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第一部第四章 コンロトール

ここまで読んで貴方はどう感じたでしょうか?貴方にとっての本能とは親友であり同時に悪友であり、また神様であり悪魔でもあるのです。ある人は本能を押さえつける事に熱心なあまり自分の幸せとは何かも判らなくなりくなり、またある人は本能と悪友としてのみ付き合ったために自分の人生を損なってしまう…。自分の本能について熟知して上手に付き合う必要があるのです。人間は今まで思われていた以上にその行動に本能の影響を受けています。いや、実際には本能の働きがなければ何もできないといっても言い過ぎではありません。しかし、うっかりすると本能のやりたい放題-あなたが本能を代弁するだけの存在になってしまう可能性があります。本能は心の側でしっかりコントロールしなければならないのです。貴方の本能が何をしたいかは自分自身の感情によって知ることが出来ます。それを感情のままに行動するのではなく、感情によって自分の本能が何をしたいかを知った上で判断を行い、コントロールするのです。本能とは上手に付き合えばいいのです。4章では本能とのつきあい方を中心に話を進めたいと思います。

マイナスイメージ

人間は動物と違うと考えている人は多いと思います。しかし基本的には何も変わりません。身体の構造から脳の中身までほとんど動物と一緒なのです。それでも動物とは違うと思うのは、人間には心があるからだと考えられてきました。人間の心は高尚な物である。または神聖な物だと言うのです。しかし心に関しても動物との違いはそれほど大きな物ではないと言う事を判っていただけたでしょうか?貴方の心はペットとして飼っている犬や猫とそれほど大きな違いはないのです。それでも人間は他の動物と違うと言いたいのであれば、あなたは自分の精神を他の動物がまねできない高い水準の物にしていかなければなりません。そのためには貴方と貴方が属するグループの理想像を作り上げ、それに向かって少しずつでも近づけていく努力が必要です。
貴方の中には不満や不安がありませんか?不満や不安と言ったマイナスイメージの感情は何処かに本能の満足を阻害する原因があります。不満は積もり積もれば国家を転覆させるほどの大きなパワーを発揮する事もあるほどの破壊力があります。しかし、不満は貴方を変えてくれる原動力にもなります。ただこの不満を爆発させるのではありません。それではただ単に荒廃を招くだけです。現状を壊してしまうのではなく貴方の中に理想の世界を作り上げる原動力に変えるのです。世の中には大器晩成型の人がいますが、このタイプの人は不満を原動力にして精神の中に高い理想像を作り上げ、それに向かって上り詰めた人が多いのです。貴方もそうなれるのです。すべての人が現状に必ず不満や不安を持っています。この不満や不安の原因を突き止め、それに対する理想を作り上げましょう。不満が大きければ大きいほどそれに対する理想像は大きく立派な物となります。不満が大きいと本能は怠惰への道を歩もうとするでしょう。それに屈してはいけないのです。大きな不満はそれだけ貴方を大きな器に作り替えてくれるのですから。
もちろんプラスイメージが悪いわけではありません。いや、むしろプラスイメージはやる気に繋がりその人の脳を活性化します。いろいろな事に興味を持ち、実際に挑戦することは貴方の書庫に新たな棚を作り出し、過去の記憶にまで新しいリンクを張り巡らしてくれるのです。

記憶

何かを記憶しなければならない時は一夜漬けで丸暗記、と言う人って多いですよね。でも丸暗記が一番自分の身につかない方法です。私も試験の前日に一夜漬けをやっていましたが、一夜漬けの内容ははっきり言って全く覚えていません。これは当たり前の事です。学校の先生がこんな事をやらせるのは教育の専門家として失格とさえ思います。ま、一夜漬けをしろとは言ってませんでしたが…。
では、どうすれば良いのでしょうか?脳は繰り返し覚えようとすれば簡単に覚えてくれます。ただ、覚えた内容を引き出す事が出来ないのです。丸暗記ばかりやっていると貴方の脳の中はリンクの消えた離れ小島のような記憶ばかりになってしまいます。記憶を引き出すには新しく強いリンクを張るようにすれば良いのです。単語をただの単語として丸暗記するのではなく、イメージを伴って覚えればいいのです。たとえば私の場合、必要があって何かを勉強しなければならない時は、かわいい女の子を集めてその内容を教えています。頭の中で…。最初は参考資料を見ながらで良いのです。そして一通り説明し終えたらお気に入りの娘に質問させるのです。それに答えられればその部分はほぼ合格と言う事です。実際の身近な子でも良いですしアイドルでもかまわないでしょう。ただ、出来る限り細かい動作などもリアルに思い浮かべる事が出来る人を対象にした方が効果的です。イメージはただの記憶のリンクよりもずっと強くて消えにくいのです。そして、教える事をイメージするという事は脳のシミュレーションソフトを使うと言う事です。このことは単に書庫の中に記憶をしまおうとするよりもあちこちにリンクを張る事になります。そしてここはあの子に教えたとこだな、などと思い浮かべれば教えた内容が頭に浮かんでくる様になるのです。
また、楽しく勉強を行うことで集中力も高まります。興味の薄い勉強を行っていると眠くなるだけです。それを無理して勉強しても精神的に辛いだけで効率は上がりません。イメージを伴った勉強に変えることで集中力を高める事が出来るのです。そしてある一定のラインまで到達することが出来れば余計なイメージを使わなくても面白く感じるようになります。これは勉強だけでなくスポーツやゲーム等でも同じ事です。基礎がしっかりして応用が利くようになれば面白くなるのです。そうやっていろいろなことに挑戦していくと、新しく行うことでも応用力が付き易くなってきます。同時にそれまで気がつかなかった事や想像していなかった事を思いついたりする事が出来るようになるのです。何より楽しく勉強することを覚えることが大事です。教育の専門家である先生方、もうちょっと勉強の楽しみ方も考えた方が良いのではないでしょうか?

悩み

貴方は悩みが多い方ですか?少ない方ですか?悩みはすべての人にあります。地球上のすべての人がいろいろな悩みを抱えています。貴方も例外ではないはずです。では、貴方は悩みと付き合うのが上手い方ですか?自分の悩みにどう対応していますか?悩みには付き合い方があります。そして対応の仕方もあります。精神が強いと言われる人は自分の悩みに対して上手く対応出来る人が多いのです。ではどうすれば悩みと上手く付き合う事が出来るか、どうすれば強いと言われる精神を得られるか…。人が悩むという事は異なる本能から別々の要求が出されているか、心が本能と現実の板挟みになっているかどちらかです。どちらを選んでもどちらかに不満が残る…だから悩むのです。どちらにも決められないのです。ではどうするか…。普通悩みという物は他人から見たら解決の方法がある場合が多いのです。ですから他人になって考えると言う事が出来ればどうにかなる場合が多いし、どうにもならなくても少なくとも心の中で納得する事は出来る可能性があります。一つの方法として物語を作ってしまうと言う方法はどうでしょうか。その物語の主人公は貴方と同じ状況で貴方と同じ悩みを抱えています。貴方はその主人公の悩みの相談に乗ってあげましょう。そして2人で問題を解決するのです。貴方にはその主人公の悩みが痛いほど判るはずです。そして親身になって相談に乗る事も出来るはずです。解決の糸口は必ず見つかります。つまり自分を客観的に見る事が出来ればいいのです。
悩みだけではなく後悔や過去のトラウマを抱えている人も多いのではないですか?後悔したってどうにもなりません。すでに結果は出てしまっているのですから。貴方は貴方の過去を変える事は出来ないのです。辛いですよね。では、これも物語にしてしまいましょう。主人公は貴方と同じ状況に立っていました。貴方にはその状況がどういった事を意味するのか判りますよね。でもその主人公は貴方と同じ判断はしません。貴方が今、”ああすれば良かった!”と思っている判断をするのです。そして主人公は荒波をどうにか乗り越えます。その主人公を貴方と重ね合わせるのです。頭の中で納得がいくまでこれを繰り返すのです。結局後悔とは納得が出来ていないという事なのです。まだ頭の中では決着していないのです。それを終わりにしましょう。どんなに後悔したところでもう結果は出ているのですから。クヨクヨしていては精神的にも身体的にもよくありません。後悔も他人からの理不尽な扱いもトラウマにしてしまうのではなく、単なる経験にしてしまいましょう。そうする事で貴方の精神はより強く柔軟な物に成長していく事が出来るのです。

コラム⑥ 自己催眠のすすめ

自分の物語を作ってそこに入り込む…そんなこと出来るのか?難しいんじゃないのか?と思う人もいると思います。そんな人には自己催眠がお勧めです。慣れるまでにちょっと時間がかかるかもしれませんが、慣れてしまえば特別な悩みを解消するだけでなく、普段からの精神の安定に役に立つと思います。具体的な方法はインターネットなどで簡単に調べることが出来ますので試してみてください。
私が自己催眠を始めたのは学生の頃、ですのでもう25年ほど前のことです。当時いろいろなことに興味を持っていたのですが、その中の一つとして自己催眠の教室に通ったのです。その後、向精神作用のある物質などに興味を持ち(当然合法なものだけです)実際に自己催眠をしながら試してもみました。その中で自分の興味のある対象や好みの元になる最初の体験となった事などを思い出すことが出来たのです。この体験はその後の私の考えに大きな影響を与えました。

向上心

本能にとって向上心とは自分を含むグループの中で自分の順位を上げる事を目的としています。従ってグループごとに何が出来れば偉いのか、と言う内容に違いがあります。戦争中の軍人は敵兵を倒す事が出来る事が偉いと言う事ですし、平和な時代の商人はそろばん勘定や人の使い方、交渉力などを持っている事が偉いという事になります。従って、今貴方が向上心を持って一生懸命に何かを習得したとしてもそれは普遍的な物ではありません。向上心の対象となる価値観は環境などによって変わってしまうからです。では価値とは何でしょうか?世の中に普遍的な価値という物はあまりありません。社会が変わり習慣などが変わる度に価値観も変わってきました。そして、その価値をつかんだ人が偉いという事になっているのです。これは、いろいろなところで人間らしさを作り出します。身体を鍛える事やコレクション(コレクションとは自分にとって価値のある物を集める事です)なども実は向上心に関係しています。
ですが、価値という物はずいぶんと勘違いされやすい物でもあります。たとえばお金も現在は価値がある事になっています。大金を稼いだ人はその所有する金額がその人の強さと認められています。ですが、本来お金とは他人のために働く事で一時的に社会から預かる物です。自分が他人から助けて貰うときに他人の役に立った事があるという事を証明するためにある物なのです。本人が必要としている以上の金額を積み上げたところで、その時点でお金は本来の機能から外れた別の物になってしまうのです。そんな物を積み上げる事で自分の順位が上がると考えるのはただの勘違いです。
もう一度言います。向上心とは自分を含むグループの中で自分の順位を上げる事が目的の本能です。それは自分を含むグループ、つまりは社会をよくする事で自分の順位を上げるべきなのです。そして、なぜ自分の順位を上げたいと言う本能があるのか…自分が幸せになるためではないですか?自分が幸せに暮らし、自分の子孫が繁栄するという事が向上心の本当の目的です。良い社会を作らなければ自分の子孫が繁栄するという事からも離れてしまうのです。
また、向上心はいじめを引き起こしてもいます。いじめというのはグループの中で起こります。グループの中で一人の犠牲者を苛める事でグループを結束させ、また自分の順位の確認を行っているのです。もしも貴方が今、いじめられているのならそんなグループにいる必要はありません。そして、引きこもりなどにならずに自分が他人のために何が出来るか考えてみましょう。そして行動するのです。苛められたら苛められた分だけ他人の役に立つ様にしましょう。世の中には困っている人が必ずいます。ですから必ず貴方に感謝する人が現れます。貴方を必要とする人が必ず現れます。勉強は学校だけでしかできない訳ではありません。今の会社に勤めていなければ仕事が出来ないわけでもありません。貴方を含むグループはどこにでも作る事が出来るのです。貴方を必要とする人がいれば必ず貴方を助けてもくれるでしょう。そうしていく事が出来れば貴方も、貴方を含むグループも、社会も明るい物になっていくはずです。

日本人の宗教

人間は本当に集団で生きる事に特化した動物だと思います。1個の動物として一貫性のある行動をとるために心を発達させるだけでなく集団のルールを本能に組み込む仕組みまで獲得しているのです。もちろん動物も集団のルールを守るような本能を持っている種はあります。しかし、動物の場合自分を含むグループに対しては仲間として行動しますが、他のグループに対しては攻撃的です。動物の場合は一定の広さの縄張りを必要としており、縄張りを守るためには他のグループと仲良くするわけにはいきません。しかし人間の場合はすでに縄張りを必要とはしなくなっています。一定の面積の縄張りがないと生活が守れない状況からは脱しているのです。そのために徐々にではありますが、地域や国といった境が薄れてきているのです。いや、逆に境を無くした方が交易(物の移動だけではなく資本や情報、人を含む)をしやすいために望まれる事になってきているのです。しかし、本能の部分ではどうでしょうか?みんなが自分の周りに線を引いてその外側を異質だからといって攻撃していたら動物と同じになってしまいます。いや、動物の場合は必要に迫られているのでしょうがない部分があり、人間は動物以下と言う事になってしまうのです。ではどうすればいいのでしょうか。
少し話が変わりますが、ここで、日本人の宗教について考えてみたいと思います。日本人は無宗教だという人が多いのですが本当でしょうか?もちろんすべての人間には宗教の小部屋があるので無宗教という事はあり得ません。私の考えるに、日本人は宗教として基本的に神道を信じているのだと思います。「そんなことはない」と言う人も多いだろうとおもいます。でも、よく考えてみると神道の”八百万の神”の考え方というのは実に日本人に合っています。正月には神社にお参りに行き、人が亡くなれば仏様と呼んで供養をする。クリスマスを祝いバレンタインデーまで有る。一見何でもありのむちゃくちゃに感じますが、キリスト教の神様や仏教の仏様を”八百万の神”の一人として取り込んでしまったと考えれば納得できるのではないでしょうか。また、それ以上に日本では神道があまりにも当たり前になっているために自分が特にどの宗教を信じていると考える必要がないとも考えられます。そして日本人はよく他の文化を“まね”して取り込むのがうまいと言われます。案外これは宗教の違いのせいではないか、と考えられないでしょうか。キリスト教のような”唯一絶対の神”のもとでは全ての事柄の根本原理が一つである、と言うような考え方になるような気がしますが、神道ではいろいろな神様がいろいろな原理を作っていると考えています。だから異なる文化でも比較的取り込みやすいように思います。そして。この性質が先ほどの地域ごとの諍いの解決方法になるように感じます。これから先、グローバル化が進みどんどん世界が狭くなっていくと言われていますが、いろいろな地域の様々な文化が消えてしまうとは思えません。今までは“国”という枠組みの中で分けられていた為、キリスト教のような”唯一絶対の神”を信じている方がある意味でまとまりやすかったのではないかと思いますが、”国”という境が消えていくこれからの世界では日本人と神道の考え方がいろいろな意味で重要な地位を占めてくるのではないでしょうか。
 現在というのは冷戦構造が無くなったため地域の紛争が多くなっています。”唯一絶対の神”の思想ではこの紛争は止められません。世界中の思想、考え方の違いをまとめて本当の意味でのグローバル社会を築いていけるのは日本人と神道だけかもしれないと思うのです。海には海の神様がいて山には山の神様、森には森の神様がいる。日本人がいてアメリカ人がいて中国人やアラブ人がいてそれぞれが違った考えを持っている。それが当たり前でそのために対立することはなのです。対立ではなく、混ぜ合わせて一つにしてしまうのでもなくお互いの違いを理解する事。先進国では唯一多神教を残している日本にしかできない事かもしれないのです。

最後の時に

その時は貴方にも必ず訪れます。貴方が無に帰す…。貴方もいつかは死ぬのです。人間を除く地球上のすべての生物はおそらく自分が死ぬと言うことを死の直前まで知りません。今が全盛期のグループのボスも虐げられている最下層のいじめられっ子も自分がいつかは死ぬと言うことを知らないのです。人間だけがそれを知ってしまいました。どんなに努力をしても死から逃れる方法が無いことを貴方は知っています。それを知った上で貴方は今を生きているのです。では、貴方は最後の時に”納得”という形で自分の生を終わらせることが出来ますか?自分の時間が無くなったと気づいたときにそのことに対して納得する-素直にそれを受け入れ、生を終わらせることが出来るでしょうか?
宗教家は人間が”死”という現実を知ってはいても受け入れることが難しいことを知っていました。そのために死後の世界の物語を作っています。天国や地獄、来世と言った死後の世界は人が自分の死を受け入れられないことを知っていた宗教家の作り出した物語なのです。もちろんこの物語は現実にはなりません。貴方も死と同時に無に帰すのです。その時に素直に終わりを受け入れる…。どうすればそんなことが出来るでしょうか。
話がそれますが、貴方はコレクションについてどう思いますか?興味の無い人にとってどうでもいい物をその人の価値観だけで集めるのです。それを持っていたからといってごく一部の興味のある人たちにしかその価値が分らない物を、です。ばかげていると思う人もいるでしょう。でも考えようによってはコレクションの趣味を持っているのは一部の人に過ぎませんが、実はみんながコレクションを行っているのと変わらない状態ではないでしょうか。ある意味ではその人の経験などもコレクションの一部と言うことができるのです。貴方は自分の持ち物も自分の貴重な体験も同じようにコレクションをしているのです。そういう意味では一生の間にすばらしいコレクションを作り上げることがその人の幸福の証であると考えることができます。また、コレクションで大切なのは、集めることだけではありません。集めた物をいかに保存するかも大切なのです。私もささやかながらコインのコレクションをしています。もちろん集めることも大事ですが、実はそれをいかにに保存するかも大切なことだと考えています。発行から100年以上たったコインが発行されたときのままに保存されている事はその間に保存をしていた人がいるからです。コレクションは、実はいい状態に保存するという事に最大の価値があるのです。そして何時の日か私が次の世代にコレクションを譲る時に価値ある状態で渡したいと思うのです。人の経験も同じです。経験とは長い時間をかけて作り出す物です。そして、その経験を何時までも使える新鮮な物に保つのは意外と難しいのです。世の中が変わるたびに価値の基準も変わってしまいます。そのときに貴方の経験が新しい価値基準の中で光り続けるには単に現状を維持するだけでは駄目です。貴方の経験を現状の変化に合わせて変えていきながら次の世代に引き渡す…。こうして貴方の持っているバトンが次の世代に継承されていくのです。
貴方は永遠に続くリレーを今走っているのです。永遠という長い時間の中でその一部分を担当しているに過ぎないのです。貴方の最大の仕事は貴方が今持っているバトンを未来に繋ぐことではないですか?夢を託せる未来を思い描くことが出来れば貴方自身の終わりに対しても素直に受け入れることが出来るのではないでしょうか。そのために今を生きることが大事だと思うのです。

最後に

心についてのある本を読んだときに感じたのです。ここに書いてある心についての考え方は本気で書いているのだろうか?と。心とはそんな物ではないのではないか、と。その本には人間には心があるが、犬や猫はどうなのだろうか、などとかかれていました。犬や猫の心に見える部分は実は心ではないのではないか、などとかかれていたのです。冗談じゃない、と思いました。人間も他の動物と大して違わないはずである、と。そしてある時、私には本能のままに行動したとしか思えない状態を世間は感情のままに行動したと言っている事に気がついたのです。そうじゃない、人間というのはもっと本能に従って行動しているんだ。心にしても本能を代弁しているような存在だ。そのときにそう気がついたのです。その瞬間から私の頭の中に積み上がった疑問や説明できない真実が次々に自分なりに納得のいく説明を付けられるようになったのです。
しかしそれ以降は心に関する記述などに対して感じていた違和感がより大きくなって来ています。この違和感を何処かで解消したいと思いこの本を書きました。実際には心理学や神経科学で証明されたことを書いているわけではありません。従ってこの文章の内容は私の空想に過ぎない部分がかなり含まれています。しかし科学はすべてを証明できているわけではありません。証明できていない部分は仮説を立てて理論を組み立てていく物です。そのようにイマジネーションを膨らませることは重要なことです。この本を読んだ方にこの考え方が受け入れてもらえるかどうか判りませんが、何かしらでも今後の考え方の参考にしていただければと思います。