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実例2、美空ひばりさん

実例2、美空ひばりさんの12年の春夏秋冬の運勢周期

 美空ひばりさんの歩みは、既に第六章で三つの運勢周期で表しました。

 さらに、草思社発行の「ひばり自伝」と光文社発行の「美空ひばり」を参考にして、美空ひばりさんの結婚について、12年の春夏秋冬の運勢周期に従って説明します。

 

 1937年5月29日に横浜市磯子区で生まれました。

 美空ひばりさんが生れた日の干支と生れた年の十二支を四柱推命の本で調べてください。

生れた日の干支は丙辰 生れた年の十二支は丑になっていました。

 

 生まれた日の干支は何回目の組み合わせかを探し出し天中殺の十二支を出します。

丙辰は六回目の組み合わせの中にあります。天中殺の十二支は、子と丑です。

 

 生れた十二支の陰陽と同じ陰陽の天中殺の十二支だけにします。  

丑は陰です。天中殺の年を同じ陰の丑だけにします。

 

 生まれた年と同じ陰陽の天中殺の十二支を、冬の真ん中、D2に入れます。

冬のど真ん中、D2に丑年を入れます。

 美空ひばりさんが、当時映画俳優であった小林旭さんに始めて出会ったのが1961年夏です。この1961年が丑年になっていました。1961年をD2に入れて、美空ひばりさんの12年の運勢周期を作成することにします。

 

1966年2月4日から 1967年2 月4日から  1968年2月5日から 

                   B1       B2               B3

         準備期      開花    準備期 

                    夏   

1965年2月4日から A3成長          C1結実1969年2月4日から

        

1964年2月5日から A2成長 春       秋 C2結実1970年2月4日から

     

1963年2月4日から  A1形成             C3結実1971年2月4日から

                   冬 

             準備期    準備期    準備期           

                D3               D2          D1

 1962年2月4日から 1961年2月4日から 1960年2月5日から 

  

12年の運勢周期から見た美空ひばりさんの結婚の運勢

 美空ひばりさんは、いつもお母さんとともに様々な困難を克服して、芸能界で歌手として成功してきました。しかし、結婚だけは違っていました。

 「やっぱりどこかよくないところがあるのよ。もう少し、そのあたりがわかってくるまで、待ってみる気はないの?」との、お母さんの忠告を押し切って、結婚については自分一人で決めてしまいます。

 これまで美空ひばりさんはお母さんにすなおに聞き従ってきたのに、結婚だけは強引に自分を主張します。

 美空ひばりさんは、25才の誕生日に、1962年5月29日に小林旭さんとの婚約を記者たちに発表します。そして、1962年11月5日に結婚します。

 1962年はD3、美空ひばりさんの冬の三年間の後期に入っていました。1963年2月4日のA1春の初期になるまで、冬の3年間が終わるまで、もう1年待つことができさえすれば、美空ひばりさんの結婚の運勢は大きく違ってきたのです。

 美空ひばりさんが小林旭さんに初めて会ったのは、1961年夏、日本コロンビアのレコーデング スタジオでした。1961年はD2、身空ひばりさんの冬のど真ん中の年です。

 特に冬の三年間に出会う人は、貴重なアドバイスをしてくれる友人になれても、夫婦となると長続きしないのです。それでも、その方と時間をかけてじっくり付き合えば、結婚できるようになる場合があります。

 ところが、冬の期間は、待てないのです。まだやってはいけないとわかっていても、がまんできなくて、思い切って強引にやってしまいたくなります。

 美空ひばりさんがこの冬の3年間、すぐにでも小林旭さんと結婚したくてたまらない気持ちを何とか抑えて、お母さんの忠告に従っていたら、どうなっていたでしょうか。春の3年間に入ってから、小林旭さんとの結婚について、周囲の人たちが理解してくれるような正しい判断ができたはずです。

 1964年6月27日、春の中期に、美空ひばりさんは1人で、小林旭さんとの離婚を新宿コマ劇場のロビーで、記者たちに発表します。

 美空ひばりさんは次の舞台を心配しました。それは、お客さまが離婚のニュースを聞かれてどう思うかを心配したからです。離婚の記者会見の影響で、次の舞台でお客の入りががたおちになれば、もうおしまいだと思ったからです。

 次の舞台がやってきました。そこには美空ひばりさんの悲しい運命をいっしょに悲しんで下さる、たくさんの方がいました。お客さまの拍手と歓呼を全身であびて、美空ひばりさんは、離婚後であっても芸能界で歌手としてやっていける喜びをかみしめるようになります。

 しかし、本来は、1964年には、美空ひばりさんの離婚発表ではなく、婚約発表をしなければいけない年でした。

 1964年A2は、美空ひばりさんの春の中期は、どんなことでもやり始めるのに最も適した期間になっていました。小林旭さんと結婚ではなくて、別の方との結婚になっていたかもしれませんが、その方との新しい人生を出発できた年でした。それが、離婚後の新しい人生を出発する年になってしまったのです。

 


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最終更新日 : 2013-03-27 04:06:36

成否を決定する四つのポイント

三段階の内向―外向の運勢周期の成否を決定する四つのポイントがありました。

1、タイミング、時期は形成期、春の期間です。冬はさけるようにします。              

   松下幸之助さんは 潔く決意して、1917年6月15日、主任に辞表を提出します。  このような思い切った行動する時、春の期間を選んでやります。6月は松下さんの夏の期間ですが、15日は幸いなことに春の期間に入っていました。

 美空ひばりさんは1962年5月29日に小林旭さんとの婚約を発表します。1962年は美空ひばりさんの12年の運勢周期の冬の後期でした。さらに、1年12ヵ月と1ヵ月の中にある春夏秋冬の運勢周期では、5月29日は、月と日ともに冬の期間です。年だけでなく、月と日も冬の期間に入っていました。

 

2、タイミング、時期を合わせるのに選択の余地があります。                                                   

 冬の3年間に入っていれば、慎重に行動しなければいけません。しかし、その期間であっても、決めてやらなければいけないことが起こってきます。九天使占いの三段階の「内向―外向」の運勢周期には選択の余地があります。

 美空ひばりさんの場合も、婚約発表と結婚式の月と日だけでも春の期間を選べば、違ってきます。                      

 

3、待機期間によって結実期、秋の期間が違ってきます。                        

 1年12ヵ月や1ヵ月の中の春夏秋冬の運勢周期の場合は、秋の期間は冬の期間と同じような期間になりやすいです。けれども、12年の春夏秋冬の運勢周期のように待機期間が長い場合は、文字通り結実期、秋になって、これまでやってきたことが結実させる期間になります。飛躍できる期間になるのです。

 1918年3月から、松下電気の製品を作って売れる飛躍期間になります。1918年3月は松下さんの秋の三年間の初期です。これまでやってきたことを結合させて、結実させるための本格的な活動を始める、飛躍することができる期間ですそれから3月は松下さんの1年12ヵ月の春の期間に入っていました。

 

4、和気、和合の波が運勢周期を動かします。                      

 松下幸之助さんの場合、妻の井植むめのさんとの間に和気があり、妻と義理の弟が力強く松下さんを支えてくれます。1917年6月15日の年はB3、松下さんの夏の三年間の後期、具体的な行動はもう一年待つ方が良いとされている期間でしたが、妻と義理の弟の支えでこの期間がすばらしい準備期間になります。

 美空ひばりさんの場合、母親との間に和気があり、仕事面では支えられて発展します。ところが、結婚面では母との和気の波が消えて、強引に自分で婚約、結婚を決めます。このようなとき、どうしても良くない年、月、日を選びやすいのです

 

 


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最終更新日 : 2013-03-23 05:22:23

桃太郎の教訓と鬼門の解明

第三章、桃太郎の教訓と鬼門の解明

十二支は時間だけでなく空間も表して、時刻と方位を一致させています。

 十二支で昔は時刻を表していました。午前、正午、午後の午は、午前11時から午後1時の間を午の刻としていたからです。それから、十二支は時刻だけでなくて、九星とともに方位も表します。たとえば、午は南を示します。子は北を示します。地球の北極と南極をたてに結ぶ子午線はその名残(なごり)をとどめています。

                   11AM-1PM               

                    

         9AM-11AM 巳     1 PM-3PM

          7AM-9AM辰       申 3PM-5PM

               5AM-7AM卯 東        西      酉 5PM-7PM

                 3M-5AM 寅       戌 7PM-9PM

                     1AM-3AM      北    9PM-11PM       

                                  

                        11PM-1AM

 四正に春夏秋冬の十二支、東に卯(木気)、南に午(水気)、西に酉(金気)、北に子(水気)が入ります。四偶に土用の十二支が、北東に丑(土気)、南東には辰(土気)、南西に未(土気)、北西に戌(土気)が入ります。四隅に十二支が二つ入るのは転換期の位置だからです。前のことを終わらせる十二支と次のことを始めさせる十二支の二つが必要だからです

  

十二支はなぜ動物と関係するようになったのか。

 十二支の文字は植物の種から芽が出て、成長して繁茂して、枯れ始めますが内部に種を宿す様子を表していました。それならなぜ動物と関係したのでしょうか。十二支と動物は本来全く関係がなかったが、民間に普及させるためのかこつけ、口実として、動物になったとされる方がいます。しかし、私は十二支が動物になったのは何か理由があると考えました。 

  九星と十二支をつなげて、どうして動物になったか、その理由を調べるようになりました。九星は八方向を示すのに対して、十二支は十二方向を示します。では、どのように一致させているのでしょうか。東西南北は、30度の角度で九星と十二支が一致します。その他斜めの方向に対しては、九星は60度の角度で二種類の十二支と一致させていました。

                                             

                                  午                     

       辰巳  四緑木星    九紫火星        二黒土星    未申

                  卯   三碧木星     五黄土星       七赤金星      酉     西

                    丑 寅 八白土星     一白水星    六白金星     戌亥 

                                            子       

                             北   

正三角形の九星図の中で同じ方向の十二支は動物の姿に変化する様子が見えてきました。

 12数の中では十二支は動物とは関係がありません。ところが、9数の中では十二支は動物の姿に変化することがわかりました。空間としての九方位を時間に置き変えた正三角形の九星図の中で同じ方向の十二支はどのような影響を受けているのか調べると、その中で十二支は変化して、動物の姿で九星の方向性を補完している様子が見えてきたのです。

               ひつじ、さる   

         地(母)―  二黒土星C

           うさぎ   雷(長男)―三碧木星 B        一白水星―水(次男) ねずみ

たつ、へび  風(長女)―四緑木星                 九紫火星―火(次女) うま

                 五黄土星I      H   G        八白土星―山(三男)うし、                           

                          六白金星   七赤金星                    とら、

        いぬ、いのしし 天(父)  沢(三女)とり 

「桃太郎の教訓」は、十二支がどのように動物に変化したかわかれば、見えてきます。

 桃太郎はおじいさんとおばあさんに育てられて大きくなり、鬼が島に鬼退治に行くことになります。黍団子を作ってもらって、いぬ、さる、きじに黍団子を与えて、家来にします。

 吉野裕子氏は「陰陽五行と日本民俗」で次のように語っています。「桃は金果、金気の果実で、西方の象徴である。」「金気は木火土金水の五気の中で最も強く堅固である。」「金果の桃の中から生れた桃太郎は、この金気を受けて当然、強いわけである。」「お伽話の中には陰陽五行が強く生きて おり、勇名をとどろかせる足柄山の金時は、その幼名も金太郎である。」

  正三角形の九星図のG七赤金星とH六白金星には金気が沈み込んでいます。ABCは願望で蘇生段階、DEFは思考で長成段階、GHIは行動で完成段階を表わします。そうすると、金気は行動を表して、完成段階の五気になりますから、強いわけです。

 岩崎隆治氏は「企画力の育て方」で次のように述べています。「では、なぜ、桃太郎は、一人で鬼退治に出かけないで、イヌ、サル、キジの三匹の動物を家来に従えていったのか」と問いかけて、「田辺昇一さんの説によると、この三匹の動物は、企業活動に不可欠の三つの働きを意味している」この三つの働きとは「情報」「企画」「行動」になっていました。

 いぬは「行動」を担当、さるは「企画」を担当し、そして、きじは「情報」を担当しているのだそうです。「チームを組んで仕事をするときに必要な三つの役割をあらわしている」とし、さらに、岩崎氏は「チームリーダーである桃太郎の役割は意思決定」と付け加えています。

 十二支がどのように動物に変化したかわかれば、「桃太郎の教訓」を貫いている確かなものが見えてきます。いぬが「行動」を担当するのは、正三角形の九星図の中で行動を担当する六白金星の影響を受けて同じ方向にあった戌はいぬに変化して、六白金星の行動を補完するからです。それでは、きじとさるはなぜ「情報」と「企画」を担当するのでしょうか。

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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最終更新日 : 2013-03-27 04:38:59

この本の内容は以上です。


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