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神話から唯一絶対の神へ

広範囲に広がる帝国が出現してもしばらくの間は共和体制がしかれる時代が続きます。各地の共同体の中では一人のボスに権限が集中していましたが自分たちのテリトリーを守るために多くの共同体が同盟を結び共和体制となっていったのです。しかし、この共和体制も次第に一人の王、または一人の皇帝が支配する帝政に変わって行きます。その頃には宗教の世界も神話の世界観が崩れて実社会を反映した物に変わっていきます。全知全能の神の登場です。唯一絶対の神を頂く宗教は人間の社会(帝政)を反映して支持された宗教です。人間の頭では神の世界も人間の世界を反映した物しか想像できないのです。
狩猟採集生活をしていた当時、自然は脅威でした。自分達の力ではどうすることも出来ない存在だったのです。だから山の神さま、海の神さまに祈りを捧げ機嫌を取るためのお祭りを開いてきました。しかし、この時代になると自然は徐々に脅威ではなくなっていきます。山を開き、沼を埋め立てて農地を広げ、治水を行うことによって川の氾濫を防ぎ、広い外洋にも乗り出すことが出来るようになって行きます。人々は、もう山の神さまや海の神さまに祈りを捧げる必要を感じなくなっていたのです。そこに唯一神の概念を持つ宗教が生まれました。山や海は脅威ではなくなっていましたが、自分たちにとって雲の上の存在である支配者―王や皇帝―に対抗できる、いやそれ以上の存在を信じ救いを求たのです。そして「唯一絶対の神」の思想は支配者にも受け入れられるようになっていきます。世の中を作り上げたのが絶対者であると言う考えは世の中を一人が支配する考え方につながるからです。その後人間の社会は階層化が固定して封建制へと変わって行きます。この頃には初期の帝国よりもさらに過酷なボスが登場します。領地の土地、物、人間はすべて領主の所有であるということになり、領主は道徳や法律を超える存在になったのです。唯一絶対の神の考えが本当に絶対になったのがこの封建制の世の中でした。ボスが過酷になるほど絶対の神の存在は支持されたのです。
それまでの神は人間の恐怖や自然のいろいろな現象に即した存在でした。それが唯一神が登場してからは人間本来の姿からは全く離れた存在になってしまったのです。そして、この頃から宗教家たちが生まれてきます。巫女たちはほんの一部を除いて自分たちで自分の食料を確保していました。それに対して宗教家となった人たちは専業になったのです。彼ら(宗教家はそれまでと違って男の職業になりました)は一般の人たちの唯一神に対する信仰を背景にして権力を握っていきます。巫女たちは没落しましたが、宗教家たちは支配者となって行ったのです。そして人間の死後の世界を担保に神の代理人である自分たちを信じ、現在の生活を神の決めたルール(宗教家たちの言う神の決めたルールです)で行うことを強制するようになっていきます。
世界に所有権を広げた国の宗教家たちは自分たちの信仰を世界に広げようとしました。唯一神に対する信仰は、それ以外の信仰や考え方をすべて否定する物だったからです。その為に唯一神の信仰は世界中をその色に染める事を是としたのです。もともと人々はいろいろな考えを持っています。違った考え方を持っているからこそいろいろな状況に対処することも出来ます。それをひとつの考え方に固定することが是とされたのです。
また、この時代の宗教家たちの秘密主義はその後の社会や人々にいろいろな影響を与えました。唯一神の考え方がまだ完全に広まっていなかった当時、宗教家はそれまでの宗教の中心であった巫女たちを”異教徒の魔女”と言うレッテルを貼ることによって迫害しました。それは唯一神に対する信仰が当たり前の時代に入っても残ってしまったのです。旧世代の巫女たちを迫害する為であることをはっきりさせていなかったからです。これが後に魔女裁判として同胞を迫害することにつながりました。このような事がいろいろな部分で起こっていますが、宗教家に説明は要りませんでした。「神のご意思」の一言ですべての説明が終わってしまうためです。
人類は聖地において言語の能力、道具を扱う能力を身につけ、その後世界中にその生息域を広げました。ここまでが人類史の第一章と呼べる時代です。人類史の第二章は農耕を始めたことによって食料生産量が増え、食料生産を行わなくても生きていける人たちが生まれたことに始まります。食糧生産を行わない人たちは道具を発展させ、戦闘能力を高めることで広大な土地を支配する王国や帝国を出現させます。帝国は海の向こう、つまり海外へもその支配を広げていきました。ヨーロッパの一握りの国々が世界中を植民地にしたのです。では、人類史第3章はどのようにして始まったのでしょうか?

工業化

人類史の第3章も第2章と同様に農業革命から始まりました。農法の改革によって収量が大きく伸びたのです。この農業改革は農村の人口を押し上げました。そして、ちょうどその頃にヨーロッパの多くを巻き込んだ7年戦争が終わったのです。この2つの出来事によって下級兵士や戦争の道具等を作る職人、農村からあぶれた人たちが現れたのです。その前ごろからいくつかの工業の基礎的な技術革新が考案されていました。そして、戦争の終結は当時の覇権国であったオランダの金融業者たちの余剰資金も生む結果となりました。こうしたいくつかの要因が重なってまずイギリスから工業化が始まり、それは次第にフランス、ドイツ諸国、アメリカ、日本などに広がっていきました。工業化は結果として農業を機械化し、さらに食料生産を行う人たちの人口構成比を下げていくことになります。
工業化が起こったことで社会は大きく変わりました。工業化は賃金労働を行う労働者を必要としました。当初は劣悪な労働条件でしたが、それでも数千年ぶりに誰の支配下にも入らない一般市民を大量に作り出したのです。そして、賃金労働は市民の購買力も作り出しました。このことが資本主義と同時に民主主義を作り出す下地になりました。時代は一人のボスの時代から個人の時代に変わったのです。
民主主義は個人の生活を大きく変えました。なんと言っても「民が主(ぬし)」の時代です。それまで利用され、意見を無視され続けていた存在が無視できない存在になったのです。また、それを支える社会基盤も整備され、同時に科学技術の発達が進んでたった数十年で世の中ががらりと変わる時代になりました。
考えてみれば支配者の時代―支配と被支配が当たり前の時代―が異常だったのです。ほとんどの人間が少数の王族の所有となっているという状況は本来の人間の本能からしたらとんでもないことなのです。現在もその時代の残り香がまだ漂っているように感じますが、人々の意識が変わってしまったので次第にそれも薄らいでいくことでしょう。しかし、考えてみると狩猟採集生活を行っていた頃の共同体は民主主義に近かったのではないでしょうか?リーダーはみんなの合意の下で決まっていたはずです。時代は再び元に戻ったのです。時代は数千年の時を経て再び個人とリーダーの時代になりました。今はまだボス=権力が残っていますが、じきにそれも無くなっていくことでしょう。大統領も首相も企業の社長も権力者の地位から単なる役割としてのリーダーになっていくのです。

民主主義

世の中は「民が主(ぬし)」の時代―民主主義の時代―になりました。では、民主主義とはどんなシステムなのでしょうか?世の中では民主主義に絶対の価値があるようにいう人がいます。貴方はどんな風に思っていますか?民主主義は本当に優れたシステムですか?民主主義というものは最終的には多数決の原理で物事を決めるようになっています。実はこれが民主主義の最大の欠点でしょう。多数決は結果に対して文句が出にくいというだけの安易な方法です。しかも責任が非常にあいまいで、どうかすると誰も責任を持たない状態になってしまうというシステムです。また、計画などを立てる際にはみんなの意見を組み入れることによって画期的なことが出来ないようになるシステムなのです。この多数決の原理を元にして作られている民主主義が優れたシステムであるはずがありません。何をやるにもお金と時間がかかりますし、効率のいい社会を作ることも難しいのです。今現在は責任を取りたくない人が圧倒的に多いためにこういうシステムが評価されていると考えることも出来ます。でも、これでいいのです。世の中は支配者と言う特別な存在は無くなっていくのですから。権限と責任は常に裏腹の関係です。絶対の権限を持った支配者がいなくなれば相応の責任しか取ることが出来なくなるのです。個人の時代になったからこそ多数決の原理で世の中を動かすようになったのです。これからは大統領も首相も企業の社長も権力者から単なる一般の人の中のリーダーとなっていくのです。
考えてみると日本はこの部分で一番進んでいるかもしれません。日本の首相がコロコロ変わるのは首相がただの普通の人になったからではないでしょうか?特別な人ではなく、普通の人が首相になっているのに今まで通りの期待を掛けられてつぶれていってしまっているのです。今までの日本を考えれば、首相の方針次第で日本の経済や民衆の暮らしが大きく変わったのはすでに過去の話なのです。一時的に戻ることはあってもこれからもこの傾向は続いていくことでしょう。大統領も首相も企業の社長も権力者ではなく単なるリーダーと思われるようになるまで続くのです。そして時代はたいてい上から変わるか下から変わるものです。一般の人はすでに個人の時代になっています。日本の場合はその両方から変わっている最中なのです。
そうなると、最後まで支配者の時代が続くのはその中間、企業と官僚と言うことになります。その2つが上と下の中間と言うことです。企業はライバルとの争いが多く支配者の時代から変わるのが難しいと言う事情もあります。もともと支配者の時代は他の共同体との争いから生まれてきました。企業のいる環境は今でも国内、海外の競合他社との争いが続いています。このために最後の最後まで支配者の時代が続くのでしょう。しかし、企業を構成するのは人です。自社だけではありません。他社を構成しているのも人なのです。その人の考え方が変わっていくのです。企業も上の者の権限は次第に少なくなって行くでしょう。すでにパワハラやセクハラとして上の者だからといったやりたい放題は出来なくなっています。それが、もっと進んだ形になっていくのです。また、官僚は基本的に前例主義なのでやはり変わるのが難しいのです。しかし官僚も民衆の考え方が変わり政治が変われば自然と変わらざるおえなくなってくるでしょう。

狭間の世界

支配者の時代の価値観は無限の所有への欲望を生みました。しかし、ほんの少数の人がそこに近づくだけで他の大半の人は支配される側になってしまいました。しかし、やっと個人の時代が始まりました。工業化とともに民主主義の世の中になったのです。それまでの支配者と被支配者の関係はリーダーと個人の関係に取って代わった…はずでした。民は自分たちの望むリーダーを自由に選べる時代になった…はずだったのです。そして、無限の所有権を求めた人たちもいなくなった…はずでは無かったのでしょうか?
実は…まだ支配者の時代は続いています。工業化とともに個人の時代は確かに始まりました。しかし、支配者の時代がその完成形に一番近づいたのは工業化の後、第二次世界大戦の前の帝国主義の時代だったのです。個人の時代が始まった後に支配者の時代が完成形になったのです。では戦後は変わったのでしょうか?いえ、まだまだ続くのです。狩猟採集時代から支配者の時代への変化は農耕が始まった時からスタートしました。では、狩猟採集時代は何時終わったのでしょうか?実はずっと終わらなかったのです。確かにほとんどの国では狩猟採集生活はやめて農耕を行うようになりました。でも狩猟採集生活を行っていた頃の習慣や考え方は今でも人々の中に残っています。多神教や物語によって今に伝えられ徐々に弱まりながらも人々の生活や風習の中に生き続けました。支配者の時代もおそらくまだ当分の間続きます。徐々に弱まりながらも時には息を吹き返し、足掻きながら続いていくのでしょう。個人の時代―民主主義―もまだ完成形には程遠い状態のはずです。個人の時代が完成するにはまだ数千年の時が必要でしょう。そして時代は何時から何時までとはっきり分かれているものではないのです。支配者の時代の考え方も国によって、あるいは階級によって時代遅れになりながらもしぶとく生き残っていくことでしょう。


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