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死が二人を分かたない

「汝、この者を妻とし、健やかなる時も、病める時も、幾度、輪廻を繰り返したあとも、未来永劫、この宇宙が終わるまで、愛し続けることを誓いますか?」

「……いいえ」

「ちょっと!」

「いや、やっぱり、無理だわ。これ」

「何でよ! いつまでも愛してるっていったじゃない」

「言ったけどさ……言ったけど、お前考えてみろよ。今は良いよ。でも俺たちが死んで、天国? 転生? とか知らないけど、死んだ後なんてわかんないじゃん。もし、転生するとして、それに時間差があってさ、俺が50過ぎてて、お前が8歳くらいだったら、そこに愛があったとしても犯罪になるんだよ」

「あなたが、60過ぎまで待てばいいだけでしょ」

「いやいや、お前はそれでいいのかよって話になるけど。まあ、いいよ。それはまだ人間だから。じゃあさ、俺がハエで、お前がカエルだったら? 食べるだろ、お前。絶対俺を食べるだろ」

「誰がカエルよ!」

「例えだよバカ」

「もしも、私がカエルであんたがハエでも、私を愛してるなら、喜んで食べられなさいよ。私の血肉となりなさいよ」

「イヤだよ! 何で俺の一生分の愛が、お前の一食分のカロリーになるんだよ」

「だって、カマキリはメスがオスを食べるじゃない」

「だから、そういうのが、無理なんだって」

「何よ……いつまでも愛してるって言ったのに……」

「だから、生きてるうちは愛するよ。今生をお前に捧げても良いよ。今は来世の話をしてるんだろ。バカ!」

「何よ。バカバカって! バカはあんたでしょ。誓うくらいできるでしょ。あんた、誓いを破ったら死ぬような真面目な人間だったっけ!?」


新婦の剣幕に押されながら、新郎は小さな声で言った。

「……俺にはこれが、誓いというより、呪いに聞こえるんだよ……」



急に夫が冷たくなりました

 夫は私に冷たくなりました。
 何度話しかけても、答えは返ってきません。まるで、私に興味を失ってしまったかのように。
あの日からずっと、夫は布団に入ったままです。お風呂にも入っていないので少し臭います。
夫は病気なんだと私は自分に言い聞かせます。
 それで、少しだけ妻の私は納得します。でも、女の私は納得できないのです。
毎朝、私は夫に声をかけます。愛していると言って、身体に触れます。それでも夫は私に何の反応も返しません。

 夫は、娘とだけ外出します。それも私の目を盗んで、私が知らない間に。
 朝早く、私は布団の中に夫が居ないことに気付くと、直ぐに外に飛び出して二人を探します。
 小学4年生になる娘を、夫はとても可愛がっています。私だって娘を愛しています。それに私は娘を愛する夫も愛しているのです。
 外を出てすぐの、いつもの小道を二人はゆっくり歩いています。夫は娘に寄りかかるようにして、娘はそれでとても歩きにくそうです。他人からみれば仲睦まじい愛すべき親子の姿に、私は何故かとても悲しくなります。
 悲しくなった私は二人に追いつくと、何も言わずに夫の手をとります。冷たい夫の手。夫は、涙を浮かべる私を見ても、何の反応も返しません。代わりに娘が哀しそうな顔で私を見ます。私は、大丈夫よ、と言って夫の手をとり、抱きかかえるようにして家に引き返します。パパは病気なだけだから。

 思い返すだけで涙が出ます。だんだん痩せていく夫。それでも、その背中は何も語ってくれません。
 いつまでこんなことが続くのでしょう?
 あなた、許してください、お願いです。そう言って、私は、泣きながら夫の背中にすがりつきます。体温を奪われる私の身体、とても冷たい。

 あの日から時間は止まったままで、私はできるなら停止する前に戻りたい。
 あのとき、夫から、別れたい、という言葉がでたとき、私は心臓がとまりそうになりました。夫の愛が私を動かしているとさえ思っていたから。彼が、家に帰ってこなくても、例え誰かの家にいるのだとしても、私と彼の間には愛があると信じていたのに。
 夫に謝りたいのです。私が彼の携帯電話を見たことや、彼の浮気相手に黙って会いにいったことも、彼を何度も何度も、刺してしまったことを。でも、でも、私にはそれ以外、あなたの中に届くものがなかったから。
 ごめんなさい。謝ります。ですから、お願い。もう一度だけ、笑って。


九九連続殺人事件の解決

 探偵は、警部を前にして断言した。

犯人が、分かりました」

「ほ、本当かね……!」

「はい。おそらく、これで事件は解決します」

 言葉とは裏腹に、探偵は暗い顔でうなずいた。


 探偵は、広間に関係者を集める。

「70人もの人間が死んだこの連続殺人事件。それを繋げる糸が、やっとわかりました」

ざわめく広間。

「早く言いたまえ」

 警部は探偵を促した。

 探偵は、真っ直ぐに広間の人間を見つめて言った。

「それは、九九です」

「九九……!?」

 探偵は、用意されたホワイトボードに、数式を書いていく。1×1、1×2、1×3……。

「殷一が胃血、殷二が煮、殷三が酸……、二人が死、兄さんがロック……、全てを言う必要はないでしょう。連続殺人における被害者の状況、これらは全て九九の見立てなのです。そして、この九九の謎を解いたとき、犯人がわかりました」

 警部は手帳をめくりながら、呟く。

「殷一さんは、毒で血を吐いて死に、殷二さんは、風呂で煮られて死んだ。殷三さんは、青酸カリで……まさか、そんな」

「その、まさかなのです。私は9人目の被害者がインクを丸呑みして死んでいた所で仕組みに気付いた。しかし、まだ犯人を特定するには至らなかった。そして、70人もの被害者を出して、やっと、犯人にたどり着いたのです」

 探偵は、一旦言葉を切ると、死者に黙祷をささげるかのようにしばらく目を瞑った。そして、目を開くと、説明を再開した。

「70番目の被害者の死因は、体中を蜂に刺されてのアナフィラキシーショック。この被害者は、連続殺人事件に巻き込まれた結果、商売に失敗、財産家族を失い、恋人に別れを告げられた。そして被害者の大嫌いだった虫に囲まれて死ぬという四重苦を味わっているのです。つまり、ここで『蜂死致、四重苦』の見立てが行なわれていたのです。そして、ここに犯人の失敗があった」

「ん……? ふむ。そうか……、おかしいぞ」

「そう。8×7は49ではない。56です。犯人は九九を間違えている。7×8、『死地は誤銃ロック』では間違ってなかったのに。つまり、犯人は」

 警部がわかった、とばかりに手を叩いた。

「8の段が苦手……」

 探偵は警部の方をむいてうなずく。その顔は少しだけ苦しそうに見えた。

「そうです。そしておそらく、それだけではない。犯人は、まだ8の段を習っていない」

「な、なんだって……!」

「つまり、犯人は」

 探偵は、ゆっくりと右手をあげ、一人の人間を指差す。

「この中で最年少……小学2年になったばかりの亜由美ちゃん、あなたですね」

 広間は静まり返る。そして、ぱちぱち、と小さな拍手が起こった。

「……その通りよ。探偵さん」

 驚愕し、動けない大人たちの中、広間には、しばらく可愛い拍手の音が響き続けた。


 そのとき、亜由美ちゃん(7さい)は、探偵にこう語った。

「九九がどうしても覚えられなくて……どうしたら覚えられるか必死に考えたわ。そして、何か印象的な事と一緒に覚えればいいということに気付いたの。そうしたら九九を覚えることよりも夢中になっちゃって。予習のつもりで八の段に手をだしたのね。でも、間違って覚えてたら、しょうがないな。ははは。あーあ、最後の9×9で、先生を殺してやろうと思ってたのに」


 この事件の後、急速に「ゆとり教育」が推し進められる事となる。



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