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― その1 ―  時代の流れ

 この国は『日出づる国』と呼ばれてきた。
 漢語では太陽の出(いず)るところという意味で表記は『日本』、大化の改新後に百済(くだら)の使者へと与えた詔勅(しょうちょく)にもそう使われていた。
 日本の君主が天皇であることはこの国の誰もが認めており、日本が神の国であるという事は幕府の官学も認めていたのである。その崇敬心が人々の根底に脈々と流れてきた歴史があった。
 しかし現実は藩という括りの中で藩主に忠誠を誓って生き長らえていたのであり、そして藩主達は将軍・徳川家に忠誠を示して日本国は成り立っていたのである。
 つまり天皇家が永遠の国王と認められていながらも、戦(いくさ)に勝利した仮初めの覇王・徳川家に跪(ひざまず)いているのである。
 だが覇者に永遠はない。
 それを凌ぐ者が現れれば、忽ち石もて追われる身なのだ。

 

 そして今、時代は大転換の時、
 異国人が押し寄せて来る時代に突入したのである。
 鎖国の終焉(しゅうえん)である。
 それは覇王の終焉が始まった事を顕し、覇王を見限って、人々が再び天皇の下へと戻っていく流れが始まった事を示していたのであった。

 

 「日本には侍が居(お)るぜよ」
 竜馬はそう豪語していた。
 嘉永七年(1854年)六月、江戸から土佐への帰り旅の最中(さなか)、箱根に向かう上りの坂道での事だった。
 途中、足を挫(くじ)いた老人を見掛け、半ば強引に背負っていたのである。
 品のよい商家の隠居のようであった。
 老人は武士の気紛れと分かっているから頻(しき)りに断ったが、竜馬は聞き入れようとはしない。故郷で首を長くして待ってくれているであろう父を思い出し、四苦八苦している老人を見過ごせなかったのである。
 だが、竜馬が、
 「日本は侍が護る!」
 と口にしたのを切欠にして、同調した老人が攘夷(じょうい)を訴え始めた。
 「御武家様、異人に日本を好き勝手させんで下さい」
 「無論じゃ、心配はいらんぜよ」
 竜馬は自信ありげにそう応える。
 「・・・噂では、異人は蹄(ひづめ)のある獣人(けものびと)だと言うではありませんか」
 老人はこの国の伝統を愛しているのだ。その穢(けが)れなき空気の中で最期まで生きていたいのであろう。
 「この孫娘にも穏やかな人生を送らせてやりたいのです」
 老人は連れていた十歳くらいの孫娘を見てそう言った。
 「武士が命を賭けて戦うがやきに心配はいらん!」
 と竜馬は再び豪語する。
 だが、本音は別だ。
 (あの巨大な黒船に太刀打ち出来る船(もの)はこの日本には無い。即(すなわ)ち戦(いくさ)になれば日本に勝ち目は無いぜよ)
 それを知ったのだ。
 それが最大の江戸土産なのであった。


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― その2 ―  利他の心

 竜馬は腰の刀を孫娘に預けていた。
 「刀はお侍の命、傷を付けんよう気いつけよ」
 老人は孫娘を気遣った。
 竜馬は侍と呼ばれて、少しこそばゆかった。土佐でお侍といえば上士の事を指し、郷士以下の下士は侍とは呼ばれないからである。
 「構ん、構ん。気にせんでえいき」
 呆気羅漢(あっけらかん)として竜馬はそう応えた。背中の重さに父親のような温もりを感じ、そして知らず知らずのうちに江戸の話しや黒船の話しをしてしまう。褌(ふんどし)の話から千葉道場の娘・佐那(さな)への思いも口から出てくる。
 すると当初は恐縮していた老人も気さくな若侍に対して、好意を抱き始めた。
 「・・・御国はどちらで?」
 「土佐ぜよ。・・・良(え)いところじゃぞ。おらん家(く)の池には鯨が泳ぎゆうがやきに」
 孫娘が笑った。
 「その御国言葉には聞き覚えが御座います。・・・お殿様は確か、山内様」
 それを老人は知っていた。
 「うん、豊信公ぜよ。忍堂と名乗っておるらしいがのう、はははは」
 「何と、なにゆえに忍堂などと」
 「土佐では殿様になった途端、次々に皆死んでしまったがよ。そこで親戚筋の豊信公が担ぎ出された訳だが、何分(なにぶん)肩身が狭い。・・・だから忍んで忍んで忍堂じゃと」
 その後、山内豊信は水戸藩の藤田東湖の助言によって、忍堂から容堂へと号を改めるのであるが。
 ケラケラと笑う様を見て、老人も可笑しかった。
 「貴方様は人の心に花を咲かせるような不思議な御侍ですな」
 「そうか? わし、花を咲かしちゅうか。あははははは・・・」
 そう言って竜馬は子供のように破顔する。
 でも老人は見抜いていた、
 (このお侍は権力者を嫌っておる)

 

 竜馬の心根にある優しさは何処から来るのだろうか。
 人生が背負う重荷を知っているからなのか。それとも彼の記憶の断片に、母を失った辛さ悲しさがこびり付いているからであろうか。
 はっきりしているのは、竜馬は生まれながらにして利他(りた)の心を持ち合わせている事である。
 利他(りた)の心。
 本来生物は本能的に利己(りこ)を優先するから、それを道徳心で利他へと導くのが教育であり、宗教なのだ。仏教もキリスト教も死後の救いという概念をもって人々を善に導こうとするが、人は天の顔色を窺いながら善行を重ねるに過ぎない。
 だが竜馬は違う。
 自我の目覚める前から本能的に善を求め、利他のために振舞う人間なのだ。
 それは明智秀満の崇高な意識を受け継いでいるからなのだろうか。それとも竜馬に宿った織田信長の魂が前世を詫びているからなのであろうか。


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奥付



竜馬外伝i‐13 帰郷の章


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著者 : 中祭邦乙
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