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11月1日のおはなし「笑う仕立屋」

 村の生活にもすっかり慣れた。とまどったのは最初のうちだけで、ここでの暮らしは肌になじむようだ。テンポが合っているのか、価値観に共鳴できるのか、そのあたり、詳しく考えたわけではないが、とにかくここでの暮らしは気持ちがいいし、苛々を感じることがまずない。

 正直に告白すれば、都会生まれの都会育ちの自分にとって、村の生活はもっとストレスだらけだと思っていた。詮索好きな隣人がいたり、過剰な世話焼きをされたり、刺激のない時間がまったりと続いたり、逆に手を動かさなくてはどうにもならないことに忙殺されたり、人付き合いやら、家事やら耕作やら、これまでやったことがないことをたくさんする羽目になるのだろうと覚悟していた。

 そしてそれらは予想通りというか、予想以上にたっぷりあった。朝早く起きて土が熱を持ちすぎないうちに水をまき、雑草をむしり、虫をとり、かかしを調節し、それからやっと朝食を作り、午前中に洗濯物まで済ませる。午後は近所の人と情報交換だ。気になることがあればお互いの畑や菜園を訪れ合って、ああでもないこうでもないと議論する。取れたての野菜を交換したりするのもこの時だ。

 作物の話をし、家畜の話をし、育児の話をし、教育の話をし、義父と義母の話をし、隣人の話をし、日が暮れていく。必要があるときは仕立屋に行き、必要なだけの服を仕立ててもらう。仕立屋も必要なだけの服しか作らない。たくさんの服がぶら下がるようなお店はここにはない。仕立屋にしても仕立てだけでなく、つくろいもする。機嫌良く、笑いながら。そういうこと全てが、いまとてもしっくりくる。

 ここに来て最初に泊まった宿は、一階が食堂兼居酒屋で村人の社交場になっている。一日の作業を終えた人々が集まり、作物の話をし、家畜の話をし、育児の話をし……そしてちょっと奇妙な体験談を披露し合ったりする。なあ、おいあんた。と、仕立屋が言う。あの洞窟がどうなったか知っているか? 洞窟? ああそうさ。あんた、あそこを通ってきたんだろう? 私が? 洞窟を? 自分では全然覚えていないのできょとんとする。

 男は豪快に笑う。きょとんとした顔をしているな。おいおい、しっかりしろ。でなけりゃあんたどこから来たのさ、ここに。言われてみればなるほど自分はどうやってこの村にたどり着いたものやらとんと思い出せない。電車は走っていないし、車も見かけない。徒歩で来たのか、どうやって来たのか。悪いんだがその洞窟、案内してもらえないかな? え、洞窟を? よしたほうがいいよ。いや、でも気になるから。

 翌日、仕立屋に案内してもらって洞窟に行く。しばらく中に入って行くが、意外なことに奥に進んでも、何かに照らされているように全体が妙に明るい。その明かりのせいか、全体に赤みがかった黄色っぽい色に見え、壁面は滑らかで湿って見える。入ってきた入り口の方を振り向いたとき、案内の仕立屋がいないことに気づく。あっと思う間もなく、洞窟の入り口は閉ざされ村の姿が見えなくなる。自分はそのまま後ろ向きにぐいぐいと、洞窟の奥へ奥へとひきずりこまれていく。遠ざかっていく。村がどんどん遠ざかっていく。

     *     *     *

「ひょっとして、寝てました?」
「え?」
と、声を出そうとする。声が出ないのであせる。喉が異物でつまった感じだ。自分はベッドに横向けに寝ており、目の前のモニターの中に洞窟がとじ込められている。喉に違和感を覚え、空えずきをする。喉が痛い。
「はい、落ち着いてください。大丈夫。もう出ますから」

 モニターの中の洞窟は自分の食道であり、喉であり、口の中であることがわかり、自分はようやく本当に目が覚める。医師が笑う。
「胃カメラ飲みながら眠る人なんて初めて見ましたよ」
 頭の中にはまだ村の生活の残滓が残っていて、あそこに戻るにはどうすればいいのかせわしく考えている。今日はまだ畑仕事をしていないんだ。

「ああそうか、説明している間、寝ていたんですよね」医師は豪快に笑い、続ける。「大丈夫ですよ。綺麗なもんです。何も問題はありません。ストレスのかけらも見当たりませんでした」
 その笑い声を聞いて、仕立屋はどうしただろう、無事だったろうかと考える。

(「胃カメラ」ordered by こあ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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奥付



笑う仕立屋


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著者 : hirotakashina
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