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(8)

「千尋さん、ちょっとコレを見て下さい」
 小脇に抱えて来たアルバムを居間のテーブルの上に置いて、梅吉は真ん中あたりのページを開くと一枚の写真を指差した。
「え? 何の写真ですか?」
 つるつるのおじいちゃんの話を聞かせてくれと頼んだら、先ずは写真を見ろと言う梅吉。千尋には梅吉の意図は分らないが、写真にはきっとつるつるのハゲ頭のおじいちゃんでも写っているのだろうと思いながらアルバムを覗き込んだ。
「この人のことですよ。つるつるのおじいちゃんと呼ばれているのは……」
 ところが梅吉が指差した写真の人物を見ると、つるつるどころか白髪混じりだが毛がふさふさとある。
「あの~ つるつるって、頭がハゲ、いや、つるつるという意味じゃなかったんですか?」
「ははははっ!」
 珍しく梅吉が大きな声で笑った。
「いや、千尋さん。後に写っているお店の看板を見て下さい」
「はぁ~ 看板、ですか?」
 梅吉に言われるままに顔を更に写真に近付けよくよく見ると、確かにおじいちゃんの斜め後には白木の看板らしきものがあり、そこには墨字で何か文字が書かれてある。
「其処に、つるつると書いてあるでしょ?」
「つるつる? ……あ、ホントだ! つるつる屋? 屋って……」
「つまり<つるつる屋>と言う雅号のうどん屋さんで、そのおじいちゃんが<つるつる屋>の店主なんですよ」
「はぁ~ でも、それと銭湯の<つるの湯>とどういう繋がりがあるんですか?」
『つるつるのおじいちゃんはふさふさで、ふさふさのおじいちゃんはつるつる屋さん。じゃあ、つるつるのおじいちゃんって結局、誰なのよ!』
 千尋の頭の中は混乱していた。

「あ、そう言えば、もう一人おじいちゃんが隣に並んでますけど、この人は?」
「今、説明しますけどね。その人は<かめの湯>のおじいちゃんですよ」
「えぇ~ <かめの湯>?」
「そうです。実はね千尋さん。<つるつる屋>のおじいちゃんは元々<つるの湯>を経営していたんですけどね。大のうどん好きが高じてうどん屋さんを開いてしまったんですよ。その開店のお祝いに銭湯の同業者で幼馴染の<かめの湯>のおじいちゃんが来られたので、記念に写真を撮ってあげたという訳です」
「はぁ~」
 千尋は分かったような分からないような相槌を打つと、さっきから疑問に思っていたことを梅吉に聞いてみた。
「あの~ ところで、どうしてこの写真を梅吉おじちゃんが持っているんですか?」
「あ、そうでしたね。千尋さんには何が何だか分からないかもしれませんね。では、更に詳しく説明しますと、わたしは<つるの湯>の息子さんとは高校時代からの親友でしてね。彼のお父さん、つまり今の<つるの湯>のおじいちゃんですけど、うどん屋さんを開店したというので親友であるわたしもお祝いに行ったんですよ。そこへ丁度<かめの湯>のおじいちゃが来られたので、カメラを持っていたわたしが撮ってあげたという訳なんです。千尋さん、これで事情が分かりましたか?」
「はぁ~ 分かったような……」

 千尋がスッキリしないのは、<つるの湯>のおじちゃんと梅吉が友人同士だったということだった。見知らぬおじちゃんに番台で全裸を見られただけでも不快だったのに、その人が梅吉の友人となれば、事態は最悪だ。もしかしたら千尋の裸体が話題になるかもしれない。つるつるのおじいちゃんが単純につるつるのハゲ頭だった方が、千尋にしてみればどんなにか良かったことだろう。
 千尋はスッキリしないまま悶々と考えているうちに、思わず核心に迫る言葉が口を突いて出た。
「梅吉おじちゃん! そのお友達の<つるの湯>のおじちゃんはいつも番台に座って居るんですか!?」
「ん? 番台? いやぁ~彼が番台に座るって話は聞いたこと無いですねぇ~ どうしてですか? あ、もしかして彼、昨夜は番台に居ましたか?」
 微かにニヤリと笑った気がした梅吉の表情に、ムッとした千尋は少しムキになって否定した。
「まさか! 番台にはおばちゃんが居ましたっ!」
 確かに来た時はおばちゃんが座って居たのだから間違いはない。しかし<つるの湯>のおじちゃんが梅吉の親友となれば、銭湯を出る時はおじちゃんだったとは口が裂けても言いたくなかった。
 すると千尋の変化に何を思ったのか、梅吉が言葉を継いだ。
「そうそう、つるつるのおじいちゃんですけどね、うどん屋を開店する前は、夜10時を過ぎると毎晩、番台に座って居ましたよ。それまでの時間はおばあちゃんが座っているんですけどね。わたしの友人、つまり息子さんに全部銭湯の経営を任せるようなってからは、番台にも座らなくなりましたけどね。わたしも若い頃は、銭湯に行く時は大抵10時を過ぎていましたから、毎回、番台は今はつるつる屋のおじいちゃんでしたよ。頭の毛はふさふさですけどね。ははははは」
 再び梅吉が大きな声で笑った。

 千尋はうどん<つるつる屋>のおじいちゃんが、銭湯<つるの湯>の番台にかつて座っていたという話でとりあえず納得した。しかし、番台に座ることが無かったと言う梅吉の友人、すなわち<つるの湯>のおじちゃんが、昨夜番台に座っていたという事実には納得できない。もしかしたら夜11時から番台に座ることになっているのかもしれない。その事実を梅吉が単に知らないだけなのかもしれない。
 千尋は最後に、もう一つの疑問を梅吉に投げかけた。
「あの~ 梅吉おじちゃん。 うどんだから<つるつる>と言うのは分かるんですが、銭湯の<つるの湯>の方が先に経営されていたと言うことは、<つるの湯>の雅号が先に付いてますよね?」
「あぁ、<つるの湯>という名前の由来ですか? あれはおじいちゃんの名前から取ったみたいですよ」
「おじいちゃんの名前、ですか? もしかして鶴吉さんとか?」
「ははは。千尋さん、勘が良いですね。ちょっと惜しかったですけど。 鶴吉さんは友人の方です。息子さんが鶴吉さんで、そのお父さん、つまりこの写真のつるつる屋のおじいちゃんは鶴之助さんですよ。うどん屋もご自分の名前に掛けて付けたんでしょうねぇ~ ははは」
「あ、そうなんですか! (鶴吉と梅吉が親友って…… で、鶴吉のお父さんが鶴之助なら梅吉のお父さんは梅之助とか? ブハハハハハ)」
 千尋がやっと笑顔を見せた。


(9)

 つるつるのおじいちゃんの謎は一先ず解決を見た。かつてはつるつのおじいちゃんが確実に番台に座っていた、という事実を知ったことは千尋には大いなる収穫だった。それに、つるつるのおじいちゃんの息子であるおじちゃんのことだ。今後も昨夜のように深夜の時間帯になると、番台に座る可能性は高いと言える。千尋にとっては、肝に銘じなければならない教訓だ。

 梅吉は久し振りに千尋を相手に大いに喋った上に、珍しく大笑いしたせいで喉が渇いたのか、やっぱりココアが良いな、と言いながらキッチンへ行ってしまった。その間千尋は、さっき自分で入れて来た番茶がすっかり冷め切っていたが、猫舌なので丁度いいやとばかりにゴクゴクと一気に飲むと、アルバムのページを捲って他の写真を何気なく見ていた。其処へ伯母の椿がパートの仕事から帰って来た。
「あ、ちーちゃん帰ってたん? 今日なぁ~うどんを分けて貰ったし、今夜は煮込みうどんにでもしようかなぁ~」
「わぁ~ 煮込みうどん美味しそうですねぇ~ 私もお手伝いします」
 椿と千尋がキッチンへ行くのと入れ違いに、ココアの入ったカップを手に持った梅吉が、再び居間へ向かって来ていた。しかしすれ違う時に、梅吉が千尋の目を見てニヤリと笑ったのが千尋にはチョット気になったが、ココアが飲めるのが嬉しいのだろう、と思う事にしてキッチンで煮込みうどんの準備を始めた。
「え~っと、おばちゃんが白菜切るし、ちーちゃんはその袋からうどんを出しといて。あと、出し汁は昨夜沢山とっといたのがあるし、うどんを袋から出したら、土鍋を4つ其処の棚から出しといて。それから、冷蔵庫のドアの左に白葱立ててるし、それも出しといて。あぁ、それと椎茸は買うてきたし、そのビニール袋の中、見てみてや~ そうそう、卵は下の段のを先に使うしな~ そうや! 冷凍から海老と鶏のささ身も出しとかんとあかんわ~ 先に出しといて~」
「は~い。(てか、そんなに一辺に言われると混乱するんですけど)」
 千尋は先ず、言われた順に冷凍から海老と鶏のささ身を出し、次にうどんを紙袋から取り出そうとしたが、不意に手が止まった。
『ん? つるつる屋?』
 <つるつる屋>のうどんはお持ち帰りが出来るのか、なんと紙袋には<つるつる屋>の雅号が印字されてある。今し方、梅吉と散々<つるつる屋>の話をした直後に、噂の<つるつる屋>のうどんが食べれるとは奇遇だ。今夜の煮込みうどんの味は、色んな意味で想い出の味になるに違いないな、と千尋は思った。

 翌朝、千尋は目覚めるとベッドの中で昨夜<つるつる屋>のうどんで作った煮込みうどんの美味しさを思い出していた。
『さすが、お店を開きたいと思う程うどん好きだけあって、つるつるのおじいちゃんの手打ちうどんはイケてたなぁ~ 今度お店にも行ってみよっかな…… あ、そうだ! 今日は<柚子風呂の日>だよ!』
 千尋は昨日梅吉から得た情報を思い出すと、煮込みうどんの美味しい匂いに代わって、柚子のいい香りが鼻の辺りに漂って来る気がした。
『今日は柚子風呂の日っと。柚子風呂・柚子風呂』
 千尋は呪文のように<柚子風呂の日>と念じならが、ご機嫌に一日を過ごした。そして学校から帰宅後、梅吉と椿と自分の三人がまるで親子のように早い夕食と済ませると、後片付けも積極的に手伝い、さっさと銭湯グッズの準備を始めた。
「あら? ちーちゃん、今日も銭湯に行くん?」
「はい!」
 チラリと梅吉を見ると、梅吉も千尋をチラリと見た。やっぱりニヤリと笑って見える。その顔を見て、椿には今日は<柚子風呂の日>であることを告げるのを止めにした。多分、ニヤリと笑ったのは、二人の秘密ですよ! とでも梅吉は言っているのだろう。千尋は黙々と銭湯グッズを揃えると、ご機嫌な声で挨拶をした。
「では、梅吉おじちゃん、椿おばちゃん、千尋は只今から銭湯へ行って参ります!」
「は~い、気をつけて行ってらっしゃい」
「はいはい。行っといで~ ……なぁ、ちーちゃん今日はやけにご機嫌やけど、何かあったんかなぁ~」
「さぁ~」
 珍しく元気に挨拶をして出かけた千尋を不審に思った椿が、不思議そうな顔で梅吉を見たが、梅吉はやっぱりニヤケ顔で、惚(とぼ)けて見せた。

 意気揚々と玄関へ向った千尋が、ちょうど靴を履こうとした時、珍しく静が早く帰宅した。
「あれ? ちーちゃん、銭湯行くん?」
「あ、しーねぇちゃん、おかえり! うん。行って来る!」
「行って来るって、ちょっと待ってや! うちも一緒に行くわ~」
 帰宅したばかりにも係わらず、静は慌てて二階の部屋に駆け上がると、あっという間に銭湯行きの準備をして戻って来た。見ると静の後ろには、物凄い足音に驚いた梅吉が一緒にくっ付いて来ている。
「静さんも一緒に行きますか? では、コレ……」
 なんと梅吉が差し出したのは、千円札だった。
「来週も、金曜日に、ね!」
 ね! と可愛く言いながら、梅吉は静ではなく千尋に千円札を手渡すと、今度はハッキリとニコニコ顔で二人を見送ったのだった。

(10)

 一昨日、銭湯行きの約束をポカした静は罪悪感の欠片も無い様子で、今、千尋と並んで銭湯<つるの湯>に向っている。今日は<柚子風呂の日>だから千尋もご機嫌だが、それにもまして静の表情も何だか嬉しそうだ。
『ははぁ~ん、しーねぇちゃんてば、彼氏とめっちゃうまくいってんだぁ~』
 千尋は、静が自分から彼氏とのことを何か報告するまでは訊かないでおくことにした。それよりも初めて体験する<柚子風呂>がどんな感じなのか凄く気になる。
『柚子って輪切りが布の袋にでも入ってるのかなぁ~ もしかしたら、身体が柚子色になっちゃうかも~ ふふふふふ』

 <つるの湯>に到着すると、玄関口に貼り紙がしてあった。
 【今日は柚子風呂の日】
『あ、ちゃんと柚子風呂の日って書いてある。梅吉おじちゃんの言ってたことは本当だったんだ~』
 別に疑っていた訳でもないが、貼り紙を見た瞬間、千尋に実感が湧いて来た。ニンマリと笑顔になる千尋。元より笑顔の静。お互いが夫々に違う思惑を抱きながら笑顔で女湯の暖簾をくぐると、静がコレが本場仕込の京都弁よ! と言わんばかりの猫撫で声で挨拶をした。
「こ~んば~んはぁ~ 二人分どすぅ~」
「はぃ。お~きにぃ~」
 いつになく粘ついた静の口調に、千尋はぶっきら棒な自分のアクセントで今晩は! と言うのが憚られ、頭だけペコリと下げると黙って静の後についで靴を脱いだ。
 梅吉に貰った千円札を出す前に静がお金を二人分払ってくれたので、後で払うねと千尋が言うと、この前約束を破ったお詫びだと言う。約束の事を一応は気にしていたんだと分かって少し安心した千尋だが、それよりもお金が一回分浮いたことで銭湯に来れる回数が増えるとは、喜ばしい限りだ。千尋はいつもの脱衣棚を陣取ると、心の中で大きくガッツポーズを取った。
『やったね! 来週の金曜日も銭湯確定っと』

 眼鏡を外した千尋がいつにもましてスピーディーに脱衣しながら横目で浴室を覗くと、湯船がぼんやりと黄色く見えた。
『ふぅ~ん あれが柚子なのかなぁ~』
 千尋の意識はすっかり湯船に行っており、一緒に来た静の存在も最早忘れたかのようだ。そしてすっかり全裸になると、いつものように黄色い<つるの湯>の洗面器に銭湯グッズを放り込むと、静を置いてさっさと浴室へ入って行った。
『わぁ~ 柚子って丸ごと入ってるんだぁ~ 沢山の数でチョット勿体無い気もするけど…… はぁ~ いい香ぃ~』
 未だ誰も浸かっていなかった湯船で一人ご満悦の千尋。相変わらずぼやけた周りの景色の中で、今ハッキリ見えているのは目の前にプカプカと浮かんでいる柚子の実だけだ。
「やっぱりイイよねぇ~」
「何が?」
 不意に千尋を現実へ引き戻すような声が聞こえて来た。顔は勿論ハッキリ見えないが、スリムな日焼けしたボディーにトーンの高い声は紛れも無く静だ。
「あ、しーねぇちゃん。うん、柚子風呂ってイイなぁ~って思ってさ」
「ふふん」
「ふふんて、何?」
「いや、ちょっとね」
「何? 今日のしーねぇちゃん、ヘンくない?」
「そう?」
「うん。何か良いことでもあったん?」
 つい口が滑って訊いてしまった。いや、訊いて欲しいような素振りの静に千尋が折れたとも言える。すると静は待ってましたとばかりに打ち明け話を始めた。
「ちーちゃん、あんなぁ~ うち、彼と結婚することに決めてん」
「へぇ~ そうなん。よかったやん」
「うん。でもなぁ~ おとうさんがなぁ~」
「あぁ~ おじちゃん条件厳しそうやもんねぇ~」
「うん。それがなぁ~ うちの一番心配してることやねん」
「う~ん。でも、おじちゃんもいつかはしーねぇちゃんをお嫁さんに出さんといけんし」
「なぁ~ 今晩、銭湯から帰ったらおとうさんに話すし、ちーちゃんも側に居てくれへん?」
「う、うん。イイけど……」
 千尋の脳裏に、梅吉のニヤケた笑顔が浮かんでいた。

(11)

 今日の昼間、梅吉は千尋と<つるつるのおじいちゃん>の話題で盛り上がり珍しくとてもご機嫌だった。それにあんな風にニヤケた顔を見たのも千尋には初めてだったような気もする。しかし普段の梅吉の様子からすると、自分の娘が彼氏の話を、しかも結婚したいなんて話を笑顔で訊く筈も無いだろう。
 中学の頃から彼氏が出来たら直ぐに家に連れて来い! と、やけに理解のあるパパ振りを見せていた千尋の父親とは訳が違う。もっとも彼氏など一度も家に連れて行かなかったし、元々彼氏など作る気もなかった中高時代の千尋の性格を熟知していたから、父親も大きな事を言っていたのだろう。

『梅吉おじちゃんかぁ~ 礼儀正しい人じゃないとちょっとヤバイよねぇ~ ……あ、そう言えば、散々つるつるだの、ハゲだのって話をしたけど、梅吉おじちゃんてあの年齢で髪の毛もフサフサだし、染めてもないのに黒いよね~ う~ん、梅吉おじちゃんがツルッパゲじゃなくてよかったなぁ~ ブハハハハハ』
 ホッカリと柚子風呂の極楽気分を味わいながら心のうちで馬鹿笑いをしていても、これから訪れるだろう小さな嵐の予感に正直なところ千尋の心境は複雑だ。
 梅吉には銭湯のお金を4回分も貰ったことだし、ご機嫌を損ねないようにしなければいけない。とは言え、静の味方もしてあげなくてはいけない。それよりもその前に、浴室を出る時は番台におじちゃんが居ないことをしっかりと確かめなくてはいけない。
 それでも千尋は<柚子風呂>に浸かりながら何とも言えない幸福感に満たされいる今、全ての事柄がうまくいくに違い無い、と思えてならなかった。
『だってさぁ~ 柚子って天国の薫ってカンジで気持ちいいんだも~ん きっとうまくいくよ! うんうん そんな気がする~』

 つるの湯からの帰宅したその夜、静は結局、結婚の話を梅吉に切り出せなかった。
 千尋にとっては少なからず難を逃れた気分でホットはしたが、いつかは報告しなければいけないことは確かだ。いつその日が来るかと、千尋も他人事では無いと思い心配していた。
 ところがそれから一週間後、なんと静は思い切って彼を直接家に連れて来たのだ。突然の事で初めは梅吉も顔を強張らせ不機嫌な態度を見せていたが、よくよく話すと世間とは狭いもので、彼は地元<ことぶき湯>の甥子さんだと判明した。

 <ことぶき湯>は<かめの湯>さんとも親戚で、<かめの湯>さんは<つるの湯>とも懇意である。そして<つるの湯>の店主と親友である梅吉には、静の結婚相手の身元がハッキリとしたことで、本人の人柄はともかく一安心というところだったのだろう。
 その後、何度か彼が家に来て梅吉と話をしていくうちに、意外と古風な考え方を持った礼儀正しい青年で、書道の段を持っているだの、古武道を習っているだの梅吉好みが判明すると、いつしか<お父さん・義綱君>と呼び合う程の仲になっていた。
 因みに千尋は初め義綱を義経かと思い、静に義経ってハマリ過ぎだと大ウケしていたが、義綱だと分かって一寸ガッカリした。でも静の幸せそうな顔を見ていると、本当に良かったなぁと思った。

 一年後、静は無事、彼・義綱と結婚をして家を出た。そのお陰で、大学がもう1年残っている千尋は静の部屋を晴れて一人で使えることになった。
 そして勿論、銭湯<つるの湯>には週一回だが金曜日の<○○風呂の日>に訪れ、銭湯ライフを満喫している。
 そうそう、あれ以来一度もおじちゃんが番台に座っているのを千尋が見かけていないのは、やっぱり梅吉と話題になったのだろうか? 今の千尋には、あの日の<全裸目撃事件>もそれなりに良い思い出だと思えるようになっていた。  了

この本の内容は以上です。


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