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あやまり堂日記 in パブー(2015年03月)
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2013/08/22(熱中症の記その3・終)

三日目は和歌山市内をレンタル自転車にて巡る。
旅を始めてより、南紀ことに熊野水軍について気になっているので、ひとまず和歌山市立博物館、県立博物館を廻る。

 

9時過ぎに到着した市立博物館は図書館に隣接。客なし。さびれており、展示も見るべきものに欠ける。

特別展として「海人の世界」と称し、縄文以来の漁の道具など並べていた。この特別展のせいで400円。それほどの価値あるとも思えず。
和歌山市の立体模型を見、紀ノ川流域の平地がすなわち「和歌山」なのだと感じた。

それより南は、山また山、森林ばかりの熊野になって、和歌山の人に、熊野、南紀は和歌山にあらず――という認識があるのではないかとも疑われる。県史を読んでも、和歌山=紀ノ川流域の歴史と、熊野の歴史とは別に書かれている。

たとえば愛知県でも三河の人間は、名古屋を別世界と感じているが、紀ノ川流域住民と、南紀とでは、それ以上の間隔があるのではないか。

 

レンタル電動自転車を走らせて、県立博物館へ。
さすがに県立。金があると見えて、建物からして立派。見せ方も当世的。

良いことには、常設展示のみでしかも学割あり、放送大学の学生証を見せて八十円なり。

 

県の歴史なれば、南紀と紀ノ川流域との関わりが分るかと期待するも、そこはよく分らず。

ただ、古代には、紀ノ川流域の紀の国と、熊野の国は、別々の支配者がいた由。それが、古代の末には同じ紀の国とされたとか。なるほど都の人間からすると、南紀も紀ノ川流域も、遠い山の中という認識になろう。

時代くだって近世、県の特産品を見るに、南紀には、魚を除けば炭と木材しかない。

那智大社の別当が、藤原氏へ「我らには米の取れる荘園がないので貧しくてたまらん」と訴えた記録があるとか。すなわち那智大社は貧しかった、だから上皇の熊野詣でを積極的に宣伝したのだ――という議論になるが、貧しい寺社などいくらでもあり、熊野だけが上皇の参詣を獲得できたのには、やはり元手をかけたためと思われる。地道な宣伝工作。米のとれる荘園が欲しかったのは事実であろうが、荘園が無いから「貧しかった」という議論は、どうも陸上世界ばかりを眺めているようで、頷きがたい。

仮にそれを支えたのが熊野海賊であったとすれば、那智大社の規模、強引さが想像できる。

 

二つ博物館を出て十一時半。
またも和歌山ラーメンにて昼飯をとり、灼熱の日差しを浴びながら国道を南下、和歌浦を目指す。
和歌浦の手前に、何とかという、紀州徳川家の下屋敷を移築した建物があり、市立博物館へ入場すればただで入場できると聞き、立ち寄る。

平凡な平屋で、係のおっさんが早口で説明、早足で一周するので何も見られず。ただ、天井の模様、木組みと思しき鴨居のすがすがしさなど、おっさんを除けばわずかばかり見る価値あり。

 

ラーメンの余熱もあり、長ズボンに籠る熱が限界を迎えたため、建物の便所にて、持参せる甚兵衛短パンにはきかえる。個人的に、脛を出して歩く習慣が無いため、見苦しいと思うていたが、そんなことを言っている間に死んでしまうと、臑毛を風になびかせて自転車を漕ぎ出せば、絶叫したくなるほどの快適さ。股間を風が走り抜ける涼感!

 

和歌浦の北、雑賀崎。
山道を電動フルパワーにて漕ぎ上がれば、ここに岬の庭園があるとガイドマップに書いてあったので、立ち寄るが、遠目にも入場料五百円の価値あるとは思われず、電動自転車を戻して、岬の灯台へ。

近辺には、バブル時代に乱立させたホテルが幾つも朽ちている。風景絶佳ゆえ、馬鹿な真似をせずにいれば今でもすばらしいところであったろうにとあきれる。

 

灯台は無料。
ただし傍らにがらんとした駐車場があって、奥の方に座り込んだじじいが、どうやら料金係。

近づくのも馬鹿らしいので、駐車場には立ち入らず、灯台の傍らに自転車をとめて、階段をぐるぐるのぼれば、すなわち大絶景日本一。

 

眼下に、例の五百円の岬庭園が横に伸びて、その先に緑を茂らせた三つの島が浮かんでいる。
島三つの間に遊覧船あり、白い航跡が見た目に涼しく、沖合を大きなタンカーが行く、その先は京阪工業地帯か、和歌山の港に多数の工場、クレーンが並び、さらに市街地が広がる。
まことに紀州らしい地形。

断崖から小島を見下ろす風景は、いろいろあるだろうが、工業地帯と山並み、島影をまとめて見下ろす絶景はほかにあるまい。

波打ち際まで山が迫る断崖の灯台から、水平線の遠くに淡路島、近くには飛び移れそうな小島が並び、そこから岬の庭園、さらに紀ノ川下流域の工業地帯、市街地が見渡せる。背後は濃緑。
これなん日本一の佳景なるか。愛すべし、たたえるべし。

 

ガイドマップを見れば、五百円の庭園は宣伝しているが、無料の灯台は小さく記すのみ、馬鹿なことである。

適切に資本をかけ、適切に経営すれば、この岬ほど美しいリゾート地にふさわしいところもあるまいと思うが、如何。

岬から見れば、紀伊水道を通る船は一目瞭然。
すなわちここを押えていた雑賀党は、海賊でもあったろうと思わせた。

 

自転車走らせ、叫びながら岬を一気に下って、紀三井寺を目指す。きみでら、と読む。

近江の三井寺と何か所縁が、と思うが、三つの井戸があるから三井寺とのことで、関係無し。

これも崖の上にあって、石段けわしい。ただ石段の途中途中に、小堂やら井戸やらがあって、登る者が退屈しないようになっている。たいていの長々とした石段は、ただ苦しいだけである。

登りきった先は、寺。ご立派なれど、すでに寺巡りも何軒続けているか分らぬゆえ、不心得者の心を打つことはなし。

 

しかるに、奥の新しい仏殿には仰天す。
五年ほど前に出来たばかりの、金色の巨大千手観音。木造、漆塗に金箔を貼り付けたものでは日本最大とか。なぜここまで大きくするのかとも思うが、大きいだけに単純に圧倒される。不心得者も、単純明快な大きさには感動する。
仏殿の三階外廊下より市街を見下ろす。これも絶景。しかし、雑賀岬には及ばぬ。

 

あらかた見たので、和歌山駅へ引き返す。
途中ブックオフに立ち寄り、和歌山に関連した書籍は無いかと物色するが、特に見あたらず。大阪の歴史、関西の文化については多数あるが、和歌山関連は乏しい。辛うじて江戸時代の和歌山城下町の絵図があったので買っておく。


次いで和歌山城へ立ち寄るが、天守閣へのぼる気力が無かったので手前までのぼって引き返す。天守閣からの眺めも悪くはないだろうが、景色は、雑賀岬に限る。
一つ、前々より不思議だったのは、徳川三家を、水戸、尾張、和歌山に配したこと。

水戸は東北の支え、尾張は東海道の要と、だいたい分るのだけど、和歌山はどうしてだろう――と思うに、これは、海であったと思われた。
熊野の海賊へ目を光らせ、海路の要として鎮座する、紀伊徳川家。


駅ビルの書店にて、「和歌山の不思議」なる本を立ち読みするに、藩祖頼宣が我がままで、疎まれたため、石高も乏しい紀州へ押し込められた。それを吉宗がその無念を晴らした――云々と、何やら紀州入りを否定的に書いていたが、紀州を海路のおさえという位置づけで見ると、そうとう重要な場所になるのではないか。ことに、南紀。

陸上の政治、経済を見れば、和歌山は確かに土地貧しく、梅干しを作るくらいしか出来なかったろうが、紀伊の真価が海にあったと考えれば、何も卑下するには及ばない。

 

ところで書店へ行っても、他県に較べて、和歌山は郷土愛というか、地元意識が乏しように感じられた。郷土愛の権化のような愛知県はともかく、昨年以前に訪れた仙台、広島、甲府いずれも地元名物、地元の歴史、地元の伝説への思い入れが強烈であった印象があるけど、和歌山は、大阪という強烈な個性へ極めて近いせいか、あまり意識されていない。

ラーメンしかない……この点、言うまでもなく南紀の意識は各所で強烈であった(御坊は違ったがね!)。

 

夕食は、ラーメンではなく駅ビルでちょっと良いものをと、地下の「ダイニングストリート」なる場所へ入って驚いた。

何もない。

立派なレストラン街を期待していたわけではないが、ストリートの半分を百円ショップと薬局が占め、残りを大々的にサイゼリア。さらに残った区画を小店舗のカレー、和歌山ラーメン、居酒屋、そば屋、ハンバーグなどの洋食屋があるばかり。

名古屋の新幹線地下街エスカという、名古屋地元の飯屋を集中的に配した場所が想起されていただけに、落胆大きく、やけくそでサイゼリアへ入ろうとするも、混雑していたので、
「そうだ、関西のうどんは出汁が違うのだ」
と思い出し、そば屋へ。店名は和歌山にあって信濃屋である。
他人丼にミニ蕎麦セットで880円也。そばつゆは、かつおがたっぷり効いた関西風で、実にうまい。汗をかきまくっていたこともあり、飲み干して満足した。

帰路、駅ビル及びスーパーにて、梅酒、日本酒、ミカンゼリーといった土産を購入す。

 

最終日は、和歌山から岡崎の実家へ。
途中、京都に降りて、人多し、車多し。辟易しつつ強引に吉田神社へ詣でる。
吉田神社、吉田兼倶、吉田一族はいずれ小説で書きたい。日本の神道史。

大渋滞のバス40分ほどかけて京都大学正門前から歩き、吉田山の鬱蒼としているのには驚いた。

熱射を浴びつつ本殿へ参り、次いで日本最上神祇斎所、太元宮への参詣を果たせて大満足。

みくじ二百円を引けば果たして、大吉であった。

 

以上、今年の夏の旅日記。


2013/08/21(熱中症の記その2)

二日目すなわち8月12日は、6時57分の電車に乗り、紀伊田辺を目指す。
那智までは昨日見た景色、山と海、時折平地に密集する家並み。
電車は何とはなしに紀伊半島の南端を通過する。

南端たる串本にて降りようとも思うていたが、鯨など見ても仕方なし、とにかく海賊の根城を目指す。
ちなみに紀伊田辺は、小説の舞台に使った場所なれば、見て廻る価値あると思われる。
9時半過ぎに着く。すでにして炎暑。

観光案内所にて、徒歩で回れる見所を聞くに、海岸にしつらえた生簀にドルフィン二頭あり、是非に見るべしと勧められる。イルカに興味なし。が、案内所のおばさんがドルフィンドルフィンと言ったのが興味深く、とにかく田辺の海は見ざるべからずと、商店街を抜けて海岸を目指す。途次、「イルカに触れよう」ののぼり多数あり。ドルフィンに非ず。
駅の近くは菓子屋が多いよう。贈答用の和菓子。中を覗くに、それほど珍奇なるものなし。ほかに、カフェも多い。

海。
海水浴客もあり、天気良好、風あり、じつに爽快。……が、とにかく日差しきつく、立ち尽くせば死を待つばかりゆえ、ドルフィンの生簀近くに小岩の立てるを見て、その日陰へ入り込み、海を見る。
素人目にもこの地が良港なること疑いなく、昔日の熊野水軍の活躍を偲ぶ。

駅へ戻りながら熊野水軍ゆかりの闘鶏神社あり。
と、その前に、地図に民俗資料館を見つけて行くも、図書館の一部のそれは月曜休館。夏休みだが関係なし。
闘鶏神社は、平家物語にあり。
田辺の別当、源氏に付くか平氏に付くかを闘鶏で占わせた由緒ある場所にて、規模を見ても、熊野水軍の勢い、どれほどであったかが想像できて愉しい。紀の国、紀伊の中心は、南紀の海ではなかったか。

商店街へ戻り、店先に発送用の梅干しを積んでいた梅干し屋にて梅干しを購入、駅前のラーメン屋にて早めの中食をとる。一番人気の豚ショウガ焼き定食550円也。ラーメン屋の一番人気が豚ショウガ焼きなる一大事。味は普通。
12時11分の鈍行にて、今度は御坊へ。

御坊は、本願寺の別院の名である。
南紀なれど市役所あり、駅前ぐらいは賑やかであろうと思いきや、観光案内所なし。レンタル自転車ありというインターネットは誤報か。腹を立てる。
駅前を二周し、何もなし。仕方ないので電車で一駅もどって道成寺へ。
有名な安珍清姫の、道成寺なり。大きな古刹。紀州一古いとか。
藤原不比等の養女となった宮子姫が、文武天皇に頼んで建立となった由。奈良時代。古い時代の紀州とりわけ南紀の繁栄ぶりが偲ばれる。

寺宝拝観、六百円。国宝仏多数。圧倒される。
寺の建立が奈良時代のことゆえ、平安前期の仏が多数あるのも珍奇とすべきではないが、寺の財力をそれから今まで維持してきたことに、とりわけ感心する。
一つには、安珍清姫の物語の力。
道成寺ほど、物語の力によって繁栄したところもないのではないか。
奈良時代以来、多くの寺社が隆盛し、衰微した中で、道成寺はこれだけの宝物を維持してきた。物語の力かと思う。

ただ安珍清姫の物語は、早く見ても室町の謡曲隆盛によって、大いに称揚された。
それ以前は如何。
道成寺を繁栄させたはやはり熊野水軍か。清姫に追われた安珍が逃げ込んだ先が、大釣鐘を持つ道成寺であってみれば、すでに物語成立以前から、道成寺は繁栄していた。
道成寺について、すこし調べたい。
江戸以降になれば、物語の力と見て差し支えないだろうが、それより古い時代。やはり古い時代の南紀が気になる。

さて道成寺駅に戻ってみると、次の電車到着まで50分。
徒歩にても御坊駅まで30分足らずと思われるが、辺りを見まわせば田地ばかり。
絶対に歩いてはならぬと、駅の日陰に休らい、この日の日記をPCに打ち込む。

やがて御坊駅に戻り、和歌山電鉄。
日本一短い路線とかで、こんな電車、存在すら知らなかった。車両も小さく、バスの如し。エアコンが車両の片面で故障しており、「申し訳ありません」と貼紙して、窓全開。
15時1分発。
乗客全部で6名。全員観光客と思しき風体にて、おおよそ野球帽に眼鏡、首にカメラというのが3名。

バスのように横揺れしながら走り出し、五分ほど田圃の中を抜けると学問駅。高校、中学あり。乗降客なし。電車動いて1分ほどで紀伊御坊。乗降客なし。また1分で市役所前。一人降りる。あるいは彼のみ地元民であったか。
また1分で西御坊、終点。運賃は180円。

駅周辺が御坊本来の市街地らしい。家々が詰まっている。
ただ、見るべきものは何もなし。家並は古く、甍は立派。それが見所といえば、見所なれど、あまり感心せず。
狭い通り沿いの商店、店構えは立派なれど生気に乏しく、人通りもなし。これはお盆のせいか。

ところで御坊は、西本願寺の日高別院のこと。
戦国初期に建てられ、一度秀吉に焼かれた後、江戸時代になって現在地に成立、門前町栄えて人々は敬意を込めて、「御坊様」と呼んだとか。
とりあえず駅の自販機にて、ドラゴンボールサイダーを購入、元気を補給しておいて、炎暑の中、例のごとく死にそうになって歩き出す。
十分か、十五分ほどで大屋根が見えて、これぞ日高別院、迷わずに着いたと喜ぶも、工事のため閉鎖中。落胆す。
と、見れば別院は幼稚園を併設しており、工事車両出入口から覗き込めば、幼稚園の芝生が、境無しに本堂に隣接している。寺の規模、道成寺に比すれば小さく、本堂と庫裡がある程度。

幼稚園を経営する寺院は珍しからずとはいえ、市の名前をつくった名刹がこれかとしばし茫然とす。
私の地元岡崎に本願寺の三河別院あり。こちらの方がよほど今でも大きく、寺院経営、信仰の力を維持する方法の難しさを思う。前日に見た那智大社などは最高度に成功した例、道成寺も成功例。
それに比すれば御坊の日高別院は惜しい。
無論、寺格は今も堂々としており、衰微などと言うては罰当りであるが、門前町たる御坊の旧市街地の衰退は明らかで、寺づくり町づくり、総合的に考える必要があるかと思われた。

再び小さな電車に乗って御坊駅へ、とその前に30分ほど時間があったので、紀伊御坊駅近くのケーキ屋にて梅ゼリーを食す。
味普通。しかし疲労蓄積しており、甘い梅の実が美味なり。
御坊駅に戻って和歌山へ。当初は、御坊にて晩飯を食べようと思うていたが何も無ければ仕方なし。車内、汗のせいか潮風のせいか、腕がべたべたする。

和歌山駅には十七時半過ぎに到着。さすがに大都会。駅ビルまであり、人多く、都会すぎて途惑う。
ホテルは駅近くのシティ・イン和歌山。一泊3900円也。
設備古く、外観内装ともによろしからずとはいえ、従業員も多く、必要なものすべてあり。地下には大浴場もあって一人旅には申し分なし。
夜は最寄りの和歌山ラーメン、和歌一。うまいが、名古屋駅の地下で喰うたことがある味。
 

2013/08/20(熱中症の記その1)


この夏の旅行は、南朝の遺跡を偲び、吉野のさらに奥、十津川辺りへと志すも、秘境へ踏み入ったが最後、バスと徒歩では行動範囲は限られて、見るもの乏しいと見極めたため、紀伊半島一周に変更。
熊野なる那智大社、未だ見たことなければここを第一目的地に、朝六時半の快速に乗って岡崎を出る(今年は実家からなり)。
三十分で名古屋。関西本線に乗り換え亀山へ。ここまでは記すことなし。小説、明徳私記を続ける。
亀山にて紀勢線。伊勢神宮方面へ詣でる人多いよう。山中を電車は進む。電車に非ず、ディーゼルだったかもしれぬ。
多気で乗り換え。ここから先は電車の本数が激減する。多気を電車が出る直前、便所へ行ったのか、のんきに階段を下りてきた男あり。動きだした電車は一度減速するも去る。彼は何時間待ちぼうけるのか。

新宮へ到着したのは十三時。
宿を新宮ステーションホテルなる、駅近くのホテルに決めていたので、那智へ行く前に荷物を預ける。ステーションホテル及び近隣はさびれており、不安になるも、ホテル内部は改装されて比較的きれい。人、設備悪からず。

身軽になって十三時四十分過ぎ、新宮発勝浦行きにて、那智大社を目指す。
新宮駅前の碑によれば、新宮・勝浦間の電車はもともと、紀伊山地の木材を筏にして熊野川に流し、河口の新宮から、良港たる勝浦へ通すため、整備された由。
片側は山の急な斜面、というより崖。反対は海というところを、水色の単線電車は進む。津波が来たら全速力で山へ分け入ればよろしかろうと噂する者あり。
電車は大方、崖と波打ち際の間を走るも、時折、平地を見る。わずかな平地に厚い瓦の家が密集し、やや広い平地があればそこは田圃にしている。米に対する執心を思う。

わずか十分ほどで那智駅。
那智大社に最寄なれど、駅は海水浴場に隣接せり。車内より海パンのおっさんを見る。
駅より那智大社までは七キロ半。
バスで行こうとするも走り去った直後なれば、仕方なし、古代を思って歩くべしと歩き始めて、すぐに補陀落寺を見る。補陀落渡海の本拠地。
後ろに霊山、前に渺々たる太洋が広がれば、舟を漕ぎ出したくもなろう。これで水平線の手前に小島があれば、漕ぎ出す者はあるまい。小岩はあれどそれがかえって海の彼方を思わせる。江戸時代まで二十数度、漕ぎ出した舟ありとか。なお最後の僧侶は途中で逃げ出し、霊験を期待する見物衆に撲殺されたとか。
五十円のみくじを引くと「半吉」と出た。運勢今は半分だけ吉、後によしとか。振り返ると、この後の地獄を示していた。

普陀落寺ばかりは、徒歩にて廻りたかったので、バスの時刻を知らず。とにかく那智の滝を目指して歩き続けるが、バスを待つべきであった。灼熱、地獄の釜の底。
気温不明。知れば卒倒するに違いない、どこかで四十度を超えたとも聞く。

那智は山中なれど別段涼しからず。昨年の身延山は、富士川と山気の涼あって樹陰は快適なるも、那智の道はただ焦熱地獄を行くがごとし。さらに駅前よりしばらくバイパス、旧道、いずれにしても「普通の」道を行くためおもしろみなく、ただ暑いばかり。

小一時間歩いたところで、ようやく、これは、と感心するような熊野古道へ入る。
林間に踏み固められた小径。時おり木橋、杭があるので辛うじて道を判別できる程度。舗装などあろうはずもなし。これなん古代と変らざると思うも、傍らに渓流の形跡、土砂災害の影響であろう、水なければ涼風なく、ひたすら暑苦しい。
小一時間歩く間、人の気配なし。
歩くにつれ熱中症の自覚生ずれば、途中で上半身裸になろうとするが、虫が襲来するので断念。とにかくへそを出して歩く。
死ぬ思いをして山道、「ふだらく霊園」なる墓地の上に出る。我が身すでにして、ふだらく渡海をして灼熱の浄土を見ている感あり。
眼下にバイパス。路線バスを見送って焦熱地獄の継続を知る。

さらに小一時間、まばらに家のある間を歩く。おもしろくもなし。
どこかで休まねば死んでしまうと思うも、休らう場所とてなし。セレモニーホールを見れば、最終的にあそこへ担ぎ込まれれば世話なしとは笑えず。
やがて民家の軒先に自販機あり。アクエリアスを購入、露命をつなぐ。

何時間経ったか、実際は2時間ほどか。ようやく大門坂駐車場へ到る。すなわち那智大社の入口。
「ついに、ようやく、いよいよ」
と達成感に顔を上げれば、延々たる石段に、もはや苦行ではない、拷問なりと意識を失う。
その後、意識ないまま石段をひとつずつ上がって行くと、やがてバス停・大駐車場へ。
何のことはない。
大門坂の下で車を泊めれば三百円。坂の上は五百円。さらに上は八百円。俗化は仕方ないことであるが、それにしても、演出の醜さといったらない。日本文化の悪癖なり。

那智駅からバイパスや民家の間を歩き、古代の山道を歩いて霊園へ出ればまた民家の間を抜け、それから大門坂の見事な杉の間の石段を超えると大駐車場。そして観光みやげもの屋の間を抜けて、霊地那智大社、青岸渡寺。
すなわち俗・聖・俗・聖・俗・聖の繰り返し。

念願の那智大社は絶景なり。滝も水量乏しいようだが、三筋あって美しい。
が、何せ疲労すさまじく、熱のため意識朦朧とすれば、信仰のありがたみもくそもなく、何が何だか分らず、みくじ中吉。文字は頭に入らず。
背中、絞れば水が垂れるほどに濡れて、ズボンも下着が役割を放棄して尻びしょびしょ。
人間の体液すごいすごいと笑うしかない。

下りはバス。
二時間も三時間もかけて死に瀕した道を、一瞬で通り抜ける馬鹿らしさ。
汗びたしの服がクーラーに冷えて今度は風邪をひく危険を思う。
那智駅へ戻れば案の定、電車は一時間後。
歩く気力あるはずもなく、別のバス便にて新宮へ戻る。

途中、驚くほど巨大なショッピングセンターあり。
ユニクロ、ライトオン、シネコンまであって大都会。急遽下車し、とにかくポロシャツを買い、着替える。食品売場にて夕飯の、めはり寿司なる、刻んだ高菜漬けを具に、海苔ではなく高菜で巻いた丸い握り飯を購入。味は予想を超えず。あとで見れば、熊野山地の樵人の弁当だとか。さもあらん。
疲労極限なれば、九時半には就寝。


2013/08/08

時代劇にまたも暗雲漂い、
吉川英治の小説作法なんかを読み返しつつ、
果たして書けるのかと疑いながら、
何とか完成までこぎ着けたいところ。

吉川英治曰く、歴史小説のおもしろさは、結論が分ることで、
登場人物たちが、どうしてそこへ向って行くのかを考える楽しさがある云々。

宇治拾遺の英訳。
和訳も完了せぬのに、3つ目。
全訳するつもりはないので、どれを英訳して、
海外の人へこれが日本のクラシックでございと示そうかと、
選ぶ楽しさもあります。
日本文化、歴史を踏まえて、ユニークなやつが良いですね。


2013/08/05

紀伊半島一周の旅。

初日は、那智大社。
まだ見ていないので、これは外せない。
で、新宮に泊る。
宿が危うく無くなるところだった。

翌日は和歌山へ泊る。
新宮を出て、串本、田辺、御坊の辺で途中下車したいのだけれど、
紀勢線はとにかく本数が少ないので、三つは難しい気が。
串本、潮岬。
田辺、旧市街。
御坊、道成寺、ちょっと先の由良町の興国寺。
どこで下車するかは、天気次第で決めようかなあと。。

南紀は、割とおもしろい。
あの辺、とくに愛知県民からすると、そうとう陸の孤島みたいな印象ですが、
寺社の規模を見ても、そうとう儲けていた過去があります。


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