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5月12日のおはなし「戒厳令の夜更けに 」

 えー、毎度たくさんの方にお越しいただきありがたいのでございます。いつも通りのことながら、おかしな噺をせっせとお話しさせていただきます。

 どうもね。男ってのはバカなものですな。一人ずつでも相当バカですが、五、六人寄るてえと始末に負えないバカになる。「べらぼうめ。素面で仕事なんかできるかこんちきしょうめ!」なんて啖呵切って、昼間っからみんなして飲めや歌えやわいわい騒いで、挙げ句仕事をしくじってしまう。一人になってから「朱に交われば赤くなるてえが、御酒(おしゅ)に交わっても顔にさえ出なけりゃばれねえんだけどなあ」なんて見当違いな反省をする。これはもう途方もないバカですな。

男1「あたしゃ眠気だね」
男2「眠気かい?」
男1「どうにもならないね」
男2「確かに眠気が押し寄せてきたらどうにもならねえ」
男1「帳面なんざつけてても、うとうとっと来ちまうと自分ではどうにもならない。帳面の筆の跡も途中からもう何だかよく分からないベジエ曲線になっている」
男2「なんだいそのベジエ曲線ってのは」
男1「それがもう分からない」
男2「何言ってやんでえ。おう若えの、あんた名前は何だい」
男3「留(とめ)って申します」
男2「留さんかい。あんたはどうだ」
男3「あっしですかい。あっしは、へへ、食い気だ」
男2「食い気か。食い気たあどういうことだ」
男3「夜更けンなって、そろそろ寝ようかって頃になると急に腹がぐうぐう言い出す」
男2「ははあ。あるねえそういうの」
男3「こんな時間に食っちゃいけねえとは思うんだが背に腹は代えられぬ、空きっ腹じゃ背中をつけて寝てる場合じゃなくなる」
男2「背と腹を無理矢理こじつけたね」
男3「だもんで日付の変わろうかって時間に、つい、があっとやっちまう」
男2「どんなのを食べるんだい」
男3「あつあつの素うどんに始まって」
男2「素うどんに始まって」
男3「おせんにキャラメル、ポテチにラザニアって感じかな」
男2「どうもこりゃ手当たり次第食いたい放題だね。ダメだよ。だからぶくぶくになっちゃうんだよ。若えのに締まりがなくてしょうがないねえ」
男3「あン時も家に食いもんがなくなって表に買い物に出たらつかまっちまった」
男2「こりゃどうも戒厳令様も食い気にゃ勝てねえってか」
男1「あたしもあの時に眠気さえこなけりゃ無事に逃げられたんだが」
男2「言ってやがらあ。しかしこういうのはバカバカしくていいね。憂さが晴れるってもんよ」

 牢屋に五、六人の囚人がぶちこまれ、こんな調子で話をしております。どうやら戒厳令の夜更けだというのに、表をうろうろしていてつかまった衆らしい。

男2「おう、そこの。そこのぶるぶる震えてるのは誰だい? 何ッてンだい?」
男4「捨吉と申します」
男2「捨吉っつぁんか。あんたはあるかい。抗えないアイツってのは」
男4「はいございます。怖いことを考え出すと止まりません」
男2「なんだ、饅頭こわいみたいなこと言ってやがる。どういうことだいそれは?」
男4「いまもそうです。戒厳令でつかまったら縛り首になるって噂を聞いてもうこわくてこわくて」
男2「よせやい。そういうことを考えたくねえからこうやってバカッ話してるんじゃねえか」
男4「すみません」
男2「そんなに怖いんならどうして表を歩いてた」
男4「あたしんちの表を人が通ってたので『もしもしいけませんよ。戒厳令の夜更けですよ』って声をかけたらそれがお役人でした」
男2「こりゃまた間の抜けた話だね。親切心があだになりってやつだな。で、そっちのお年寄りは」
男5「わしは源兵衛と言いますよ」
男2「源兵衛さん、ずいぶん老けて見えるが年はいくつだい」
男5「そろそろ百になる」
男2「ひゃ、百? そりゃ取りも取ったもんだねえ。歳もそこまで取るとあらかた取り尽くしてしまいそうなもんだが、源兵衛さんはあるかい、そういうの、抗えないの」
男5「あるとも。わしもそのせいでつかまった」
男2「ハハア、源兵衛さんのアイツは何だい?」
男5「夜更けンなって、そろそろ寝ようかって頃になると」
男2「何か聞いたような話だね」
男5「無性におなごが欲しくなる」
男2「たはあ。こりゃあどえらい百歳だ。で、どうする」
男5「夜の闇にまぎれておなごを物色する」
男2「夜の闇に紛れたって紛れっぱなしじゃどうにもなるめえ。それで何とかなるのか」
男5「何とかなる。一人は抱ける。多い時は五、六人は抱ける」
男2「ホントかい? そんな時間におなごがうろうろしているとも思えねえが」
男5「夜這いじゃよ。夜目遠目傘のうちとは良く言ったもので、あれはおなごの話だけじゃない。向こうもこっちがこんな年寄りとは分からない」
男2「いやこりゃとんでもねえ年寄りがあったもんだ。道理でおいらの出番がなかなかねえわけだ。そっちのふさぎ込んでるのは、お、松っつぁんじゃねえか。おめえはないか」
男6「ふーっ、ふーっ」
男2「おうどうした、気分でも悪いか」
男6「……してえ」
男2「何? 何だって?」
男6「……ろしてえ」
男2「おう、みんな見てくれよ。松っつぁんのやつ、もう早速抗えないアイツと戦ってるよ。なあみんなで聞いてやるから言っちまいな。おめえのは食欲かい、性欲かい」
男6「殺してえ。人を殺してえ」
男2「うわっ。よせやい。そういうのは他所でやっとくれ。でなけりゃあ牢屋の中がジェノサイド、血の海になっちまわあ」

 なんてんで、わあわあ騒いでおりますところへ役人がやってきます。

役人「口をつぐめ、うるさいぞ」
男7「へい。ちょっと待っておくんなせえ。ねえ旦那、さっきからあんたみんなに聞いて回ってばかりいるが、あんたはどうないんだい?」
男2「よしな。おれが話すと百番目。百物語になっちまう」
男7「いいじゃねえか、あんたの抗えないアイツは何なんだい?」
男2「おいらかい? おいらの抗えないアイツは、いまそこに来たところだ」
役人「全員表に出ろ」
男7「お役人さんかい?」
男2「いやその後ろにいるんだ。こう、鎌を持った髑髏(どくろ)みたいのが」
役人「時間がないから急げ」
男7「お役人しか見えねえが」
男2「あ、いまお役人の中に入った」
役人「朝までに全員処刑だ」

『戒厳令の夜更けに』というお話しでございます。

(「抗えないアイツ」ordered by atohchie-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

新作スタート。お題募集中。

2011年10月1日。
Sudden Fiction Projectの新作発表が始まりました。

1日1篇ペースをめざしていますが、これはどうなるかわかりません。
毎日、その日のお題を見て、いきなり書き始めていきなり書き終わる。
即興的に書くSudden Fictionをこれからお楽しみください。

お題募集中です。
急募!お題」のコメント欄で受け付けています。
どなたでも気軽にご注文ください。初めての人、大歓迎です。

(お題の管理上、TwitterやFacebookでは見逃しがちなので、
 どうか上記コメント欄をご利用ください)

それではこれからしばらく新作のシーズンをお楽しみください。

※発表済みの作品をご覧になりたい方は
 をご活用ください。

奥付



戒厳令の夜更けに


http://p.booklog.jp/book/35682


著者 : hirotakashina
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/hirotakashina/profile


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公開中のSudden Fiction Project作品一覧

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運営会社:株式会社paperboy&co.



この本の内容は以上です。


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