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本社のビルから部品管理室へ戻る途中、幸奈は思わずため息を吐いた。

「はあ・・・。社長を始め、みんなセクハラなんかどうでもいいんだろうなあ」

「そういうもんですよ」隣で優子が歩きながら言う。

「山宮さんは諦めちゃうの?」

「私は、別にセクハラされてるわけじゃないし」

「加藤が毎日来てしつこいじゃん。仕事の邪魔になるでしょう?」

「・・・・・・」

優子は電話の受け取りなど主に事務的な仕事なので、本社のオフィスと同じく、事務員が着る会社の制服姿だった。

幸奈は汚れるハードな仕分け作業があるので、いつもジーパンと作業着だ。

 

業務へ戻り、それぞれ仕事を開始する。パートさんは朝礼には参加せずに、留守番も含めてずっと作業をしていた。主婦パートは10人。リーダーもいて流れ作業をしている。幸奈はほとんど任せているが、接し方は母親や姉に対するような感じで、自分のほうが「目下」という姿勢だった。

パートさんも全く威張らない幸奈や優子を社員として立てた。

そんな良好な関係を破るのが、営業の加藤竜佐だった。

好きな時間に部品管理室に来ては、事務室に直行。仕事を口実に、優子と長い時間喋っている。事務室は個室になっているので、皆からは見えない。

優子は嫌がっていない様子だが、幸奈と主婦パートたちは明らかに不満だった。

仕事は休憩時間以外はトイレにも行けない流れ作業である。だからこそ、同じ従業員が余裕の笑顔で私語をしている姿を見せられるのは不愉快なものだ。

主婦パートには見向きもせずに、優子ばかりに密着。こうなると嫌がらない優子のイメージも段々悪くなっていく。

幸奈は作業しながら心の中で呟いていた。

(これも厳密に言えばセクハラになるのかな?)

優子本人が不快でなくても、周囲の女性従業員が不快に思えば、セクハラ行為になるのではないか。幸奈は思索を巡らせた。


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7

幸奈はわざと事務室にいきなり入ってコピーを取ったり、ファクスを送信したりしたが、二人は笑顔で喋っている。ジェラシーだと誤解されたら、二人ともコブラツイストと卍固めで病院送りにしたくなるので、効力のない乱入作戦は諦めた。

加藤が帰ると、幸奈は優子に言った。

「山宮さん」

「はい」

「嫌なら毅然な態度を取ったほうがいいと思うよ。竜佐はバカだから、自分がモテると恐ろしい勘違いしてるからね」

「竜佐って呼んでるんですか?」

「前は親しかったんだけど、あまりにも勤務態度が不真面目なんで、今は犬猿の仲よ」

誇らしげに語る幸奈に、優子は俯いた。

「犬猿の仲かあ。でもそれは紅さんが営業と直接関係ないポジションにいるからできるんですよ」

「どういう意味?」

「私には無理ですよ。出庫だから。送る部品を間違えた場合、お客さんにミスした社員が届けるわけですけど、全部加藤さんが私の代わりに行って頭下げてくれて」

優子の話に、幸奈は唇を噛んだ。

「加藤さんの自発で私は助けられているんです。もしも毅然とした態度取って、そっぽ向かれて、自分で行けばって言われたらきついですよ」

確かに顧客の会社に謝りに行って嫌味の一つも言われのはきつい。それを庇ってくれているという「弱み」があったのか。幸奈は険しい表情になった。

しかし、すべての社員のミスを助けているわけではなく、個人的な気持ちで優子だけを助けている。それもおかしい。幸奈は納得が行かなかった。

 

業務が終わり、幸奈は帰る前に社長室に行った。

「社長。ご相談があるんですけど」

「何?」なぜか笑顔が引きつっている。

「加藤竜佐のことなんですけど」

「加藤君がどうした?」


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8

幸奈は、加藤竜佐が部品管理室にしょっちゅう来ていることを話した。仕事だと信じたいが、正直いるのが長い。いちばんの問題はパートさんたちが不愉快に感じていて、士気に関わることだ。

前川社長は、幸奈の話を聞きながら、みるみる顔が赤くなってきた。

「え、新規開拓で外回ってたんじゃないの? 部品管理室にいるなんて一言も言ってないよ」

「山宮さんも嫌な顔できない性格ですから。たぶん嫌がっていないと思って、居心地がいいところにとどまるんです。でもパートさんたちの作業は結構ハードなので、目の前で余裕見せられると文句も言いたくなると思います」

「わかるよ、わかる。加藤君に言っとくよ」

「何て言うんですか?」幸奈は心配になり聞いた。「あたしの名前は出さないでくださいね。逆恨みされたら困りますから。あいつは根はヤンキーですから」

「そうなの。関係ねえよ。俺に任せて。一人でも特別扱いなんかしないからさあ」

幸奈は半信半疑で社長室を出た。任せて大丈夫だろうか。言わなければ良かったという結末になりそうで胸騒ぎがしてきた。

運悪く社長室から出たとき、加藤竜佐とすれ違った。業務部の責任者が社長に呼ばれても別に不思議はないのだが、幸奈は何となく気まずかった。

「お、どこの美人かと思ったら幸奈姫か」濱尻宝が声をかける。「きょう暇?」

「忙しい」

「夕飯はいつもどうしてるの?」

「今夜は友達と食事」幸奈がそっけない。

「彼氏?」

「違うよ。女の子の友達」

「俺も行ってもいい?」

なぜそうなるのか、わからない。

「ゴメン。大事な相談があるみたいなんで、男子はちょっと」

「明日は?」

幸奈が睨むと、濱尻は引いた。

「睨むことないじゃん。凄い勇気を振り絞って誘ってるんだから」

「・・・お疲れ様でした」

「おつかれーライス」

「はあ・・・」脱力。

 

 

 


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9

翌日。

幸奈は廊下で社長とバッタリ会った。社長は得意満面の笑顔で幸奈に言った。

「あ、紅さん。加藤のこと怒鳴っといたから」

「え?」

「俺もやるときはやるよ」

それだけ言うと、立ち尽くす幸奈を置いて、社長室に入っていった。

「嘘・・・」

部品管理室へ行くと、優子が私服だった。手提げ袋を持って外出する格好だ。

「あれ、山宮さん、どこへ行くの?」

優子は沈んだ表情で答えた。

「ミスして、全然違う部品を送ってしまったみたいで。急いで部品を持ってお客さんのところへ謝りに行って来ます」

幸奈は蒼白になった。優子は幸奈を睨むと、思わず言った。

「紅さん。余計なこと言わないでくれますか?」

「・・・・・・」

きつい。幸奈は精神的ダメージを負った。良かれと思ってしたことなのだが。

社長に任せた自分がバカだったと、幸奈は反省した。反省しても遅いが。

優子がいないので、幸奈は、電話がかかって来るたびに事務室に急ぎ、応対した。自分の仕事ができない。

「はあ・・・」

最近ため息ばかりだ。これでは幸せが逃げる。そう思い、幸奈は気合を入れた。

「風紀が乱れるほうがヤバイよ」

社長がどのように怒鳴ったかはわからないが、加藤竜佐は優子のところに遊びに来なくなった。パートさんたちは和気藹々としている。その代わり、幸奈と優子の関係がギクシャクした。口を聞かないまでは行かないが、会話がよそよそしい。

幸奈も別に悪いことをした覚えがないので、謝るのは違うと思って、そのままにしていた。

(ああ、人間関係のない星に行きたい!)

そんな罰当たりなことを言っている場合ではない。本社ビルに向かう途中、加藤竜佐と会ってしまった。

「幸奈」

「呼び捨てにしないでください」幸奈が睨む。

「おまえ、ただじゃ済まないよ」

「脅迫? 110番しようか?」

幸奈が負けずに言うと、加藤は車に乗って行ってしまった。

「・・・ふう」

 

 


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10

今度は濱尻宝が出てきた。

「あ、お疲れーらいす」

「それやめたほうがいいと思うよ」幸奈が優しく忠告した。

「何で?」

「何でって、100%滑るし、相手を脱力されるだけから」

「この前パートさんに言ったら受けたよ」

「失笑を受けたと誤解して何度も連発する売れない芸人みたいね」

幸奈のきつい一言も歌声に聴こえるのか、濱尻は笑顔だ。

「幸奈っち。いつ食事ご馳走してくれるの?」

「いつそんな約束した?」幸奈はびっくりした。

「いいじゃん、たまには。ホテル誘ってるわけじゃないんだからさあ」

「セクハラですよ」

睨む幸奈。しかし濱尻宝も積極果敢だ。

「バカだな幸奈姫は」

「何がバカよ?」

「ふざけて誘ってるわけじゃないよ。照れ隠しじゃん。俺結構マジに誘ってるんだよ。それを断り続けてセクハラって意味わかんないよ」

職場を出会いの場所だと思っている濱尻宝と加藤竜佐にとっては、セクハラ対策を推進する幸奈は天敵というわけか。

「ごめんなさい。気持ちは嬉しいけど、ちょっとダメですね」

「嘘、ふるう?」濱尻は目を丸くした。「わあ、告白される前にふられた。最悪」

彼は両手で頭を抱えながら、夕空を仰いだ。涙目だ。演技か本気かは判断できないが、幸奈は少し心を痛めた。自分を好いてくれる人をむげにできるほど、自惚れてはいなかった。

「よくわかったよ。やめっかな」

「辞める?」幸奈は焦った。

「君には関係ないよ。それじゃ」

片手を上げて去っていく濱尻宝。悪い男ではないのだが、タイプではない。こればかりはどうしようもない。幸奈も思わず夕日を見つめた。

「もう、ふられて会社辞めるなんて、知らないよ」

 



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