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白い雨

 

 白い雨が街中を消し去るように降り続く。この惑星に移住してから透明な雨なんて見たことが無い。いつも月曜日の朝九時に乳白色のそれは降り始めて、十二時前には降り止む。

「……そういえば、地球生まれだったっけ?」
「……そう。……こっちに来るまで一度も離れた事が無かったよ。」
 修正液を零したような街が少しづつ形を取り戻し始めると、バス停のベンチに座っていた友人のヤチが話しかけてくる。
 青白い顔でつまらなさそうに歩道に打ち付ける雨粒を見つめると、溜め息交じりに話しだす。彼とは大学で同じゼミだったのを縁に、よく一緒に出かけている。いつも腰から下は長い巻きスカートのような服を着て、ジャージの上着を着ている。首には黒い毛糸のマフラーがぐるぐるに巻きつけられて肩から斜めにかけているカバンにいつもノートパソコンを入れている。

「そうかぁ。僕は父の仕事の関係でいろんな惑星を渡り歩いていたから、同じところにずっといるっていうのに憧れたよ。……ほら、幼馴染とかって、いい響きだよね」
「……そうかな。……でも僕には幼馴染は居ないよ」
「へぇ? ずっと地球にいたのに?」
「…地球は広いんだよ? ……国の数だって凄いあるし、人間だって沢山いる。そりゃ、あの天変地異でだいぶ大地も人も減ってしまったけれどね」
 小降りになってきたのを手のひらで確認すると彼が立ち上がると、慌てて僕も立ち上がりリュックを肩に引っ掛ける。
「……そうか、そうだね。僕はコロニーレベルの惑星しかまわっていないからね。ここも大学とその関係者しか居ないから、大体の顔は見たことあるし」
「……でも沢山友達が出来るじゃないか。それは羨ましいと思うけど?」
「うん。……それは、ね」
 白い雨を降らせていた雲が晴れて青空が覗き出すと、通りも光を取り戻して色とりどりのタイルで装飾された歩道が現れる。
 並んで歩き出すと、何処からともなく通行人も増えてくる。これからだと丁度三限目の授業に間に合う時間だ。

「……トキオは『七夕』って知ってるかい?」
 思わず驚いて足を止めるとヤチが振り返る。そんな言葉を聴いたのは何時以来だろう。地球上でも日本人ぐらいしか知らないんじゃないかと思う民話だし、宇宙を飛び回っているヤチ―そもそもヤチは地球人ですらない―が知っているなんて驚きだ。
 振り返りながら彼が寂しげな顔で微笑む。

「……織姫星(ヴェガ)と牽牛星(アルタイル)は十五光年離れているんだ」
「え?」
「でもね、そんな時間と距離なんて関係ないんだよ」
 僕はヤチの言葉の意味を図りかねると、立ち止まったまま背の高い彼の顔を見つめる。遠くの何かを懐かしむように宙を見つめていた彼が、歩くように促してくると再び歩き出す。

「……彼女はとても彼を愛していたから、その想いが形よりも勝ってしまって次第に姿を保っていることが出来なくなったんだ」
 ヤチの口から、まるで零れるように言葉が落ちていく。

 ……キミは知っていたかな。
 彼女はね、いつも頭の中を強い想いが支配していたから、大好きだったパターンナーの仕事も手につかなくて、白いベッドに座っているだけの日々が過ぎて行ったんだ。
 そしてとうとう彼女は姿を失い、想いのみがその場所に留まってしまった。

 でもその頃彼の方もね、大好きだった獣医の仕事を投げ出してしまって、ずっと彼女の事を想っていたんだ。彼も次第に形を失いはじめたんだけど、……消えてしまうことを恐れた幼馴染が側にあった『笹』を依代(よりしろ)にして彼を留めたんだ。
 それを知った彼女は彼にどうしても会いたくて、銀河を渡って彼に会いに行ったんだよ。そして雨と一緒に彼女は降り注ぎ、彼がその水面に漂うことが出来たんだ。

「……二人は姿を無くしてしまったけれど、側にいることが出来た」
「……うん」
「……キミはそれを幸せだと思うかい?」
 彼が緑の葉のような平たい髪の毛を邪魔そうにかきあげると、水溜りを蹴る。僕の知っている七夕伝説とはだいぶ様相が違うけれど、宇宙のどこかでそういう伝説があっても良いと思う。

「……彼らは幸せだろうね。……でも」
「でも?」
「……僕は、その幼馴染が可哀そうだと思うよ」
「………」
 今度はヤチが驚いて立ち止まると口を少し開き、言葉を発する前に閉じてしまう。首を横に傾げると僕の顔を驚いた顔で見つめてくる。緑の髪が顔色をさらに悪く見せているんだろうなぁ、と頭の端で思いながら彼を見上げる。
「……その幼馴染は辛かっただろうね。同じ時を共有して解り合えていたのに、消えてしまうのだから」
「……ああ。……そうだね、すごく、辛い」
 先ほどの白い雨が嘘のように、道が乾いていく。ヤチがくしゃくしゃと頭をかきあげると大きく伸びをして歩き始める。平たい緑の髪の毛が落ちると、残っていた白い水溜りに浮かぶ。

「トキオ、僕は地球が好きだよ。……僕の中の『記憶』が懐かしいと感じさせるんだ。何故かな?一度も行った事が無いのにね」
「……うん」
「この白い雨も、きっと誰かの想いなんだと思うよ。……だから、憂鬱になる」
「……うん」
 白い雨をあまり深く考えたことが無かったけれど、そう言われると納得出来てしまうのはヤチの話し方が巧いからだろうか。
 大学のゲートを潜ると、友達が手を振ってくる。今日は皆で三次元チェスをする約束になっているから、それを意識してか、自分がナンバーワンだというような意思表示をして腕を高々と掲げる。
 それにヤチが腕に力こぶをつくって答えると、大きく手を振って笑いながら行ってしまう。
「……ヤチ、三次元チェスに腕力は関係ないだろう?」
「あはぁ、そうだね。……なんか、やる気が出ちゃって」

 明日も白い雨は降る。誰かの想いと、誰かを想う気持ちを混ぜて、白く濁る。



(終)


奥付



白い雨


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著者 : 猫春(にゃんばる)
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