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 灰色の街。
 灰色の風。
 灰色の道。

 灰色の、人。

 それがまるで墓地みたいだと、私は常々、そう思っていた。
「――でね、……って、聞いてる?」
「いや」
 友人に話し掛けられて、私は正直に肩を竦める。そんな私の態度に慣れ切っている気の良い友人は、呆れたように一つ、溜め息を吐いただけだった。
 私の通う学校からは、とある建造物が随分と近くに見える。
 並んで歩いている私達の横を、大型のトラックが、黒い排気ガスを撒き散らしながら通り過ぎて行った。それを見送って、私はつい顔を顰める。あれは、条例やら何やらに引っ掛からないのだろうか。
「あぁ、見付かったらアウトだねぇアレ」
 そんな私の思考を読んだのだろう、友人が肩を竦めて笑った。皮肉な口調は、私がこの友人を気に入っている要素の一つだ。
「そうか、そうか。それはつくづくおめでたい」
 そう、微笑して見せた。
 友人の顔から視線を戻すと、道の両脇には灰色の箱が並んでいる。私が進む道は、灰色に支配されている。
 灰色の街。
 灰色の風。
 灰色の道。
 灰色の箱。
 灰色の世界!
「素晴らしい!」
 私はつい嬉しくなって、気付いたら、そう叫んでいた。横できょとんとしている友人ににっこりと笑い掛ける。
「帰りにケーキでも食べに行こうか。駅二つ先に、好きな店があるんだ」
 世界は素晴らしい。私は本気で、そう考えていた。
 今までの人生、ずっとそう考えて生きて来たし、多分これからもその考えは変わらないだろう。その確信が、私の中には確かにあった。
「今月厳しいとか言ってなかったっけ?」
「人生には楽しみが必要だよ」
「……食費は?」
「愛しているよ、親友」
「結局私頼りか!」
 心底可笑しそうに、友人は呵々と笑った。それから指の腹で眦を拭って――涙を滲ませる程面白かったのだろうか――、鷹揚に頷く。
「うん、うん。確かに、楽しみは必要だよな」
「その通り。畢竟、人間とは小さな生き物だから」
「所詮、その程度が生きる理由には相応しい――ね」
「是」
 彼女には言わなかったが、私が生きるにはもう一つ理由があった。
 自身よりも両親よりも世界よりも、友という存在を私は信じているし愛している。
 この足元からは、道が続いている。
 灰色へと至る道が。
 死に至る病。
「なぁ、友人。簡単な事実がある」
「何かな、友人?」
「絶望には果てが無い」
 楽しくなって、私はステップを踏むように、足を軽く動かした。
「私という存在との友情は、君が生きる理由にはならないだろうか?」
 友人は、喉の奥で笑ったようだった。
「十分だね、親友」
 灰色を眺める。
「連想は?」
 灰色を眺める。
「墓、かな」
「上等」
 私は灰色を見渡した。墓と称された建造物。ならばこの街に生き、この街で働き、この街を守るのは。
「墓守か! うん、良いね」
 墓守が動いている。墓守と墓守と墓守が、動き回っている。
「――で、さっきは何の話だったかな?」
「え、今更?」
 面食らった顔の友人に頷く。それでも彼女は、苦笑して見せた。
「だから、アレの高さ。ここの地名に由来してるんだって」
「へぇ……」
 アレか。
 実は、アレは、色々な所から見る事が出来るのだと、私はつい最近、知った。学校からも、こうして歩いている道からも、ずっと使い続けている通学の為の電車の中からも、それどころか家から、すら。
「私がアレを知ったのは、つい一箇月前なのだが」
「有り得ない……。何年前から話題になってると思ってんの! 昭和の人か君は!」
 こういう所は、私と友人との違いである。
 心底呆れ果てている彼女に、私は肩を竦めた。
「そんな人間もいるだろうよ」
「眼の前にね」
 さらりと吐かれた毒には気付かないフリで、私はソレに視線を向けた。
 空の木、というらしい。
 世界樹でも、造る心算なのだろうか、人間は。
 首を傾ける。
「……崩されなければ、良いけどね」
 誰かに向けて、そう呟いた。

この本の内容は以上です。


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