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学生時代

あれはいつの頃だったかな。

 学生時代。学ランを着ていたから中学時代の筈だ。普段は使わないけど寝坊した時に近道に使うお寺があったんだ。

 と言っても学校も家も割と都会にあったし通るのはいつも朝だったから別に怖くもなんともなかった。ただ中は迷路みたいに入り組んでいて、墓地の中を自転車で走るのだけど時々しか使わない道だからいつも迷いそうになっていた。それでもそこを使うと普段の道より10分も早い上、寺を出たところがちょうど下り坂になっていて学校のすぐ横の道まで一直線だったからその道のことは好きだった。下り坂を自転車で一気に下りていくのは爽快だったしな。

 迷いそうになったとき目印にしていたのは小さい古い神社だった。小さいながらも鳥居があったから間違いない。今、考えると寺の中に神社があるのは何とも不思議な気がするけれど、当時はそんなこと思ってもいなかった。その神社を横目に左に曲がるとすぐ出口があって、目の前に長い下り坂がある。そこを下るだけで学校まで一直線だ。

 何でそうしたのか分からないが、一度だけ帰りにもその道を使ったことがある。確か好きな番組を観ようとして急いでいたのだと思う。当時はバラエティ番組が好きだった。薄暗かったけど夕方だったしそんなに怖い雰囲気ではなかった。神社の前を左に曲がって墓地の中を逆にたどる。不思議なものだ。いつもと同じ道なのに逆から通ると全く違う景色に見える。

…様子がおかしい。いつもこんな雰囲気だっただろうか。空気はやけに黄色いし墓石もこんなに古くなかった。これは迷ったな。そういえばいつもと同じ道を逆に行くだけなのに家がある方向とは全く違う方向に向かっている。まずい。これじゃ「めちゃイケ」に間に合わない。焦って元来た道を戻ることにした。おかしい。こんなにこの寺、広かったっけ。かれこれ30分は走っている。いくらなんでも神社が見えてもおかしくない筈だ。怖くなってきたときに神社の前までたどり着いた。そこで気がついた。そうだ。俺はあのとき神社の前を左に曲がっていたのだ。そりゃ迷う訳だ。神社の前を右に曲がって急いで家に帰ったらどうにか「めちゃイケ」には間に合った。

 それ以来、不思議と寝坊もしなくなってその寺を使うことはなくなったんだ。

迷い道

 今、俺はその寺の前にいる。大学時代に引っ越してから早10年。この街に戻ってくることになった俺は何もかもが懐かしくて色々な場所を見て回った。学校や溜まり場だったゲーセン。コンビニ。そうやって見ていくうちに学生時代の気持ちを思い出して、時が経つのは早いものだなあと感慨深げにつぶやいたりした。まだ回っていない場所はないかと考えていたとき、ふと近道に使っていたあのやけに広い寺のことを思い出した。都会の中にあるくせに敷地がやけに広く中も入り組んでいるために迷い易いのだ。今でも俺は道を覚えているだろうか。

 今、俺はその寺の前だ。万福寺と書かれている。当時は名前のことなど気にも留めなかったのだが、この寺にも名前があったんだよな。あのころとは違って徒歩で来た俺は中に入っておぼろげな記憶を頼りに学校を目指すことにした。まずは、本堂の脇を通って墓地に入る。そこから最初の三叉路は左。次は右。道なりに進んでいって、途中、何気なく歩いていたら見落としそうな細い道を行く。すると神社が見える。寺の中に神社があるだなんてやはり不思議だ。明治期の神仏習合で一緒になったのだろうか。神社の前を左に曲がると後は一本道ですぐ出口の筈だ。自分の記憶を少し誇らしげに思いながら神社の前を曲って歩く。

10分ほど歩いただろうか。おかしい。こんなに遠かっただろうか。当時は自転車だとはいえ3分もかからずに出口に辿り着いた気がするのだが。もしかしたら覚えていないだけで神社の前を曲がった後にもう一つ曲がらなくてはいけない道があったのかもしれない。

肌寒くなってきた。妙に空気が澄んでいる。いつの間にか墓地を抜けていたようだ。完全に迷ったかもしれない。だが、記憶があいまいなだけで本当は合っていることも否定できなかったのでそのまま進むことにした。しばらくすると、鳥居とその奥の大きな拝殿を見つけた。せっかくなのでお参りすることにする。何となく不安だったからだ。寺とか神社には独特の雰囲気がある。何かこの世のものではないようなそんな雰囲気。もしかしたらもうこのまま出れないのではないか。そんな不安もあって神様にお参りすればご利益があるかもしれないと思ったのだ。賽銭箱に5円玉を投げ込み22拍手1礼をする。何となくすっきりした気分で、きっとこのまま進んでいればあの下り坂にすぐ辿り着くさと楽観的になっていたところ、白い壁に囲まれた広場の様な場所に出た。

一瞬、呆気にとられた。神主らしき人物が壁の上からシャワーの様に水を大量に撒いている。ホースの先に付けてシャワー状にできるアレだ。そして、広場には1人の老人がありがたそうにその水を浴びて突っ立っている。神主にはこれ以上ないくらい不似合だしそれをありがたそうに浴びるじいさんというのも異様な組み合わせだが、当人たちは平然としているから、きっとそういうものなのだろう。どうやらここを通りぬけないと先には進めないらしい。シャワーは間断なく延々と降り続いて一向に止む気配がない。関わり合いになりたくないが、どういう訳かここを通り抜ければ出口の様な気がしたのでびしょ濡れになるのは嫌だが、仕方なく通り抜けることにした。通り抜けざまに老人に軽く会釈する。すると老人も会釈を返してくれた。

 広場を抜けると真直ぐの道に出た。奥に大きな鳥居が見える。どうやらあれが出口らしい。学生時代にはあんなものを見た記憶はないのだが、とにもかくにも出口だ。もう俺は歩き疲れた。細かいことは学校に着いてから考えれば良い。学校の近くにカフェがあるからそこで一息つこう。心なしか早足になって出口の鳥居の前まで来ると、ちょうど頭くらいの大きさの石が足元に転がっていた。疲れていたし邪魔だったのでイライラをその石にぶつけようと蹴ると、案外軽くて境内の外まで出ていってしまった。転がっていった石を目で追うと裏側に何かが書いてあった。

「四」。

 なんのことだろうと思って周囲を窺うと鳥居のすぐ横に石が台座の上に3つ並んでいた。それぞれ「一」、「ニ」、「三」と書いてある。そして、「三」の横には空いた台座が一つ。

もしかして…。

なんとなく怖くなったので、さっき蹴飛ばした石を、境内の空いている台座の上に置くことにする。凄く重い。なんとか台座の上に置くことができたので安心して学校に向かうことにした。

 砂利道を歩いて学校に向かう途中、二人の男とすれ違った。緩やかな服装とやけに背の高い帽子を身に付けたその男たちは、何やら小さな生き物を連れている。見たことのない生き物だ。いやあれは確かマンガで見た小鬼の姿に似ている。見れば見るほど似ている。

おかしい。都会なのにこんな砂利道だし、あの男たちは平安貴族みたいな恰好をしている。本当に違う世界に迷い込んだみたいだ。怖くなって元来た道を戻ろうとすると何もなかった。良く考えてみれば寺を出たらすぐあるはずの下り坂もない。

何がいけなかったのだろうか。神社にお参りしたことか。それともあの水を浴びたことか。やはりあの石が原因か。そもそもあの寺に行ったのが間違いだったのか。気が狂いそうになりながら、必死にさっき見た鬼のような生き物をカワイイと思う自分を否定した。違う。あんな生き物がカワイイだなんて感覚までおかしくなってきたのか。絶対に違う。俺は正常だ。

いや俺が正常だとするならば、そもそもこれは現実なのか。現実だったらさっきまでの記憶はどうなんだ。さっきまで確かに俺はコンクリートに囲まれだ世界にいたはずだ。子供時代の記憶だってある。遊園地にだって行った。だとしたら今のこれは夢に決まっている。そうじゃなきゃおかしい。試しに頬をつねってみる。おかしい。目が覚めない。もう一度。今度はもっと強く。目が、覚めない。いつの間にか手に持っていた刀のようなもので頬を切り裂いてみる。おかしい。痛くないぞ。何度も刺す。痛くない。やっぱりそうだ。これは夢だったんだ。


 

ま、本当に夢だったんだけどな。何だよ。そんな顔で見るなよ。お前が怖い話をしろって言うからしてやったんだろ。もう随分前に観た夢だからうろ覚えだけどな。

 

古傷の後をぽりぽり掻きながら先輩が愉快そうに話す。Tシャツの中のカワイイ鬼のキャラクターが僕に向かって微笑んだ様な気がした。


この本の内容は以上です。


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