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5月21日のおはなし「困った時の……」

 毎度のことながら、ひらしぶさんと来たらやりたい放題だ。酔っぱらって眠くなると人の家の植え込みだろうがポーチだろうが、ひどいときには縁側だろうが勝手に寝てしまう。色づいた柿やからすうりをくすねるのなんか日常茶飯事で、たぶん、ひらしぶさんには「所有」という概念がないのだと思う。だから本通りの真ん中に大きな小屋を建ててしまったり(どうやって一晩であんなものをこしらえたのかは不明)、商店街の街灯に季節ごとに奇妙な飾り付けをしてしまったりするのだ(もっともそれは街ネタとして何度もテレビで取り上げられるようになって、ちょっとした観光資源になっている)。

 やりたい放題のひらしぶさんのことを、わたしたちが迷惑がっているかというとちょっと違って(迷惑がっていないかというとそれも違うんだけど)、困った時には何かとひらしぶさんに相談してしまうことになる。わたしたちの町では困った時の神頼みならぬ、困った時のひらしぶさん頼みなのだ。そして今度のことだ。こんなの誰にも解決できない。役場が話にならないのは知ってたけど(だってわたしの旦那が長を勤めているんだよ)、県庁も日本政府も頼りにならないし、問題を起こした企業はあの通りで頼るどころか今となってはそもそも信用が置けないし、でも時々刻々とわたしたちは「へんでろ毒」に蝕まれている。

 目にも見えないし嗅ぐこともできない「へんでろ毒」は、耳のいい人には聞こえるらしい。ただし人間の耳で聞き取れるあたりは既に汚染の度合いがひど過ぎて、とても住み続けるわけにはいかないという。精度のいい「なんとかへんでろなんとかセンサー」というドイツ製の機械があるらしいけど三十万円とか五十万円とかするらしい。そんなの使えるわけがない。だったら耳のいい犬だとか猫だとか鳥だとかそういうものを使ったりして調べることはできないんだろうかとわたしなどは思うけど、思った通りに言ったら動物愛護の人たちから、人でなしだの人非人だの前近代だのと罵られてしまった。

 さっそくわたしは隣の市に出て、甘納豆とゆずういろう、それにミニチュアサイズの竹箒を購入して、ひらしぶさんの家に向かった。手土産にしてはとち狂っていると思うかもしれないけど、これがひらしぶさんを訪ねる時の必須アイテムだとされていたんだ。その時までは。

「いらんいらん。ゆずういろうなんて大嫌いだったんだ」
 ひらしぶさんはおいおい泣きながら手土産の袋を突き返してきた。わたしがあわてて謝りながら袋を受け取ろうとすると、また引き戻す。もう泣き止んでいる。
「あとは何が入ってるんだい?」
「甘納豆と……」
「いらんいらん。甘納豆なんて糸も引かねえじゃねえか」
 またおいおい泣き始めながらひらしぶさんが袋を突き出して来る。用心してそっと受け取ろうとすると、案の定また引き戻す。
「あとは何が入ってるんだい?」
「ミニ竹箒……」
「それだ!」

 ひらしぶさんは、よっこらしょ、と立ち上がると、部屋の中をグルグル回り始めた。グルグルグルグル歩き回りながら、時おり手をポンと打ち付ける。左の手のひらに拳固にした右手を打ち付け打ち付け歩き回る。そして振り向く。
「あんたさっき何て言った?」
「ミニ竹箒」
「それだ!」
 何かが始まったらしい。わたしは以前に人から聞いた噂話を思い出す。いったんひらしぶさんが「入った」ら、すごいものが飛び出すからね、と。
「身をかがめ!」ひらしぶさんが大きな声を出す。「ミニ竹箒、秋の庭。どうじゃ!」
「何がです?」
「五七五じゃ」
 俳句を考えていたらしい。
「はあ。秋の庭先の落ち葉を片付けているひらしぶさんが浮かびます」
「そうじゃろそうじゃろ」
 あ。わたしは気がついた。ただの俳句だとどうして思ったんだろう。
「それは何かの教えになっているんですか?」
「教えとは何じゃ? それよりあんた何をしにきた」
 教えのわけがない。まだ相談もしていなかったのだから。わたしは何だかばかばかしくなって引き上げることにした。また来ますと言って。
「ゆずういろうは要らんからな!」
「はいはい」
「甘納豆もじゃ!」
「はい」
 冷静に考えれば、広範囲に汚染された毒性物質に対する解決法をひらしぶさんが教えてくれるわけがなかった。

 新聞に「へんでろ毒」を分解する細菌の記事が載ったのはそれから半月程したころのことだった。わたしは気がつかなかったのだが、その顕微鏡写真を見た旦那が言った。
「なんだこれ。ミニ竹箒みたいなかっこうしてるな」
 これもひらしぶさんの力なんだろうか。ちょっと違う気がするけど。

(「ひらしぶさん」ordered by atohchie-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

新作スタート。お題募集中。

2011年10月1日。
Sudden Fiction Projectの新作発表が始まりました。

1日1篇ペースをめざしていますが、これはどうなるかわかりません。
毎日、その日のお題を見て、いきなり書き始めていきなり書き終わる。
即興的に書くSudden Fictionをこれからお楽しみください。

お題募集中です。
急募!お題」のコメント欄で受け付けています。
どなたでも気軽にご注文ください。初めての人、大歓迎です。

(お題の管理上、TwitterやFacebookでは見逃しがちなので、
 どうか上記コメント欄をご利用ください)

それではこれからしばらく新作のシーズンをお楽しみください。

※発表済みの作品をご覧になりたい方は
 をご活用ください。

奥付



困った時の……[SFP0324]


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著者 : hirotakashina
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/hirotakashina/profile


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公開中のSudden Fiction Project作品一覧

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運営会社:株式会社paperboy&co.



この本の内容は以上です。


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