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 新幹線の500系だの700系だのが出来て以来、ひかりで博多から3時間半で通っていた京都が近頃妙に遠い。 まるで早く目的地に到着したい者はのぞみに乗れ! と命令されているようなJRのダイヤだ。 しかし命令されると反発したくなるのが人間の常、いや麿子(まるこ)の性格なのか、『結局、貧乏人は苦労するのね……』とやっぱり麿子はひかりに乗る。

 今日も広島止まりや新大阪止まりの継ぎ接ぎ(つぎはぎ)だらけのひかりの中から、やっと見つけた直通に乗った。 だけど……何かおかしい。 超特急なんだから速い筈なんだけど……いや、確かに走っている時は速い。 なのに何か変! 

 そんな違和感に満ちた麿子を乗せ、博多駅を出発したひかりは暫く走ると、のぞみの仲間たちに追い越されるその屈辱的瞬間の為に、何処かの駅で3分とか5分とかをボーッとジーッと大人しく停車して待っていた。するといつもならあっという間に流れてしまう駅周辺の景色が麿子の目に入って来た。麿子はすっかり止まってしまった景色をビデオカメラのレンズから覗くようにゆっくりと角度を変えながら見回してみた。 

 ささやかだが小さな発見もある。例えば地元のお店を案内する看板。一軒だけ妙に背の高い駅前のビジネスホテル。しかしそんな1分にも満たない無声映画のような景色も直ぐに見飽きてしまうものだ。

 麿子はつまらなくなってふて腐れた子供のように窓に額を押し当て視線を下ろすと、線路の石ころなんかを気が抜けたように眺めていた。するともう一人の麿子が心の中で喋り始めた。 

『はぁ~なんかこれじゃあ、まるでローカル線じゃない? たった5分の停車なのにさぁ~何? さっきまでの超特急ぶりがウソみたいなこのノンビリムード……てか、あ~もう、たまらなく退屈だよ! でも考えてみれば乗ってる時間なんてのぞみとたった1時間チョイの違いなんだよね。なのにもう一日中列車に乗ってるみたいなこの何とも言えない気分。そんなあたしはさしずめ座席から生えたキノコってか? フン!それにしてもこの調子じゃ、京都駅に着くのは明日の朝になっちゃうよね、まったく!』
 明日の朝になる訳も無いが、列車に合わせて脳神経の一部が停止してしまったかのような麿子の頭は、自分の置かれている状況を悲劇的に妄想させていた。いや、本当は妄想することで退屈を紛らせていたのかもしれない。

 ところで、かつてのぞみが大きな顔をしてはばる前、ひかりで博多から京都まで3時間に限りなく迫ったことがあった。そんなひかりに麿子初めて乗った時には、自分もハイテクの波に乗ったような実感が一寸はあった。更なる過去の幼児という時代には、母親と夜行の寝台列車に乗り一晩かけて京都に行ったこともあったが、新幹線が博多まで開通したことによって時間が一気に短縮され、それからと言うもの、年毎に加速して行くスピードと所要時間の減少を当たり前のように受け止め、またそんなハイテクの産物を自分も当然利用出来るものと思っていた。なのに何処でどう狂ったのだろう? たかがのぞみに乗らないだけでこんなにも時代に乗り遅れた気分になるなんて……麿子の不満が再びもう一人の麿子を登場させた。

『じゃあ、奮発してのぞみに乗ればいいじゃない!? って言うのよね、皆。 だけどあたしはお金が惜しいのよ。欲しいんじゃないの。 惜しいってつまりは勿体無いってこと。例えばのぞみとひかりの差額の約5千円があれば昼時のノータイムカラオケが5回も利用出来るし、DVDだってCDだって買えるじゃない。それに引き換え、5千円多く払って目的地に1時間早く着いたところで、先着○名様プレゼントの福袋でも貰えるでもなし! それにあたしは指定席てゆーのが大嫌いなんだ! 第一、決められた場所に座るなんてよく考えたら何かおかしくない? しかも自分で好きな席を指定出来るならまだしも、JRや旅行会社の人間に指定されるんだよ? おまけに絶対と言っていいほど自分の好きな場所じゃないし、たまに、おっ、今回はいい場所か? と思って勇んで席に向かうと、すでに横には何かヘンな感じの人が座ってたりするし、さらには乗客は全員一様に同じ指定料金を払っているのに、出入り口付近の席なんてのは、人の出入りでドアが開いたり閉まったり煩いのなんのって、車両によってはトイレ臭かったりするしさ! じゃあ、車両の中頃がイイかと言うと、三人掛けの真ん中の席なんてのは両サイドの客に肘掛を全部占領されてしまった日には、しかられてションボリした子供のようにジッと小さくなって座っていなくちゃいけなかったりするのさ! それに比べて、窓側の席は好きな時に外の景色を眺めたり、自分の都合で窓のブラインドを上げ下ろしをしたり、カーテンの開け閉めが出来るってもんさ! おまけに特別料金を払ってもないのに服やバッグを掛けるフックを独占して使う上に、窓辺の僅かなスペースにジュースの缶を置いたりも出来るって訳だよね? だけどそれて、何かどっか一寸ずつ不公平なんじゃないの? と言ったところで、世の中、どんなにシステムを変更したって完全に公平なんかにはなりはしないんだよね? そんなことはわかってる! つまりはラッキーかアンラッキーかってね。 とまぁ、ナンダカンダ考えると、あたしがのぞみに乗るのにもそれなりの理由と決意がいるってことなのよ! わかる!?』

 誰に演説しているのか? 妄想が暴走していたもう一人の麿子が心中で一しきり言いたいことを吐き出すと、自分の使命をハッと思い出したかのように、麿子を乗せた新幹線ひかりがゆっくりと走り出した。
『いやぁ~ やっぱり超特急だわ! ローカル線と違って走れば速いじゃない! やれば出来るじゃない! 何かさっきまでと違ってスゴクスゴク頑張って走ってる感じが伝わって来るぅ~ でも!』
 それでも麿子は実感していた。今日を境に、のぞみ以外の新幹線というもののイメージがすっかり変わってしまったこと。最早のぞみ以外は麿子の中では別格の列車なのだということ。のぞみイコール新幹線だとすると、それ以外は新幹線とは言えない! という思いをぬぐうことが出来なくなってしまった。
『あ~ぁ、また元に戻っちゃったね。 あ~ぁ、またノンビリになっちゃったね』
 何度も何度も『あ~ぁ』と呟きながら、ひかりと共に時代に取り残されて行く自分を麿子はそっと慰めたのだった。  了


この本の内容は以上です。


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