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 砂塵に塗れた靴で大地を抉り歩き続ける。
 どれほど歩いただろうか。
そんなことで疲れを感じたりはしないが、人生というものには疲れを感じていた。
 人生に倦んだ頭に何の意味もなさない、感傷のようなものが浮かんだ。
俺は愚かだ。あの世とやらに逝った家族も友人も恋人も、こんなことは望まない。
 そう、復讐なんて。


 月に渡る人々は次第に増え、地球を生きる場とする者は減っていった。
理想郷「月」へ渡るために金銭のやり取りは横行し、月の人々は危惧した。
 月を奪われたくない。
 そんな、簡単で単純で、人間そのものを表したかのような感情で、
月の人々は滅びに向かっていた地球の寿命を終わらせた。
 月を目指す者も、地球に生きようとする者も、
その近代兵器とはとても言えない、時代遅れな大量の核爆弾に命を散らせた。
 ただ一人の青年を残して…。


「あいつら、僕たちを何だと思ってるんだよ。金だけですべて解決できるってか!」
「オアシスは数少ない。奪い合うのが人間だろう」
「………」
 少年は潔癖そうにその意見に抗議していたが、老人は意にも介さない。
「地球を殺したあのときから、終わりは始まっているのさ。
月を奪った。オアシスを奪った。水を奪った。…命を奪い続けている。そのうち終わる。全てがだ」
「僕は奪われ続けるのは嫌だ」
「………」


 月の難民のテントを見つけた。
理想郷であったはずの「月」に数多く存在する難民。
ろくに植物も根付かない土地を辛うじて開墾し、その土地で得られた作物で飢えをしのぎ、物々交換で水を得る。
 そして、飢えて死んでいくしかない、弱者。老人や子供たち。
 地球のほうが豊かだった。残って生きていこうとする者たちはみな、助け合い、互いを愛していた。
何故、彼女は俺を生かしたのだろう。最も愛する人。
共に一生を送ろうと言っていたのに、俺だけを月へ逃がして、死んだ。
 あの、小さな船を大切に取っておいたのは、この今を作るためだったのか。
答えは得られない。永遠に。


「あれ?兄ちゃん、誰だ?」
「旅の者だ」
「旅って…、この月で!?」
 その異常さに少年は驚くが、青年にその意味は分からない。
ただ進むこと。それだけが、生きる理由であり、結果でもあった。
 そんな青年に、老人は語りかけた。
「月は長らく楽園と呼ばれていた。
ここに来るまでは、いや、地球を奪うまでは、私もそう信じていたよ。今は奈落のようだ。
若いの、君はここをどう思うかい?」
「ただの…墓場だ……」
「兄ちゃん?僕たち生きてるけど。死ぬ気ないからね」
 青年はふっと笑むと、
「俺の墓場だ」
 そう、答えた。


 月に存在する楽園。理想郷とも言える場所であるこのオアシスは、
水が湧き出、作物が育ち、建物を建てるにも困らない。
地球から持ち込まれた技術によって、美しい景観を誇るその場所は、どこよりも、醜い。
 月への移住計画に初期から参加していた第二オアシスの主の娘は、それを誰よりも深く知っていた。
愛しい異父姉妹が死んでいった地球を思い、ひそかに涙していた。


 オアシスにはその規模を表す数字がある。
最も大きなオアシスを第一オアシス、そして、末端が第九オアシスと、
オアシスにおいてさえ歴然とした格差を抱え込んでいた。
 第六オアシスに船がやってきたとき、第六オアシスの主は内心、狂喜した。
地球からの最後の訪問者をうまく利用すれば、オアシス、領土を拡大することができると。更なる富が得られると。
 しかし、その場所はもう、廃墟と化している。第一オアシスの主が生き残りの抹殺を命令し、
青年がその場を逃れた際の争いによって。


「第三オアシスはこの区域にあるのか?」
「?」
 首を傾げて、理由を言って欲しいというように促す少年に、答える理由のない青年が、しばし、考えて答える。
「追手がかかっている。

うまく逃れられたが、いつまでも追われていては気分が悪い。追手はオアシスの者だと耳にはさんだ」
「兄ちゃん、何したんだよ」
「生きているだけだ」
「オアシスなら、南の方だよ。若いの」
「って、どうする気だよ!?」
 また、考えて、
「多少の武器を持っている。体術には自信がある。恨みもあるから、主を殺す」
 今度はあっさりと答えた。


 第三オアシスに入り込んだ。旅装束を隠して、オアシスの民の衣装を奪い取って着替えた。
贅沢な生活を送る人々。中心部に向かうにつれて豪華になる建物。暗い感情を覚えながら、主の邸宅を探し出した。
 俺は何をしている。恋人は人を殺したりしたと知ったら怒るだろう。今は怒ることもない、死した彼女。
 そういえば…。異父妹がいると言っていた。
「!?」
 思考を中断し、物陰に隠れる。争いが起こった様子のその邸宅で、第三オアシスの主は殺されたようだ。
若い男たちが暴れまわっていたが、指揮系統はそれなりらしく、すぐに騒ぎは収まった。
 司令官の元に向かって幾人かが駆け寄って行く。その人物は懐かしい、月へ行った友人だった。


 暴動は各地域で起きていた。潤った土地に住みながら、

更に潤った者を蹴り落とす業のような行為の数々に耐えかねた、
それは、難民たちの革命。
 等量の潤いを。その旗を掲げ、戦いを…圧倒的に不利で命を落としかねない戦いを、
未来を望む者は勝ち抜かんとした。
 そして、その思いを…青年は受け取った。最後の地球の民として。


「僕じゃ、荷物運びくらいしかできないけどさ。兄ちゃんなら、みんなを助けられるよな」
「助ける…か。結局は同じことをしているわけだが、そう思うのもいいかもしれない」
「同じこと?」
「人殺しかな。若いの」
 友人が動いたことで「革命」は動き出した。そして、人は死んでいく。オアシスの者、難民たち。
その旗頭に担ぎあげられることとなった青年は、
「望むわけはないが…」
 愛しい者の顔を思い浮かべた。難民たちは愛しい人々の姿を思い起こさせた。
「戦うからには勝つべきだ」


「革命…。私たちの罪の結果…罰」
 それでも、父は揺るがない。オアシスの民を国民とするなら、難民たちはただの敵国の人間でしかないから。
守るべき者は全て手元にある。かつて愛した女は死んだ。娘と思っていた子を亡くした。奪われた。
「お姉さま。貴女ならどうしますか」
 地球の民になると、ここで生きていくと、そう語っていた姉。
父は彼女にも優しい人で、血の繋がらない娘を愛した。
第一オアシスの決定により、地球が滅ぼされるまでは、とても優しい人だった。
 人が変ったように軍備を増強する父。
「お嬢様!」
「どうしたの?」
 ついに、第二オアシスにまで、革命の嵐が吹き荒れ始めた。


 俺たちのやっていることはただの殺人。
オアシスの主を殺し、不安定になったオアシスに有能な者を置いて、統治する。
月の難民たちが善政を布くか、そんなことは確認もしていない。
 ただ、革命の象徴をやっている。第一オアシスの主の命。それさえ奪えれば、復讐は終わる。
その人物は地球にいた頃、通信映像でよく顔を見かけた、押しの強さを誇るだけの軍事マニアだった。
 かの男の命だけは自分自身で奪う。それで、自らの手が汚れ、血に塗れても構わない。
 俺は正義など信じていないのだ。


「老骨に鞭うったの。ほほ…」
「爺さん、体力どこから出したのさ」
「ご老体がついて来ることもないかと思うが」
 体力は意外にあったものの、老人の歳ではこの旅は負担だろう。
「結果が見たいのだよ。それが、責任だ」
 どういう意味だ?


 姉の送ってきた手紙。挟まれた写真。腕を絡ませて、恋人をからかうような仕草を見せる、幸せそうな姉。
戸惑うようにそっぽを向いた、青年。
 最早、止めることなどできない、月の革命。その象徴は…。
 涙が止まらなかった。その青年に駆け寄った。その娘は主の子供だ!そう叫ぶ声が聞こえる。それでも。
「ごめんなさい。父を許してください。…姉の最期を教えてください」
 そう、懇願した。
「異父妹とは、お前のことか…」
 青年は脱力したように、革命軍を率いる友人に下がって欲しいと声をかけた。


 恋人の異父妹。大きな家の子だと彼女は笑っていたが、まさか、オアシスを統率する主の娘だとは思わなかった。
その娘に乞われるまま、恋人の選択を語った。
 大切に整備されていた小さな船。
彼女は悪戯を思いついた少女のように、俺をその船に乗せ、そして、涙を浮かべて、
さようなら、と別れの言葉をかけてきた。
 一人乗りの小さな船。彼女は知っていたのだろう。
いつか、地球は攻撃される。そのときに、生き残るために必要なものを。
その、生き残るための道具が一人分しかないことを。
 家族が、友人が、それを知っていたのかは、もう分からない。


 第一期月移住計画。
 最初に月の最大のオアシスを手にした男は積極的に計画を進めた。
計画の発案者を連れて、何度もオアシスを見つけては売りさばいた。
 巨万の富を得て、オアシスへの移住民が増えるにつれ、更なる欲望に支配されたその男は、
月の価値を高めるため、巨大な街を作り、金銭を多く払った者ほど豪奢な生活を送れるように手をまわした。
 その結果、月に移住する者の数が爆発的に増え、利潤の少なくなることを嫌ったその男は、
少数の反対意見を抑え込み、地球に核爆弾を落とした。


「このオアシスの主は助けてやるの?」
「成り行きだ」
「最後まで、地球を殺すことに反対した、なかなか気骨のある男だからの。難民もこの周囲には少ない」
「あ~、そういや、第二オアシスでは難民の集団に水を配ったとか、嘘くさい話を聞いたよ。ホントだったの?」
「知らん」
「あの姉ちゃんはどうするの?」
「ここに置いていく。連れていく意味がない。…民にも慕われているようだ」
 このオアシスではよそではなかった反応が起こったのだ。革命軍を前に一歩も引かず、主を守ろうとする人々。
対照的に、自らの防御は薄く、街を保護する主。
 だから、主を生け捕りにしようと提案した。民には、殺さないと説明し、主の元へと向かった。
被害はと言えば、互いにはぼないと言ってもよかったほどだった。
 革命の嵐はついに、各地のオアシスを覆った。残るは、全ての元凶…。地球を殺した男、ただ一人。
「次で終わりだ」


 思えば長かったような、短かったような時が流れた。復讐はもうすぐ終わりを迎える。負ける気はしない。
仲間と言える人々が生まれたのが不思議だった。一人で始めた旅だったが、今では、革命の象徴などをやっている。
 兵器を持ち込むことのなかった、オアシスが多い中、第一オアシスは例外と言える兵器の所有量を誇る。
これまでとは違う、「仲間」を多く喪うであろう戦いになるのかと思うと気が重い。
 それでも、革命は月を席巻する。


 月の革命はいつしか、オアシスの民の心をも動かしていた。
自分だけが良い思いをすることに疑問を覚えた人々。
その疑問に突き動かされた第一オアシスの民を襲ったのは、主からの殺戮。
 軍を動かし殺戮の限りを尽くし、恐怖で人々を支配し、自らを守る軍隊に囲まれたその男は笑っていた。
兵器の数々を駆使し、周囲一帯の人間を皆殺しにすれば、また、金銭を得られるチャンスがやってくる。
残された、平和な地を人は幾らで買うか。
 笑いの止まらないはずの男の笑いを止めたのは…。


「もう、終わりですな。私が人を殺すための近代兵器とやらを、放置するとでも思いか」
「な…!?」
「核兵器を使うとは思わなんだ。
しかし、近代の大量殺戮兵器は使えませんな。壊しておきましたわい。銃器は…あなたは使えませんでしたな」
 男が慌てたように自らの軍を呼んだ。返ってきたのは異常な静寂。
「地球の生き残り。最後の一人はどうやら、彼らの上官ですぞ」
「っ!?」
「まさか、ご老体がそんな大物だったとは」
 革命の象徴が現れる。
「いやいや、若いの。君もなかなか」
 そして、月移住計画の発案者。
 青年は慣れた様子で銃を構え、
「終わり、か…」
 撃った。


 全てを平等にすることはできない。それでも、生きていくのに困らないのなら、人に争う理由はない。
革命が終わり、新たな時代が始まった。月を故郷とする新しい時代が。
 革命が終わりを告げると、人々は思い思いの場所へ散って行った。友人には家族がいるという。
 俺は、一度恋人の異父妹の顔を見に行くと、

第一オアシスと呼ばれた場所に戻り、部下の起こした殺戮の後始末をした。
部下を率いて、街の復興に当たる。最初は石を投げられた。当たり前だ。
 そのうち、親しい人ができた。このまま生きていけば、家族も友人も恋人も、できるかもしれない。
亡くした者たちとは違う。それでも、温かいだろう。
 勝手に部下になったと言い張っているあの少年が大人になる頃、
俺は幸せなのかもしれない。そう思うと、この土地に骨を埋めるのも、幸せかもしれないと思えた。


この本の内容は以上です。


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