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Sな意地悪

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1

朝、いちばん最初に部品管理室に入るのは、幸奈で、次が前川社長だ。

「おはよう」

「おはようございます」

「きょうさあ、山宮さん休みだから」

「嘘」幸奈は目を見開いた。

「さっき電話あった。紅さん一人で大丈夫かなあ?」

社長はあっさり聞いてくれた。幸奈はややムッとする。

「無理ですよ。自分の仕事だけでも大変なのに、電話出たり、入庫も出庫も両方やるんなんて絶対無理です」

「じゃあ、だれか応援寄越す?」

「お願いします」

幸奈はそう言ったが、思いとどまった。

「応援て、だれを寄越すんですか?」

「まあ、空いてるのは加藤君と濱尻君の二人だけだから」

「だったら寄越さなくていいです」

「そういうこと言うなよう」社長は困り果てた。

「だって、かったるいとか、面倒くせーとか言われながら説明するんなら、あたしが一人でやったほうが早いです」

「一人で大丈夫?」社長が明るい笑顔。

(ハッ?)

「だからその二人が来るならって話です」

「じゃあ、よろしく。本社も結構ギリギリだからさあ。頑張って」

社長は行ってしまった。幸奈は諦めた。

「ダメだ。残業だ。こうなったら夜10時まで残業して残業代つけてやる」

平社員なのだ。最高責任者の社長があれだけいい加減で無責任なのに、無理して2倍働くこともない。幸奈はムッとすると、ゆっくり作業しようと決めた。

 

定時の夜5時半になっても幸奈が帰らないので、社長から電話がかかって来た。

『終わりそう?』

「終わるわけないじゃないですか」

『何時くらいになる?』

「早くて10時ですね」

幸奈の答えに、社長は慌てた。

『残業代はつかないよ』

「サービス残業は違法ですよ。違法をしろと?」

『・・・・・・』

「タイムカード通りにお願いします」

『あ、まあ、頑張って』

曖昧な返事のまま社長は電話を切った。

納期というものがあるから、残りの仕事を明日に回すことができない。こういう仕事は辛い。残業もやむを得ない。

 


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2

夜10時を回った。ようやく片付いた。

「そろそろ帰るかな。明日も仕事だから」

幸奈は作業を終えると、ロッカールームへ行った。汗びっしょりだ。自分への御褒美に一杯飲みたくなった。飲むといってもファミリーレストランで食事しながらビールを少しだけだが、店に行くなら着替えたかった。

アパートに直行ならこのまま帰るが、作業着でファミレスに行く勇気はない。彼女は人一倍お洒落だった。

「ふう・・・」

一人だから気軽。バッと全部脱いだ。セクシーな水色の下着姿。自慢のボディ。幸奈は口もとに笑みを浮かべ、ロッカーにあるハンガーに作業着を掛けた。

部品管理室のドアを開ける音。

「え?」

ここの鍵を持っているのは社員だけ。社長か。幸奈は息を潜めた。泥棒だったら大変だ。

足音が近づいて来る。泥棒なら忍び足が基本だろう。電気が点いているのにドカドカ来るということは、社長か。

「あれ、幸奈っちいるの?」

濱尻宝の声。幸奈は安堵した。泥棒だったら怖過ぎる。

「宝君、いるよ」

「そっか」ロッカーに近づいて来る。

「待って、今着替えてるから」

「嘘!」

濱尻は歩みをやめない。いくら何でも下着姿は恥ずかしい。幸奈は大きい声を出した。

「30秒待って! お願いだから」

しかし関係なくロッカーで隠されている更衣スペースを覗く。魅惑的な下着姿の幸奈を見て、濱尻はエキサイトした。

「ワオ!」

「見るな!」

「セクハラ?」

怖い表情で歩み寄る。幸奈は慌てふためいた。両手を出して濱尻を制する。

「ちょっと待って、ちょっと待って」

「かわいい。ビビってる」

「やめなよ、ビビるに決まってるじゃん」幸奈は壁まで下がって顔を紅潮させた。

「幸奈。大好きな女の子の下着姿なんか見たらさあ。理性なんか万里の果てまで飛んじゃうよ」

かなり良くない展開だ。濱尻は酔っ払っている。

「飲んでたの?」

「そう。ぐでんぐでん。ちょっとどこかで休もうと思ってさあ」

幸奈は急いでロッカーからシャツを出すと、体を隠した。

 

 


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3

不真面目にもほどがある。会社はホテルではない。

「何度もこういうことあるの?」幸奈が睨んで聞いた。

「こういうことって?」

「酔って終電とかなくなったら、ここに泊まったりしてないでしょうね?」

「社長に言う?」

「言わないよ。言ったら首にされちゃうよ」

「それもいいかな」

濱尻がさらに近づく。幸奈は膝が震えた。

「待って、待って、きゃあ!」

濱尻が掴みかかる。幸奈は抵抗した。

「ちょっと、触ったら許さないよ」

「許さないとどうなるの、セクハラ?」

「セクハラじゃないよ、痴漢だよ」

「生意気!」

濱尻は何を思ったか、幸奈を抱き上げた。

「きゃあ!」

そのままダンボール箱が腰の高さまで積んであるところをベッド代わりに、幸奈を仰向けに寝かせた。

「待って、何をするの!」

濱尻が上に乗る。危ない。幸奈は本気で抵抗した。

「やめなさいよ! 怒るよ!」

かなり酔っている濱尻は、勢いに任せておなかを触りまくる。

「幸奈、いい体してるじゃん」

「それ以上触ったら警察に言うよ、やめな」

「そういう生意気なこと言うとスッポンポンにするよ」

よくもそんな恐ろしいことを。裸にされたら困る。幸奈は刺激しないようにした。

「待って宝君。全部冗談でやってるんでしょ?」

「本気だよ」

濱尻が幸奈のいちばん大切なところを狙う。彼女は防御しきれずうつ伏せになった。すると、濱尻は慣れた手つきで幸奈の両手首を後ろでクロスさせ、彼女が握っていたシャツで縛ってしまった。

「こらあ! ほどきなさい!」

暴れる幸奈に構わず、濱尻は千鳥足でロッカーへ行き、タオルを手にすると戻って来た。幸奈は必死に抵抗したが、足首もギュッと縛られてしまった。

セクハラどころではない。初めて味わうレイプの恐怖に、幸奈は蒼白になった。

「待ってよ、宝君、ほどいて」

 


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4

水色の下着姿がよく似合う。濱尻は興奮した。

「幸奈。大好きな女の子が手足拘束されて無抵抗で目の前にいる。こんな場面て一生に一度しかないよね?」

「知らないわよ!」

「何その生意気な態度は。素っ裸にしちゃうよ」

濱尻が襲いかかる。幸奈はもがいた。

「待って、わかったから!」

「何がわかったの?」

どうすればいい。幸奈は息を乱した。

「あたしをどうするつもり?」

「どうしようかな。特に考えてないよ」

とにかく無抵抗というのは危険過ぎる。ほどいてもらうしかない。アニメではないのだ。正義の味方が助けに参上することはない。

「宝君。お願いだからほどいて」

「かわいい!」

身じろぎする色っぽい動きは、狼性を刺激して返って危険が高まる。

「でもさあ、女の子が無抵抗だとさあ。こういう意地悪したくなるよね」

「え?」

濱尻はいきなり幸奈の両脇をくすぐりまくる。

「キャハハハハハ、やめて、あははははは、やははははは・・・」

幸奈は真っ赤な顔をしてもがいた。怒り心頭だが笑うしかない。悔しくてたまらない。

「やははは、やめて、あははははは、お願い、きゃはははっははは・・・やめて・・・」

やめてくれた。

「はあ、はあ、はあ・・・」

罵倒したらまたくすぐられてしまうから、何も言えない。哀願するしかなかった。

「宝君。くすぐりはやめて。息できない」

「嘘」

「ホント」

「くすぐりは苦手なんだ?」笑顔で聞く。

「得意な人はいないでしょう?」

「幸奈はMなんだ?」

「・・・・・・」

セクハラを通り越してやりたい放題の言いたい放題。許せないが本人は卑劣な行為をしているという自覚がなさそうだ。しかし、無抵抗なのに刺激すれば、またSな意地悪をされてしまう。

「宝君、本当にやめて。お願いですから」

「かわゆい!」

 


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5

完全に酔いが回っている濱尻は、危ない笑顔で迫る。

「今なら何でも言うこと聞きそうだな」

「え?」

「結婚して」

「何言ってるの」幸奈は焦った。

「無理だよね。俺のこと男と思ってないもんね」濱尻はまた幸奈の両脇に手を伸ばした。

「男と思ってるから怖がっているんでしょ」

「嘘。俺怖い?」

「怖いよ」

なぜか満足な顔をした濱尻宝は、幸奈のおなかを触りまくる。

「触らないで」

「いいじゃん、おなかくらい」

「ダメに決まってるでしょ」

「そういう生意気なこと言うと、もう少し下に移動しちゃうよ」

「わかった、やめて!」幸奈は両膝を曲げて防御した。

濱尻はおなかを触る。諦めるしかなかった。大切なところを責められるよりはマシだ。

「幸奈」

「何?」

「付き合って」

「本気で言ってるの?」幸奈は睨んだ。

「本気だよ」

「じゃあ、ほどいて。手足縛って迫るって、男のやることじゃないよ」

濱尻は黙っていたが、急に冷たい表情に変わった。

「完全に脈なしだな。よくわかったよ。バイバイ」

おなかをポンと叩くと、濱尻はダンボールの束から下りて、さっさとドアへ向かう。幸奈は慌てて叫んだ。

「待って宝君! ほどいて!」

「おやすみ」

「待ってください! 待ってください! 宝君!」

しかし濱尻は振り向かずに行ってしまう。幸奈は仕方なく言った。

「わかった。友達からっていうのじゃダメ? 宝君!」

濱尻はドアを開けて出ていった。まさかこのまま放置されるとは思わなかった。最後はほどいてくれると思っていた。

「どうしよう?」


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6

幸奈はもがいた。何とか自力で外そうと試みたが、キッチリ縛られているから無理だった。

「どうしよう?」

手首だけならまだしも、両足首も縛られているから立ち上がることもできない。ダンボールの束は1メートルくらいの高さがあるから、落ちたら怪我をしてしまう。両手両足を拘束された状態だと、倒れたときに受身が取れないから危ない。

「朝が来る前に何とかしないと」

今は何時頃だろうか。幸奈は神妙な顔で辺りを見回した。いちばん最初に来るのは前川社長。下着姿で手足を縛られているなんて、こんな恥ずかしい格好は死んでも見られたくなかった。

この気持ちは男にはわかるまい。幸奈は濱尻の人格を疑った。酔っていたなど言い訳にならない。

それに社長に発見されたら大問題になる。ヘタしたら警察沙汰だ。濱尻に縛られたと本当のことを言うしかない。

再びドアが開いた。

「あ、宝君、戻って来てくれた」

近づく足音。幸奈は言った。

「宝君。怒ってないからほどいて・・・あっ!」

濱尻ではない。加藤竜佐だ。幸奈は血の気が引いた。竜佐も驚いて幸奈を見ている。セクシーな水色の下着姿。しかも手足を縛られている。加藤竜佐は怪しい笑みを浮かべると、幸奈に言った。

「いい格好してるな」

幸奈は呼吸が乱れた。嫌いな男に哀願するのは悔しい。しかし、そんなことは言っていられない。変なことをされたら人生終わりだ。

「竜佐君。ほどいてください」

「宝とか言ってたなあ。濱尻に意地悪されたのか?」

「・・・何もされてないわ」

「放置プレイか?」

「そんなんじゃない。早くほどいて」

「何その態度?」竜佐は容赦なく幸奈のおなかを触る。

「触るな!」

 


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7

幸奈が怒鳴ると、竜佐はムキになり、彼女の秘部を押さえた。

「やめろバカ! 手離せ貴様!」

激しく抵抗する幸奈。しかし竜佐はピタッと女の急所を的確に押さえて離さない。幸奈は仕方なく哀願した。

「わかったやめて、一生のお願いですから」

竜佐は手を離した。

「幸奈。無抵抗の状態で嫌いな男が目の前にいるって、スリル満点だろ?」

「別に、嫌ってなんかいないわ」

「嫌いだろ、俺のこと? 何で嫌うんだよ」

幸奈は困り果てた。嫌いなのは事実だが、この状況では強気に出れない。

「まずほどいてください」

「ほどかないよ。泣かすよ」

「泣かす?」

「大人になってから泣かされるのって悔しいだろう」

幸奈は胸のドキドキが止まらない。何をするつもりなのか。

「幸奈。セクハラとか言ってんじゃねえよ。二度と俺に逆らわないと誓うか?」

「意味がわかりません」

「意味? 教えてやろうか」

悔しいけど怖い。加藤竜佐は濱尻とは比較にならないほどのワルだ。幸奈は赤い顔で言った。

「ほどいてください。お願いします」

「だから。二度と社長にチクるとかやめろよ」

「チクる? 何語?」

首をかしげる幸奈。竜佐は急にムッとすると、彼女を抱き上げた。

「ちょっと待って、何をするの?」

慌てる幸奈に構わず、竜佐は抱き上げたままドアに向かう。

「え?」

彼はドアを開けた。幸奈は血相変えると、暴れながら叫んだ。

「わかったやめて! それだけはやめて! それだけは許して!」

 

 


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8

竜佐はドアを閉めると、幸奈をダンボールの上に放り投げた。

「きゃあ!」

「おまえ、今度生意気なこと言ったらホントに外に転がすよ」

そんなことされたら、たまらない。悔しいけどしおらしくするしかなかった。

「それだけはやめてください」

「よし。低姿勢だから今回だけは許してやる。でも今度は本当にやるよ」

そう言うと、加藤竜佐はドアを開けて出ていった。

幸奈は再び、一人とり残された。プライドが傷ついた。嫌いな男に哀願するのも、偉そうにされて逆らえないのも、耐え難い屈辱だ。

「悔しい・・・」

女を何だと思っているのか。男は平気で女を脅す。また悪い男は脅し方を心得えている。裸にされると言われれば弱いし、下着のまま外に出すと脅されれば、言うことを聞いてしまう。

腕力では敵わないから、暴力をほのめかされたら逆らえない。幸奈は寝ながら目を閉じた。セクハラの根底にあるものがわかった気がする。

「パワハラだ」

セクハラとは、要するにパワハラのことだ。男女平等はもはや当たり前の時代なのに、未だに女よりも男が上という根拠のない勘違いをしている男が、女を力で押さえようとする。

女性の社会進出を歓迎するナイトも多くいるが、まだまだ男のほうが上という幻想を抱く男は、積極的な女性を「女のくせに出しゃばり」と感じる。

しかし、男女平等だから「出しゃばり」や「生意気」ということはあり得ないのだ。

思索をしていると、濱尻宝が戻って来た。

「あっ」

「幸奈。無事だったか」

酔いが醒めている感じに見える。幸奈は真顔で濱尻を見すえたが、ほどいてもらうためには、強くは言えない。

「宝君。絶対来てくれると思ったよ」

「マジ?」

「ほどいてください。ほどいてくれたら、尊敬します」

「尊敬はいらないよ。俺が欲しいのは愛情だから」


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9

幸奈は唇を結んで濱尻を見つめた。濱尻は彼女に近づくと、静かに囁いた。

「何か俺、酔っ払ってたみたいで。ここまでやったら弁解の余地はないよね。一生許さないでしょ?」

「そんなことない。変なことされたわけじゃないから。今すぐほどいてくれたら、全部忘れます」

「ホントか?」

「ホント」

濱尻は幸奈の足首をほどいた。

「ありがとう」

「うつ伏せになって」

幸奈は濱尻を信じてうつ伏せになった。あっさり両手首もほどいてくれた。

「ありがとう」

幸奈は手首をさすって深呼吸すると、ダンボールから下りた。

「幸奈」

「ん?」

濱尻はいきなり土下座した。

「ゴメン!」

幸奈は冷たく無視してロッカーへ行き、服を着た。帰り支度をして濱尻を見たが、まだ土下座していた。そのまま素通りして帰ろうと思ったが、ほどいてくれたら許すと約束したことを思い出し、肩を叩いた。

「もういいよ」

二人は一緒に部品管理室を出た。

「二度とこんなことしたらダメだよ」

「わかったよ。幸奈。一発ビンタしてもいいよ」

バン!

「あああ!」

間髪入れずに思いきり叩かれたので、濱尻はびっくりした。しかし幸奈は口を真一文字にして、泣きそうな顔で睨んでいる。濱尻は言葉が出ない。

濱尻のせいで酷い目に遭ってしまった。最悪の事態は避けられたが、心は深く傷ついた。セクハラや性犯罪をやる男の特徴として、女の誇りを全く考えていないという共通点がある。

嫌いな男に哀願するのは屈辱的だ。でも身を守るためには仕方なかった。アニメのスーパーヒロインではないのだ。意地を張ったために取り返しのつかないことをされたら意味がない。