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5月26日のおはなし「序の口」

男1「ずいぶんゴキゲンな様子ですな」
男2「おう。気分はいい」
男1「へへ。いいことでもありましたか。ご相伴にあずかりたいもんで」
男2「飲むかい? おう大将、お猪口を持っといで。ありったけ持って来な。ひとつ選んでみんな返しちゃうから」
男1「あっしなら、最初(はな)っからひとつだけで結構ですから」
男2「しみったれたこと言うねえ! ほら」
男1「へへ。こりゃどうも」
男2「飲め飲め」
男1「おっとっと」
男2「これで足りなきゃ、ありったけお猪口持ってこさせるから」
男1「旦那、まだそのご冗談を」
男2「まだたあ何だ、まだたあ。ずーっと続いてんだよ俺の冗談はよ」
男1「さいですか」
男2「さいですかじゃねえよ。カバですかってもんだ」
男1「カバがどうかしましたか」
男2「馬鹿野郎! サイじゃあなくてカバだと……」
男1「へへ。旦那、ほんとにゴキゲンで」
男2「ゴキゲンゴキゲンって言うけどそれは何だ?」
男1「何だ、と申しますと?」
男2「ゴキゲンじゃなくなったらご期限切れか?」
男1「……ああ。それが言いたかったんで?」
男2「悪いか」
男1「悪か、ござんせん。でもまた旦那、何です? いいことって。教えてくださいよ」
男2「いいこと?」
男1「へい。ゴキゲンの理由。あやかりたいもんで」
男2「ゴキゲンの理由と来たか」
男1「へへ。来ました」
男2「これを見ろ」
男1「何でしょう。え、あ! 富くじ。こいつぁひょっとするとさっきあの天元寺の境内で出た、あの大当たりの。あ! こりゃてえへんだ。旦那すごいですね。当たりましたか?」
男2「んなのは序の口だ」
男1「これが序の口。じゃ、もっとすごいことが」
男2「あった」
男1「ありましたか」
男2「薬店(くすりだな)の大旦那、清兵衛さんいるだろ」
男1「は。お会いしたことはござんせんが」
男2「名人だ」
男1「名人と言いますと」
男2「碁の名人だ」
男1「名人ですか」
男2「勝った!」
男1「勝った?」
男2「清兵衛さんに碁で勝った!」
男1「ははあ。勝ちましたか。そうですか。はあ。言っちゃあなんですが、あの旦那、富みくじの方が」
男2「それだけじゃない」
男1「それだけじゃない?」
男2「それも序の口だ」
男1「これもですか。序の口が続きますね」
男2「さくらんぼのヘタを口の中で結んだ」
男1「結びましたか」
男2「これも序の口だ」
男1「そんな気がしました」
男2「棒振りをしてんだが」
男1「なんでしょう、棒振りってのは」
男2「ブザンソンで優勝した」
男1「あたしにもわかるように話していただけやすか」
男2「小澤征爾も優勝している」
男1「小澤って、あ! あの世界のオザワですか」
男2「世界のオザワだ」
男1「“♪いつだって可笑しいほど誰もが誰か 愛し愛されて生きるのさ ”の小沢健二のおじさんですね」
男2「おまえも何を言っているのかわからない」
男1「で、その、釜山で優勝しましたか」
男2「釜山ではない。ブザンソンだ。アルバロ・アルビアチーフェルナンデスも優勝している」
男1「何を言ってるか全くわかりやせんが」
男2「これも序の口だ」
男1「序の口ですか。序の口が行列して、弱い相撲部屋みたいなことになってますが」
男2「芥川賞と江戸川乱歩章をダブル受賞した」
男1「たはあ! そりゃめでてえ。前代未聞ですな」
男2「大島優子がうちで俺の帰りを待ってる」
男1「そいつぁどうもご馳走さまで」
男2「苦節四十年。ついに俺の時代がやってきた」
男1「ちげえねえ」
男2「21世紀は俺様の世紀だ!」
男1「まったくでさ」
 そこで男はちょっと考えまして。
男2「でも旦那、もう2099年ですぜ」
 とたんに旦那と呼ばれた男は浦島みたいに老け込み始め、髪がばさりばさりと抜け落ちて歯茎からぼろぼろと歯が……

     *     *     *

「うわっ」
 俺はじっとりと厭な汗をかいて目を覚ました。マスターが言う。
「大丈夫ですか。ずいぶん寝言を言ってましたが」
「歯が」
「痛みますか」
「いや。ちゃんとある。あいつは? あいつはどこへ行った?」
「あいつと言いますと?」
「あの、たいこもちみたいな」と言いかけて、何もかも夢だったことに思い当たる。「ああそうか。夢か」
「いい夢でしたか? カクテル〈俺様の世紀〉のは」
「途中まではずいぶん景気が良かったんだが」
「ははあ」マスターは手元のビンを見てつぶやく。「最後に入れたタバスコが古かったかな」

(「俺様の世紀」ordered by atohchie-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

新作スタート。お題募集中。

2011年10月1日。
Sudden Fiction Projectの新作発表が始まりました。

1日1篇ペースをめざしていますが、これはどうなるかわかりません。
毎日、その日のお題を見て、いきなり書き始めていきなり書き終わる。
即興的に書くSudden Fictionをこれからお楽しみください。

お題募集中です。
急募!お題」のコメント欄で受け付けています。
どなたでも気軽にご注文ください。初めての人、大歓迎です。

(お題の管理上、TwitterやFacebookでは見逃しがちなので、
 どうか上記コメント欄をご利用ください)

それではこれからしばらく新作のシーズンをお楽しみください。

※発表済みの作品をご覧になりたい方は
 をご活用ください。

奥付



序の口


http://p.booklog.jp/book/37413


著者 : hirotakashina
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/hirotakashina/profile


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公開中のSudden Fiction Project作品一覧

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運営会社:株式会社paperboy&co.



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