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 それは、穏やかな、昼下がりのこと。
 



 父が目の前で刺された。
 何が起きたのかわからない。
 父が、目の前で刺された。
 何が起きたのかは、わからない。
 確かここは日曜日。時間は街の大通り。私は中学2年生。
 誰かが騒いでる。逃げろとか、救急車とか、警察とか、血が、危ない、逃げろ、誰か。

「お父さん?」

 声が出た。いやにハッキリと聞こえた。ここに私はいたのだ。
 うずくまる父。
 明日は母の誕生日。
 プレゼントはどうするの?

「お父さん?」

 匂いがする。
 肉の匂い。お魚の匂い。違う。これは。
 怪我の臭い。
 ……気分が悪くなる臭い。

「お父さん」

 誰かが、誰かを、何か叫んでいて。それはまるで、映画のような叫び。
 どうしてこんなにも父はうずくまって、芋虫のように、そして私を見ているのか。

「いやだ」

 そう。そうだ。いやだ。こんなのいやだ。
 だって、当たり前だ。理不尽だ。ひどすぎる。どうして。何で。何もしてないのに。ただ歩いていただけなのに。さっきまで笑っていたのに。なんで。なんで。
 空は晴れてるし、ここは街の中。素敵な日曜日だ。仲のよい親子だ。幸せなんだ。

「ゃだッ!!!!」

 誰か止めて。血を、時間を。変えて。無くして。誰か。
 お父さんが。お父さんが、お父さんが。お父さんが――。

  

囁き












「僕が君の力になってあげられるよ」

















「お誕生日、おめでとー!!」

 クラッカーがはじけて、部屋に色とりどりの紙が舞う。
 後で掃除が大変、なんて今日は言わせない。
 お母さんの笑顔。お父さんの笑顔。私の笑顔。
 素敵なケーキと、素敵なご馳走。私の後ろには、素敵なプレゼント。
 最高の1日。
 最高のパーティー。

「あやめ。あなた。本当にありがとう。私幸せです」
「やったな、あやめ」
「うん!」

 そうここには。血の臭いなんてないの。
 そう、この時間には幸せしかない。
 お母さんとお父さんがいる。私もいる。もうすぐ生まれる新しい家族も。
 素敵でしょう?

「素敵だね。あやめ」
(……うん)

 私の肩の上にいる奇妙な動物。
 キュゥべぇは、口を開かずに祝福を発した。


 今日は母の誕生日。そして。
 
 魔法少女。高森あやめの、誕生日だ。









「あやめ。それじゃあもう一度確認するよ」


 君の祈りはエントロピーを凌駕した。
 君は、あの日起きた出来事を改竄するという願いを叶えた。
 その代わり君は、そのソウルジェムを手にした。

 君の手の中で銀色に輝くそのソウルジェムは、君の祈りの結晶だ。

 あやめ。君は願いを叶えた代わりに、魔法少女として魔女と戦わなければならない。
 魔女とは何か。
 君達魔法少女が祈りを象徴する存在なのと反し、魔女は絶望を世界に撒き散らす存在だ。
 僕は君に、魔法少女としてその魔女を狩って欲しい。

 大丈夫。
 魔女は確かに恐ろしい存在だ。だが、魔法少女はそれを狩る確かな力を持っている。
 それに、今もこの世界では君と同じように魔女と戦っている魔法少女達がいるんだ。
 君一人が魔女全てと戦うわけじゃあない。

 僕はしばらく君の側にいようと思う。
 感謝する必要なんてない。
 それが僕の役目なんだから。

 さぁ、早速魔女を狩りに行こうか。
 
 ……こんな遅い時間に外に出て大丈夫かって?
 なるほどね。明日の学校が心配だと。
 大丈夫だよ、あやめ。君は魔法少女なんだ。
 疲れを気にする必要なんてない。そういう力を得たんだから。

 僕が一緒にいるから安心して。


 ――初めてが怖いのは、どの魔法少女も同じさ。







 私は、漫画もアニメもそれなりに好きだ。
 変身する可愛いヒロインに憧れた時期だって当然ある。
 
 だから。
 お父さんをお父さんのままでいさせるために、契約することなんて。
 戦う運命なんて。
 全然怖くなんかなかった。


「あやめ! 魔女がこっちを見ている! 君の力を形にするんだ!!」


 可愛らしい声が、可愛らしくない叫びをあげている。
 それが私に向けられたものだと、気づいたとき。
 目の前の光景がリアルだと、そしてリアルじゃないリアルだと、気づいた。

 蠢く目。蠢く手。無数の視線。無数の指。
 私たちと『何か』を一枚隔てた世界に生きている、化け物。
 不気味で、気持ち悪くて、グロテスクで、どこまでもカラフルで。
 何か食べてるし。
 何か、見覚えのあるものがぶら下がっているし。
 あれはどう見ても――

「あやめ!!」

 身体が意図せずぐわんと大きく揺れる。
 直後、おなかの辺りで熱い何かが走り、更に押し寄せてくる。
 痛み――。

「――――ッ!?」

 息ができない。
 苦しい。痛い。痛い。助けて。

「落ち着いて! ただ突き飛ばされただけだ! 早く立って体勢を立て直さないと次が来る!!」

 突き飛ばされただけ?
 突き飛ばされただけってどういうこと?
 痛いよ。そんなこと言ってる暇ない。

 ――影が私に落ちる。

「あやめ!!」

 痛い。痛い。痛い。
 痛いけど、痛いから。
 
 死にたく、ない――。


 そう思った瞬間、ふっと痛みがおなかから消えた。
 上から落ちてくる無数の腕の塊。
 「潰される」と思って、私は慌てて立ち上がった。
 立ち上がったつもりだったが、どういうわけか地面を吹き飛ばして跳んでいた。

 眼下に、化け物とキュゥべぇが見える。
 
(あやめ、わかったかい。今の君の身体能力は常人を大きく上回っているんだ)

 キュゥべぇの声が聞こえる。
 そうだ。私は魔法少女。
 戦えるんだ。
 変身した私。強い私。戦える私。
 祈りを護る私!!

(あやめ! 君の力を、武器を出すんだ!)

 ――武器。
 出せる。今の私なら。
 あの化け物を倒す武器を。
 右手に確かな感触。見ると、何時の間にかそこには、確か薙刀と呼ばれる武器が存在していた。
 重力に従って地に降り立ち、棒切れのように軽い薙刀を両手で握る。
 化け物が、こっちを見た。でももう怖くない。
 だって私は魔法少女なんだから――!!

「怖くなんかない!!」

 薙刀を振るうと、それに合わせ薙刀の刃が伸び、化け物の身体に入ってく感触がした。
 このまま振り切ろうとしたが、骨のようなかたいものに当たり、いくら力を入れてもそれ以上進まなくなる。
 化け物がこちらへ刃を入れたまま近づいてくる。

「く、るなぁっ!!」

 無理やり刃を引き抜いて、もう一度振り下ろす。化け物の肉を裂くが、また途中で止まる。
 引き抜く。下ろす。止まる。引き抜く。下ろす。止まる。引き抜く。下ろす。止まる。下ろす。下ろす下ろす下ろす。
 破壊する。
 挽肉。


「あやめ」

 はっ、と。
 何時の間にか足元にキュゥべぇがいた。

「もう、倒したよ」

 見ると私の身体も、私の武器も、すべて血に塗れていて。
 目の前にもうあの化け物はいなくて。
 代わりに小さな小さな黒い宝石のようなものがあって。

「君の初討伐は成功したんだ。お疲れ様。頑張ったね!」

 視界が揺らめく。
 夜の街の風景が取り戻される。
 深夜の静けさ。

 私は、座り込んでしまった。
 そして、静かに。
 ご馳走を地面にぶちまけた。



 


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