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「あっちゃーん、何や〝悪ぼっくり″がぎょうさんおるぅ~!」

 レジがあっちゃんの肩へと身体を寄せてきます。おばあさんの周囲に目を凝らせば黒いかたまりがざわざわと集まっていました。なるほど、先程からの違和感の正体はこいつらだったようです。

 あっちゃんはハードケースから純白のアコースティック・ギターを取り出すと、〝浄音″するべくピックを構えました。でも唄うべきものが見つかりません。何かいいモティーフがないかと必死に今日の出来事から探しますが、別段変わったことは起きていないのです。

「どないしよ~っ?」

 あっちゃんは困り果て、テーブルの上にいるカイくんへ目配せしました。しかしカイくんはおばあさんが泣いているのをなだめている最中です。

「おばあさん、どうしておじいさんが許してくれないのですか? あんなに仲良く歌を唄っていらっしゃったのに」

 おばあさんが涙声で答えました。

「私は、大事なあの歌を忘れてしまったの。だから天国に行ってもおじいさんと唄うことができない……あの人を、がっかりさせてしまう」

 その哀しみを糧に〝悪ぼっくり″たちがどんどんどんどん増えていきます。既にあっちゃんの純白のギターにも群がってきていました。

「きゃーっ、あっちゃんの大事なギターに何するんやあ~っ!」

 慌ててあっちゃんが払いのけても、後から後からやってきてキリがありません。こんなときこそ〝浄音″をすれば一気に〝善き音″と協和させることができるのですけれど……それには、きちんと心のこもった歌が必要なのです。

「私は、もう唄えない……」

 おばあさんの声が暗がりに響きます。 おばあさんの声が暗がりに響きます。このまま〝悪ぼっくり"が増えてしまうと、おばあさんも〝悪ぼっくり"になって悪さをするようになってしまいます。それで、うーんと困っていたところ、あっちゃんは良い案を思いつきました。

「おばあちゃん。あっちゃんなー、やあちゃんに『ばいよん』を教えてもらってん。だから、おばあちゃんの記憶をよみがえらせることができるかもしれへんー!」

「え?」とおばあさんが涙でしわくちゃになった顔を向けてきました。

 あっちゃんは話を続けます。

「あんなー、世の中の音にはみんな『ばいよん』があるんや。で、『ばいよん』はハーモニーの基礎やねん。だから、おばあさんが覚えているメロディを教えてくれれば、あとはあっちゃんが何とか続けられるかもしれへん」

 これらはすべてやあちゃんの受け売りでした。つまり、おばあさんの覚えているメロディにギターを合わせると、ある程度のコードがわかるため、あっちゃんの知っているコード進行と合致すれば続きも弾けるかもしれない、ということです。

 二人が喋っている間にも〝悪ぼっくり″たちの猛攻は続いていました。あっちゃんの白いワンピースのすそを引っ張ったり、麦わら帽の青いリボンをくるくると回したりするのです。

「おばあちゃーん、唄ってー!」

 〝悪ぼっくり″たちを手でぱっぱと払いながら、あっちゃんは叫びました。

 それに、おばあさんも大変な事態だとわかったのか上ずった声で唄い始めました。出だしからちょっと危なっかしいけれど綺麗な歌声です。

 

 あのひとは 海の向こうで手を振る

 遠く離れても きっと見える

 

 その歌に合わせて、あっちゃんも白いアコースティック・ギターを弾き始めます。甘い高音がおばあさんの歌にふんわりと重なりました。

 

 どんなものにも引き裂かれはしない

 ふたりはひとつ 海と空のように

 

 あっちゃんは聴きながら、これは王道進行だな、とわかりました。やあちゃんがカノンコードの次に教えてくれた、多くの曲に使われるコード進行です。

 

 青い思い出が さざなみ立てるたび

 私の心が 震えだす あなたのことを想うから

 

 そこで歌がぴたりと止まりました。どうやら、おばあさんはここまでしか思い出せないようです。それでもあっちゃんには何となく次のコードがわかりました。ギターの音が暗闇に響き渡り、それと呼応するかのようにレジの身体が輝き始めました。

 あっちゃんには、レジが〝善き音″を吸収して熱を帯びているのがわかります。ピックを通して小さな指に弦の震えが伝わり、そこからオレンジの粒粒がふるふると溢れます。

 そこへカイくんの声が割り込んできました。

「おばあさん! これを聴いて下さいっ」

 そう呼びかけるカイくんの身体からも水色の輝きが滴っています。ざ、ざ、というさざなみの音が暗闇を洗い流して青い空間が生まれました。

 そこに映るのは、おじいさんとおばあさんの過去の姿です。

「あなた……!」とおばあさんが声を震わせました。

 おじいさんがギターを抱えて、じゃかじゃか奏でています。その顔には子供のように無邪気な笑みが浮かんでいました。おばあさんもニコニコと笑っています。

『あなたはいつまでも子供みたい』

 おばあさんは長い黒髪を赤リボンで一つにまとめて、潮風に揺らしていました。カモメがくわあくわあと鳴きながら、水平線めがけて飛んでいきます。

 おじいさんがじゃかじゃかとかき鳴らすのをやめて、優しい音で弾き始めました。それは、今まさにあっちゃんが奏でているコードと同じものです。どこまでもひろがりゆくさざなみのように柔らかく包み込んでくれるハーモニー。

 それに合わせるように、おばあさんも口を開きました。今よりも瑞々しい声、それでも今も変わらぬ透明な声。ギターの音色をしっとりと濡らして、いつまでも余韻を残すような声。

 おばあさんの歌声を導こうと、おじいさんもテンポを緩めます。二人寄り添うように、徐々に合わさっていく音はいつしか完全に溶け込んでいきました。

 そのとき、確かに二人は一つでした。まるで空と海のように。

 あっちゃんはその思い出を感じながら、思い出をなぞるようにメロディを紡いでいきます。同時に、おばあさんの嗚咽が聴こえてきました。

「あなた……ごめんなさい。今まで忘れていて」

 その涙は、思い出にぽたぽたと沁み込んで記憶をより鮮明にします。今と過去が、おじいさんとおばあさんのように――そして空と海のように手を繋ぎました。

 きっと、おばあさんはあのときと同じ気持ちでいるのでしょう。あっちゃんにもそれが伝わってきて、ピックを持つ指の力が強まります。

 その力強さが、かつてのおじいさんが奏でるメロディと完全に重なりました。

 おばあさんが再び唄い始めます。

 

 今は昔の出来事が こんなにも私を優しい気持ちにさせる

 過去は過ぎ去るものじゃない 想うことで また心に寄り添う

 

 おばあさんの声が過去と同じ瑞々しさを取り戻したとたん、レジは身体を膨張させ、天上へと一気に炎を吐きました。暗闇がどろりと溶け、太陽が世界に戻ってきます。その眩しさに〝悪ぼっくり″たちが悲鳴をあげました。

 あっちゃんはギターを一瞬だけジャンッと鳴らし、レジへと合図を送ります。

 

 その積み重ねが 今の私なの

 

 レジが残った〝悪ぼっくり″たちを大口でぱっくり丸呑みしました。もぐもぐと咀嚼して、ぺっと外へと吐きだします。可愛いコバルトブルーのたまごが地面に転がりました。

 そうして世界が完全に光を取り戻した瞬間に奇跡が起きました。あっちゃんがそろそろギターを弾くのをやめようというところでした。

 思い出の海の向こう側に誰かが立っているのです。唄い終えて肩で息をしていたおばあさんも目を見開いていました。海を映しだしているカイくんさえ、驚きのあまりにぷしゅーっと砂を吐いています。

 遠く遠くで手を振る人物は、誰かを呼んでいるようでした。その声はあっちゃんには聴きとれませんでしたが、おばあさんにはわかったらしく、

「あなた!」


 と駆け出していきます。すると、どうでしょう。おばあさんの姿が過去の姿へと変わっていくではありませんか! びっくりするあっちゃんたちを尻目に、赤いリボンを揺らして、袴の裾を海に濡らして、遠くの人影へと駆けていきます。おばあさんが海の向こうまで辿り着くと二人は抱き合いました。

 二つの影が、一つに重なります。

 そのとき、あっちゃんが立っていた地面がぐにゃりと曲がりました。あっちゃんは思わずお庭の芝生の上に転んでしまいます。レジやカイくんもきゃあと叫んでいます。

 空も、海も、太陽すらぐるぐるぐるぐる回っていました。もちろん海の向こうの二人の姿を再び見ることも叶いません。あっちゃんは「おばあちゃーん!」と声を張り上げますが、空間の歪みにかき消されてしまいました。それに合わせて思考回路もぶちりと捻じ切られます。

 気がつくと、あっちゃんは白いテーブルに突っ伏していました。あれ、と目をこすりながら辺りを見渡します。レジもカイくんもテーブルの上で大の字の体勢になっていました。

「おばあちゃんは……?」

 あっちゃんは首を傾げつつも、二人を起こしてあげました。そしておばあさんの行方を訊ねてみましたが、どちらも首を横に振るばかりです。

 テーブルの上には潮の香りを放つ紅茶が置かれていました。すっかり冷めてしまったのか湯気が立ちのぼる気配もありません。

 三人でその場で呆然となっているところ、おうちのガラス戸ががらりと音をたてて開けられました。そこには、若かりし頃のおばあさんそっくりの人が立っていました。

「あら、お嬢ちゃん。こんなところでどうしたの?」

 あっちゃんは、ほえ、とお姉さんを見上げます。ひょっとしたら若返ったおばあさんかもしれない、と思いましたが、Tシャツに小ぶりのオーバーオールという現代的な服装がそれを否定していました。そこで今までのことを正直に話しました。

 すると、おばあさんによく似た人が少し悲しそうな顔をします。どうしたのかな、と返事を待っていたら、お姉さんは驚きの言葉を口にしたのです。

「おばあちゃんなら、一ヵ月前に亡くなったわよ」

 あっちゃんは、えっ、と息を呑みました。カイくんもぷしゅうと言います。レジに至っては、身体を真っ黒にしてぷすぷすと燃えかすのようになっていました。

「でも、あっちゃん。ほんまにおばあちゃんとここで会ってん」

「ありえないわよ。だって本当の本当に亡くなったんだもの。あたし、お葬式にも出たんだから

 二度目の衝撃に、あっちゃんは言葉を失いました。そして悟ります。オオデマリさんたちが言葉に困っていたのは……このお庭に入ったときに覚えた違和感は……。

 そしておばあさんの正体は…………。

 余所のおうちのお庭だというのに、あっちゃんは青空へと悲鳴をびんびん響かせました。

 

******

 

「まさか、おばあちゃんが幽霊やったとはな~っ」

 レジがふよふよ浮きながら、のんびり言い放ちます。それにあっちゃんは手のひらをべしっと叩きつけました。レジが前のめりになって危うく地面へダイブしそうになります。

「な、何するんやー。あっちゃん、酷いやないかー」

「うっさいわ! あっちゃん怖がりなの知ってて何でそないなこと言うんや!」

「だってほんまのことやん。おばあちゃんはおじいさんとの思い出の歌を忘れてもうたから〝悪ぼっくり″に取り憑かれて幽霊に

「うわーうわー! 言うなアホーっ」

 ごん、と鈍い音が辺りに響きます。むすっとした顔のレジが盛り上がった頭を撫でました。

 もう日暮れが近く、あっちゃんの影が閑静な住宅街に伸びています。白いワンピースも真っ赤な夕日にさらされて、すもも色に染まっていました。

 ポシェットから顔を覗かせているカイくんが言います。

「でも、良かったですよ。あなた方がいなければおばあさんも〝悪ぼっくり″になってしまっていたかもしれません。どうもありがとう」

 カイくんはにゅるりとした胴体をほんのちょっぴり曲げました。その態度があんまり素直だったので、あっちゃんは全身がむず痒くなってしまいます。

「な、何やー? チミにそこまで感謝されるなんて想像できへんかったでー」

 ほっぺたが赤いのは、きっと夕陽のせいだけではありません。あっちゃんはうつむきながら帰り道を歩きます。と、そこで何かを忘れていることを思い出しました。

 何だったかなー、と考えているうちに、忘れ物が頭にぱっと浮かびます。

「あーっ、し・じ・みーっ」

 そうです。あっちゃんは海岸にバケツとスコップを忘れてきてしまったのでした。

 急いで戻ろうとしましたが、空がすもものような朱色からぶどうのような藍色に変わっているのを見てやめました。だって、暗くなったらそれこそお化けが出そうだからです。うう、と名残惜しさに呻きます。

 しかし、あっちゃんはすぐに良いアイディアを思いつきました。ポシェットへ目線を落とします。そこにはうってつけの食材がありました。

 レジも気づいたらしく万歳します。

「わーい、今夜は巻貝じるやぁーっ」

 カイくんがぷしゅうと砂を吐き出しました。

「な、何を言っているんですかーっ! ボク、何も悪いことしてないじゃないですかー」

 それに、あっちゃんは申し訳なさそうに返します。

「ごめんな。でも、あっちゃんたちも生きていかなあかんねん。ありがとう、チミのことは絶対に忘れない――」

「感動的な台詞で誤魔化そうとするなーっ!」

 カイくんの絶叫が夕焼けにこだましました。そのとき、カラスのあほう、あほう、という鳴き声が聴こえたとか聴こえなかったとか。

 

 とまぁ、あっちゃんたちは迷えるおばあさんの魂を救ったんだとさ。めでたし、めでたし。

 

 

 

 ……ちなみに、あっちゃんたちは約束どおりやあちゃんのおうちへ着くと、おいしいお味噌しるを作って食べたんだそうです。カイくん、巻貝じるにされなくて良かったですね!

 

 今度こそ。めでたし、めでたし。

 

   おしまい


奥付



『うたえ! アッチャン×ヤーチャン』シリーズ

思い出は貝がらン中


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著者 : むらさきあおい
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/rc5fnlg2/profile


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