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夢の大通りを左折すると急に細い路地になっていた。
路地は少しだけ蛇行しているせいか、歩いていると何処まで続くのかと、ふと不安になった。
その時だった。
不安を影絵にして照らし出すかのように走馬灯が目に入った。
「走馬灯か……珍しいな」
しばらく走馬灯を眺めていると、建物の中から声が聞こえて来た。
「どうぞお入りやす」
何かの店なのか、優し気な声に引き寄せられるように木戸を引いてみたが動かない。
「ほほほ、お客はん、その戸は引くんじゃなくて押すんどすえ~」
ハッとして戸を慌てて押すと、今度は木戸がバタンと音を立てて倒れてしまった。
『しまった、壊してしまったか』
そう思った瞬間、再び声がした。
「木戸の上を歩いて目の前の階段を上がっておいでやす」
「階段?」
見ると木戸に続いて木の階段があった。
階段は丁度木戸の幅程しかなく、人が一人やっと通れるくらいだ。
『一体この階段の上には何が待っているのだろう?』
一段一段昇って行くうちに、不安心から好奇心に変わって行った。

階段は最後の三段で急に迂回して暖簾の前で終わっていた。
部屋の入口には扉は無く、足元まで垂れている暖簾は七色の暈し染めになっている。
『七色か…… 綺麗だ……』
暖簾を眺めていると、また声がした。
「七色に見えはりますか? ほほほ、さすが色男どすな~ ま、それはさておき、暖簾は眺めるものじゃなくて、くぐるものどすえ」
何となく語気が今までになく強く感じられたせいか、思わず暖簾をくぐり中へ入って行った。
「カラクリ屋へようこそおいでやす。色々と揃っておりますえ~」
そう言いながら声の主がやっと姿を見せたが、声と話しぶりから女性だと思っていたのに、なんと中年の男性だった。
それにしても、何が揃っているのかと店の中を見回すが、さまざまな柄の洋服が所狭しとぶら下がっているだけで、他に珍しい物も見当たらない。
それに洋服のどれもが何となく古びて感じるのは店の薄暗い雰囲気のせいだろうか。
『え? 待てよ……今は一体何時代だったっけ?』
そんな疑問が沸いてくるような感覚が、好奇心から少しずつ恐怖心に変わりつつあった。
ところがそんな内なる心の不安を見透かしたように店主が言葉を継いだ。
「どうどす? 一着、お試しに着てみいしまへんか?」
確かに色彩豊かな柄物の洋服は、女性なら一度は袖を通してみたいと思うだろう。
しかし私は男だ。
女性の洋服なんて着る趣味は無い……筈だったが、差し出された洋服に触れた途端、妙に着てみたい気分になった。
「……じゃ、じゃあ、着てみるかな……」
案内された試着室から出ると、一人用のゆったりとしたソファーが用意されていた。
「そのままで、どうぞお掛けやす」
店主に言われるままにソファーに座った途端、睡魔が襲ってきた。
「そうどす? ゆっくりと目をおつぶりやす。段々と見えてきますえ~」

店主に言われるまでもなく、重たくなった瞼が降りて来て目の前が真っ暗になった。
刹那、何かの映像が目の前を駆け抜け始めた。
それはまさしく走馬灯を見ているような映像だ。
しかし初めのシーンに見覚えは無かった。
ところが途中から映像の中の女性の姿に見覚えがあるぞ、と思えてきた。
そして記憶にあるさまざまなシーン。
『あれは……レイコ? そうだ、レイコだ!』
「見えました? では次はこれを着てみておくれやすな」
ハッとして目を開けると、初めに着た服はすでに吊り下げられ、店主が他の洋服を手に持って試着室の前で待っていた。
「い、いや、わたしはもう……」
「そういわんと、もう一枚着てみよし!」
店主の強い口調に一瞬金縛りにあった気がして怖くなり、もう一枚だけ着てみることを承諾した。
ところが今度も同じような現象が現れた。
『……カオリ? 今度はカオリだ』
「見えたようどすな~ ほな次は……」
「いえ、もう結構です。私はこれで失礼します」
私には次の洋服を着たらサヤカだと直感出来た。
つまりレイコもカオリもかつて私が付き合った女性だ。
順番からすると、多分次はサヤカ。
「遠慮せんと、どんどん着てみよし。まだまだ沢山ぶら下がってますえ~」
『私が付き合ってきた中で記憶にある女性の数は8人。いや10人は超えていたかもしれない』
しかしココにぶら下がっている洋服の数は裕に30着は越えている。
『まさかこれからもこれだけの女性と付き合うことになっているのか?』
急に背筋が寒くなり、慌てて暖簾をくぐると転げるように階段を降りて行った。

ところが降りても降りても階段には終わりが無い。
何処までも何処までも続いて行く階段。
革靴の底が木の階段に響いてこだまし続ける。
そして遂には足が絡まり、身体が一回転してしまった。
「うわっ!」
それからも加速しながらし転がり続ける身体は完全に毬と化した。
『毬…… マリ? マリは昨日別れたばかりの女だ。やめてくれ~~~』
狂ったように叫びながら転げ落ちて行く。
私はとうとう気を失いかけた。
と、その時、やっと木戸にドーンと体当たりして脱出できたのかどうか?
そこは夢の大通りのど真ん中で、いつの間に歩行者天国になっていたのか、大勢の人間たちが丸まった私を取り囲み、珍しそうに見降ろしていた。 了


この本の内容は以上です。


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