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落石

十年前に教え子を山で失った。控え目な笑顔が美しい子であった。遭難現場は北アルプスの奥穂高東壁、十一月初旬の事である。その年は例年になく冬の訪れが遅く、登攀を開始したのは秋晴れの紅葉が目に染みる早朝であった。軽やかなピッチで岩壁を攀じ、昼過ぎの小休止の後に東壁の中央ルンゼを登り始めた頃から初雪がチラチラ舞いだした。あたりが薄暗くなると同時に天候が急変し、やがてそれは本格的な吹き降りに変わっていった。リーダーは仲間に登攀中止を伝え、今度はうって変って困難な状況のもとでの下降が始まった…


 

 

ロック・クライミングの歴史が教えるところでは、いかなる急峻な岩壁も登ることは易しく、かえってそれを下降することはほとんど不可能である場合が多い。エベレストの登頂を果たしながら、頂上直下での下降の途中に墜落死したイギリスの著名な登山家の例を見るまでもなく、最近では日本の登山家として広く世界に名を知られた植村直巳がカナダ・マッキンレー山で同じように命を落としている。それ程に同じ岩壁からの生還は難しい。

 

 

彼等は敢えてその限界に挑まざるを得ない状況に陥っていた。みるみるうちに岩壁はその年初めての雪に覆われ、しかも気温の急激な変化はその雪をたちまちペルグラ(岩の細かな凸凹をも覆い隠してしまう薄い氷)と化していった。彼等は何の手掛りも見いだせない鏡のような垂直に近い悪魔の岩壁との苦闘を開始した。数時間にわたる生と死のせめぎ合いの後、細長いクラック(岩に縦の裂け目が入ったところ)まで下降した。クラックの下部には両側に一人ずつならどうにか立っていられそうなテラス(岩棚)がある。「あそこまでなんとしてでも降りよう。そうして体勢を建て直して誰か救助を求めに降ろすんだ。」

自己の体力の限界を越えそうな、あるいは水中で溺れ死ぬことを確信しながら尚も手足を動かし続けずにはいられない動物のような絶望的な疲労を感じながら、リーダーは本能的にそう考えていた。仲間の二人がどうにかテラスに降りた。その約二十メートル上部で最後の一人、彼が下降を始めた。最初の一歩を慎重に下ろす。つま先で岩角を探り、何度か確めた後にジワリと踵を降ろしていく。これは立てそうだという確信が慣れ親しんだ靴底に伝わってきた時、登山靴の下に虚空が閃いた。 「らーくっ!」(落石を意味する声)

彼の絶叫は吹雪にかき消されてしまったか、あるいは音もなく落ちていった岩に吸い込まれてしまったのか、下の二人にはとどかなかった。

岩壁に向かって右側のテラスに降りていた仲間の一人は、灰色の虚空から突然現れた岩塊に身構えた。それはいつもの落石の「ブン!」という音ではなかった。それは灰色の空に鮮やかな軌跡を描きながら彼女の、二十歳の胸に飛び込んだ。

 

「そう、ちょうど岩を抱きかかえるような格好で落ちていきました。今想い出すと、ちょっと変に聞こえるかもしれないけれど、仰向いた瞬間のあいつの横顔がほほ笑んでいるように見えたのを覚えています。」

 

 

自分の体を岩壁に固定する通常の作業を終えていなかった彼女は、一抱えもある岩塊の直撃を受けた。そして仰向けの姿勢のまま仲間の視界からはるか下方へと消え去った。彼等は彼女の姿を求めて更に必死の下降を続けた。しかし、姿を見つけることも出来ず、肉体、精神ともに疲労の極に達した二人は長い下山路を辿った。



翌日、私はいつものように高校の勤務を終え、私鉄のこじんまりした駅のそばの商店街で夕飯の買物をしていた。アパートに戻って、味噌汁の鍋がコトコトいいだした時、電話のベルが鳴った。ラジオのボリュームを下げながら、のんびりした返答に頭から冷水を浴びせかける連絡であった。

「遭難……分かりました。すぐ支度します。」

十代に山に向かい始めてから、いつも予期していた言葉ではあったし、また幾度かは私自身が正面から向き合わなければならなかった言葉でもあった。

しかし、今度は教え子のそれに立ち会うことであった。

 

 

夕飯の用意を中止し、慌しく登山用具をかき集めてザックにほうり込んだ。先ほどはのびやかな気持ちで歩いてきた駅からの坂道を、暗い思いに屈託しながら駆け下りた。電話は彼女の両親を伴って現地の遭難対策本部に入ってほしい旨を告げていた。先発隊はもう現地に着く頃であったが、トランシーバーと背負子を必要としていた。新宿の中央線の待合わせ場所で彼女の両親に初めて会った。私は直接彼女に教えたことはない。高校に赴任した年に彼女は卒業したのだった。しかしその後顧問の一人として同行した山岳部の夏合宿などに、彼女はよくOB会のコーチとして参加してくれていた。北アルプス縦走の時など、へばってしまった女子部員を励まして一晩中介抱してやったり、山の実力の他に人間としての優しさをもった大人しい子であった。大学では水産学部に所属し、人類最後の食料庫といわれる南極の資源調査を企画していた。

 

 

他のOB会のメンバーと一緒にプラットフォームに出た。久しぶりに会ったのだが、お互いに言葉少なに挨拶を交わしただけだった。彼女の両親は

「こんなご迷惑をおかけして…」

と言ったまま、うつむいた。

「大丈夫ですよ、彼女は。」

沈みがちな両親の心を励まそうとした私の言葉は、周囲の雑踏の上の空間のどこかにひっかかったまま、凍りついてしまった。

まもなく列車が入ってきた。暗い想いをのせたまま夜行列車が動きはじめた。通り過ぎる踏切の赤いランプが闇の中で明暗のリズムを刻み、列車は加速をはじめた。

 

 

朝九時過ぎに上高地に着いた。曇り空で小雪が舞っていた東京から夜行でまんじりともせずに来た体には、寒さがこたえた。待機していた車で徳沢園の山小屋に設置された対策本部に向かった。挨拶もそこそこに状況の報告を受けた。先発の捜索隊との交信ではまだなにも発見されていなかった。受信状態の悪いレシーバーからは、彼等に疲労の色が濃いことだけが想像された。ひとまず両親を別室に案内し、体を休めておくことを勧めた。このままの状態が続くと、彼女の生存の可能性が刻々と失われていくばかりであった。県警に捜索を依頼するとともにヘリコプターの出動を要請し、我々もその指揮下に入るべきことをOB達に告げた。その直後、発見の第一報が飛込んだ。捜索隊の位置からは遠いが、ザックとヤッケの一部らしいものが見えるという。彼等は谷を挟んで二手に分れていた。もう一方のパーティにも発見現場に向かうよう交信した後、両親のいる部屋に走った。

 

 

六月中旬、晴天の常念岳。本当に見渡す限り雲一つない、珍しいくらい快晴の昼下りであった。ぽかぽかと体がぬくもり、私達はのびのびと手足をのばして甘い紅茶とクラッカーの簡単な食事を楽しんでいた。ハイマツの濃い緑と灰褐色の花崗岩、そして真青に澄み切った空。それだけで私達は充分満足であった。夏合宿の下見に、短い休日を利用してやって来たのであった。その時彼女は大学一年、そろそろ来年からの専攻科目を考えなければならなかった。マンモス大学での画一的な講義に疑問を感じ始めた頃でもあった。と同時に地上から遥か2000メートル隔った高さで、そんな悩みを話している自分自身を楽しんでいるようでもあった。珍しいことに、彼女は今私が使っているあずき色をしたホーローびきの小さなコーヒーカップが気に入っているといった。「あげようか。」という私に、ちょっととまどったように微笑んだ後、「はい。」と答えた。私達は何だかおかしくなって声を立てて笑った。その後、彼女のザックの外側のフックには、いつもこのコーヒーカップがぶらさがっていて、歩調に合わせて小さく揺れていた。

 

 

部屋の中で、父親は正座していた。母親は用意された布団に入って横になっていた。私が入口の襖を開けると、二人とも強い電流に打たれたように向き直った。私は入口の近くに座った。「只今、発見されたという連絡がありました。」

二人の顔に、ある期待の表情が走った。一瞬の沈黙の後、父親が口をきった。

「どうなんでしょうか?どういう状態なんでしょうか?」

「まだ、詳しいことは分りませんが、ザックとヤッケを見つけたようです。」

母親がつぶやいた。

「大丈夫でしょう?ねぇ、絶対…」

「まだ詳しいことは分らないって言ってるじゃないか!」

怒ったような強い口調で父親が言った。

私は今までの状況から考えざるを得ないことを伝えるべきだと思った。しかし、この場でそれを言い出すことは出来なかった。


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最終更新日 : 2011-09-04 14:37:24

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発見

父親が言った。

「その場所には、行けるんでしょうか?」

「山登りの経験はお有りですか?」

父親は黙ってうなだれた。その時、初めて彼が真新しい山シャツとニッカーズボンの姿であることに気付いた。間違いなく、新宿で出会った時からその姿であったはずなのに、私は全くそれに気が付かなかった。と言うよりも、目に映ってはいても、そのことに自分の意識が働きかけなかったということなのだろう。そんなことをぼんやりと考えていた私の耳に、母親のきっぱりとした口調が聞こえた。

「行けますよ、親だもの。娘が待っている所なんだから…」

私は努めて冷静に話そうとした。

「一緒に岩を登ってきた仲間でさえ、容易に近付けない場所のようですから、もうしばらく彼等にまかせましょう。」

母親は私に向かって言った。激しい口調だった。

「じゃあ、もう、だめだってんですか! あの子の死に場所にも行けないって、そう言うんですか!」

私も思わず叫んでいた。

「『死に場所』? 誰が死んだっていいました! 発見されたんですよ、お母さん!」

母親の声は涙に変わっていった。

「だって、もう、だめなんでしょ、先生。 そんな高いところから落ちたって言うんだから…」

私が、今考えられる彼女の生存の可能性について、出来る限り客観的に説明しなければと思った時、それまで黙っていた父親が口を開いた。

「母さん、もう止めなさい。後は皆さんにおまかせしよう…」

母親の嗚咽を背にして部屋を出た。廊下にOBの一人が待っていた。

『もう、こんなつらい思いは二度と…。』

心の中でそうつぶやきながら本部の部屋に向かった。

 

交信の状態が悪いままに、窓から身を乗出してトランシーバーにかじりついていたOBの声が急にうわずった。

「はい、『遺体を確認』したんですね。『遺体』で確認ですね。状況を知らせて下さい、どうぞ?」

ザーザーという短い雑音の後、遥か彼方の谷から息を切らせて、声が聞こえてきた。

「えー対策本部、現在、発見現場にいます。Kの遺体を確認しました。繰り返します。遺体を確認しました。えー、体はうつ伏せで、大きな岩の上に覆いかぶさっている状態です。えー、遺体の損傷はそれほど、ひどくないようですが、どうぞ。」

対策本部に当てられた部屋には五、六人のOBが詰めていた。一瞬、誰もが、凍りついたように動かなかった。まるで映画のストップモーションのように、その部屋の中で時計が止まった。

息苦しい数秒の沈黙の後、トランシーバーを握りしめて立ち尽くしているOBの手から誰かがそれをひったくって、かすれた声で呼びかけた。

「こちら、対策本部… 『死亡』を、確認したんですね?つまり、あの、生存は…… 確かに亡くなったんですか?」

 

またザーッという短い雑音が入った。私はその短い間に今までの全てが逆転してくれるよう祈った。

トランシーバーからの声は、ここにいる我々には妙にのんびりしているように聞こえた。

「えー、もう一度、繰り返します。Kの遺体を発見しました。感度はいかがですか?これから現場の写真を撮ります。その後、遺体搬出を開始しますが、かなり難しい所なので全行程スノーボートでは無理だと思います。岩場は背負っておりますが、なるべく早く背負子を届けて下さい。」

仕事をしている者の声だった。その声に救われるような気がした。

もう、疑いようもなかった。あの子は死んだのだ。今、遥か遠くの谷間で、冷たい岩の上に横たわっているのだ。ふと、やさしい光景がまぶたをよぎった。

私は立上がった。

『伝えなければならない。いくらつらくても、このことを御両親に伝えるのは、私なのだ。』

廊下に出た。白いカーテンを降ろしたガラス戸越しに陽光が柔らかく差していた。のどかな秋の陽射しになっていた。カーテンに、ひさしから落ちるしずくの影がポツン、ポツンと映った。



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最終更新日 : 2011-09-04 14:37:24

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