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九九連続殺人事件の解決

 探偵は、警部を前にして断言した。

犯人が、分かりました」

「ほ、本当かね……!」

「はい。おそらく、これで事件は解決します」

 言葉とは裏腹に、探偵は暗い顔でうなずいた。


 探偵は、広間に関係者を集める。

「70人もの人間が死んだこの連続殺人事件。それを繋げる糸が、やっとわかりました」

ざわめく広間。

「早く言いたまえ」

 警部は探偵を促した。

 探偵は、真っ直ぐに広間の人間を見つめて言った。

「それは、九九です」

「九九……!?」

 探偵は、用意されたホワイトボードに、数式を書いていく。1×1、1×2、1×3……。

「殷一が胃血、殷二が煮、殷三が酸……、二人が死、兄さんがロック……、全てを言う必要はないでしょう。連続殺人における被害者の状況、これらは全て九九の見立てなのです。そして、この九九の謎を解いたとき、犯人がわかりました」

 警部は手帳をめくりながら、呟く。

「殷一さんは、毒で血を吐いて死に、殷二さんは、風呂で煮られて死んだ。殷三さんは、青酸カリで……まさか、そんな」

「その、まさかなのです。私は9人目の被害者がインクを丸呑みして死んでいた所で仕組みに気付いた。しかし、まだ犯人を特定するには至らなかった。そして、70人もの被害者を出して、やっと、犯人にたどり着いたのです」

 探偵は、一旦言葉を切ると、死者に黙祷をささげるかのようにしばらく目を瞑った。そして、目を開くと、説明を再開した。

「70番目の被害者の死因は、体中を蜂に刺されてのアナフィラキシーショック。この被害者は、連続殺人事件に巻き込まれた結果、商売に失敗、財産家族を失い、恋人に別れを告げられた。そして被害者の大嫌いだった虫に囲まれて死ぬという四重苦を味わっているのです。つまり、ここで『蜂死致、四重苦』の見立てが行なわれていたのです。そして、ここに犯人の失敗があった」

「ん……? ふむ。そうか……、おかしいぞ」

「そう。8×7は49ではない。56です。犯人は九九を間違えている。7×8、『死地は誤銃ロック』では間違ってなかったのに。つまり、犯人は」

 警部がわかった、とばかりに手を叩いた。

「8の段が苦手……」

 探偵は警部の方をむいてうなずく。その顔は少しだけ苦しそうに見えた。

「そうです。そしておそらく、それだけではない。犯人は、まだ8の段を習っていない」

「な、なんだって……!」

「つまり、犯人は」

 探偵は、ゆっくりと右手をあげ、一人の人間を指差す。

「この中で最年少……小学2年になったばかりの亜由美ちゃん、あなたですね」

 広間は静まり返る。そして、ぱちぱち、と小さな拍手が起こった。

「……その通りよ。探偵さん」

 驚愕し、動けない大人たちの中、広間には、しばらく可愛い拍手の音が響き続けた。


 そのとき、亜由美ちゃん(7さい)は、探偵にこう語った。

「九九がどうしても覚えられなくて……どうしたら覚えられるか必死に考えたわ。そして、何か印象的な事と一緒に覚えればいいということに気付いたの。そうしたら九九を覚えることよりも夢中になっちゃって。予習のつもりで八の段に手をだしたのね。でも、間違って覚えてたら、しょうがないな。ははは。あーあ、最後の9×9で、先生を殺してやろうと思ってたのに」


 この事件の後、急速に「ゆとり教育」が推し進められる事となる。


確認

 まず最初に確認しておこう。僕の名前は十倉克彦。どこにでもいる普通の男子高校生。成績は中の上。運動も中の上。サッカー部に所属。サッカーは愛しているが下手。血液型はB型で、星座は射手座。好きなタイプの女の子は……っていかんいかん、何事も真剣にやりすぎるのが僕の癖だ。プロフィールはこのくらいでいいだろう。
 そんな普通の僕だけど、最近困った事件に出くわした。同じクラスの皆森千里がストーカー被害にあったのだ。皆森千里は可愛い女の子だけど、目が見えない。その恐怖はいかばかりだったろうか。僕にはわからない。
 でも第三者であるこの十倉克彦が関わる事で、ストーカーは行動を焦り、映画でいうクライマックスのような事件を起こして、警察に捕まった。

 そして全部終わって一週間。今、僕は皆森千里の家を訪ねている。
 インターホンを押すと、彼女の可愛い声が返ってくる。
「誰?」
 声を聞くだけで僕は思わず微笑んでしまう。僕だよ。
「十倉だよ」
「十倉、君?」
 心細い、不安げな声が返ってくる。何でだろうと、少し考えて、自分の声の低さに気付いた。
「風邪引いちゃって。咽喉の調子が悪いんだ。ほら先週、あいつと池に落ちただろ」
 トットットッと歩いてくる音がして、扉が少し開いた。まだ少し不安そうな皆森千里の顔がのぞいた。
「大丈夫?」
 声から、彼女の不安が、扉の前に立つ人間に対する不信からではなく、僕の体の心配によるものだと気付く。チクリと胸が痛む。
 僕は笑って言う。
「入っていい?」
 彼女はコクリとうなずいて、チェーンをはずした。
「今、お母さんいないの」
 実はそのことは知っていた。それなら簡単にチェーン外したら駄目だろうに。僕は少し驚いた。
 十倉克彦という人間がよほど信頼されているということか。少し複雑な気分だ。そんな事を考えながら靴を脱ごうとしたら、マヌケなことにバランスを崩した。
「おっと」
 声に気付いた彼女が振り向き、手を伸ばした。思わずその手につかまる。
 手が触れ合って、僕らの時間は一瞬止まる。
 僕の気持ちは膨れ上がる。
「あの日からずっと言えないでいたんだけれど」
 直ぐに彼女は手をひっこめた。その仕草がとても可愛くて、僕は次の言葉を継ぐまでに時間が空いた。
 そして僕より先に彼女が口を開いた。
「あなた、誰?」


「十倉君の手と違う」
 これは想定外だ。
 手か。少し触れただけでわかる程、あいつの手を覚えてたのか。
 用心深い君が、名前を言っただけで扉を開けてしまう。あいつは、君の中のとても深いところにいるんだね。
 僕は心がまた闇に沈みそうになるのを振り払う。でも、もう関係ないのだ。迷う必要は無い。十倉克彦はもういないんだから。
 僕は微笑む。言葉を紡ぐ。
「確認しよう。僕は君を愛してる……君は?」
 僕の言葉に彼女の身体がびくりと震える。
 その仕草がとてもとても可愛くて、僕は。



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