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ストック

 いつも土曜日は彼の家でまったりと過ごすことが日課になっていた。

 とくに何かをするってわけもなく、テレビを視たり、たわい無い話をしたり、時には無言のまま寄り添ったり。そんな空間と時間が私は大好きだった。

 そして今日は土曜日。いつものように彼の家でこたつに入ってまったりとテレビを視ている時だった。

 窓の外は日が沈みかけており、時計を見ると、そろそろ帰る時間が迫ってきていた。

 不意に、彼が立ち上がって後ろから私を抱きしめる。

「ずっとここに居て」

 そんな一言が彼の口から零れる。

 冷たく、意地悪な彼。無邪気にからかってくる時や、そしてすごく甘えてくる彼。なんか猫みたいな人だった。

 だから、こうやって甘えてくる時もたくさんあったけど、今日はいつもと違うように見えた。何かあったんだろうか―

「―どうしたの?」

「ずっと一緒に居たいと思っただけ」

 彼は、ただ甘えてくる。

 いつもこんなことを言われるけど、何度言われてもくすぐったく、嬉しい。

「うん…。またすぐ会えるよ。帰ったらメールもする」

 私がそう言うと、彼はゆっくりと離れた。

 振り向いて、彼の顔を見る。寂しそうな表情をしていた。

 彼は帰り際、いつもこんな表情を見せる。

「じゃあ、帰るね。おじゃましました」

 そう言って私は彼の家を出た。

 

 何か、心配なことでもあるのだろうか。不安なんだろうか。

 私はずっとそんなことを考えながら帰り道を歩いた。

 なんだか私も不安になってくる。

 

 明日も明後日もその先も、毎日のように会って、同じようなことを繰り返して、これからもずっと一緒だと信じていた。

 これは、今だけにしかすぎない夢の様なものだと気づくのはまだ先のこと。

 時間が経てばシャボン玉のように弾けて消えてしまう―・・・

 

 

 そして、彼を最後に見た表情はいつもと同じ帰り際のあの、寂しそうな表情だった。

 


モモ

 

 “ごめん、別れよう。ありがとう”

 

 長文の最後にこの一文を打ち、彼に別れを告げた。

 彼は少し反抗したけれど、あっさり承諾をした。

 

 

 彼と付き合う前に好きだった人のことが忘れられなかった。

 手紙で告白したけれど返事はない。

 その四ヵ月後に彼に告白をされた。

 前に好きだった人とはもう会うこともないし、彼と話していたら楽しくて、気になってはいたから付き合い始めた。

 けれど、付き合い始めて一か月が経っても好きだった人が頭にちらつき忘れられてはなかった。

 だから中途半端な気持ちで付き合っているのに罪悪感を感じた私は、“別れよう”って決意をした。

 

 私は手に持っていた携帯を置き、机に向かった。

 なんだか視界が暗い目を擦った。

 「よし!」と気合を入れ、やらなければいけないことに打ち込む。

 

 彼は納得したんだろうか。

 彼も早く私を忘れて、新たに好きな人が出来て幸せになって欲しい。

 それが、お互いのため。

 シャーペンを走らせていた紙の上に突然、水滴が落ちてきた。

「・・・あれ?」

 気が付いたら目から次から次へと涙が零れ落ちる。

 集中できない・・・なんで。

 涙が止まらない。

 私はシャーペンを置き、携帯を手にしていた。

 何度も、何度も、彼とのさっきのメールを読み返していた。まるで、現実を確認するように。

 涙を止めようと踏ん張っても、どうしても止まらない。

 止まったと思えば、またじわっと涙が溢れ出す。

 私はそのまま泣き伏せた。

 

 

 夕方―

 私は目を赤く腫らした顔を起した。

 半日も泣いたのは人生で初めてだった。

 携帯には着信も受信もない。

 無意味に携帯を見つめる。

 今になって気付いた私の気持ち―

 

―私は既にあなたのとりこになっていたことに。

 

 手紙で想いを告げた人じゃなくて、今日まで付き合っていたあなたが好き。

 一か月付き合って、ちゃんと好きになっていたんだ。

 そのことに気づくとまた、涙がこみ上げてくる。

 なんで離れてから気付くんだろう。なんでもう少し考えなかったんだろう。

 私は喉をひくひくと鳴らしながら携帯を手にし、メールを打ち始める。

 わかってる。自分勝手なことぐらい。

 けれど、これで終わりにしたくなかった。

 ―他の誰かに彼を取られたくない!

 必死にメールを打っている時だった。

 一件のメールが届いた。

 私は急いで途中のメールを保存し、受信ボックスを開いた。

「・・・メルマガ・・か」

 天井を見上げ、零れ落ちそうになった涙を堪える。

 なんだか無性に虚しい気持ちに襲われた。

 ―そんな都合が良いわけないか。

 保存していたメールを開こうとした時、また一件のメールを受信した。

 私は期待という感情を持たずメールを開いた。けれど、どこかでは期待をしていた。

 

 一瞬、私の中で時間が止まった様な感覚がした。

 堪えていた涙が流れ出す。

 ―彼からだ。

 

 “やっぱ納得いかないから説明して”

 

 長文で彼の意見が書かれていた。

 文章から伝わってくる彼の気持ち。

「・・・ごめん」

 ―鈍感な私で。

 私は急いで返信をした。

「ごめんなさい・・・」

 ―自分勝手な私で。

 私は理由や今の気持ちをメールに込めた。

 ほんとにごめんなさい。あなたが好きみたい。傷つけてごめんなさい。

 そして―

 

 “ありがとう”

 

 と。

 

 私と彼の時間は今から始まる。


ケイトウ

 

 静かな空気にか細く高い声で鳴く鶯の季節。

 満開の桃色の木。私の心も、そして彼の心も春の桜の木のように淡く、桃色だろう。

「いつもの公園でいいよね?桜すごくきれいだし」

 笑顔で彼の顔をのぞき込みながら問う。

 公園への階段を心、弾ませながら一段一段上る。

 ここの公園は本当に桜が綺麗で、毎年花見をしに来る人がたくさんいた。

 案の定、今年も桜の木の下にはたくさんの花見客でいっぱいだった。

「人、…多いね」

 私は階段を上りきったとこで立ち止まった。

 彼も私の横に立ち止まり、周りを見渡す。

「他の場所に行く?」

「うーん…、そうだね」

 彼と私はその公園から背を向けて階段を下りていく。

「ここほどたくさん桜の木はないけど、大きな桜の木があるとこ知ってるんけどそこに行く?」

 そう提案すると、彼は笑顔で頷いた。

 

 

 さっきの公園から二十分ほど歩いたとこにある公園。

 そこに着くまでの間、私たちはたわい無い会話をしながら歩いた。

 

 その公園につくと木で出来た机に私お手製のお弁当を広げ、それを囲むように切り株がデザインの椅子に座った。

「桜の木、一本しかないけど結構大きくて綺麗でしょ?」

 私は紙皿におかずを取り分けながら自慢するように言った。

「うん。ほんと、良い穴場だね」

 彼の返事で私は顔を上げた。

 彼は笑顔で私のことを見ていた。少し照れくさくなって、私はお皿に盛ったおかずを少し乱暴に彼に渡す。

「君の手作り弁当も食べれるし、何より二人っきりっていうのがいいね」

 無邪気な笑顔を見せる彼。

「…うん」

 なんだかこそばゆくて、少し照れながら返答した。

 彼の何気ない一言一言が嬉しくて、心が飛び跳ねてしまいそうになる。

 あなたが好きで、あなたと居ると幸せで、感謝しても足りないぐらいいつも心の支えになる。

 この気持ちをすごく大切にしたい。

 あなたも私と同じようにこんなふうに想っていてくれてると嬉しい。

 私はあなたの支えになっているんだろうか。

「また来年も、お花見しに来ような」

 彼は一直線に私の顔を見ながら、暖かい春の日差しの様な笑顔だった。

「うん」

 私も彼の気持ちに答えようと同じような笑顔で返答した。

 

 この時、確かにわかった。

 彼も、私と一緒に居たいという気持ちは同じなんだ。

 胸の奥がほっこりと暖かくなるのを感じた。

 

 桜の花びらが木からひらひらと落ち、下に積って行く。

 私と彼の想い出が積っていくように。

 

 


ブバルディア

 

 あれは喧嘩別れだった。

 お互い意地を張って素直になれなくて、私は怖くて逃げていた。

 そして、残酷に時間だけが過ぎていく。

 この気持ちが残ったまま―・・・

 

 

 今日もまた夢を見た。

 私の目の前に人が立ちふさがったと思ったら、辛そうな顔をした元彼が立っている。

 そして、二回ほど口を変形させてから私を抱きしめる。

 私も彼を抱きしめ返してただ泣いていた。

 

 それから目が覚める。

 ここのところそんな夢ばかり見ている気がする。

 今日もまた一日が終わり、眠りにつき、同じ夢を見るのだろう。

 そして、目が覚めて現実なのだと突きつけられる。

 そんな繰り返し。

 私は起き上がり学校の準備をした。

 着替えをして、ただなんとなくボーっとテレビを観ながら朝食を食べ、歯磨きをして、靴を履き家を出る。

 毎朝その繰り返し。所謂、日常。

 学校に行ったら何もかもあっという間だ。

 朝着いたら友達に挨拶をして、たわいない会話をして、授業を受けて、お昼が来る。バカみたいにどうでもいいような冗談を言いながら友達とのお昼ご飯。

 楽しくないと言ったら嘘になる。けれど・・・何かが物足りない。

 そうやって、今日も終わっていくのだろう。

「掃除場所に行くよ」

 友達に手招きをされ、私は笑顔を作ってその子のもとへと行く。

 友達と笑いながら掃除場所に向かっている時だった―

「おい、なにやってんだよ」

 私は反射的に声のした方を見た。

 喧嘩をした元彼だった。彼は友達と楽しそうにふざけ合っている。

 不意に目が合ってしまった。

 彼の顔は固まり、私も彼も目を逸らした。

 そのまま私たちはすれ違った。

 

 最近いつも見る夢は私の願望なのかな。

 どの夢も彼から声をかけてくる。

 嫌われるんじゃないかって怖くて声をかけれなくなって待っている現実の私と、夢の中でも受け身な私。

 どう考えても私の望み。

 今もずっと心の奥で戻ってきてと期待している。

 ―馬鹿だな私。未練の塊だよ。

 私から動こうともしないのに、彼も動くわけない。

 でも、どうしても彼への方向へと動こうとしない私の足。

 だから願うことしか出来ない。いや、出来ないんじゃない。願うことしかしないんだ。

 ―情けない。

 そして、夢を見る。

 どうせならずっと夢を見ていたい。

 

 今日も、もう終わってしまう。

 授業がすべて終わり、学校の放課後。鞄を持ち、教室を出た。

 ―嗚呼、今日も終わってしまうのか。

 私は惜しみながら廊下を歩く。

「待って!!」

 突然、後ろから呼び止められる声。

「・・・話がある」

 私は振り向いた。

 聞き覚えのある声だと思っていたら彼だった。

 鼻がツンとして、目頭が熱くなり、私は零れ落ちそうな涙を堪えて彼のもとへと走る。

 

 これは―夢?それとも現実?

 

 

 遠くの方で、私が私を呼ぶ声がした。

 


テイカカズラ

 

「もう少しだけ・・・考え直して欲しい」

 

 いつもは笑顔な目の前の少年が悲しそうな表情をして私に言う。

 空は私たちに逆らうように、空気を読まないぐらいの青空。

 ―答えは決まっている。

「ごめんなさい・・・。やっぱり今は誰かを好きになれない」

 私がそう言うと、彼は少し俯いてすぐに笑顔になった。

「そっか・・・。今までありがとう」

 彼はいつもの笑顔で去っていく。

 

 私と彼は一カ月も付き合わなかった。二週間とちょっとぐらいだろう。

 彼はいつも笑顔で、優しすぎるぐらいな人で、気遣いができる人だった。

 私が悪かったんだ…―彼の気持ちに答えようと決めたのに答えれそうになかった。

 その罪悪感で、どんどんストレスが溜まっていく一方で、挫折した。

 

 

 いつからだろう。

 あまり使いやすいシャーペンってわけでもないのに、前から使っていて愛着があった。

 新しいのに変えようと思ってもなんだか気が引けた。

 古いのが捨てられて、新しいのに変わるのが怖いって思うようになった。

 変わることが小さなことでも敏感に恐れるようになった。

 

 

 前に、本気で好きだった人と些細な喧嘩で別れてしまったことがある。

 それから彼はすぐに新しい彼女が出来た。

 まるでダメになった雑巾から綺麗な新しい雑巾に買い替えるように。

 初めての本気の恋だったから私は、心に大きな傷がついたんだろう。

 

 けれど、どっちかが悪かったってわけじゃない。お互いさまだった。

 

 

 その時からだったんだろうな。変わることに恐れ出したのは。

 その場に取り残されていた私は空を見上げた。

 少し霧かかった冬の青い空に灰色の雲が流れている。

 冷たい空気に冷たい風が体に凍みる。今だ治らない大きな傷口にも、冷たい風がすうすうと通り抜けるような錯覚。

 私はついさっき、今日まで付き合っていた人を振ったばかりっていうのに、その人の事が頭の中から消えていることに気がついた。

 私の頭の中は私に古傷を付けていった人のことでいっぱいだった。

 

 最低―

 

 自分の内側からそんな一言が聞こえてきたような気がした。

 空はいつの間にかに灰色の雲がおおっており、雪がちらつき始めていた。

 私はその場にしゃがみ込む。

 今日まで付き合っていた彼は、好きになって付き合ったのは私が初めてだったらしい。そう友達に聞いた。

 私は彼を期待させ、絶頂だった時に突き落としたのだ。 私も彼を傷つけてしまった。

 “罪悪感”という言葉でいっぱいの頭を私は抱え込んだ。

 それと同じぐらい、私の中には不安もあった。新しいものを好きになれない自分に対しての。

 次々と時代が移り変わったり、新しいものが開発されたり。そういう世の中に私の感情が取り残されていく不安。

 冬の冷たい風が私の体に吹きつける。

 取り残されるのが怖い、一人にしないで・・・

 私はぐっと、目を閉じた。

 

―あなたはただ依存してるだけだよ。

 

 ふと、頭に女性の声が響いた。

「・・・誰?」

―あなたはちゃんと変化について行ける。

 女性の声は容赦なく言葉を続ける。

「誰なの・・・?」

―あなたが変化について行きたくないだけ。

 私は握り拳に力が入り、ぐっと歯を食いしばった。

―一人じゃない・・・わた

「あなたに何がわかるの!!」

―わかるわ。依存してるだけ

「・・・違うっ!」

―本当はわかってる。依存してるって

「違う・・・違う!!あなたに私の気持ちなんて!」

 

―わかるよ。だってわたしはあなただから。

 

 え・・・?

「なに・・言ってるの?…意味わかんない」

―あなたもわたし。わたしもあなた。だから痛いほど気持ちがわかる。

 私、可笑しくなっちゃったのかな。

―私の言葉も、あなたの言葉も、どちらとも私たちの感情。

 どんだけ気が滅入ってるんだ―・・・私。

―あなが信じたくない感情、受け入れたくない感情がわたし。

 私は伏せていた頭を上げた。

「・・・怖いの」

―うん。

「一人になっていく気がして」

―一人じゃないよ。

「・・・ほんとは、薄々気づいてたの―依存なんじゃないかって」

―知ってるよ。

「けど・・・受け入れたくなかった・・・」

 鼻がつんとして、目頭が熱くなり涙が零れ落ちる。

「受け入れたら・・・終わってしまう気がして」

 ずたずたに傷がついてしっまた私の心は、今も傷つけていった彼との恋を終りにしたくなかったのも事実で、好きという感情から依存という感情に変わったのも事実。

「信じたくなかった・・・」

 なんだか悔しかった。変わることに恐れてた私が、私自身が変わってることに。

―でも、このままだとあなたは、

「私は―」

―逃げてるだけ。

 すうっと風が通り過ぎていった。春風の様な少し暖かく、爽やかな風だった。

 さっきまで降っていた雪もやんでいた。

 

「・・・大丈夫かな」

―私なら大丈夫だよ。

「受け入れられるかな」

―ゆっくりでもいいんだよ。

「焦らないでいいんだよね」

―うん、そうだよ。

「うん、大丈夫」

 ゆっくりでいいんだ。

 私は立ち上がり、大きく深呼吸をした。冬の冷たい空気が鼻からすうっと入り、体全体に行きわたる。

 そして、その場を離れた。

 

 前に進むんだ。

 

 遠くの空に雲の合間から光が差し込んでいる。 



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