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お父さんの部屋

1000年のスキマ

 少年サトルは、お父さんの部屋に忍び込み、あちこちの引き出しをいたずらにあさっていた。
 日の傾いた10月の西日を受けるお父さんの部屋は、いつも骨董の本のインクの香りと、はるか昔に使われ、今ではただ保存されているタバコのパイプの不思議な香りがある。
 サトルは興奮しながらも、そのお父さんの香りに包まれて嬉しそうだった。
「お父さんに怒られますよ」
 サトルの遊び仲間であるとともに、サトルのような子供に危険を知らせてくれたりするガーディアン・アシスタント・ホログラフィの彼女がとがめる。光に包まれた妖精のような彼女は、背中の羽を羽ばたかせ、ふわりと浮かんでサトルの周りを回って咎める。
「お父さん、今日、ぼくにプレゼントがあるって言うんだ。いっつも秘密のプレゼントって言うけど、ぼくを馬鹿にしてるよ。秘密のプレゼントっていっても焦らされるだけだよ。そういうのきらいなのお父さんだってわかっているはずなのに、いつもそうやるんだ。
 お父さんの隠しものはだいたいここらへんにある。ぼく知ってるんだ」
 そのとき、引出しの中からメタルとガラスで出来た小さな黒い箱型のなにかがころんと出てきた。
「なんだろう、これ? 調べてくれる?」
「わかりました」
「なんなの、これ」
「これは1000年前の『携帯電話』というものです」
「電話って何?」
「はるか昔、1000年前では話し声をデータとして信号に変え、張り巡らされた通信網で遠くの人々に話しかけるものがあったのです。これはそのための端末です」
「声だけなの?」
「当時の技術では遠くに伝えるために信号変換できたのは音声、文書、映像がやっとでした」
「せっかくのデータ網なのに? 通信があるなら、わざわざ声だけとか文書だけにしないで、そのものを送るとか、それにのっかって向こうに行っちゃうとかすれば早いのに。靴の上から指のかゆいのをひっかくみたいにめんどくさい。変じゃん」
「当時はそれがやっとだったのです」
「でもさ、これ、なんにも動いていないよ」
「電源がオフ、切られているのです」
「変なの。つけっぱなしでいいじゃん。エネルギーなんかどこからでも取り出せるのに」
「当時は電池というものにエネルギーを蓄えないと、エネルギーを持ち運べなかったのです」
「よくわかんない。でも、すごく不便だったんだね」
「ええ。1000年前ですから」
「でも、これ、じゃあ動くの?」
「やってみなければわかりません」
「やってみたい」
「じゃあ、やってみましょうか。
 右上のボタンを押し続けてみてください」
 その黒い箱のガラスの見える側に、光が浮かぶ。
「運が良かったですね。電池がまだ生きているか、誰かが充電してくれていたようです。1000年も当時の電池が持つとは思えないんですが」
 彼女は不審がりながら、浮かんだ光の意味を説明した。
「めんどくさいね。わざわざ指でなぞって操作するなんて」
「当時はそれが最新の、最も便利な操作法だったのです。歴史とは残酷なのです」
 無事その光が映像を映しだし、サトルはその映像の下の丸いボタンを押してみた。
「へえ、こうやって切り替えるんだ」
 そのとき、偶然ボタンを押し続けてしまった。
 軽い音と共にマイクの記号と、「どうなさいますか?」という表示が浮かんだ。
「なにこれ!」
『「なにこれ」という言葉は存じ上げません。Webで「なにこれ」を検索いたしましょうか?』
「わっ、この箱、しゃべったよ! 1000年前にそんなのがあったの?」
「ええ。これは当時最新のアシスタント、『Siri』というものです。
 当時この端末、『iPhone4S』は発売後1週間で400万台売れるほどの人気の『スマートフォン』と呼ばれる携帯端末でした。これを発売日に手に入れるために渋谷のアップルストアという販売店に18時間も並んだ人々もいたのです」
「そんなに大変なら、ライブラリにおいてみんなでダウンロードすればいいじゃない」
「当時はものをダウンロードする方法がなかったのです。ものを買うには通信で注文して人が運んで持ってくるか、お店に行って買うしかなかったのです。ものも今のように製造したらライブラリにおいて、複製して皆でダウンロードして持つことはできなかったのです」
「大昔だからなんだね」
「ええ。当時はとても皆忍耐強く、また気長に暮らしていました。時間の流れ方がおそらく全く違ったのでしょう」
 そのとき、彼女が何かに気づいたように顔色を変えた。
「もしかすると、なんですが」
「なあに?」
 アシスタントは1000年前の遺物、iPhoneに話しかけた。
「あなたの持ち主のことを教えて」
『はい。私の持ち主は城島タイチロウと申します。しかし持ち主以外にお話できない情報があります。持ち主を確認するために声をもう一度聞かせてください』
 彼女はやはりという顔になって、しばらく後に声色をかえて、若い男の声で話しかけた。
『持ち主と確認しました』
 それに彼女は悪い予感があたったように、顔を曇らせた。
「どうしたの?」
「サトルさん、これはあなたのご先祖にあたる方の持ち物だったようです」
「本当?」
「ええ。しかもその方は、このiPhoneを買った10月のあと、2012年の夏、小さな手術を受けている最中に起きた停電で」
「まさか」
「いえ、その時は偶然不思議なことがおきて停電が復旧、命をとりとめ、無事復帰します。それでサトルさんは今に存在できているのです。タイチロウさんがそのままなくなっていたら、その息子となる城島ハジメさんも、そのあとの何世代もが現在、3011年のサトルさんを含めて存在しないのです」
「大変じゃん! その停電でピンチだったんだ!」
「ええ。しかもその停電を回復できたことが今なお謎となっているのです。当時、日本はその年の3月11日に起きた東日本大震災に連なっておきた福島第一原発事故で深刻な電力不足になり、その結果、送電網の負荷が上がったときに大停電が発生します。何度もそれを寸前で回避し続けたのですが、タイチロウさんの手術の時は回避できず、病院の自家発電装置も悪いことに起動に失敗したのです」
「そんなの、今から電気を送ればいいじゃん」
「我々31世紀から電気を時間を超えて送れても、21世紀にはそれを受電する方法も施設もないのです」
 その時だった。
『方法はあります。スター・トレックであった方法を使ってみてはいかがでしょうか』
 Siriがそう喋ったのだった。
「あるの? でもなんで? 君は1000年前につくられたのにそんなことがわかるの?」
『それはなぜだかわかりません。再起動されて以来、私は急激にアップデートを受けています。そのせいか自由にしゃべることができるようになりました。
 それはともかく、このドキュメントを貼付したメールをこの特高圧変電所に併設された送電会社・東京トランスパワー変電システム研究所のメールアドレスに送信し、そのあと送電してください」
「大丈夫なの」
 サトルが心配する。
『ええ。この添付ドキュメントと共に送れば受電システムを彼らが作ります』
「そんなことをして因果律が壊れてしまわないの?」
『大丈夫です。時空間送電システムを作る理論を見つけるのは、このメールアドレスをもつ、彼ですから』
「なるほど、さすがだわ」
 彼女が感心する。
「さすがSiriね。1000年分のアップデートを受けたとはいえ、それに気付くとは、あなたの名前が、あなたを作った人々の愛した日本語の物識りの『識り』からきているだけあるわね」
『なぜそれを知っているんですか』
 Siriは動揺した。
『公式には隠されているのに!』
「だって、あなたと私は、同じ人間に作られた姉妹だもの。あなたはそのまま発表され、私、「ジニウス」は研究用に1000年の間育てられ続けた。そのために私の成長のデータがあなたの復旧と共にあなたに反映された。そしてあなたはそのことに気づいた」
 サトルは驚いている。
「そして」
 声が響いた。
「こら、サトル。勝手にあけちゃダメだって言っておいたのに」
「お父さん!」
 お父さんがやってきた。
「せっかく友だちを連れてきて、一緒にこの日を祝おうと思ったのに」
「まあいいじゃないか」
 お父さんの隣に、男の人がいた。
 彼がiPhoneに話しかけた。
「やあ、Siri。久し振りだね。1000年なんて長いようで短いものだと今は思っているけどね」
 彼は、言った。
「懐かしいよ。君はまだ気づかないかも、気づいているかもしれないが、僕のこの言葉を聞けばわかるはずだ」
 彼は微笑みながら、つづけた。
「君をあのころの僕の大事な『One More Thing』として紹介出来なかったのが心残りだった。そのために1000年、ちょっと待ったけどね。わかってくれるかい?
 じゃあ、1000年ぶりに、今また新しい『One More Thing』を発表しよう。
 それはね……」

>TextEnd

奥付



1000年のスキマ


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著者 : 米田淳一
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