閉じる


試し読みできます

目次

『この星にようこそ』

―― 生命をめぐる断章と随想 ――

野島 明


はしがき

序章

第一章

第二章 幕間(その一)  豚祭り[La matanza]

第三章

第四章 幕間(その二) 千駄ヶ谷一丁目の大樹

第五章

第六章 幕間(その三) 我らはチテキ存在である

第七章

第八章 幕間(その四) "Intelligent Design"?

第九章

第十章 幕間(その五) 竹の実と腐った鼠と


試し読みできます

はしがき

はしがき



じとっとのしかかるばかりの大気をわずかなりとも掻き乱さんとか、
双の腕を大きく広げ、あちらへこちらへと駆け回る如くに、
或いは、
その何処いずこにもかすかな波紋一つ見当たらぬ水面みなもに人差し指を中ほどまでつけ、
きっと空気足らねば混ぜ入れんとか、
その指をぐるぐる回し動かす如くに、

文字を刻み連ねる。

*

いつまで眺めてもわずかな揺らぎすら見出せぬ水面に小石を落とす如くに、


*

或いは、この閉じた空間に風穴を開けんと勇躍跳びずる如くに、


*

或いは、ひとつまたひとつ活字を彫り出だし、並べて言葉を組み上げる如き……。


*

私の紡ぎ出だす、いや、鍛造する言葉はなにゆえこれほど……。


*

言うまい。


*

「言葉は皆人みなひとのものなるに、ついに皆人の……」


準備中の『増補改訳 ジューベール断章集』の「まえがき」の末尾に置く一文である。
そこに「……」の如き空白箇所は、もちろん、ない。


*

(はしがき 了)


(やがて削除されるべき注)

本書の内容は既刊の『カンマを伴う分詞句について』の内容とは何の関わりもない。言葉が中心にあるという点を除いて。 念のため。


試し読みできます

序章

序章



《もの》が噛まんか、血を流すか、身をよじり、声をいださんか。

*

*

あなたは人間じゃない――かる罵りは誉れと思い做し、
あなたはけだものにも劣る――る罵りは従容として甘受する。

*

*

彼らは貨幣や貴金属や宝飾品を強奪しない詐取しない。
強姦はするかも……。よく分からない……。
強姦したあと、殺しはしない。

*

*

朝まだきの道端、
前のめりにうずくまり一点を見つめる猫、
時おり電光石火、右前足でその一点を叩く。

*

*

工場での植物生産を嬉々として語るヒトたち。
植物の成長に最も効果的な種類の光を発光ダイオードで発生させ


効率的に
植物を生産する


という思想。

*

*

"I love animals. Do you?"
"Sure. I like beef best."

*

*

あのものたちは何を代償にしたから空を飛べるのか。
私たちは何を差し出せば空を飛べるのか。


空を飛ぶ


もちろん生身の身体一つで、ということだ。
それ以外の何を指して、空を飛ぶ、と言えるのか。

*

*

楽しく食べない。

*

*

生命いのちに優しい野菜。
生命とは人間だけを指すべくもない。

*

*

他の動物を思いやること自体がすでに人間中心主義だ、という批判。
欲望の赴くままに振る舞えばいいのだ、他の動物のように、
と仄めかしているかに聞こえる。
すべての動物は同等である、と主張するかに聞こえもする。

*

*

美味を体験した回数を 生きる喜びやら生きることの価値と結びつける
――――

*

*

コンクリート護岸沿いの遊歩道を走る。
時折り微細な羽虫の蝟集する空間に行きあう。
目を閉じ首を振って通り過ぎしな、須臾しゅゆ生命いのちを燃やしているか……、と呟く。
羽虫の生命を《須臾》と呼ぶのである。
須臾の生命を燃やしながら。


そうだ、言っておかなくちゃ。


「この星にようこそ。」

*

*



熊めらに。


ヒトザトに立ち入るべからず。


この警告を無視して立ち入った場合は射殺する場合もある。


たかが熊めらよ。


――ヒトサマ――


*

*

生きるのも命がけだ、熊めらは。

モリアオガエルも、狙うアカショウビンも。

*

*

人食い鮫――鮫食い人。

*

*

すぐにでも食らいつきたい食べ物を前にしても、待て、の指示を忠実に守る。
……………………。
そんな犬に私はなりたい。


一頭の雄犬。
彼の十年とは何であったのか。

*

*

さいなまれながら身動みじろぎもせず耐えている犬……。
あらゆる苦痛はあたかも天から降ってくると感じられているかのように。

*

*

鎖につながれてどうしてそんなに平穏な表情で、堂々としていられるのか。

*

*

一羽のカラスよりも一匹の野良犬よりも一人の人間の方が尊重される(かに見える)のは何故なにゆえか。
カラスに犬、一票にもならぬからか。
同種だからか。

同胞、同属、同文同種。

*

*

ヒトザトに立ち入る、
それだけで生命いのちを否定されかねぬ、あるいは否定される生きものたち。
かくして生きる権利すら殆ど認められておらぬ生きものたちにいかなる義務を負わせようとか。
塵埃に等しいその生命。

*

*

どこまでも、ヒトザト。

*

*

人間は面白い。
さて、愛しうべき対象か。
げに、《群れ同士で血みどろの抗争を繰り返すチンパンジー》の比ではない、
人間の面白さは。
《一方が棍棒を振るい、他方が投石で応酬して血を流し合うチンパンジーの対立集団》が私に掻き立てる関心は尋常のものではなかろうに。
彼らが傷つけ合い殺し合うために用いる道具が絶えず進化するようであれば、
私たち人間は警戒心をも掻き立てられるであろう。
チンパンジー研究者は一挙に数十倍数百倍に膨れ上がるであろう。

*

*

邪悪の一態
――――
ボノボに他の生命体を更には同種の個体を傷つけ殺戮するに便利な道具を教えること。
《武器》の在り処とその使い方を。

*

*

けだものにも等しい――獣をどこまで不当に扱わんとか。
蛆虫にも劣る――蛆虫だからとて、気儘勝手に貶めんとか。

*

*

毒虫をすべて踏み潰してよいものか。

*

*

やがては思うようになる――
私が人間であるという証拠は。
誰もが私を人間であると思い做して(おそらくは)疑っていないのははぜだ。
私が人間であることを証明するにはどうすればいいのか。
ついには遺伝子を調べるのか。
もし、検査結果が……であったらどうなるのか。

*

*

「我輩は養豚工場の豚である。名前などあろうはずもなかろう。」

*

*

突然変異により高度の自意識を得た一頭の豚は、
自分が食らわれるためにのみ存在している種の一員であるという現実をどう受け止めるか。
自分もやがて屠殺され解体され身体からだの隅々までむさぼられることになるという現実を
《神》の思し召しとして受忍するか。
屠畜場行き貨物自動車が現れるまでの短い時間、ひたすら餌に喰らいつくばかりの仲間の豚たちに
《神》を説くか。
《仏》にすがるか。
自ら生命を絶とうとするか、あるいは絶ちたいと思うか。
*

*

豚肉あるいは子羊肉の前身たる生命体が生命いのちを全うするとは。

*

*

きていてこそ○○○○○
(空欄を埋めよ。○には一音が入る)(注1)(正解は最下段)

*

*

――どうでしょう、高級ブランドの衣服やら宝飾品で全身を飾り立てた女 性は魅力的でしょうか。
――そうですねぇ。そんな風に着飾った豚についてですが、豚はなんたってその肉質がすべてとでもお答えするほかありませんねぇ。

*

*

終には呼吸するだけで生きていければ……。

何という非望。

*

*

こうして言葉の鍛造を続ける私はヒト属という種に分類される一個体である、

たぶん。


(序章 了)


「いきていてこそえびのあじ(活きていてこそえびの味)」(「えび」は「海老」)。 借り物である。

試し読みできます

第一章

第一章



赤い血の流れる生きもののしかばねから取り分けた筋肉が脂肪が臓器が、
時には血の香の残る生の屍肉しにくが、焼けば体液のにじみ出る屍肉が、
我ら人間には何と美味なこと。

*

*

自らの生命いのちの保ち方を選ぶ。
生命を喰らい、生命を保つ。
生きものを喰らい殺すという生きること。

*

*

生命の亡骸なきがらを、ときには生命そのものを食する。

*

*

狂信を忌む。
よって
赤い血の流れる生きものの亡骸を食することを拒まない。

*

*

傷つけようが引き裂こうが赤い血の流れ出ない生きものの屍骸も食する。
これまた美味。

*

*

最高級の牛肉やら豚肉やらを見せつけられても食べたいと思わない。
満腹だから、ではもちろんない。

*

*

食べない――

人間が特別ではないにせよ特殊な種であることの証しである、

かも。

*

*

選択の一態


食べない、金は要らない、


という選択。

*

*

肥満をかくもこぼしつつも止まぬ飲食

*

*

ひそかに生命体である地球が、
人類を悪性の病原体と認識し、体内に抗体を作り出すのでは、
という漠とした予感と翹望……

*

*

この星、地球が、
ことによれば意識さえ有する生命体である可能性を否定し去ることが
私にはできない。

*

*

私が考えているような恐ろしいことを思いつくのは人間だけだ。

*

*

私が日ごと植物食生活者に近づきつつあることを誰にも決して気取られぬよう、
数ヶ月に一度は、
少なくとも年に一度は
公然と赤い血の通う生きものの屍肉を貪ろうと思う。

*

*

掃いて捨てるほどいる人類。

*

*

細胞の隅隅にまで怨苦えんくの分厚く付着した生命体の亡骸を食す……。

*

*

見た目のいい魚は食べてもうまい。

*

*

屍肉食不感症。

*

*

……やがては赤い血の流れる生きものの屍肉を食べられなくなる……

*

*

愛した人の遺骨を肌身離さない。
凶悪犯の遺骨を崇めてやまない。
怨苦の蓄積した血肉けつにくを食して飽きない。

*

*

自分の血肉にどれほどの怨と苦を取り込んだら気が済むのか、だって。

言わぬが花よ。

*

*

生牡蠣 ―― 生命の味。

*

*

人間だもの、犬だもの、揺蚊ゆすりかだもの、鳩だもの、蛇だもの、団子虫だもの。

以上の各項は果たして等号で、それとも何らかの不等号で結ばれるのか、
あるいは結ばれないのか。

*

*

生命をつなぐために他の生命を摘む。
身近なものの生命は直接は喰らわないという教条。
ヒト、イヌ、ネコ。

*

*

かつては生命であったものの屍肉を美味と感じるのである。
この上なく美味であろうと予想される屍肉がある。

*

*

美味の追求――飢えた健康な身体からだを所有すること。
健康がすばらしき所以の一つである。


せめて、健康な生命のむくろを喰らいたい。
健康がすばらしき所以の一つである。

*

*

ヒトの命は地球より重い。実に、この星は軽いのである。
シロクマの生命は地球より重い。なんとなればこの星は実に軽いのだから。
揺蚊ゆすりかの生命でさえ地球より重い。
それほどにこの星は軽い。

*

*

例えば地中の虫けらや海中の微小水生生物など生命とは見なさない……。

*

*

何千匹の蟻の生命を踏み潰そうと人類社会の罪には問われない。

*

*

の豚が《神》を説く。

「ヒィ、ブヒャヒョ、ビィビブゥ、ンガァ……。」

*

*

自然の中の異物。

*

*

「もうひとニャン、もう一ワンいかが。」

犬や猫を我が家に迎えんとしている全ての人たちに。


ほら、《あそこ》、
殺されんとする犬や猫が引きも切らず運び込まれ、

密かに絶え間なく殺される、
ほら、《あそこ》。

*

*

この世のありとある生命をどう生かそうと殺そうと食い散らそうと我らの勝手だ。
人間だもの。

*

*

ヒト(私)はヒトの姿形をしているがゆえに蝿より多少丁寧な扱いを受けるのか。
そんな無体な。
あれの似姿だからだって。
あれって何だ。


(第一章 了)


試し読みはここまでです。続きは購入後にお読みいただけます。

この本は有料です。閲覧するには購入する必要があります。
購入するにはしてください。
有料本の購入に関しては、こちらのマニュアルをご確認ください。
販売価格280円(税込)

読者登録

野島明さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について