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確認

 まず最初に確認しておこう。僕の名前は十倉克彦。どこにでもいる普通の男子高校生。成績は中の上。運動も中の上。サッカー部に所属。サッカーは愛しているが下手。血液型はB型で、星座は射手座。好きなタイプの女の子は……っていかんいかん、何事も真剣にやりすぎるのが僕の癖だ。プロフィールはこのくらいでいいだろう。
 そんな普通の僕だけど、最近困った事件に出くわした。同じクラスの皆森千里がストーカー被害にあったのだ。皆森千里は可愛い女の子だけど、目が見えない。その恐怖はいかばかりだったろうか。僕にはわからない。
 でも第三者であるこの十倉克彦が関わる事で、ストーカーは行動を焦り、映画でいうクライマックスのような事件を起こして、警察に捕まった。

 そして全部終わって一週間。今、僕は皆森千里の家を訪ねている。
 インターホンを押すと、彼女の可愛い声が返ってくる。
「誰?」
 声を聞くだけで僕は思わず微笑んでしまう。僕だよ。
「十倉だよ」
「十倉、君?」
 心細い、不安げな声が返ってくる。何でだろうと、少し考えて、自分の声の低さに気付いた。
「風邪引いちゃって。咽喉の調子が悪いんだ。ほら先週、あいつと池に落ちただろ」
 トットットッと歩いてくる音がして、扉が少し開いた。まだ少し不安そうな皆森千里の顔がのぞいた。
「大丈夫?」
 声から、彼女の不安が、扉の前に立つ人間に対する不信からではなく、僕の体の心配によるものだと気付く。チクリと胸が痛む。
 僕は笑って言う。
「入っていい?」
 彼女はコクリとうなずいて、チェーンをはずした。
「今、お母さんいないの」
 実はそのことは知っていた。それなら簡単にチェーン外したら駄目だろうに。僕は少し驚いた。
 十倉克彦という人間がよほど信頼されているということか。少し複雑な気分だ。そんな事を考えながら靴を脱ごうとしたら、マヌケなことにバランスを崩した。
「おっと」
 声に気付いた彼女が振り向き、手を伸ばした。思わずその手につかまる。
 手が触れ合って、僕らの時間は一瞬止まる。
 僕の気持ちは膨れ上がる。
「あの日からずっと言えないでいたんだけれど」
 直ぐに彼女は手をひっこめた。その仕草がとても可愛くて、僕は次の言葉を継ぐまでに時間が空いた。
 そして僕より先に彼女が口を開いた。
「あなた、誰?」


「十倉君の手と違う」
 これは想定外だ。
 手か。少し触れただけでわかる程、あいつの手を覚えてたのか。
 用心深い君が、名前を言っただけで扉を開けてしまう。あいつは、君の中のとても深いところにいるんだね。
 僕は心がまた闇に沈みそうになるのを振り払う。でも、もう関係ないのだ。迷う必要は無い。十倉克彦はもういないんだから。
 僕は微笑む。言葉を紡ぐ。
「確認しよう。僕は君を愛してる……君は?」
 僕の言葉に彼女の身体がびくりと震える。
 その仕草がとてもとても可愛くて、僕は。


あなたはつけてあげない

君は、ぬかみそが好きだったね。いつも君は台所に屈みこんで、黒く長い髪を邪魔そうにかき上げながら、嬉しそうに、キュウリ茄子を漬けていた。


家中が臭かったよ。でも僕は君を愛していた。

いつの間にか、台所も、リビングも、寝室も、客間も、僕の書斎さえも、家中の部屋の床下には、ぬか床があった。それを僕が知った時、君はいたずらっ子のように舌を出したね。それだけで僕は最高にハッピーになった。


いつだったか、浴槽にぬかみそを満たして、そこに入ってたことがあったね。ぬかみそ入浴健康法なんて、出鱈目な名前をつけて。

あのときは驚いた。だって、帰ってきたら君が脱水症状を起こして倒れているんだもの。体の水分がほとんど抜けるまで、ぬかみそに浸かっていた君の、ぬかみそへの愛には嫉妬すら覚える。


それでも、ぬかみそを混ぜている君は、子供のように邪気のない笑顔で、それでいて美しかった。その華奢な体には信じられない程のぬかみそに対するエネルギーが詰まってて、それが眩しかったんだと思う。僕はそんな君をよく後ろから抱きしめたね。君は驚いて、でも笑いながら僕の顔にぬかみそを塗りたくった。僕は、それが君の最高の愛の表現だとわかっていた。君を愛していたから。


君は言ったね。

「貴方は漬けてあげない」

「どうして?」

「私を漬ける人がいなくなるから」


君の最後の頼み、僕は喜んで引き受けたよ。君が笑うのがとても好きだったから。でも、哀しかったよ。とても、とても。とても、とても、とても。


君のいない長い夏が終わって、やっと秋になった。君に会える。


僕はキュウリが嫌いだったけど、君の漬けたキュウリは好きだったよ。だから、もしかして、君の事をもっと愛せるようになっているのかもしれない。


ああ、見つけたよ。お帰り。


「ただいま、あなた」



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