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知事の父親の墓参り

「いわゆる同和地区で育ってきた。都道府県の知事のなかで同和問題について一番知り尽くしていると自負している。みなさんの協力をいただきながら、できる限り解決していきたい」(解放新聞中央版2008年9月15日)
 2008年8月7日に部落解放同盟大阪府連合会と橋下《はしもと》徹《とおる》大阪府知事との政策懇談会で橋下氏が語った言葉である。ここでいう同和地区とは、橋下氏が小学校高学年から高校までを過ごした飛鳥《あすか》地区(大阪市東淀川区|東中島《ひがしなかじま》3丁目)とされる。
 しかし、橋下氏のルーツを調べると別の同和地区の名前も浮上する。それが安中《やすなか》地区(八尾市安中町、南本町《みなみほんまち》のそれぞれ一部)だ。「平成日本タブー大全2008」(宝島社)によれば、橋下氏は2008年の大阪府知事選の時、八尾市内での街頭演説で「私は安中に住んでいました」と語っていたということである。また、「G2」(講談社)に連載された「同和と橋下徹」(森《もり》功《いさお》)によれば、橋本氏の父親の墓が安中地区の市営墓地にあるとされる。すると、これは当然現場に行って確認しない手はないだろう。
 筆者は台風が接近する中、新大阪駅に降り立った。大阪の玄関とも言える新大阪駅の周囲が同和地区であることは知る人ぞ知る話である。ここには日之出《ひので》(東淀川区西|淡路《あわじ》、淡路、東中島のそれぞれ一部)、南方《みなみかた》(東淀川区東中島2丁目)、そして飛鳥の3地区が隣接している。飛鳥地区は阪急|崇禅寺《そうぜんじ》駅の正面にあるのだが、新大阪から徒歩で十分行ける距離にある。さっそく散策してみたのだが、暴風雨を警戒してか、どこの商店もシャッターが下りていて、市の施設も閉まっている。これでは取材にならないので、諦めて八尾市へ向かった。
 同和問題に関心のある読者であれば、飛鳥地区と言えば飛鳥会事件、安中地区と言えば丸尾《まるお》事件を思い浮かべるであろう。いずれも部落解放同盟の支部幹部が同和行政を食い物にした事件で、前者は横領と詐欺、後者は恐喝と強要だ。大阪の部落解放運動に衝撃を与えた2つの大きな事件の舞台と橋下氏のルーツが重なっていることは、偶然とは言え皮肉なことである。
 安中地区はJR関西本線八尾駅のすぐ東側にある。新大阪駅の近くにある飛鳥地区ほどではないが、こちらも立地としてはかなりいい場所だ。「大阪の同和事業と解放運動」(解放出版社)によれば旧名は「八尾座《やおざ》」、1958年当時の世帯数は61、人口は248と比較的小さな地区であったことが分かる。主な産業は「ニカワ業」「日雇」とある。「安中地区」と言っても、八尾市安中町の全体が同和地区というわけではなく、実際は安中町と南本町が接している部分の一部の地域である。
 取材の下準備として図書館で昔の電話帳を調べてみたところ、確かに南本町と安中町の境界付近に「橋下《はしした》」という姓の人物が住んでいる。そして、なぜか住所が2つ記載されており、そのうち1つは市営住宅のある場所である。おそらく何らかの理由で同一の名義で家を持ちつつ市営住宅を借りていたのだろう。かつては同和地区の市営住宅と言えば、いわゆる「属地・属人」だけが入居できる仕組みであったことから、この「橋下《はしした》氏」が「同和関係者」であることは、ほぼ間違いないのであろう。
 早速「橋下《はしした》氏」の住所がある場所に行ってみたが、表札を見る限りそれらしい家は見当たらなかった。近所の住民にも聞いてみたが、橋下という家は知らないという。おそらくかなり前に引っ越してしまったのだろう。
 次に、橋下氏の父親の墓があるとされる八尾市立安中墓地を訪れた。墓地は関西本線近くの工場と市の水道施設に囲まれた一角にある。これも同和対策事業により作られた墓地だという。コンクリートブロックの塀に囲まれているので道端から中を見ることはできないのだが、塀の一部が途切れていて自由に入れるようになっていたので、早速中に入ってみた。本当にここに橋下氏の墓があるのか半信半疑で探してみると、あっけなく見つけることができた。周囲の墓よりも小さめであるが、真新しい灯篭《とうろう》があり、新しい花が供えられていたので、すぐにそれと分かった。墓には「俗名《ぞくみょう》 豊太郎 さな」と刻まれており、おそらく豊太郎の方が橋下氏の父親のことなのであろう。筆者は手を合わせ、しばし思いにふけった。

八尾市立安中墓地の一角にある橋下家の墓。ごく最近にも誰かが墓参りに来た形跡が残る。

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ずさんだった県連と人権センターの情報管理体制

 全ては2009年12月14日に鳥取ループに書きこまれた、次の3行のコメントに端を発する。

あるところにはあるようですよ。
地名○○
http://www1.axfc.net/uploader/Sc/so/63907.txt

 書きこまれたアドレスにアクセスすると、“部落解放同盟滋賀県連合会末広支部会員名簿.txt”というファイルが置かれており、その中身はタイトル通り部落解放同盟滋賀県連合会末広支部の141人分の名簿だった。ファイルが置かれていたサイトは、掲示板などでデータをやりとりするためにいわゆる「アップローダー」で、数日経つとファイルは消えてしまう。
 その後、不定期的に同様の方法で名簿がアップロードされ、先の末広の他、住吉《すみよし》、虎姫《とらひめ》、川尻《かわじり》、橋岡《はしおか》、長寺《おさでら》、甲西《こうせい》、十里《じゅうり》、長塚《ながつか》、山川原《やまがわら》、川久保《かわくぼ》、長浜の合計12支部、913人分の名簿が順にインターネットに流出した。「部落解放同盟滋賀県連合会会員名簿流出問題まとめブログ」というブログも作られ、それによれば県連55支部の支部名の一覧が名簿を流出させたと思われる人物からメールで送られてきたという。この経過は拙著「同和はタブーではない」(書籍版は「部落ってどこ? 部落民ってだれ?」)で既に書いたとおりである。
 なぜ県連支部の名簿が流出したのか、長らくはっきりしなかったのだが、我々はここにきてようやくその全貌《ぜんぼう》を突き止めるに至った。結論から言えば、おおよそ「犯行声明」の通りである。具体的には、2010年1月27日に愛荘町《あいしょうちょう》3地区(長塚、山川原、川久保)の支部名簿がアップロードされたときに、一緒に添付されていた以下のメッセージに凝縮されている(原文ママ)。

ずさんな名簿管理で部落差別を拡大させ、自らの責任を自らで問えない者が、部落差別解決に向けた取り組みを行おうという行為がすでにエセ同和行為である。

部落解放同盟滋賀県連合会は自分達でない他者の行いを、数々の糾弾という行為でねじ伏せ自分達に有利に物事を動かすことが部落差別を生んでいる事に気が付くべきである。

貴方たちは勝ち取ってきたのではなく。奪ってきたのである。

同様に、東近江市に対しても部落解放同盟滋賀県連合会は糾弾という暴力的な行為を愛荘町を従わせ行った。そして部落解放同盟滋賀県連合会の自己利益のみを追求したばかりに東近江市民や愛荘町民に対し、また部落解放同盟滋賀県連合会に対し部落差別という溝を作った。

滋賀県に部落差別が存在するから部落解放同盟滋賀県連合会を存在させる必要はない。
もし部落差別解放のために部落解放同盟滋賀県連合会が存在することが必然ならば、ずさんな名簿管理により55支部の会員名簿を無線LANで公共の電波ごとく流し公開していた部落解放同盟滋賀県連合会は部落差別の元凶であり部落差別を拡大させている原因だ。

「部落解放同盟滋賀県連合会による愛荘町内の支部員名簿流出事件真相報告集会」を開くことは東近江市・愛荘町にとってラストチャンスかもしれない。

もし、現在の部落解放同盟滋賀県連合会が部落解放に向けた行為を行っているというのであれば、私が行っている行為も部落解放に向けた行為であり、それは部落解放同盟滋賀県連合会の名簿管理体制について糾弾することである。

「無線LANで公共の電波ごとく流し公開していた」という部分に注目してほしい。県連が問題の名簿を無線LANによりアクセスできる状態にしていたことは事実である。その前兆が、2009年4月の滋賀県人権センターの職員名簿24人分が流出したとされる事件である。2009年8月1日の毎日新聞は次のとおり報じている。

個人情報:職員名簿ネットに流出 県人権センター、24人分 /滋賀

 財団法人「県人権センター」(大津市におの浜)の職員名簿が4月にインターネット掲示板「2ちゃんねる」上に流出していたことが31日、分かった。本来の名簿にはない職員の個人情報が書き加えられていることから、同センターは県警生活環境課に相談するなど原因を調査。同課はリンク先のサイト管理者に削除を要請し、閲覧できないようにした。
 同センターによると、流出したのは3月末ごろに作られた08年度の職員24人の名前や住所、役職の名簿。同掲示板では、部落解放同盟の活動に批判的なスレッド(投稿の集まり)の中にリンク先のアドレスが書き込まれれていた。
 住所は黒塗りにされていたが、名前や肩書は実名のまま。備考欄が設けられ、
部落解放同盟の幹部を務める一部職員の具体的な肩書が記されていた。
 4月7日に掲示板を見た職員が発見。同センターは名簿作成直後の4月2日昼から数時間、共有サーバーに保存した流出分を含む各種データが消えるトラブルが起きたが、調査の結果、ウイルス感染の可能性は低く、職員のファイル交換ソフトの利用もなかった。
 同課もセンターへのアクセス記録を解析するなどして、流出の経緯を調べている。

 この点について当時の経緯を知る複数の関係者に取材したところ、経緯はおおよそ記事の通りである。しかし、決定的に欠落している部分がある。それは、名簿が置かれた共有サーバーに無線LANによりアクセスできる状態になっていたことだ。県連のある幹部は「その可能性はある」と、無線LANによる侵入が可能な状態であったことを認めた。このとき無線LANには一応パスワードがかけられていたようで、仮に無線LANのパスワードを破って、さらに共有サーバーのデータを取得して元のサーバー上から削除したのであれば、これは完全な不正アクセスだ。ただ、無線LANのパスワードを解除する方法は、当時から雑誌やインターネットで紹介されており、ツールも比較的簡単に入手できることから、高度な技術がなくてもやろうと思えばできないことではない。当時は人権センターと県連が入居している「解放県民センター光荘《ひかりそう》」の会議室を度々共産党が借りていたことから、“県連と対立する共産党の仕業だ”といった声もささやかれる。
 無線LANを使っていたということは、外部の人間が不正アクセス可能だったということだけではなく、また別の意味合いもある。無線LANの電波は状況によっては100メートルくらい届くので、光荘2階にある県連事務所から1階の人権センターの無線LANに接続できたはずだ。しかも、人権センターの職員に県連のメンバーが含まれていることは周知の事実である。取材の過程で関係者から「人権センターと県連は別組織なので、人権センターから漏れることはあり得ない」という証言があったのだが、この説明は崩れる。実質的には人権センターのデータが県連と共有されていたのである。後に述べるように、県連事務所もまた無線LANを使用していた。設備の面でも、人的な面でも、双方向でデータが共有された状態になっていたのだ。
 光荘にはもう1つの組織、滋賀部落解放企業連合会(企連)がある。県連も企連の関係は、人権センターと県連の関係よりも密接である。前述した県連事務所の無線LANの目的は、県連と企連がデータを共有するためだったという。「犯行声明」にある無線LANというのは、このことと考えられ、パスワードはかけられていなかった。当時を知る複数の関係者に取材したところ、この点については否定しなかった。ある幹部も、無線LANが流出源である可能性を認め、パスワードをかけていなかったことについては調査中としながらも、否定はしていない。また、名簿流出の直接の原因である可能性は低いが、職員がファイル交換ソフトを使っていたり、県連の備品のノートパソコンを私物化して自宅に持ち帰っていた幹部がいたりしたという証言もある。
 つまり、人権センターの情報管理には問題があり、県連に関してははっきり言ってお粗末だった。そして、両者が情報を共有していたため、人権センターの情報管理さえも無意味化していたと言えるだろう。

相次ぐ内部情報流出の舞台となった「解放県民センター光荘」(グーグルストリートビューより)。

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