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ストップ

 女性特有の甲高い掛け声が、体育館に響き渡る。赤いユニフォームを着たチームと、青いユニフォームを着たチームが、真ん中に張られたネットを挟んで睨み合っていた。赤いユニフォームの一人が、他の選手より少し後ろで、白いボールを持っていた。ダン、ダン、とボールを床に二回弾ませると、左手でそのボールを頭より少し上に浮かせる。その直後、右手でボールを叩きつけると、ボールは勢いよくネットの向こうに飛んでいった。

青いユニフォームを着た選手達は、腰を落として瞬時に落下地点を推測する。青いユニフォームの一人が、両腕を前に伸ばしてボールを受けると、ボールは勢いを失い宙に浮いた。すぐ隣にいた別の選手が、今度は両方の掌を天井に向け、さらにふわりとボールを頭上に上げる。一呼吸置いて、さらにまた別の選手がボールに向かって高く跳ぶと、右手を大きく振り上げた。

 ピッ。

 コーチは一時停止のボタンを押した。

「あなた達は攻めが単調なのよ。だから容易にブロックされる。クイックの練習はちゃんとしてるの?」

 コーチはテレビの横に立ち、選手達に向かって静かに言った。選手達は黙って座っている。部室は静まり返った。

「キャプテン」

「はい!」

 呼ばれたキャプテンが、勢いよくその場で立ち上がる。

「明日からはクイックの練習に重点を置きなさい」

「はい!」

「今日は解散」

 コーチはそう言うと、部室を後にする。選手達は急いで立ち上がった。

「ありがとうございました!」

 コーチが出て行くと、部室に張り詰めていた緊張が一気に消え去った。それぞれが帰り支度の準備を始める。その中に一人、大きく胸をなで下ろしている少女がいた。彼女は先ほどの録画映像の中で、アタッカーを務めていた。テレビ画面を見ると、高くジャンプした彼女が、未だにボールを打てず、空中で静止していた。

 彼女が帰り道をとぼとぼ歩いていると、後ろから声をかけられた。

「夏美」

 彼女は後ろを振り返ると、顔を輝かせた。

「山口くん」

 少年は走って彼女に追いつくと、彼女の隣に並んだ。

「どうしたんだ?元気ないぞ?」

 少年が心配そうな顔で彼女を見る。彼女は照れたように笑った。

「ううん、なんでもないの」

「またコーチに怒られたのか?」

 少年はそう言って、彼女をからかった。

 二人はとりとめもない話をしながら帰り道を歩いていた。少年はふと足を止めた。彼女がそれに気づいて振り返る。夕焼けに照らされた少年の顔は、真剣な表情をしていた。

「山口くん?」

「夏美、俺、お前が好きだ」

 彼女には最初、何を言われたのかわからなかった。少年の表情を見ていて、次第に意味を理解してくると、彼女の目からはじわりと涙が出てきた。

「うれしい……」

 彼女は指の先で涙を拭うと、少年に微笑みかけた。

 ピッ。

 加奈子は一時停止のボタンを押した。

下の階から母親が呼んでいる。

「加奈子、ご飯できたってば」

「わかった、今行く」

 加奈子は下の階に聞こえるように、大声で返事をした。

 ――もう、なんなのよ。せっかくいいところだったのに。

 加奈子はテレビを消すと、ビデオデッキの取り出しボタンを押した。油性ペンで『恋のアタック』と書かれたビデオが出てくる。塾に行っていて見られないテレビドラマを、加奈子が自分で録画したものだった。

 加奈子が下の階に下りていくと、二人分の食事が用意されていた。

「あれ?お父さんの分は?」

「台風で電車が遅れてるから、遅くなるって」

 加奈子の母親がそう答えた。風が、ガタガタと扉を揺らす音が聞こえていた。

 加奈子と母親、女二人で食事をしていると、どうにも心細いものがあった。いつもひょうきんな父がいないからかもしれない。母親と会話が弾むでもなく、二人が黙々と夕飯を食べていると、築四十年の家から発せられる、ミシミシという音が目立った。時折、外の風が強く吹くと、家いたるところで大きな音がする。加奈子はその度にびくっと体を強張らせ、家の古さを恨んだ。

 夕飯を終えて、加奈子が再び二階の自室に戻ろうとしたとき、玄関が開いた音がした。

「ただいま」

 どうやら父が帰ってきたようだ。加奈子は、父の顔を一目見てから自室に戻ることにした。

 しかし、それからしばらく待ってみても、父親がなかなかリビングに顔を見せない。

「お父さん遅いわね」

 母親が言った。

「服がずぶ濡れなんじゃない?」

 加奈子がそう返す。

「お父さーん」

 加奈子は玄関に向かって父を呼んでみた。しかし返事はない。加奈子は母親と顔を見合わせた。二人で玄関に様子を見に行く。ガラス張りの玄関の引き戸は開け放たれていて、雨と風が家の中に吹き込んでいた。父親の靴はない。ここでも二人は顔を見合わせた。加奈子の母親が、玄関の外を調べようと近づいていくと、ガラス戸の向こうに、にゅっと人影が現れた。

「なんだ、いるんじゃない」

 母親がそう言って、玄関にあったサンダルを履く。そのとき、ガラス戸の向こうの人影が、何かを放り投げた。投げられたものは、ゴロゴロと転がって玄関から見える位置に姿を現した。暗くてよく見えないが、髪の毛に覆われた何かだと感じた。ちょうど人間の頭と同じくらいの大きさを持つその物体が、雷によって照らされたとき、加奈子と母親は戦慄し、言葉を失った。同時にガラス戸の向こうの人影が動いた。

 ブウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン。

 大きな音と共に、人影が姿を現した。般若のお面を被り、両手にチェーンソーを持っている。その人物は足元に目をやり、父の生首をどこかへ蹴り飛ばすと、母親に向かってチェーンソーを振り上げた。

 加奈子と母親の絶叫が、同時に響いた。

 ピッ。

 健は一時停止ボタンを押した。

 思わず吹き出してしまった健は、急いでテーブルに散らかったご飯粒を掃除する。

――とんだB級映画を引いてしまった。

掃除しながらも、健は笑いを堪えていた。ジェイソンを真似た殺人鬼が、やけに小柄なのにも笑えたが、父親の生首のチープな作りや、役者の演技、どれをとってもB級映画だった。いや、これをB級とすれば、他のB級映画に失礼だろう。健は、この映画にC級映画という称号を与えた。

 健はデッキからDVDを取り出すと、パッケージに収めた。これ以上、このC級映画で時間を無駄にするわけにはいかない。健はさっさとレンタルビデオショップに返却することにした。

外に出ると、すでに太陽は沈んでいた。昼の暑さは消え、過ごしやすい気温となっていた。

レンタルビデオショップは、健の家から歩いて五分ほどの場所にあった。歩きながら健は、もう一度映画のタイトルを確認する。『恐怖の般若チェーンソー男』と書いてある。

――語呂が悪いな。

こうなるともう、それを見ただけで健は笑いが込み上げてくるのだった。

 ――今度大学の奴らに薦めてやろう。

 健は密かにいたずらを計画すると、一人ニヤニヤとする。

 映画を返却し、レンタルビデオショップを出ると、心地よい風が吹いてきた。健は思わず目を閉じる。太陽は沈んでも東京はまだまだ明るい。人の通りも多く、賑やかだ。健が上京して三年が経ち、東京の暮らしにもずいぶん慣れた。東京に住む一人として、健は街に吹く風を体で感じた。

――地元に残してきた家族や友人達は元気だろうか。

健は携帯電話を取り出すと、実家の電話番号を表示させ、通話ボタンを押した。

「もしもし、母さん?健だけど――うん、元気にしてるかなと思って。うん――元気だよ」

 照れくささを隠しながら、健は少し小さい声で話す。久しぶりに聞いた母親の声に、健は活を入れられたような気がする。

「こっちは東京で頑張るよ」

 そう言って、健は電話を切った。夜の風のような、爽やかな気分が健の胸に押し寄せた。

――明日は地元の友人にも電話をしてみよう。

 そう心に決めると、健は歩き出した。いつもより歩幅を大きくして歩くと、東京に吹く風がより一層心地よく、健の体を通り抜けるのだった。

 カチッ。

 あなたはウィンドウを閉じた。

 携帯電話を取り出すと、少し迷った後、実家の電話番号を表示させ、通話ボタンを押した。

 

 おわり


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最終更新日 : 2011-10-23 18:49:50

この本の内容は以上です。


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