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生殖

まず、嗅覚に頼った行動を行わなくなった人間に一番影響を与えたと思われるのが生殖、つまりセックスです。哺乳類のメスは一般的に発情期を持っており、発情期になるとフェロモンを出して交尾対象になるオスに発情していることを伝えます。が、人間が嗅覚に頼った行動を行わなくなった時からメス、いや女性の発情期がなくなってしまいました。このことはオス、つまり男性にとっても何時セックスをしたら生殖を行えるか分からないという状況を作り出しています。当然人間の男性も性的興奮―つまり発情しなければペニスの勃起も起こらずセックスをすることは出来ません。一般的な哺乳類がメスの出すフェロモンが直接本能に結びつき発情するのに対して人間は視覚や触覚からの情報を一旦シミュレーションにかけて、そのシミュレーションの中で興奮していく、と言う方法をとっています。この違いはさまざまな部分で人間独自の状況を作り出しています。たとえば、一般的な哺乳類は交尾可能なメスの匂いで発情するために人間のようにロリコンはありえません。もちろんロリコンだけでなく倒錯した性的興奮もありえないのです。
そして、人間は視覚をきっかけに発情することが多いために自分の性器を隠すようになりました。性器を見せたり触らせるのは自分が選んだ相手だけになっていったのです。人間は寒いから服を着るようになったのではありません。最初は回りの連中をみだりに興奮させるのを抑えるためだったのです。最初は自分の性器を隠すためであった植物の切れ端や動物の皮などはそのうちからだ全体を覆う防寒具に発展していきます。人類が熱帯や亜熱帯から北極まで覆い尽くすように生息域を広げていったのも、最初は匂いに頼った行動をやめたことが始まりでした。
そして、服を作ったのと同じ理由で性行為をするのに人目を忍ぶようになります。当初は単に天敵から身を守るために作った家(この当時はまだ巣と言った方がいいかもしれません)も内容が変わっていきます。つがいになった雄と雌は他人の目を避けるために生活の場としての家を作るようになりました。単に夜の間天敵から身を隠すためであった巣が生活の中心としての家に変わって行ったのです。それを必要としたのは人間がにおいに頼った行動を捨てたからだったのです。そして、服と家を持った人間はその生息域をあっという間に広げていったのです。

そして、人間同士の関係を変えるきっかけになったのも嗅覚に頼った行動を捨てたことが大きく影響しました。人間が共同体、後の社会を築いたのはおそらく環境や天敵から身を守り餌を獲得するためと思われます。ここで共同体を必要としたのは圧倒的にメスの側だったと思われます。体が大きく狩猟や格闘に適したオスはメスに比べれば共同体にいる必要性が薄かったのです。それに対してメスは激しい運動の出来ない妊娠期間と子育ての期間を必要としました。このため、当初の共同体はメスが中心となっていました。この中心となったメスたちはおそらくセックスを武器にしてオスを共同体につなぎとめたのです。発情期を失ったメスは生殖可能な時期以外でもセックスを行うことが出来るようになりました。これが共同体にオスをつなぎとめる最初の動機になったのです。
ここで、交尾とセックスの違いに触れたいと思います。この違いがわかりますか?交尾は生殖が目的です。人間の行うセックスももちろん生殖も目的にしていますが、実際にはセックスの回数のほとんどは夫婦、あるいは恋人同士の関係を深くするために行われているのです。このため、人間のセックスは他の哺乳類と比べると非常に長時間行います。これは、人間が共同体を作るうえで欠かせないことです。人間は夫婦や特定のカップルを作りますが、これはセックス抜きに語れません。
また、ほとんどの哺乳類の交尾が本能のみで行動しているのに対して人間はシミュレーションの中で性的興奮を作り出しています。これがロリコンなどの性的倒錯を作り出しているのですが、特定の相手とのセックスを志向する要因にもなっています。人間が性的興奮をするには他の哺乳類のように単に発情するのではなく段階を踏んでシミュレーションを作り出す必要があるのです。人間はマンネリ化した相手とのセックスはあまり興奮しないと思われていますが、実際には一定の期間(4~5年と言われています)は特定の相手といつも通りの段取りで行うセックスが好きなのです。これも、生まれた子供が共同体の中でとりあえず手をかけずに自立するまでの期間メスがオスを自分の許につなぎとめる役割をしました。また、これがその後に単なるつがいが夫婦や家族(ファミリーと言った方が合うかもしれません)に発展する基礎となったのです。そして、特定の相手とセックスをする様になったことが「家族」を構成することにつながっていきました。


宗教の発生

人間は天敵のいない世界(仮にここでは聖地と呼びます)で天敵を想定していない変化を起こした後に聖地から外へ出てきました。外の世界は聖地のような厳しい環境とは違って暮らしやすい場所でした。ただし大型、小型の肉食獣の徘徊する場所だったのです。しかし、すでに人間は直立歩行を行うことによって空いた前足=手によって道具を操り、言語を獲得したことによって仲間や先人の経験を自分の物にすることを可能にしていました。このために大型の肉食獣や小型でも群れになって厄介な肉食獣に対抗することはそれほど難しいことではなかったでしょう。逆に肉食獣の方が人間を警戒するようになるのにそれほど時間はかからなかったとおもわれます。ただし、それは昼間だけのことです。
人間の祖先が天敵のいない聖地で進化を続けたために起こった変化は天敵を想定していませんでした。夜目が利かないのに嗅覚に頼った行動を捨ててしまったのです。また、同時にもうひとつ捨てたものがあります。それは聴覚の能力の一部です。ほとんどの哺乳類の耳は頭のてっぺん付近についていて、角度を変えることが出来ます。これが周囲の音を拾う為であることは明確です。しかも音を立体的に感じることが出来るのです。こういった動物にとって音は人間が物を立体的に見るのと同じように感じることが出来るでしょう。同時に嗅覚も人間と比べ物にならないぐらいに鋭いのです。これに対して人間の耳は正面を向いて動かすことが出来ません。これでは周囲の音に対して敏感になれと言っても無理です。特定の人との会話には大変便利な耳ですが、夜の闇の中で天敵に気づくことは難しいでしょう。天敵は夜の闇の中で気配を消してそっと近づいてくるのです。夜の闇がなんの気配も感じられないのに怖いのは、なんの気配も感じなかった闇の中から突然現れる肉食獣の恐怖が人間の本能の中に組み込まれているからです。それを克服したのが火でした。しかし火を扱うことが出来るようになった後にもこの本能は人間の中に生き残ってしまったのです。このことが原始的であった人間の共同体に影響を与えました。当時共同体の中心だった女性達が呪術を行うようになったのです。闇に対する説明の出来ない恐怖と当時やっとすべての人間がいつかは死んでしまうと言うことを知った事にたいして、また、まだ理解ができていなかった自然の摂理に対して呪術によって説明を行おうとしたのです。これが原始的な宗教の始まりです。宗教の小部屋はこの過程で人間の本能として発達したのです。
最初は呪術として夜の闇に潜む魔物の正体とその制御の仕方を説明しましたが、その後宗教と呼ばれるようになった頃には自然の摂理を司る神を登場させます。当時やっと人間と呼べる存在になった者たちに宗教は絶対的な考え方として受け入れられました。自分の中に存在する恐怖、先人や仲間たちの経験では説明できない自然の摂理を説明してくれる唯一の物だったからです。こうして一部の共同体で発生した宗教は周りの共同体を取り込みあっという間に地域の宗教として根付いていったのです。そして、中心となった女性達は巫女と呼ばれるようになっていきます。優れた巫女、要するに不可解なことに対してみんなが納得する説明が出来る巫女が力を持つようになっていきました。
力のある巫女の許に周りの部族がしたがう様になると他の部族との取り決めが必要になってきます。部族ごとに常識が違うからです。それまでの共同体の暗黙のルールの中から明確な約束事が発生したのです。この約束事が後に法律に発展していきます。また、闇に潜む魔物や自然の摂理を司る神の物語が巫女たちによって語られるようになっていきます。物語の始まりです。最初は単に魔物や神の説明であった物がシミュレーションによる追体験を行えるような”物語”に変化して行ったのです。物語は次第に違った経験を持った部族ごとの物語となって行きます。多くの部族の中で自分たちがどんな部族であるかを示す物語となったのです。

コラム⑦ 聖地

歴史に「もし…」はご法度…とはいえ、もしも聖地が今でも当時のままの状態で存在していて人類が住み続けていたら…。SFの世界では新人類やミュータントなどは現在の人類から進化する事になっている場合が多いのですが、その可能性はあまり高くは無いのではないかと思います。しかし、もしも生存すら厳しい聖地で現在の人類と別れてそのまま進化し続けた人たちがいたら我々人類以上の存在になっている可能性は有るでしょうか?彼らは我々と別れた数万年前にすでに言葉の能力を手に入れ直立歩行によって空いた「手」で道具を操る事が出来ていました。その後数万年の間、我々は個人の能力よりも集団の能力(共同体全体が持つノウハウや技術など)を高めてきました。が、その間に個人の能力のみを高め続けた集団がいたとしたら…。悪魔や魔物は単なる物語に過ぎません。しかしそんな「超」人類がある日突然我々の前に立ちはだかる…そんな可能性がわずかですがあるのではないでしょうか?おそらく彼らは我々とは異なった姿かたちになっているでしょう。そして彼らから見たら我々人類は遠い昔に別れた「旧世代」の生物でしかない…。そんな怪物のような超人類がもしかしたらあなたのすぐ近くにいるのかもしれません。

テリトリー

人間以外の哺乳類は自分たちのテリトリーにおしっこ等で自分の匂いを付けて他の個体にテリトリーを主張します。おそらく、人間が他人の顔を認識するのと同じくらい他人の匂いを認識できるのです。このために他人のテリトリーに入るとそこが他人のテリトリーであると言う事はわかるのです。人間の場合はそういうわけには行かなくなってしまいました。誰かがおしっこをしたとしても乾いてしまえばおしっこをしたという事さえ人間には解りません。それでも人間の共同体、後に部族などと呼ばれる集団ははそれぞれがテリトリーを持っていたはずです。最初はごく大雑把に、そして次第に厳格に境界線を作り上げていったと思われます。境界線は後には国境警備の兵が常駐するようになったりしたのでしょうが、最初は何かしらの目印を使ったのではないでしょうか。主要な道(と呼べる物があったかどうかわかりませんが)や隣の共同体との境に自分達の目印を掲げるようになったのです。動物たちがそうするようにここから先は俺たちの土地だぞ!と言う意思表示です。このテリトリーを示す目印が、後にエンブレムや家紋となっていきました。この印は最初は隣の共同体との境に、そしてその内に共同体の仲間を示す目印に変化していきます。また、共同体の仲間の印だけでなく自分の印を入れることで物にたいして自分の権利を主張するようにもなっていきました。所有権の発生です。最初は共同体ごとの所有であったはずの土地や物がその一部が個人の物になっていくきっかけともなりました。人間が複雑な道具を作ることが可能になり、自分の作った道具に対して自分の印をつけ所有権を主張するようになっていったのです。また、共同体のテリトリーの中に自分の家を建て、その家に自分の印をつけることでその土地まで自分の物としていったのです。
そして、印をつけると言う習慣は文字を獲得する基礎ともなりました。当初共同体の印だけだったものが個人を示す印ができ、その内に物や動物、大地や太陽などの自然、人間の行動を示す印をつけるようになり、この印が人間の言葉を記録する文字に変化していったのです。

この頃の人間は狩猟採集によって食料を調達していました。これは、一定のテリトリーの中では一定の人数以上に増えることが出来ないと言うことを意味しています。しかし、狩の道具の発達、経験の積み重ね、火を使うこと等を覚えた人間は徐々にその数を増やしていったのです。この当時、人間はあまり自分たちのテリトリーに固執しなかったのではないかと思われます。一定のテリトリーを持つ共同体の人数が増えるとそのテリトリー内の動植物は減っていくので食事に事欠くようになってくるからです。そうなるとその共同体から飛び出す者、あるいは共同体ごと他の地区に移り住むと言うことが起こります。この時点で生存競争の頂点に立っていた人間の住んでいない場所の方が動植物が豊かだからです。こうして当初は人口の増加=人間の生息域の拡大と言う関係が成り立ちました。人々は競争の少ないより豊かな土地を求めて全世界に散らばりだしたのです。最初は自分の性器を隠すのが目的であった服は全身を覆い、また他人に自分たちのセックスを見られることを防いだ家は人間たちが極寒の土地に進出することを可能にしました。


共同体

この頃の共同体の社会構造は今でも語り継がれている神話の世界に見ることが出来ます。神話の世界ではいろいろな自然現象に対してそれぞれの神や魔物がいることになっていました。人間の社会も同じだったのではないでしょうか?と言うよりも、神話の世界自体が人間の社会を反映した概念で作られたと思った方が納得しやすいと思うのです。つまり、当時共同体の中心であった女性達はそれぞれの得意分野ごとに分かれて、それぞれのリーダーを中心として共同体の運営を行っていたのではないかと思われます。山や森で植物の実等を採集する時の中心になる女性や土器などの食器類を作る時に中心になる女性が理想形として自然現象ごとの神の姿になって行ったのです。共同体は誰かがボスとして君臨すると言うのではなく、それぞれの得意分野で優れた者がそれぞれについて指導的な立場になる、と言う形になっていたのではないでしょうか。
当初はそんな形をとっていた共同体ですが、巫女たちによって作られる物語に人々が魅了され始めた頃から次第にそれらを束ねる役割が巫女たちに集約されていきます。力のある巫女のもとには他の共同体も呪術を依頼するようになって行き、いくつかの共同体が一部の巫女たちの傘下に収まります。こうして共同体の重要な決定を行うのが巫女の仕事になっていき、次の男たちが運営を行う時代の性格を徐々に帯び始めていくのです。
この時代は男は共同体の運営に余り口出しをしなかったのではないかと思われます。男たちにとって、共同体の運営は女性達に任せておけばいいもので、自分たちは昼間は狩や漁を行い、夜は休息の場として家に戻る、と言う生活をしていたのではないかと思います。ある意味、男たちが一番幸せな時代であったとも思えます。
また、この時代は所有権が発生した時代としても意味がありました。土器などの食器や狩の道具を作る技術が次第に高くなり、自分が作った道具に対して自分の所有権を主張し始めたのがこの頃なのです。そして、所有権が発生したことから物々交換と言う人と人との間の物の所有権の交換が始まりました。物々交換に始まる商業は所有権が発生して初めて成り立つ事なのです。そして人々が豊かになるにしたがって多くの所有権を持つことがその人の豊かさと思われるようになっていきます。


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