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コラム⑦ 聖地

歴史に「もし…」はご法度…とはいえ、もしも聖地が今でも当時のままの状態で存在していて人類が住み続けていたら…。SFの世界では新人類やミュータントなどは現在の人類から進化する事になっている場合が多いのですが、その可能性はあまり高くは無いのではないかと思います。しかし、もしも生存すら厳しい聖地で現在の人類と別れてそのまま進化し続けた人たちがいたら我々人類以上の存在になっている可能性は有るでしょうか?彼らは我々と別れた数万年前にすでに言葉の能力を手に入れ直立歩行によって空いた「手」で道具を操る事が出来ていました。その後数万年の間、我々は個人の能力よりも集団の能力(共同体全体が持つノウハウや技術など)を高めてきました。が、その間に個人の能力のみを高め続けた集団がいたとしたら…。悪魔や魔物は単なる物語に過ぎません。しかしそんな「超」人類がある日突然我々の前に立ちはだかる…そんな可能性がわずかですがあるのではないでしょうか?おそらく彼らは我々とは異なった姿かたちになっているでしょう。そして彼らから見たら我々人類は遠い昔に別れた「旧世代」の生物でしかない…。そんな怪物のような超人類がもしかしたらあなたのすぐ近くにいるのかもしれません。

テリトリー

人間以外の哺乳類は自分たちのテリトリーにおしっこ等で自分の匂いを付けて他の個体にテリトリーを主張します。おそらく、人間が他人の顔を認識するのと同じくらい他人の匂いを認識できるのです。このために他人のテリトリーに入るとそこが他人のテリトリーであると言う事はわかるのです。人間の場合はそういうわけには行かなくなってしまいました。誰かがおしっこをしたとしても乾いてしまえばおしっこをしたという事さえ人間には解りません。それでも人間の共同体、後に部族などと呼ばれる集団ははそれぞれがテリトリーを持っていたはずです。最初はごく大雑把に、そして次第に厳格に境界線を作り上げていったと思われます。境界線は後には国境警備の兵が常駐するようになったりしたのでしょうが、最初は何かしらの目印を使ったのではないでしょうか。主要な道(と呼べる物があったかどうかわかりませんが)や隣の共同体との境に自分達の目印を掲げるようになったのです。動物たちがそうするようにここから先は俺たちの土地だぞ!と言う意思表示です。このテリトリーを示す目印が、後にエンブレムや家紋となっていきました。この印は最初は隣の共同体との境に、そしてその内に共同体の仲間を示す目印に変化していきます。また、共同体の仲間の印だけでなく自分の印を入れることで物にたいして自分の権利を主張するようにもなっていきました。所有権の発生です。最初は共同体ごとの所有であったはずの土地や物がその一部が個人の物になっていくきっかけともなりました。人間が複雑な道具を作ることが可能になり、自分の作った道具に対して自分の印をつけ所有権を主張するようになっていったのです。また、共同体のテリトリーの中に自分の家を建て、その家に自分の印をつけることでその土地まで自分の物としていったのです。
そして、印をつけると言う習慣は文字を獲得する基礎ともなりました。当初共同体の印だけだったものが個人を示す印ができ、その内に物や動物、大地や太陽などの自然、人間の行動を示す印をつけるようになり、この印が人間の言葉を記録する文字に変化していったのです。

この頃の人間は狩猟採集によって食料を調達していました。これは、一定のテリトリーの中では一定の人数以上に増えることが出来ないと言うことを意味しています。しかし、狩の道具の発達、経験の積み重ね、火を使うこと等を覚えた人間は徐々にその数を増やしていったのです。この当時、人間はあまり自分たちのテリトリーに固執しなかったのではないかと思われます。一定のテリトリーを持つ共同体の人数が増えるとそのテリトリー内の動植物は減っていくので食事に事欠くようになってくるからです。そうなるとその共同体から飛び出す者、あるいは共同体ごと他の地区に移り住むと言うことが起こります。この時点で生存競争の頂点に立っていた人間の住んでいない場所の方が動植物が豊かだからです。こうして当初は人口の増加=人間の生息域の拡大と言う関係が成り立ちました。人々は競争の少ないより豊かな土地を求めて全世界に散らばりだしたのです。最初は自分の性器を隠すのが目的であった服は全身を覆い、また他人に自分たちのセックスを見られることを防いだ家は人間たちが極寒の土地に進出することを可能にしました。


共同体

この頃の共同体の社会構造は今でも語り継がれている神話の世界に見ることが出来ます。神話の世界ではいろいろな自然現象に対してそれぞれの神や魔物がいることになっていました。人間の社会も同じだったのではないでしょうか?と言うよりも、神話の世界自体が人間の社会を反映した概念で作られたと思った方が納得しやすいと思うのです。つまり、当時共同体の中心であった女性達はそれぞれの得意分野ごとに分かれて、それぞれのリーダーを中心として共同体の運営を行っていたのではないかと思われます。山や森で植物の実等を採集する時の中心になる女性や土器などの食器類を作る時に中心になる女性が理想形として自然現象ごとの神の姿になって行ったのです。共同体は誰かがボスとして君臨すると言うのではなく、それぞれの得意分野で優れた者がそれぞれについて指導的な立場になる、と言う形になっていたのではないでしょうか。
当初はそんな形をとっていた共同体ですが、巫女たちによって作られる物語に人々が魅了され始めた頃から次第にそれらを束ねる役割が巫女たちに集約されていきます。力のある巫女のもとには他の共同体も呪術を依頼するようになって行き、いくつかの共同体が一部の巫女たちの傘下に収まります。こうして共同体の重要な決定を行うのが巫女の仕事になっていき、次の男たちが運営を行う時代の性格を徐々に帯び始めていくのです。
この時代は男は共同体の運営に余り口出しをしなかったのではないかと思われます。男たちにとって、共同体の運営は女性達に任せておけばいいもので、自分たちは昼間は狩や漁を行い、夜は休息の場として家に戻る、と言う生活をしていたのではないかと思います。ある意味、男たちが一番幸せな時代であったとも思えます。
また、この時代は所有権が発生した時代としても意味がありました。土器などの食器や狩の道具を作る技術が次第に高くなり、自分が作った道具に対して自分の所有権を主張し始めたのがこの頃なのです。そして、所有権が発生したことから物々交換と言う人と人との間の物の所有権の交換が始まりました。物々交換に始まる商業は所有権が発生して初めて成り立つ事なのです。そして人々が豊かになるにしたがって多くの所有権を持つことがその人の豊かさと思われるようになっていきます。

コラム⑧ ドミトリー効果

完全に外と隔離された女子寮などでは生理の周期が重なる現象がありドミトリー効果と呼ばれています。ます。また、旅行などに女の子だけで行ったような場合、誰かが生理になると「私も始まっちゃったー」などと言い出す子が結構いたりするのも同じ現象です。実はこの性質は犬の社会と似ています。犬のグループではメスの発情期が同時におきるようになっていて、それによって強いオスだけでなく、全てのオスに交尾のチャンスが生まれる様になっているのです。犬の場合はこの事で群れに留まるオスの数を増やす戦略をとっているようなのです。人間の場合も人間になる前(おそらくラマピテクスあたり)の祖先も匂いを捨てる前の段階では同じ戦略をとっていた可能性があります。そして、それは現在にも影響を与えていると考えられるのです。
人間は他の動物と違って他人のSEXを見る事で性的な興奮を起こす事が出来ます。SEX産業が実際のSEXよりも他人のSEXを見せるだけの分野が多いのはその為です。この、他人のSEXを見るだけで性的に興奮する性質はおそらく群れのメスがいっせいに発情期を迎えていた頃の名残と考えられるのです。
この性質は現在にも影響を与えています。たとえば日本でも毎年各地で行われるお祭り…。お祭りの起源は女性達の集団発情ではないかと思われます。生殖可能な全てのメスとオスが性的興奮に包まれて繰り広げる…いや、あまり具体的に書くとなんなので、ここはサラッと素通りしていただいて、そんな事もこの人間の性質に根ざした物ではないかと思われるのです。宗教的な意味合いは後付けの可能性が高いのです。また男性の場合、決まった相手がいてもちょっと誘われたりすればその気になってしまう(昔は据え膳食わねば…等と言っていました)などという性質もこの頃の名残なのではないでしょうか。これに対して女性は発情期をなくした後の社会で自分の子供を守るために特定の相手を大切にする様になったのではないかと考えられます。
1章では人間が嗅覚に頼った行動を捨てたことをきっかけとして他の哺乳類と違った社会を作ったと言うことについて説明しました。しかし、人間が本当に他の哺乳類とは違う社会を作り始めたのはこの後の世代です。人間が自然の恵みに頼った生活から離れて動植物を自分たちでコントロールすることで食料の確保や生活圏の拡大を行い始めます。この頃から本来人間が持っていた本能と人間の社会にひずみが生まれてくるのです。


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