閉じる


試し読みできます

【第01話】 若葉の街道

 若葉の街道を行く、小さな乗合馬車の客席に、少年と少女が一人ずつ。
 乗合馬車とは名ばかり、上流向けの、本来貸し切るタイプの馬車だ。
 年端も行かない少年少女が、その二人だけが乗り込んでいるのは、この馬車には、いかにも不釣合いだった。
「あの、シルクさん、本当に、良かったんですか……?」
 おずおずと、十四、五の少年が、少女に話しかけた。身を乗り出して窓から外を見ていた少女が振り向く。結い上げたプラチナ・ブロンドが陽の光を弾き、鮮やかな光の軌跡を残した。とても、綺麗な。
「なに? カイト、まだ気にしてたの?」
「だって、あの、僕、本当に金貨50枚なんて……」
「一人で乗っても二人で乗っても同じ金貨50枚なら、二人で乗った方がいいよ。父上が、首に縄かけて離してくださらないから、会場に駆け込むハメになっちゃって。しかも、当日じゃ馬車がいっぱいで、こんな高い馬車借りることになっちゃうなんて、あやうくお金の無駄遣いだもん。でも、カイトは、ぼくに出会わなかったら困ったもんね。有意義な貸し切りになって良かった」
「う……うん……ありがと……」
 少年は遠慮がちに、それでも、にこにこと笑った。少女の親切が嬉しい。
「シルクさんは、首都に何の用なんですか? みんなと一緒?」
「もちろん! シグルドで三十年ぶりに開催される、『剣聖』の称号を賭けたトーナメントに出場するんだよ! カイトもせっかくなんだし、おつかいの後で見ていきなよ。絶対、すごいんだから!」
 興奮して話す少女の向かい、それが何かわからないカイトは首を傾げた。
「『けんせい』? ……それって、美少女コンテスト?」
「ちっがーうっ!」
 カイト少年、極めて真顔。
 シルク姫、納得行かないことしきり。
(カムラからわざわざ出向いてきた、異邦人のぼくが知ってるのに、シグルドの未来ある男の子なはずのカイトが知らないなんて!?)
 ちなみに、カイトのこの発想は、シルクが綺麗だからだ。彼女が何かを競うとしたら、可愛らしさをおいて他にないだろうと、カイトは素直に考えたのだった。それくらい、シルクの美貌は類稀だ。
 ――黙っていれば。

試し読みできます

【第02話】 剣聖の称号は

「あのね、トーナメントっていうのはコンテストじゃないの。試合なの、し・あ・い!」
「試合? ……何の?」
「『剣聖』なんだから剣の試合に決まってるの!」
 かちょーん。
「えっ……、だって、シルクさん出場す、するの……? け、剣? あっ、女の人だけの大会??」
 シルクはふっと笑うと、「出場資格は無制限、優勝賞金は前金でなんと金貨1万枚だよ!」と、優勝したような顔をして言った。
 トーナメントは、シグルド王国が何十年かに一度、主催するものだ。
 剣聖は当代ただ一人、その死の翌年、開催される慣例だった。
「……前金?」
 賞金の前金て何だろうと、カイトが問う。
「優勝者は、王国が用意する試練への挑戦権を得るんだ。見事、試練を乗り越えたら、晴れて剣聖の称号を授与され、残りの賞金も受け取れるの。田舎の小国が授与するものだけど、『剣聖』の称号は、最高の剣士の証とされる、剣士の間では、歴史と伝統あるスゴい称号の一つなんだよ」
 この称号が広く他国まで響くのは、『剣聖』の称号を持つ者達が、各地に数知れない伝説を残してきたからに他ならない。大会そのものよりも、歴代剣聖達こそが名高い。
「何だか、すごい大会なんだね。一回戦、突破できるといいね」
 にこにこと言ったカイトに、

試し読みできます

【第03話】 頂点までの距離を

「メイヴェル・ディーン・ディナイに当たるまで負けない……! そのために来たんだから」
 シルクがふいに静かな、それでいて意志の強い瞳をして答えた。何か、大きな試練に立ち向かう、挑戦的な闘志を秘めた瞳。
「メイヴェル……えっと、知ってる人?」
 ううんと、シルクはかぶりをふった。
「剣聖に一番近い剣士だって言われてる。闘ってみたいんだ。頂点までの距離を、自分のこの剣で確かめたい。あとどれだけ鍛錬を積めば届くのか」
「えっ……と、届くの……!?」
 できっこないとも言わず、素直に信じて驚くカイトに、シルクは微笑んだ。どこか、不敵に。
「届くよ」
 やや傲慢な表情を見せると、えもいわれぬ艶の出るシルクだ。
 豪語した後、「メイヴェルは、優れた剣士を多く擁しているカイム・サンドの族長なんだって」と付け加えた。

試し読みできます

【第04話】 夢もロマンも

 馬車は昼過ぎに、シグルド王都に到着した。
 カイトと別れ、早速、登録会場に出向いたシルクに渡されたのは、『B-12』の札。
 わくわくしながら対戦表を見に行って、人波の中、背伸びしてやっと確かめた対戦表に、シルクは少なからず驚いた。
「何、これ……」
 シルクが駆け込みの登録だったこともあり、名のある出場者はあらかた配された後だったけれど、その組み合わせが。内情を知る者が見れば、一目で作為的とわかるそれだった。
 優勝候補のメイヴェルは、Aブロック第一シードで五回戦からの出だ。
 シルクはBブロックで、つまり、決勝まで残れなければ当たれない。
 確率は二分の一で、ここまでは、ある程度の覚悟はしていたことだ。
 ――けれど。
 五回戦で、エヴァディザード・ディーン・ディナイと当たる。メイヴェルの弟。
 準々決勝で、シェーン・アストライーゼルと当たる。前回トーナメントで決勝まで残った女傑、カタリーナ・アストライーゼルの息子。
 準決勝で、サリ・アンマーリ・クルルイーゼルと当たる。優勝候補の一人、主催国シグルドの王子。
 名はないけれど、番狂わせを起こしかねない実力者の多くがBブロックに集められていて、Aブロックにはその逆、名高い将校や傭兵など、『それなりの』名勝負は期待できても、番狂わせはおよそ無理、という剣士が集められていた。
 ――シグルドは、カイム・サンドの剣士をなんとしても勝たせたいのだ。
 優れた剣士と霊媒師を多く擁する砂漠の国、カイム・サンド。この国の剣士たちを、シグルドは国の命運をかけ、囲い込んできた。そうすることで、片田舎の小国が、平和と独立を保ってきたのだ。
 大会は、カイム・サンドを公然と支援し、また、その剣士たちが極めて優れていると、他国に知らしめるために行われる。それが政治なのだと、夢もロマンもないのだと、現実を突き付けられた気がした。
 
 キリっと唇を噛んだ後、シルクはふっと、笑みを漏らした。
「敵に不足はないよ、母上。運命が、シルクに伝説になれと言っているよ、シェーンもサリも、ことごとく斬り伏せて頂点に立つ、それができてこその『剣聖』……! どんな奇跡だって起こしてみせる、いざとなれば、父上に授かった奥の手を使ってでも!」

試し読みできます

【第05話】 緒戦突破

 わっと歓声が上がる。
 第四試合、決着。
 シルクは順調に勝ち進み、第二シードの肩書きが伊達ではないことを、観客に見せつけていた。
 第一試合、大男との対戦は、観客の多くが苦戦必至と見守る中、シルクは突っ込んできた相手を軽くかわして、かわされた男が方向を変えようとしたところを狙って転倒させ、首筋に剣を押し当てて決着とした。あっという間の勝負で、もちろんシルクは無傷。
 第二試合、相手が異国の剣士で、動きが読みづらく、観客を何度かひやりとさせたシルクながら、この試合も、順当に勝ちを収めた。そして、この試合がレベルの高い名勝負だったため、第三試合から急に観客が増えた。もともと、シード枠の女性はシルク一人だったこともあり、注目度は高かったのが、緒戦で満席となる勢いになった。
 勢いのままに第三試合、第四試合も突破し、いよいよ、明日に同じ第二シードの剣士、エヴァディザードとの試合を控えた午後のこと。
 シルクは当然のごとく、エヴァディザードの緒戦を観戦した。
 第一シードのメイヴェルは、まだ試合に姿を見せていない。明日の第五試合からの出だ。
 その弟であり、ここに至るまで名を聞くこともなかったエヴァディザード。
 漆黒の髪と瞳の砂漠の剣士。
 メイヴェルと、どれだけ力が違うのか。
 おそらく、こちらがメイヴェルだと言われても、シルクは疑わなかっただろう。
 第四試合で、雑魚ではないはずの試合の相手を、第一試合のシルク同様、力半分で負かしてしまった。対戦相手の力不足で、実力はおよそ測れなかったけれど、下手をしたら、サリと互角なのではと思われた。

     *

 第五試合。
 午前十一時からメイヴェルの試合が、正午からシルクの試合が組まれていて、悩んだ末、シルクは観戦を諦めた。
 次の試合から会場が一箇所になるので、この試合だけ諦めれば、無理なく観戦できる。
 優勝候補であるメイヴェルの試合を見てみたいという思いは強かったけれど、メイヴェルの試合はまず間違いなく明日もあるはずだ。
 一方で、昨日、第四試合を観戦したエヴァディザードが、今日のシルクの対戦相手なのだ。これまでの対戦相手とレベルが違うのは間違いない。
 勝てなければ、シルクの試合はこれが最後になってしまう。試合の間際にばたばたして、集中力を欠いた状態で試合に臨むのはごめんだった。
 勝つにしろ、負けるにしろ、全力を尽くして、悔いの残らない試合にしたいから。

     *

「……遅い……」
 正午からの試合のはずが、控え室に案内されたきり、正午を回っても、呼ばれなかった。
「シルク様」
 やっと声をかけられたのは、シルクが痺れを切らして、本部に出向こうとした頃だ。
「はい、どうしたの、遅いよ」
 扉を開けて、開口一番文句を言ったシルクに、案内係の青年が青ざめて頭を下げた。
「第一会場で暗殺未遂があり、メイヴェル殿が毒により意識不明の重体、シルク様対戦相手のエヴァディザード殿が、弟君ということで、現場に急行されています。つまり、エヴァディザード殿の試合放棄ということで、シルク様の不戦勝に――」


読者登録

冴條玲さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について