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僕はワトソンにあこがれる

 私の心臓は低く重い音を断続的に体中に轟かせていて、それにあわせて私の小さな胸は大きく跳ね上がっている。既に京子先輩は壇上に上がりマイクを手にしている。先輩の理知的で冷たい視線が、哀れな子羊である怯えて混乱する学生達を見渡している。あぁ、カッコいい……! 京子先輩……!
 そして、先輩の冷たい静かな声がホールに響いた。
「犯人はこの中に居ます」
 在犯人宣言! 全校生徒の前での謎解きが始まる!
 今や私の心臓は16mm機関銃のように血液を撃ち出している。頬が紅潮していくのがわかる。 京子先輩のワトソン役たる私としたことがはずかしい……堂々としなさい、友梨!
 先輩の声はそんなに大きくなかったのに、騒ぎ出していた生徒たちは喋るのを止め、一斉に壇上の先輩を見た。これが先輩の力。名探偵としてのカリスマ性。私は、そんな先輩が、先輩のことが。
「犯人は貴方です。三村清二さん」
 いきなり先輩が犯人を指差す。先輩の細く白い指の先には、分厚いメガネをかけた唇の厚いオタクの三村清二の姿があった。三村は何を言われたのかわからずきょとんとしている。
気付けよッ! お前だよ! 反応しろバカ! 
 周囲の人間が先に気付き、ざわめきながら三村から距離を取り始めた。それでやっと気付いた三村は、ずり落ちたメガネを中指で抑え、どもりながら叫んだ。
「な、何で僕が」
「説明しましょう」
 背中をゾクゾクが駆け巡る。先輩から、三村に向かって、どうして犯人が三村であるのかの説明が行われている。淡々としながら、まるで見ていたかのように、三村の犯行を説明する。そのときの先輩には、演説者の昂りも、弾劾者の怒りもない。黒板の前で数学の証明問題を説明するように、三村の犯罪について述べている。
 私は、それをうっとりと見つめる。子宮が締め付けられるような錯覚を覚える。私は、やはり、この人の側にしかいられない。
 そして先輩の説明は、想像通り、私の想像を越える。
「そして、もう1人の犯人、三村清二さんに犯行を行なわせた人物がいます。それは」
 それは、それは、それは、それは。誰ですか。京子さん。
 私は、息を吸うことも忘れ、先輩の言葉を待った。やはり、やっぱり、やっぱり、やっぱり、先輩は。
「妃友梨さん。貴女ですね」
 先輩は、最高だ! 私はこのまま倒れ込みたい欲求を必死でこらえる。
 先輩の白い指先は、壇上の隅っこにいる私の方に向いている。
 そう、そう、そう、そう、そう、そうなんです! 私が真犯人なんです!
「そして、本当の名前は、指名手配中の殺人鬼・木崎友二。信じがたいことに、その姿は女装……でなくて整形手術」
 そう! そうです。そのとおりです。京子さん。やはり、貴女はそうでなくてはならない。
 本物の引きこもりで根暗の妃悠里はもうこの世にはいない。僕が殺した。僕は木崎友二です。あなたの側にいたくて、また犯罪を犯してしまいました。。
「京子さん!」
 僕はたまらずに大声を上げてしまった。とてもはずかしい。僕は憎むべき犯人でさえまともに務まらない。
 壇上の京子さんは相変わらず感情を見せない目で僕を見ている。今日は少し憂いを帯びたように見えるのは、陽が沈んで、ホールが暗くなったからだろうか。
 ああ、とにかくまた失敗だ。今度こそ京子さんのワトソンになれると思ったのに。でも次の事件は考えてある。名探偵と探偵助手の出会いとなる最初の事件は。
 悲しいけど嬉しい。わかっている。僕は、僕の存在はまるっきり矛盾している。僕は僕が京子さんのワトソン的な位置に立つための事件を構築しながら、その事件が外側だけでなく内側の僕までむき出しなって台無しになるまで解体されることを喜んでいるんだ。
 京子さん、同じ孤独な天才でありながら、僕と貴女の位置は点対称。常に決定的に異なってしまう。それでも僕は、貴女の隣に居たい。だから、僕は。


彼について

「まず彼の性的嗜好について。彼は低年齢の女子、つまり幼女にしか興味を持ちません。成人女性のポルノグラビア、ビデオ、それらの類が彼の興味をひく事はありません。実際、彼は裸同然の私を見ても、顔色一つ変えなかった。そして彼は今、特定の幼い女子に対して興味を抱いています。彼女を遠くからずっと眺めていたり、時に近づいて悪戯に及ぶこともあります。これまでにも彼の毒牙にかかった女子はたくさんいます。しかし私達は彼女達の涙を拭いて慰めることしかできないのです。
次に彼の持つ残虐性について。彼は自分より小さい生き物を虐める事にこの上ない喜びを覚えるようです。小さな箱に生き物を閉じ込めて死ぬまでうっとりと眺めたり、大量の生き物を水で溺れさせようとしたり、直接、手で握りつぶそうとしたり、行為は日課のように続けられています。私は一度、彼が踏みつけて生き物を殺そうとしたのをたしなめた事があります。すると彼はきょとんとして、その愛らしい顔を私に向け、笑ったのです。私は生まれて初めて、笑顔が恐ろしいと思いました。
最後は彼の特異な独占欲について。彼は、時折、自分で制御できないほど感情を爆発させることがあります。それは『自分のもの』が誰かにとられそうになったときです。彼は、『彼のもの(ほとんどの場合、彼の勝手な思い込みで決められる)』を誰かが勝手に触ったり、持っていこうとしたとき、突如泣き喚き、暴力を振るうのです。そうなった彼には、彼が持っていたわずかな社会性すらも消えています。私は彼を止めようとして何度も傷を負いました。その傷を見るたび、私は確信するのです。
彼の異常な『独占欲』がやがて、いたいけな『幼女』へと及び、おぞましい『残虐性』を発揮することを。
私は彼が恐ろしいのです。凶悪な犯罪者の資質を持つ彼と日中一緒に過ごすことなど、もはや、できないのです」
「先生……それは幼稚園児としては普通なのでは……」
「普通! 普通って何だ! これだからゆとりはッ!」
「先生」
「戦争を知らない子供たちは帰れ! 休み欲しいっ! 子供なんて嫌いだっ!」
「先生、落ち着いてっ……!」
「若い奴嫌いっ! 平成生まれは死ねっ! 結婚したいっ!」
「先生……!」



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