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 今日の昼間、梅吉は千尋と<つるつるのおじいちゃん>の話題で盛り上がり珍しくとてもご機嫌だった。それにあんな風にニヤケた顔を見たのも千尋には初めてだったような気もする。しかし普段の梅吉の様子からすると、自分の娘が彼氏の話を、しかも結婚したいなんて話を笑顔で訊く筈も無いだろう。
 中学の頃から彼氏が出来たら直ぐに家に連れて来い! と、やけに理解のあるパパ振りを見せていた千尋の父親とは訳が違う。もっとも彼氏など一度も家に連れて行かなかったし、元々彼氏など作る気もなかった中高時代の千尋の性格を熟知していたから、父親も大きな事を言っていたのだろう。

『梅吉おじちゃんかぁ~ 礼儀正しい人じゃないとちょっとヤバイよねぇ~ ……あ、そう言えば、散々つるつるだの、ハゲだのって話をしたけど、梅吉おじちゃんてあの年齢で髪の毛もフサフサだし、染めてもないのに黒いよね~ う~ん、梅吉おじちゃんがツルッパゲじゃなくてよかったなぁ~ ブハハハハハ』
 ホッカリと柚子風呂の極楽気分を味わいながら心のうちで馬鹿笑いをしていても、これから訪れるだろう小さな嵐の予感に正直なところ千尋の心境は複雑だ。
 梅吉には銭湯のお金を4回分も貰ったことだし、ご機嫌を損ねないようにしなければいけない。とは言え、静の味方もしてあげなくてはいけない。それよりもその前に、浴室を出る時は番台におじちゃんが居ないことをしっかりと確かめなくてはいけない。
 それでも千尋は<柚子風呂>に浸かりながら何とも言えない幸福感に満たされいる今、全ての事柄がうまくいくに違い無い、と思えてならなかった。
『だってさぁ~ 柚子って天国の薫ってカンジで気持ちいいんだも~ん きっとうまくいくよ! うんうん そんな気がする~』

 つるの湯からの帰宅したその夜、静は結局、結婚の話を梅吉に切り出せなかった。
 千尋にとっては少なからず難を逃れた気分でホットはしたが、いつかは報告しなければいけないことは確かだ。いつその日が来るかと、千尋も他人事では無いと思い心配していた。
 ところがそれから一週間後、なんと静は思い切って彼を直接家に連れて来たのだ。突然の事で初めは梅吉も顔を強張らせ不機嫌な態度を見せていたが、よくよく話すと世間とは狭いもので、彼は地元<ことぶき湯>の甥子さんだと判明した。

 <ことぶき湯>は<かめの湯>さんとも親戚で、<かめの湯>さんは<つるの湯>とも懇意である。そして<つるの湯>の店主と親友である梅吉には、静の結婚相手の身元がハッキリとしたことで、本人の人柄はともかく一安心というところだったのだろう。
 その後、何度か彼が家に来て梅吉と話をしていくうちに、意外と古風な考え方を持った礼儀正しい青年で、書道の段を持っているだの、古武道を習っているだの梅吉好みが判明すると、いつしか<お父さん・義綱君>と呼び合う程の仲になっていた。
 因みに千尋は初め義綱を義経かと思い、静に義経ってハマリ過ぎだと大ウケしていたが、義綱だと分かって一寸ガッカリした。でも静の幸せそうな顔を見ていると、本当に良かったなぁと思った。

 一年後、静は無事、彼・義綱と結婚をして家を出た。そのお陰で、大学がもう1年残っている千尋は静の部屋を晴れて一人で使えることになった。
 そして勿論、銭湯<つるの湯>には週一回だが金曜日の<○○風呂の日>に訪れ、銭湯ライフを満喫している。
 そうそう、あれ以来一度もおじちゃんが番台に座っているのを千尋が見かけていないのは、やっぱり梅吉と話題になったのだろうか? 今の千尋には、あの日の<全裸目撃事件>もそれなりに良い思い出だと思えるようになっていた。  了

この本の内容は以上です。


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