵略白書
怪獣残酷物語
「変身忍者嵐」の西洋妖怪たち
「変身忍者嵐」の西洋妖怪たち
西洋妖怪たちの元ネタ
ゴジラ最大の敵・人類
ゴジラ最大の敵・人類
ゴジラの敵・人類
虎の穴
虎の穴
「虎の穴」七つの謎
手塚マンガの悪の組織
手塚マンガの悪の組織
鉄腕アトム
マグマ大使
ビッグX
リボンの騎士
バンパイヤ
W3
どろろ
海のトリトン
三つ目がとおる<長耳族の謎>
「ゲゲゲの鬼太郎」の妖怪たち
「ゲゲゲの鬼太郎」の妖怪たち
水木ルールについて
水木しげる式妖怪描写テクニック
「日本の大妖怪」の元ネタ
「世界の大妖怪」の元ネタ
鳥山石燕と水木しげる
「ゲゲゲの鬼太郎」初期の妖怪たち
その他の日本妖怪
妖怪世界編
悪魔
参考文献
小林よしのり漫画の悪の組織
小林よしのり漫画の悪の組織
「格闘お遊戯」(1979年〜1981年)
「風雲わなげ野郎」(1982年)
「異能戦士」(1984年)
「ろまんちっく牛之介」(1986年〜1987年)
「厳格に訊け!」(1988年〜1989年)
永井豪の恐怖学校
永井豪の恐怖学校
旧星高校のけんか祭り
権金学園の父兄参観日
裏マルハーゲ帝国
裏マルハーゲ帝国
真説・裏マルハーゲ帝国
三大王の資格
荒木飛呂彦の初期マンガの悪者たち
荒木飛呂彦の初期マンガの悪者たち
「魔少年ビーティー」(1982年〜1983年)
「バオー来訪者」(1984年〜1985年)
「ゴージャス☆アイリン」(1985年〜1986年)
都筑道夫ワールドの殺し屋たち
都筑道夫ワールドの殺し屋たち
「なめくじに聞いてみろ」
「三重露出」
「暗殺教程」(「スパイキャッチャーJ3」)
「西遊記」の悪者妖怪
「西遊記」の悪者妖怪
「西遊記」妖怪の強さ格付け
「西遊記の秘密」の秘密
孫悟空が釈迦如来に勝てなかったワケ
付記・「西遊記」用語の元ネタあらかると
「スーパースリー」の悪人たち
「スーパースリー」の悪人たち
スーパースリー
フランケンロボ
「隠密剣士」の忍者たち
「隠密剣士」の忍者たち
第一部
第二部 忍法甲賀衆
第三部 忍法伊賀十忍
第四部 忍法闇法師
第五部 忍法風摩一族
第六部 続風魔一族
第七部 忍法根来衆
第八部 忍法まぼろし衆
第九部 傀儡忍法帖
第十部 変幻忍法帖
「隠密剣士」の裏話・1
「隠密剣士」の裏話・2
「隠密剣士」の裏話・3
「北斗の拳」の悪党たち
「北斗の拳」の悪党たち
ジード
KINGの軍団
牙一族、ジャギ
拳王軍
悪の南斗聖拳軍
新生拳王軍、他
天帝軍
修羅の国
リュウ編以後
「北斗の拳」のライバルたち(その1)
「北斗の拳」のライバルたち(その2)
奥付
奥付

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はじめに

 この読み物は、私が、主に「私の愛した極悪キャラクターたち」などで公開してきた考察エッセイを、抜粋して再録したものです。
 いずれも、原作非公認の私個人の推察ばかりですが、アニメや特撮ヒーローものを観た際、皆さんが抱いた疑問の解消の少しは足しになっていただければ幸いです。

 「私の愛した極悪キャラクターたち」の方は、ほぼ完結してしまいましたが、このエッセイでは、「私の愛した極悪キャラクターたち」に漏れた新ネタ(悪の組織考察)なども、順次、追加していきたいと思います。

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最終更新日 : 2012-09-11 19:47:19

平成生まれに捧げる特撮学

 現在では、すっかりウルトラマンも仮面ライダーも世間に定着しているようですが、これらのヒーローもはじめて放送された頃は、一過性のブームだと思われていました。

 そういう時代を知っているからこそ語れるマニアックな話題を、このコーナーでは、序文代わりに、いくつか紹介していきたいと思います。


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最終更新日 : 2017-03-29 15:00:25

日本のヒーローは、なぜ正義の味方か?

 日本では、悪と戦うヒーローの事を「正義の味方」と呼ぶ。そこには、国産テレビヒーローの第一号である「月光仮面」(1958年)を発案した川内康範なりの主張が盛り込まれていた。「正義」とは崇高な概念であり、人は「正義」そのものにはなれない。どんな優れた人物でも、彼がなれるのは「正義の味方」なのであって「正義」ではないのだ。以降、この見解はもくもくと受け継がれてゆく事になり、その後の日本の戦闘ヒーローたちは、いずれも正義の味方と呼ばれるようになる。

 日本のヒーローたちは、その設定面においても正義の「味方」であった。

 たとえば、「月光仮面」にしても、タイトルになっているのは、正義の味方の月光仮面であっても、本編自体は、月光仮面以外のキャラクターによって進行されてゆくのだ。月光仮面自体は、本当に見せ場の一番いいシーンにだけ登場して、おいしいところを持っていってしまう。まさに、その存在は主人公たちの「味方」なのだ。キャスト表ですら「月光仮面」の演者については「?」とされ、中心キャラと言うよりも、特別ゲストのような扱いにされているのである。

 この基本パターンは、その後の日本の正義の味方たちのほとんどに引き継がれていった。ウルトラマンもそうだったし、仮面ライダーもそうだ。視聴者には、ウルトラマンの正体は知らされていたかもしれないが、作中ではあくまでウルトラマンの正体は謎とされていて、どんなに強くても「味方」以上にしゃしゃり出る事は無かったのだ。

 自分の素性を周囲に隠していると言う点は、先行するアメコミ・ヒーローたちも同じなのであったが、このアメコミ・ヒーローと日本の正義の味方では、その設定で大きな違いがあった。

 大多数のアメコミ・ヒーローは、その正体が一般市民(富豪層であるケースが多い)であり、自分の強い意志で、悪と戦うヒーローに化ける。その戦闘用装備も、大体は自力で開発しているのだ。スーパーマンは宇宙人だったかもしれないが、彼の場合は、故郷の星が消滅して、すでに地球人に完全に同化していた。やはり、地球の一般市民のようなものであり、移民によって成り立ってるアメリカならではのキャラだったとも言えるのだ。

 しかし、日本の正義の味方たちは、このへんが、アメコミ・ヒーローたちとは大いに異なっていた。日本の正義の味方のその多数が宇宙人や非人間なのであり、我々人間からすれば「味方」と呼べる存在なのだ。彼らは、地球人に帰化しきっている訳でもない。わざわざ、地球の平和を守る為に、地球に派遣されているだけなのであり、彼らには帰るべき「正義の中枢本部」みたいな場所があるのだ。ウルトラマンだって、最初こそ、宇宙船が無くなって、地球から去れなくなってしまった、みたいな設定を与えられていたが、シリーズが長く続くほど、ウルトラマンの故郷である光の国と地球の間を楽に行き来できるようになっていってしまった。

 正体が生粋の人間であった場合でも、日本の正義の味方たちは、アメコミ・ヒーローと比べると、だいぶ違っている部分があった。日本の正義の味方たちは、そのほとんどが、自分の武装を、自分の力では開発していないのである。彼らのバックには、天才科学者だとか異世界文明などがあって、正義の味方になる為のアイテムは、連中から譲与されたものなのだ。正義の味方になる動機も、自身の意志と言うよりも、連中から委託されたからと言うケースが多い。

 さらに、アメコミ・ヒーローではほとんど考えられないパターンなのだが、日本の正義の味方は、もともと、悪の組織の一員で、その悪の組織を裏切ったり、あるいは、その悪の組織が開発した武装を横取りする事で、正義の味方を開業する事も少ないのだ。

 この、考えようによっては、あまりにも他人任せな日本のヒーロー(正義の味方)観と言うのは、どうやら、日本だからこそ思い付いたものだったのかもしれない。

 ご存知のように、日本は第二次世界大戦では大惨敗を喫し、それまでの価値観を全て破壊されてしまった。日本は、自分たちが正しいと信じていたからこそ戦争を続けていたのであり、それも敗戦国になった事で、勝者のアメリカたちによって、根底から否定されてしまったのだ。

 この歴史は、大変重要なキーポイントである。自分たちの誤りを叩き付けられ、力づくで認めさせられた事で、日本人は絶対的な正義の価値観すらも揺らがされてしまったのだ。正義を語ってみたくても、自分の意見が本当に正義だと言い切れる自信が無くなってしまったのである。

 かくて、正義の「味方」と言う考え方が、非常に受け入れやすくなったのであろう。自分たちが主張する正義が正しいと断言できない以上、外部の「味方」が持ち込んできた正義の方が素直に認められやすくなったのだ。

 戦勝国のアメリカが、自分の正義に絶対的な自信を持つヒーローばかりを生み出したのに対して、日本のヒーローたちが「正義の味方」と一歩身を引いた立場を取るようになった理由は、恐らく、ここにある。

 日本のヒーローとは、すなわち、日本国そのものの反映でもあったのだ。

 戦後の日本は、言うまでもなく、武力を放棄した平和国家となった。だから、日本のヒーローたちも、根底は平和主義者なのであり、自力で武装しようと言う考えを持ち合わせないのである。だから、彼らが武装する為には、彼らを武装させ、さらには「正義の味方」に任命する協力者が必要となったのだ。

 さらに、これが、人間以外の正義の味方であれば、もっと話が楽になる。彼らは、地球人(日本人)ではないから、いくら武装していても問題はないのだ。しかも、彼らは、我々人間にとっては、武装しない我々に代わって戦ってくれる用心棒みたいな存在になる。大胆に断言させていただくならば、人間以外の正義の味方とは、日本にとっての在日アメリカ軍のようなものだったのだ。

 もちろん、実際のアメリカは、日本そのものにも防衛力を持つように強要してきた。しかし、アメリカ本体の戦力やその影響力に比べれば、いまだに日本の戦力など前哨みたいなものにすぎない。それは、完全に怪獣防衛チームとウルトラマンの関係に重なり合うのである。

 ベトナム戦争(1964年〜)などを通して、アメリカの独善的な正義やその低迷が目立ち始めると、日本の正義の味方にも大きな変化が生じ始める事になった。武装した悪の組織の中から生まれる正義の味方(仮面ライダーデビルマンなど)の出現だ。別に、アメリカ軍が悪の組織と言う風に解釈されてしまった訳なのでもない。アメリカに正義の基準を置けなくなってしまった事で、武力そのものを悪と見なす発想が広まったのだ。武力そのものは悪の所有物と考えて、その武力を自分の意志で善として用いる、新しいタイプの正義の味方が提案されるようになったのである。

 ただし、この段階においても、やはり、自力だけで武装を開発しようと言う発想には届いていない。惨敗した戦争への嫌悪と、平和とは力を放棄する事だと言う、日本人の信仰は、そこまで強かったのである。

 しかし、時代が平成(1989年〜)になり、戦争を知らない世代がヒーローを描くようになりだすと、日本人の正義の味方観もかなり変わり始めた。ヒーローを「正義の味方」とも、あまり呼ばなくなってきている。

 1996年から始まる平成ウルトラマンは、他天体からの使者などではなく、人間そのものが変身したウルトラマンであった。平成仮面ライダー(2000年〜)も、悪の組織の内側から正義の味方が分離するのではなく、悪も正義も対等の立場(対の関係)から話が始まるような作品ばかりになった。今の日本のヒーローたちは、旧来の正義の味方と言う枠組みを抜け出し、ようやく戦争の呪縛からも解放されたのである。

 ところが、世界的には、面白い状況になり始めていた。日本の古き良き「正義の味方」たちが、今になって、アメリカや海外などで爆発的に受け入れられだしているのである。戦隊ヒーローものは、今日の日本の特撮ものでは、「正義の味方」の要素がもっとも色濃く残り続けているのだが、その海外版「パワーレンジャー」(1993年〜)は、「正義の味方」色がそのままであるにも関わらず、リメイク映画(2017年)まで作られる大ヒットとなった。

 このように、過去の日本的「正義の味方」が、海外の先進国や経済成長途上の国にも理解され、受けているのは、それらの国々の国民たちが、さまざまな挫折を通して、自国の絶対正義が信じられなくなってきていて、だからこそ、かつての日本のように、外部からやって来た正義のモラルや、自分たち自身は本当は平和を信仰していると言う根底の設定に、とても惹かれるものがあったからなのかもしれない、とも考えられそうなのである。


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最終更新日 : 2017-09-13 13:54:11

怪獣・怪人奮闘記

 「怪獣」と聞くと、すぐにゴジラのような巨大な動物が思い浮かぶが、そもそも、この「怪獣」と言う単語も、ゴジラにあわせて作りだされた造語なのでもなかった。もともと存在した「怪獣」と言う言葉を、ゴジラを説明する為に採用したところ、ゴジラの方が有名になりすぎて、「怪獣」と言う呼称が、全てゴジラ型の巨獣を指すような状況にとなってしまったのだ。

 国語辞典を引くと、「怪獣」とは「正体の知れない、あやしいけもの。」と書かれており、別に巨大である事は定義には含まれていない。実は、最初期の怪獣映画では、「怪獣」ではなく「大怪獣」と書かれているケースが多く、この「大」を付け足す事で、ゴジラやラドンらが、ただの怪獣ではなく、巨大な怪獣である事をほのめかしていたのだ。それが、現在では、怪獣と名乗るだけで、巨大な事が当たり前なぐらいにまで、イメージが定着してしまった訳である。

 「ゴジラ」(1954年11月)が、怪獣と言う言葉を最初に用いたSF映画である事はほぼ間違いない。

 実際には、「ゴジラ」とまるで同じストーリー展開の「原子怪獣現わる」と言う怪獣映画が、前年(1953年)にアメリカで作られていたのだが、日本で公開されたのは「ゴジラ」のあとだった(1954年12月)ので、この邦題はわざと「ゴジラ」に寄せて、付けられたものなのだ。ただし、「原子怪獣現わる」の原題は「The Beast from 20,000 Fathoms」であり、作中に出てくる怪獣リドサウルスは「Beast(獣)」と表現されているので、このへんが、日本でもゴジラを「怪獣」と呼ぶ事にした理由だった可能性はあるかもしれない。

 さて、「ゴジラ」が公開された当時は、まだ、これほどまで怪獣と言うキャラクターを世間に広めるつもりは、制作元の東宝にはなかったようである。ゴジラそのものの再登場は「ゴジラの逆襲」(1955年)公開後、7年も間をあけた「キングコング対ゴジラ」(1962年)までおあずけとなったし、その間にラドンモスラなどの新怪獣も創作されてはいたが、東宝自身は怪獣にばかり固執する気はなく、「地球防衛軍」のようなSF戦記や「美女と液体人間」のような怪人間ものなど、さまざまなジャンルに手を広げており、怪獣ものは、そうしたSFジャンルの一つにするつもりだったようなのだ。

 しかし、時代が進むにつれて、他のジャンルが行き詰まっていく中、怪獣ものばかりに注目が集まっていくようになる。やがて、特撮担当者の円谷英二が自分の映画会社(円谷プロ)を立ち上げて、「ウルトラQ」「ウルトラマン」などの怪獣番組をテレビで放送しだした事(1966年)で、怪獣と言うキャラクターも完全に確立した存在となるのだ。

 以降、巨大な怪物はどれも「怪獣」と言うカテゴリーに所属させられるようになる。よく考えたら、植物怪獣とかロボット怪獣とか呼ぶのは、明らかに誤った文法なのだが、そんな事も気にならないほど、怪獣と言う総称は世に認められてしまったのだ。

 あまりにも「怪獣」と言う呼び方がポピュラーになりすぎた為、各番組で差異を出そうと、違う呼び方を用いる事もあった。「仮面の忍者 赤影」の忍犬ならぬ忍獣「キャプテンウルトラ」星獣(バンデラー)、「快獣ブースカ」など。第二次怪獣ブーム(1971年〜)になると、氾濫しすぎた「怪獣」に対して、露骨に対抗した新しい呼び方も現われる。「ウルトラマンA」超獣はそうした意図のもとに発案されたものだったし、「サンダーマスク」魔獣「流星人間ゾーン」恐獣「デビルマン」妖獣なども、怪獣と並ぶメジャーな呼称になる事をひそかに期待して、命名されたのだろう。

 だが、最終的には、いずれの新名称も十分に浸透する事は無く、現在では、どれも「怪獣」の中にそのまま含められて、語られているのである。

 しかし、怪獣の範疇から離れ、独立した新カテゴリーになった呼称も、確かにあった。その一つが「怪人」である。

 もちろん、「怪人」も昔から存在していた単語だ。

 でも、第二次怪獣ブーム(1971年〜)で、等身大のヒーローものがぞくぞく作られだすと、怪獣とは呼びにくい敵キャラがぞろぞろ現われるようになってしまった。この連中は、獣扱いしづらいほど知能が高く、大きさも等身大で、あまりにも人間に近かった。だから、怪獣ならぬ「怪人」と呼ばれるようになっていったのだ。

 はっきりと、自作の敵キャラを「怪人」と名付けていた番組があった訳でもない。たとえば、「仮面ライダー」の敵キャラは改造人間であった。しかし、改造人間と言う言葉はやや文字数が多すぎて、言いにくく、代わりに頻繁に「怪人」と言い換えられて、それが当たり前のように普及していったのだ。「超人バロム1」の敵キャラは魔人「人造人間キカイダー」の敵キャラはロボット「変身忍者 嵐」の敵キャラは忍者、と言うように、各作品で微妙に敵キャラのディテールは違うのであるが、全部ひっくるめて、怪人と呼ばれるようになっていくのである。

 「マジンガーZ」(1972年)は、巨大ロボットアニメとして、特撮とは袂を分かつ形で、新たな潮流を作っていくのだが、登場する敵キャラの事は、あえてロボットとは呼称しなかった。代わりに「機械獣」と言う自作独特の呼び回しを採用するのだ。この事は、以降、量産されていく巨大ロボットアニメのほとんどに受け継がれていく。新作のどの巨大ロボットアニメでも、自作に出てくる敵ロボットには独自の呼び名を与えるのが必然みたいになってしまったのだ。そのほとんどの呼称は、本当に、その一作限りの呼び方として消えていったが、その中で、思いっきり成功して、後世まで生き残ったものと言えば、「機動戦士ガンダム」(1979年)のモビルスーツがあった。ただし、このモビルスーツですら、ガンダムシリーズでのみ用いられている限定的な呼称なのだ。

 怪獣ブームに便乗する形で、怪人以外にもいっきにメジャー化した呼称がもう一つあって、それが「妖怪」だった。今では、誰もがごく自然に使っている「妖怪」と言う言葉も、かつては、一般人とはほとんど縁遠い学術用語だったのだ。それを、水木しげるが自分のマンガに引っ張ってきて、かっこ良く使っていたところ、氏のマンガが大ヒットしちゃったものだから、いっしょに「妖怪」と言う言葉も知名度がアップしてしまったのである。

 「妖怪」が普及する前は、その種の存在を表す言葉としてはオバケ(1964年「オバケのQ太郎」)とか怪物(1965年「怪物くん」)、あるいは、幽霊などが用いられていた。あまり正確には分類されておらず、妖怪も死者の霊もごっちゃになっていたのだ。水木氏からして、明らかな妖怪である鬼太郎に「幽霊族」なんて種族名を与えていた。

 そもそも、怪獣とか怪人と言うのは、生物だったり、ロボットだったり、近代科学の説明の範疇にある存在だ。それ以外の、昔話の時代から語り継がれている魔性の、非合理的な超自然の怪物たちを呼ぶには、別の呼称が必要だったのである。

 オバケや怪物と言った曖昧模糊で大雑把な言葉を押しのけて、ここで「妖怪」がしっくりいく事になった。そもそも、東映が「悪魔くん」(1966年)の放送をはじめた時、「円谷プロが怪獣でくるなら、こっち(東映)は妖怪で対抗してやる」と言っていたらしいとの話なので、恐れ入る。

 こうして、第一次怪獣ブームが落ち着いた頃には、東映の所見が当たって、見事に妖怪ブーム(1968年〜)が到来したのだ。

 このように、「妖怪」と言うカテゴリーも「怪獣」と一緒に作られたおかげで、現在の我々もけっこうな恩恵を受けている。怪獣と同様に、妖怪も奥深く研究され、日本は、世界でも有数の妖怪博識国となったのだ。その事は、単に特撮やマンガやアニメなどの内容を豊かにしているだけではなく、ゲーム制作においても大いに活用され、クールジャパンの一端を担うほどにもなっているのである。

 怪獣、怪人、妖怪などの区別ができているのは、本当はすごい事なのだ。英語圏では、これらの存在は一括してモンスター(monster)で表現されてしまう。キングコングも狼男も宇宙人も、大きなカテゴリーでは、皆、モンスターになってしまうのである。微妙なニュアンスの違いも感じ取れず、実に趣きがないのだ。

 特撮や怪物が好きな人間としては、日本で産まれる事ができたのは、本当に幸せなのである。


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最終更新日 : 2017-09-13 13:49:21

怪獣ブームとは何か?

 毎年のようにウルトラマンや仮面ライダーの新作が発表されている現在(2017年)では信じられない話かもしれないが、昭和の時代には、怪獣や特撮ヒーロー人気は一過性のものだと思われていた。これを、当時の言葉では、怪獣ブームと呼ぶ。しかも、怪獣ブームは一回限りのものではなく、短期間の間に三回も巻き起こったのだ。それぞれが、第一次、第二次、第三次と呼ばれており、このように同じ内容のブームが何回も繰り返されたのは、昭和でも異例の話である。

 日本の怪獣史、特撮ヒーロー史を語る上でも、この三つの怪獣ブームは、無視してはいけない重要な位置づけにあり、これらの歴史を知らない今の若者向けに、少し解説しておく事にしたいと思う。

 最初の怪獣ブームは、テレビで「ウルトラQ」「ウルトラマン」が続けて放送された事(1966年〜)で始まった。もちろん、「ウルトラQ」ははじめて怪獣を扱った作品ではないし、ウルトラマンも日本初の特撮ヒーローだった訳でもない。

 しかし、それ以前に、怪獣の出てくる映画「ゴジラ」(1954年)が大ヒットした時は単にゴジラブームと呼ばれただけだったし、国産テレビヒーロー第1号の「月光仮面」(1958年)が放送されて、爆発的人気を得た時も、ただの月光仮面ブームとしか言われなかった。

 「ウルトラQ」が怪獣ブームの火付け役になった真の理由は、「毎回、新しい怪獣を登場させ、一気に怪獣の数を増やした」からに他ならない。当時は、劇場用映画でも、怪獣が出てくる特撮ものは手間とお金がかかる大作だと見なされており、それを、テレビドラマとして放送する上、週一ペースで新怪獣を登場させるなんて、まさに驚異の出来事に思われたのだ。

 もっとも、「ウルトラQ」はたっぷり1年以上かけて全話を製作したものを、全て完成してから、放送を始めるという形をとっていた。しかし、その後を継いだ「ウルトラマン」は、放送と同時進行で撮影も行なっており、確かに、週一ペースで1話分のエピソードを作り上げるという神業を成し遂げていて、その制作スタイルが現在の特撮ヒーローものにまで受け継がれてゆく事となったのだ。

 同時期、「ウルトラQ」(円谷プロ)人気に便乗するように、他の映像制作会社も、競って怪獣ドラマを作り出した。ピープロが「マグマ大使」(1966年)を、東映が「悪魔くん」(1966年)を、さらに、東映は「ウルトラマン」の後番組となる「キャプテンウルトラ」(1967年)も手がけている。宣弘社(「光速エスパー」)や国際放送(「コメットさん」)も、本格怪獣ものではないながら、この怪獣ブームの期間に特撮ものを送り込んでおり、他方で、映画業界でも、1967年には、日活(「大巨獣ガッパ」)や松竹(「宇宙大怪獣ギララ」)まで怪獣映画を作って、この怪獣ブームに参入してくるなど、まさに業界全体を巻き込んだかのような、たいへん賑やかな状態となっていた。

 なぜ、ここまで、世間では怪獣が流行り、もてはやされる事になったのだろうか。

 この点については、1971年の「小学一年生」(小学館)が「子どもと怪獣」という記事の中で、とても興味深い考察を述べている。(この記事は、小学館「学年誌ウルトラ伝説」が再録)

 それによると、子どもというのは集める事(コレクション)が大好きなのだ。それで、百花繚乱と世の中に溢れた怪獣に、子ども達はいっせいに目を奪われてしまったのである。

 このように考えると、過去の子ども達のブームは、確かに同じスタンスで共通していたようにも思われるのだ。いまだ衰えぬ人気のアンパンマンポケモンをはじめ、古くはキン肉マンビックリマン、最近のヒット作としては妖怪ウォッチに至るまで、それらには、沢山のキャラクターたちが溢れかえっており、それらの情報を集めて、より詳しくなりたいという知識欲を刺激されるからこそ、子ども達はそれらに夢中になってしまうのではないかとも考えられそうなのである。

 しかし、そのような子ども達の絶大の支持を受けて、大きく膨れ上がった怪獣ブームも、数年で急速に終焉へと向かってしまう。子どもの興味の移り変わりは早いのだ。

 円谷プロのウルトラ・シリーズは「ウルトラセブン」(1967年)で終了となり、東宝も怪獣映画の最終総決算にするつもりで「怪獣総進撃」(1968年)を作り上げた。のみならず、他の映像制作会社も次々に巨大怪獣ものからは手を引きはじめ、ある意味では、子ども達が完全に飽き切る前に、発信者側がさっさと怪獣ブームに引導を渡してしまったのである。

 怪獣ブームに代わって、世に席巻したと言われているのが、妖怪ブーム及びスポ根ブームである。妖怪ブームに関して言えば、東映が「悪魔くん」を作っていた頃から、すでに怪獣ブームからの移行が始まっていたのだと言えよう。そして、円谷プロすらも、怪獣ブームの後は、妖怪ブームだと言わんばかりに、「怪奇大作戦」(1968年)なんてドラマを制作しているのである。

 しかし、怪獣ブームの方も、完全に廃れてしまっていた訳なのでもなかった。

 先の怪獣ブーム(第一次怪獣ブーム)で制作された怪獣番組が、テレビで繰り返し何度も再放送されていくうちに、子ども達の関心は再び怪獣へと戻りだしたのだ。やはり、子ども達というのは、異形のもの(怪獣)をコレクションする事が好きだったのである。いまいちコレクション対象が明確化しなかった妖怪やスポ根ものにはない魅力を、子ども達は怪獣から感じ取ったらしいのだ。

 こうした怪獣ブーム再燃に特に一役買った番組の一つに「ウルトラファイト」(1970年)があったとも言われている。この番組は、過去の「ウルトラマン」の映像や新撮映像にプロレス風のナレーションをつけただけのミニ番組だった。ある意味、スポ根ブーム譲りのプロレス要素と怪獣ものならではキャラクター性が、子ども達のハートをがっちり掴んだ可能性があるのだ。

 なおかつ、同時期は、第一次怪獣ブームの時にウルトラ・シリーズの掲載権を獲得できなくて苦汁を嘗めた小学館が、ひたすら根回しを行なっていた。その甲斐あって、今度は円谷プロから正式な掲載権を勝ち取った小学館は自社の児童誌に大々的にウルトラマンを載せまくったのだ。この頃の子ども達はほとんど全員が小学館の児童誌(「幼稚園」「小学○年生」など)を読んでいた。テレビに復活する事になった新しいウルトラマンの情報は、一気に子ども達の間で広まったのだ。

 こうして、テレビの画面に、再び怪獣たちが復活する事になるのだが、それは単なる第一次怪獣ブームの内容の焼き回しではなく、独自の方向へと歩き出す事となった。

 例えば、第一次怪獣ブームの正義の味方たちは、孤高の無敵のヒーローの印象が強かったが、この再来した怪獣ブーム(第二次怪獣ブーム)のヒーローたちは、どこか人間味が濃かった。ウルトラマンにせよ、仮面ライダーにせよ、常に不敗な訳でもなく、敵に一度負けた後は特訓して、自分を鍛えて、強くなったりするのだ。さらに、その看板ヒーローをサポートするような家族ヒーローや仲間ヒーローみたいな存在がぞろぞろ登場するようになった。これらは全て、先行するスポ根ブームから取り込まれた要素だったのだ。でも、それらのアイディアは、見事に新ヒーローたちとの上手な融合を果たし、第二次怪獣ブーム以降のヒーローたちの欠かせない魅力の一つとなっていくのである。

 円谷プロ(1971年「帰ってきたウルトラマン」)やピープロ(1971年「スペクトルマン」)が、前回のブームの時と同様の巨大ヒーローものを手始めに作ったのに対し、東映は、予算の効率化などを考えたのか、他社と同じ方法論を用いなかった。代わりに、東映は、第二次怪獣ブームでは、まず等身大のヒーローもの、すなわち、「仮面ライダー」(1971年)で勝負してきたのである。

 その結果、新しいタイプのヒーロー像として、ウルトラマンにも負けないぐらい、仮面ライダーは子ども達の人気をひっさらう事となった。この事によって、第二次怪獣ブームは、別名・変身ブームとも呼ばれるようになったのである。

 なぜ、そこまで「仮面ライダー」が成功したのか、ここでは詳しい解説は行わない。だが、この「仮面ライダー」のヒットのおかげで、第二次怪獣ブームは、巨大ヒーローだけではなく、等身大ヒーローも乱立させる事となったのである。その勢いに飲まれて、巨大ヒーローものの老舗である円谷プロまで、「トリプルファイター」(1972年)なんて等身大ヒーローを作ってしまったほどなのだ。

 当時の状況を知る生き証人の私から言わせていただくと、当時の児童誌は、掲載権の関係からか、ウルトラマン派か仮面ライダー派かに完全に分かれていたようである。つまり、小学館の児童誌は、新作ウルトラマンの掲載権を一手に独占していたが、一方で、「テレビマガジン」「たのしい幼稚園」などの講談社系の児童誌や「冒険王」などの秋田書店系の児童誌は、対抗するように、仮面ライダー中心の誌面作りを行っていたのだ。のみならず、それ以外の新規ヒーロー達も、どちらの児童誌で扱われるかが、ほぼ真っ二つに振り分けられていたようである。面白い事に、一つの映像制作会社の作品が、片方の児童誌ばかりに偏っているという訳なのでもなく、けっこう法則性もなく、バラバラに振り分けられていたのだ。このへんは、いろいろと大人の思惑もあったのかもしれない。(注1)

 こんな感じで、雑誌同士で取り合いができちゃうほど、第二次怪獣ブームの期間(1971〜1974年)は、無数のヒーローものが作られていた次第なのだが、その勢いも再び衰えてゆく事になった。

 その原因は、1973年に世界を震撼させた石油ショックだとも言われており、この石油ショックのおかげで、番組制作費が高騰し、特撮や着ぐるみ代で予算のかかるヒーローものが作れなくなったとも説明されているのだが、実際にはそれだけが理由でもないような気がする。

 第二次怪獣ブームの頃は、まさに怪獣や正義の味方の過密状態と化していたのだ。毎日一本は必ずヒーローものが放送されていた。のみならず、ヒーローものやアニメが裏番組同士となって衝突して、どちらを見るかで、当時の子ども達の頭を悩ますほどにもなっていたのだ。

 これでは、よほどの怪獣好きでも、全てのヒーロー番組を十分に把握網羅できないのである。第一次怪獣ブームの頃は一匹一匹の怪獣が一つのキャラクターとして大事に愛されてきたが、第二次怪獣ブームになると、敵キャラは完全に使い捨ての消耗品状態になっていった。記憶に残らないから、すぐに忘れられて、長続きもしないのである。そのような事を短期間に一気に展開したものだから、せっかくの怪獣、ヒーローと言う商品も、たちまちに使い尽くされてしまい、マンネリとなって、自滅の道を辿ってしまったのだった。

 そのように、ネタ切れの苦悩の末に、ゴジラ映画やウルトラマン、仮面ライダーなどの人気シリーズも次々に終了していく。こんな状況では、単発の特撮ヒーローだって生き残れたはずがないのである。こうして、大人達の商業主義に弄ばれて、骨の髄までしゃぶり尽くされたような形で、第二次怪獣ブームも幕を閉じていったのだ。

 しかし、このように、乱雑に作られすぎたからこそ、あとには、研ぎ澄まされた作品が新たに生まれる事になったと言う、怪我の功名もあった。

 今なお、そのシリーズが続く戦隊ヒーローの第一弾「秘密戦隊ゴレンジャー」の放送が始まったのが、1975年である。まさに、第二次怪獣ブームの終了が囁かれていた時期であり、制作元の東映も、ヒーローものの最後の決定版にする覚悟で世に送った作品が、この「ゴレンジャー」だったのだ。

 そして、テレビや映画館、雑誌などからはいっせいに怪獣たちの姿が消えていったように見えても、この頃、早くも、次の怪獣ブームへの足がかりができ始めていた。

 ゴジラブームや第一次怪獣ブームで育った子ども達が次第に作り手の側へと回り始めていたのである。彼らは、第一次怪獣ブームの栄華を懐かしみ、内心では、怪獣ブームのあの楽しさを再び世に広めたいと願っていたのだ。

 その最初の兆候が、書籍のジャンルから現れる事になる。

 例えば、ケイブンシャは、第二次怪獣ブームの頃から「原色怪獣怪人大百科」(1971年)と言うポスター形式の怪獣図鑑を発売して、各ヒーロー番組に出てきた怪獣たちを満遍なく紹介する事に努めていたのだが、この本が「全怪獣怪人大百科」(1974年)に形を変え、途絶える事もなく、毎年、最新版が発売されて、しかも、年を追うごとに、内容もどんどん充実していった。メジャーなウルトラマンや仮面ライダー以外のヒーローや怪獣のデータも知る上での、子ども達にとっては特に貴重な情報源となり、さらには、子ども達を今まで通り怪獣に繋げておく楔の役割も果たしたのだ。

 さらに、第二次怪獣ブーム以降は、全体的にアニメが流行っていたのだが、そんなアニメを題材にするなら特集本(ムック本)も作れる環境において、朝日ソノラマは「空想特撮映像のすばらしき世界」(1978年)と言うムック本を発売した。あくまで、古き良きウルトラマンを懐かしむ事だけが目的の本だったはずなのだが、この本が新たな反響を呼び、怪獣や特撮ヒーローを再燃させるきっかけとなったのだ。

 では、この「空想特撮映像のすばらしき世界」のどこが、それほどまで衝撃的だったのだろうか。

 実は、これまでの雑誌や児童向け怪獣図鑑などでは、番組の放送データがまとまった形で掲載された事がなかったのである。ほんとに、正義の味方や怪獣などのキャラクターの紹介に徹したようなものばかりだった。1966年に発行された「ウルトラマン怪獣大百科」(ミュージック・グラフ)には「ウルトラQ」の放映リストが載っているが、しかし、その放送順は全くデタラメだったりする有様なのである。(このリストは、講談社「ウルトラQ画報」が再録)

 第二次怪獣ブーム以降のアニメブームでは、その支持者がやや年長だった事もあって、ただ作品のキャラクターやストーリーを楽しむだけではなく、各話のサブタイトルや制作者の担当情報までもが重視された。その傾向や鑑賞スタイルが、特撮ヒーローものへも移行された結果、これまでの怪獣本とはタイプが全然違う「空想特撮映像のすばらしき世界」が誕生する事となったのだ。

 さらに、過去の怪獣ブームの時に作られた怪獣本と言うのは、怪獣絵師なる存在がいて、スチール写真よりも、怪獣絵師の描いたイラストを使って、紙面を構成していくのが定石だった。ところが、怪獣ブームの衰退とともに、怪獣絵師もほとんど居なくなってしまい、新しい怪獣図鑑はもっぱらスチール写真ばかりを使って、怪獣などのキャラクターを紹介するようになった。

 その事が、むしろ新鮮に見え、あるいは、いかにも大人向けの専門書のような雰囲気を醸し出し、怪獣なんてガキっぽいと言うイメージを抱いていたマセた子ども達の心にも響いて、再び彼らを引き付ける形となったのである。

 こうして、まさかの第三次怪獣ブームと言うものが世に巻き起こったのだった。

 上述したように、この三回めの怪獣ブームは、書籍の世界から始まり、緩やかにテレビや映画をも侵食していった。本を通して、ウルトラマンなどの魅力を再発見した子ども達が、写真だけではなく、動く映像をも見てみたいと熱望した結果なのである。

 最初こそ、それは再放送であったり、昔のフィルムの再編成(1979年「実相寺昭雄監督作品ウルトラマン」など)みたいな形をとったが、ファンの間では、やはり新作のウルトラマンや仮面ライダーを作って欲しい、と言う声が広がっていった。

 かくて、第三次怪獣ブームの要となる「ウルトラマン80」(1980年)や「仮面ライダー(新)」(1979年)などの作品が作られる事となったのだ。にも関わらず、その評価はかなり微妙なもので終わってしまった。ファン達は、あまりにも過去の作品の再来を期待しすぎていたのである。その為、制作する側では、懸命に、新しいヒーロー像を作ろうとしていたのだが、十分なファンの賛同を得られず、盛り上がらないまま、せっかくの怪獣ブームの寿命も加速的に縮めてしまったのだった。

 第三次怪獣ブームが存在したのは事実だが、その時期をいつからいつまでと断定するのは難しい。復活したウルトラマンは1983年の「アンドロメロス」で、同じく仮面ライダーは1982年の「仮面ライダーZX」で、再び、そのシリーズの幕を閉じるのだが、実は、東映は、この1982年に、新しい特撮ヒーローとして「宇宙刑事ギャバン」を登場させ、その流れはメタルヒーローシリーズと呼ばれる事となって、のちの平成仮面ライダー・シリーズへと繋がっていったのだ。一方で、「ゴレンジャー」以降、脈々と続いていた戦隊ヒーロー・シリーズの方も、1980年の「電子戦隊デンジマン」によって、その定番スタイルを完全に確立し、長寿シリーズとしての道を歩み出している。総合的に考えれば、怪獣ブームは決して終わってなどはいなかったのだ。

 怪獣ブームが絶やされなかった背景としては、書籍業界の方が、相変わらず、特撮ヒーローや怪獣の話にご執心だった事もあげられる。(注2)「空想特撮映像のすばらしき世界」が怪獣図鑑に新風をもたらした事は、そのまま、過去の特撮もの全ての扱い方に影響を与える事となった。

 実は、第二次怪獣ブームの時代は、雑誌や怪獣図鑑も、溢れ返るタイムリーな作品の情報を扱うだけで精一杯の状態になっており、第一次怪獣ブームの頃の作品については、ほとんど触れなくなっていたのだ。せいぜい、新作ウルトラマンに絡めて、旧作ウルトラマンの話も語られる程度だった。

 白黒の作品なんて、完全に過去の遺物化されて、いっさい顧みられなくなっていた。「ウルトラQ」や「悪魔くん」のような第一次怪獣ブームを牽引した作品まで、白黒作品ゆえ、その情報は闇の彼方へと埋没させられていたのである。

 それが、第三次怪獣ブームが訪れた事で、そうした幻の作品ほど、大いに注目されるようになっていった。それこそ、「ウルトラQ」以前の「月光仮面」(1958年)や「少年ジェット」(1959年)みたいな作品まで発掘されだしたのだ。ちなみに、「月光仮面」は、このブーム再燃の勢いに乗って、1981年には完全新作の劇場版まで作られている。

 時をほぼ同じくして、海外からは「スター・ウォーズ」(日本公開1978年)や「エイリアン」(1979年)みたいなヒットSF映画が次々に日本に上陸しており、出版業界では、そうした方向からのアプローチでも、特撮のネタで事欠かなくなっていた。外国のSF映画やら日本の古い特撮番組やらの話題を織り交ぜれば、いくらでも新しい本を発行できる環境が整っていたのだ。

 児童向けのミニ図鑑でも、そうした系統の特撮本が大量に発行されたが、極め付きは、やはり、「空想特撮映像のすばらしき世界」を手がけた朝日ソノラマで、この流れに乗っかって、とうとう、1980年からは「宇宙船」と言う特撮専門雑誌を刊行し始める。その内容は、大人のマニアを対象にしたものであり、児童向けの図鑑にはない詳しさで、国内外の新旧の怪獣・特撮映画の情報を的確に整理しだしたのだ。この「宇宙船」の先駆的功績がなければ、今でも日本の過去のテレビ特撮史は手つかずのままだったかもしれない。

 第三次怪獣ブームの実態は、こうした、過去の資料の採掘のブームでもあった。温故知新した、新しい特撮ファン達が、新作が作られる事を渇望するようになり、それが「ウルトラマン80」や「仮面ライダー(新)」を誕生させる原動力となり、少し遅れてゴジラの復活(1984年「ゴジラ(新)」)まで実現させたのである。

 ウルトラマンを生み出した第一次怪獣ブームや、仮面ライダーを生み出した第二次怪獣ブームに比べると、第三次怪獣ブームは地味な印象をお持ちの方も多いかもしれないが、この第三次怪獣ブームでの過去資料の整理という段取りがなければ、現在の特撮ヒーロー文化はうまく根付いていなかったかもしれない可能性もあるのだ。

 さて、怪獣ブームと呼ばれるものは、この三つが全てである。

 その後も、定期的に、ゴジラやウルトラマンや仮面ライダーなどが通年で制作されて、時には、同じ年に全ての作品が出揃うような事もあったが、しかし、そんな時でも、怪獣ブームなどとは、もう二度と呼ばれはしなった。

 その理由は、1980年代になってから、家庭用ビデオが一般にも大普及した事とも関係している。ビデオが広く世間に出回った事によって、民間の特撮ファンたちも楽に昔の名作特撮や公開されたばかりの新作特撮を何度でも繰り返し鑑賞できるようになったのだ。

 それ以前は、そうした好きな特撮作品を見たければ、猛烈に騒ぎ立てて、制作元へと強く訴えかけ、テレビで再放送してもらうなり、劇場でリバイバルしてもらうしかなかった。すなわち、そうしたファン達の熱い呼びかけや運動がブームを盛り立てていたのだ。

 しかし、ビデオなどの登場で、ファン達もそこまで激しく世間に訴える必要がなくなってしまった。見たい作品や欲しい作品は、だいたい、ビデオによって安易に手に入るのだ。

 皆が冷めてしまった訳ではない。ブームとして無理に担ぎ上げる事もなく、特撮ものとか怪獣は、ごく自然に、日常の一部として定着してしまったのだ。ゴジラやウルトラマンの新作が作られるたびに、いちいちブームだとか言ってられないほど、怪獣やヒーローたちは我々のごく身近な存在にとなってしまったのである。

 そして、今日があるのだ。すでに、そのような状況が30年近く続いている。特撮、怪獣ファンにとっては、本当に充実した時代となったのかもしれないが、ここにたどり着く前は、昭和の時代の怪獣ブームが、コツコツと今の下地を築いていてくれたと言う事も、決して忘れてはいけないのである。

 

注1 第二次怪獣ブーム期の特撮番組の振り分けは以下のとおり。

  小学館

第二期「ウルトラマン」シリーズ、「シルバー仮面」、「ミラーマン」、「快傑ライオン丸」シリーズ、「人造人間キカイダー」シリーズ、「緊急指令10-4・10-10」、「サンダーマスク」、「突撃!ヒューマン」、「アイアンキング」、「ファイヤーマン」、「魔人ハンターミツルギ」、「ジャンボーグA」、「クレクレタコラ」、「イナズマン」シリーズ、「光の戦士ダイヤモンドアイ」

  講談社・秋田書店

「仮面ライダー」シリーズ、「スペクトルマン」、「好き!すき!!魔女先生」、「快傑ライオン丸」シリーズ、「超人バロム・1」、「変身忍者 嵐」、「トリプルファイター」、「行け!ゴッドマン」、「愛の戦士レインボーマン」、「流星人間ゾーン」、「白獅子仮面」、「ロボット刑事」、「スーパーロボット レッドバロン」シリーズ、「鉄人タイガーセブン」、「電人ザボーガー」

  黒崎出版(「テレビランド」)

仮面ライダー」シリーズ、「愛の戦士レインボーマン」、「超人バロム・1」、「変身忍者 嵐」、「人造人間キカイダー」シリーズ、「ロボット刑事」、「イナズマン」シリーズ、「光の戦士ダイヤモンドアイ」、「電人ザボーガー」

注2 「アンドロメロス」「仮面ライダーZX」も、実際は、テレビ放送の方が沈静化したあと、雑誌による企画で盛り上がり、テレビ放送に漕ぎつけた作品である。


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最終更新日 : 2019-06-21 09:28:25


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