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この対話をどう扱うか

あなたの中にある真実に触れるとき、あなたからの言葉は力をもってこの世界に解き放たれる。
そのことを自我がいくら抑えようとしても無駄だ。

勇気をもって公開しなさい。
そして、人々の願いにこたえるのです。
あなたがこの対話を信じて、そのことを疑わず、
そして様々な人々の反応にもまったく影響されない自分の中心を見つけ
そこにとどまるならば、それはあなたにとても大きな可能性をくれるだろう。

あなたがひとたび疑いを持ち、自我の声に耳を傾けたならば、それはかき消されてしまうだろう。

貴方が今行っていることは、奇跡だ。
この奇跡は誰にでも起こる。
そのことを身を以て提示し、そしてそれを生きなさい。

あなたがこうして私の声を本当にきき、文字としてあらわす時、
世界の色が明るくなるのがわかるだろう?

対話にでてくる具体的な人について気になるのかね。

そうだろ、
家族、そして周りの友人たちもでてくるだろう。
しかしそれは、そのような形をまとってその役を演じる人々であって、
あなたの世界の外にあるのではない。

このことをもう一度よく心に確かめるのだ。

そして正直に話しなさい。
それは相手を傷つけるどころか、相手の大いなる発展につながる。

何も心配することではない。
貴方が、私の声か、自我の声か、
自分がそう言いたいのか、わたしがそうつぶやいているのか、
どちらがどちらだかわからなくなってしまうこともあるだろう。

それはそれでいいではないか。

しかし、どうしても違和感がある対話があるのなら、
このようにすんなりでてくるときではないときは、
その対話はすべて捨ててしまいなさい。

そんなものに執着する必要はない、
なぜなら私は何度でも、いつでもあなたがすんなりだせる対話になるまで
同じテーマで同じことを語り、あなたに送り続けよう。

それはあなたがの中で触れたいと思った時にいつでも開くことができる。
本のページのようなものだ。
だから消えてなくなるのではない。
いつでもあって、いつでも語りかけよう。

気に入らない文章は捨ててしまいなさい。
ただし、後から自分で編集したり、切ったり足したりはなるべくしないように。

あなたの常識がそうさせるのはわかるが、それはいらぬ行動だ。

出していいか、やめた方がいいか。

心地よい方できめればよいが、
どちらでもおなじなのである。

大切なことは、すべてをよしと信じることだ。
それは、あなたのためであり、世界のためであり、
地球のためであり、私のためでもある。

自我の声はすぐに何かを言い始める。
しかし、自我が肉体を制することから、あなたは魂の声を聴くことを選んだのだ。

どちらの声の要求にも同時に答えようとするのは、無茶な話だ。
どちらかしかない。
それは、あなたがどちらに自分の主権を明け渡すかだ。

それは自分は何者かとあなたが宣言するということ。

どっちもです。というのは、ありえないのだ。
なぜならば、
観る世界が全く違うからだ。

自我がコントロールし、それに従う世界で
本当に魂の声が生み出す世界を体験することはできない。

夢を見ながら夢から覚めるということができないように、
夢を見ているか、
覚めているか。
そのどちらかしかないからだ。

あなたは、今、今の現実と思っている世界が夢だと気が付いた。
そしてそれから覚めようとしてもがいている。

夢からさめたければ、
夢の中のストーリーを進める音や状況にまた巻き込まれそのストーリーを歩まなくてよい。

目覚ましの音を聞きなさい。
貴方を夢から覚めるよう導く音に全神経を集中しなさい。

その時、夢の中で起こっているストーリーはあなたから離れていく。
そして違う場面が展開されていくことだろう。
それに気をとられないでいい。
あなたはあなたに語りかえる目覚めを促す言葉や音や喜びや感情や感覚に
全身を集中させてそれにしっかりとくっついているのだ。

夢から覚めてしまっては、夢から覚めようとしている今の状態は味わえない。
だからこそ、この状態はとても貴重なのだよ。

夢から覚めることが目的ではない。
こうしたプロセスを意識して楽しむことが、わざわざあなたがここにきた目的だ。
だから存分に楽しみなさい。

そしてあなたがこのプロセスを意識的に体験しているこの記録を
多くの人にも分かち合ってほしい。

なぜならば、
この言葉によって、
感じることができる人々があなたからの呼びかけをまっているからだ。

あなたからのよびかけを待っているのは、あなたの兄弟たち。
それは、あなたと永遠の約束をしてきた仲間であり、
あなたの大切な一部なのだから。

ゲートを開きなさい。
そこにお金が発生してもしなくても我々はかまわないが、
貴方がより意図的にこの状態を求める人と分かち合いたいのならば、
金額を設定すればよい。

ただし、あなたの意図するところを超えてこの対話はあなたの一部である仲間の心に届く。

正直に書き記すことは無防備でもあるが、
それがあなたのいいとろでもある。

まずは出しなさい。

その次にあなたの好みの、もっと万人の無意識に届くような形のものにしてもいい。

しかし、原石は同じなのだよ。

やっていることは、心の声には二つあり、
自分の中の自我ではない声、
聞きなれているけれどもすっかり耳を傾けていなかった方の声が今大きくなってきたということ。
それに気が付いている人が大勢いる。
その人たちに勇気をあたえる。

それを楽しもうではないか。

他と比較してはならない。

比較などなんの意味もない。

あなたの指から書き写される言葉の世界に誇りをもちなさい。

あなたが愛であることを、
私と共に、私の中にあるすべてがあなたであるということを表現しているのであるから。


2011年~2012年について教えて

いきなり、興味ある方へテーマを変えていこう。
アセンション、分離から合一のエネルギーへ、地球は5次元へなどなど
宇宙存在やアセンション関連、水瓶座の時代ということでたくさんでています。
私も宇宙連合の話とか、爬虫類系の宇宙存在のこととか、自分の中の葛藤があるために分離のゲームをまだ続けていくという方になるのかとか。

不安や恐怖がすぐにやってきてそこと手をつないでしまいがちになるのだけど、
実際のところ本当に何を信頼していくのか。
自分の中にやってくる言葉にふれてみたいと思う。
よろしくお願いします。

はい。
あのね、あなたは高次のものとつながろうとするけれども、
高次とか低次とか、全部自分だからね。その中の一番低次の部分を内面に抱えていると思った方がいいよ。
もちろん、一番高次の部分も内面にあるわけだ。神が。純粋なる創造エネルギーだよ。
だから、勝ち残りをかけたエゴ、欲望を満たそうとするエネルギーに自分を明け渡せば
あなたという存在はその波動と同化する。
愛、神、無条件、ノージャッジメント。そういった部分のエネルギーに意識を向けるならば、
あなたという存在は高次の波動と同化する。
それは同時にどちらもは存在しえない。
波動だからね。
どっかのレベルに波動があえば、その瞬間はその存在になるということ。
そして、ある別の瞬間はまた別の存在になるということ。

その一瞬一瞬がつなぎあわさった存在が、連続して存在するように見えるあなたという個人になる。
だけど、あなたという個人はいない。
そんなものは幻想なのだ。

わかるかね。
あなたという形をまとった瞬間の表現されたものはある。

その瞬間にあなたがどのエネルギーと手を組むことを許したか、
もう少し違う言葉でいえば、
どのエネルギーと共にあることを受け入れるか。ということだ。

そして液体でも気体でもおなじだが、
重いものほど先にくる。
繋がりやすい。
軽いものほど、上の方にある。
自分の波動を重いものに任せてしまうと、重いものがくる場所にいるのだから、
そちらばかりがやってくる。
それを高いもの、軽いものと同化したいと願って、重いものを抱えて上を目指しても苦しいだけだ。

水の中と同じ。

リラックスして、力をぬくのだ。
そうすれば、勝手に浮かび上がる。そのように人間はつくられている。
もがくな。あわてるな。怖がるな。

怖がって、今持っているものにしがみつけば、変化はない。
軽くなって浮かび上がることはできない。
執着をなくせ。
つかんでいる心は執着だ。

つかんでいるものはそんなにいいものか?
生きていくために必要な酸素ボンベか?
酸素ボンベを手放して、軽くなって浮かんでしまえば、
上には無限の酸素があるというのに。

人類は今、水の上に顔をだそうとしている。
しかし、多くの人が酸素ボンベをもうしばらく持ち続ける方を選んだ。
ただそれだけのことだ。ボンベに酸素がなくなってきている。
手放して上にくればいいだけだが、
今まで慣れ親しんだその生き方とまるで違うことをするのは勇気がいることかもしれない。
キミたちの世界では。

葛藤を抱えていては、新しい世界へと移行することができません。
葛藤を手放してください。とゲリーがいっているのは
ボンベを抱えたままだと上に上がれません。
ボンベを手放して水の上にきてください。
と言っているのと同じこと?

そう、その通り。
やってしまえば、なんてことない。
なにも難しいことはない。

キミたちの世界では、たくさんの人がボンベの手放し方を教わりたくて大枚はたいているけど、
おかしな話だ。放せばいいだけ。
「どうやって放すんですか?」ときみたちは聞く。
私はこたえる。
「放せばいいだけ」
それ以上に答えることがない。
大脳に手を放しますよ、と指令を送り、大脳がシナプスと協力してそれを神経系統につたえ。腕の筋肉を動かして
うんぬん、、、、説明したところで、意識がそんなことできると思うのかね?

やるのは、全体だ。キミの全体全部のシステムをつかってだ。
意識がわかっていることなんてほんの少しだ。
なにもわかっちゃいない。だけど、できる。それでできるんだよ。

大切なことは「そうなることを知っていること」
手放すという気持ちになって、そうすること。

それ以上にこのことを説明することはナンセンスだ。

大きなポイントを一つ。(※)
キミたちが大いに勘違いしているのは、
手放すことができるのは他の人がとってくれるまでできないと思い込んでいることだ。
他の人がとってくれるまで、自分ではどうしようもない。
と思い込んでしまったところに、この現状がある。
自分ではとれないと思い込んでいるのだから、それはとることはできない。

言っておくが、手放せるのは、あなたが手放すだけだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
ただの作業だ。

そして自分がどの波動のエネルギーと手を組むのか。
瞬間ごとに決めているのは、あなた自身だ。
そのことを本当に認めるべきだ。

あなたが、純粋なる愛と手を組むことを選ぶとき、あなたは神そのものの存在となる。
あなたが、欲望と手を組むことを選ぶとき、あなたは欲望を達成しようとする存在となる。
なにになりたいか、瞬間ごとに決めることができるし、何を選んでも、自由だ。
それによって、罰せられることはない。

そしてアセンションというのは、神と呼ばれる波動と手を組んだ時に訪れる無限の可能性、
自由を手にして遊ぶということだ。
もう一度言おう。
制限のない、、、つまり無限の自由を手に入れて
それで遊ぶということだ。

最後が重要だ。そこのところをちゃんと言葉にしている文章はあまりない。
大切なことは、遊ぶということだ。
キミたちは遊んでいるのだ。
だから、欲望と手を組んで遊んでいてもそれが本当に心底楽しいのなら
ぜひともやればいい。
その遊びは散々やってもう違う遊びをしたいなら、
新しい遊びがあるよ。

まだ分離の遊びをしたい人たちは、その遊びは危ないからやめた方がいい、
楽しいからこの遊びやろうぜ、と誘う。
キミが別の遊びに行こうとすればするほど、
そっちにはいくなよ、と手を引っ張るだろう。

だが、それが何だというのだ?

遊びたい遊びをそれぞれがすればいい。
それだけのことだ。

本当に自分がやりたい遊びに行けばいい。
それを自分に許してやりなさい。
それが2011年の今、すごく大事なこと。

*******

※後日、加筆。
 この部分を書いた後に開いた本に、まさにという説明がありました。

 「人生の本質」ディーパップ・チョプラ著 P63

物語というのは、メタファーとなって深層心理に入り込みます。
白雪姫は王子のキスを、シンデレラは魔法の杖のおばあさん、眠り姫はイバラの道を通り抜けてくれる人を
待っていました。最後の切り札は自分ではない誰かがもたらしてくれるのを待っていなければなりませんでした。


生き方

この時代を生きる日本人へメッセージをおねがいします。
私たちはこの自然災害の中を生きる上で何を大切にしていけばいいのですか?

まず、光に意識をあわせること。
悪あがきをしている存在たちの仕組んだ災害も多いが、
それによって放出されていくネガティビティの解放がスムーズにいくように、
意図して祈りをささげてください。

何も怖がることはありません。

自然災害はこれからも起こる。
それは、いつの時代もそうだ。

地球に住む一人一人がどれだけ
自分の内なる声に耳を傾けることを意図するかによって、状況はかわる。

キミたちの奥底には声が聞こえるはずだ。
多くの人が繋がっていて、それを認識できるようになっている。

電波割り込みはすぐにわかる。
キミが操作されているかもしれないと自分で気が付くために大切なことは、
自分の中の魂の声をよく知っていることだ。
それを信じて受け入れれば、違うものが来たときにすぐにわかる。
それが来たら、はっきりと意志を伝えなさい。

これからの時を過ごすにあたり、大切なことは
きっちりと意図をもって光を見ること。
光に包まれた世界をイメージして、それを生きること。

自然災害や闇の崩壊が君の近くで起こっていても、
自分が光の世界の住人だと意図すること。
もしそれが心にウソをついているとおもうのなら、
光の世界へと進みつつある存在だと認めること。
そうして、闇の勢力の活動に加担しないことだ。
それは、自分だけが救われようとしないこと。
恐れがベースにありつきうごかされる行動はすべて闇の勢力にパワーを与えていると認識しなさい。

あなたが心の中に平和を光を抱くとき、
あなたは自分にいいきかすだろう。
混乱の世にあっても、気づきのメッセージを伝え、目覚める方向でできることはたくさんあり、
またそれをすることが、混乱の世界を生きていく上でとても大切なことだと。

私の言葉を伝えなさい。
あなたは書き記すだけでいい。
そうすれば勝手に広がっていくだろう。
ただし、誤解や中傷、もしくは妨害しようとする存在もよってくるかもしれないが、
相手にしなくてよい。

2011年残り4か月。

自然を愛で、瞬間を楽しみ、地球と共にいる一瞬一瞬を大切にすごしなさい。
この時はかけがえのないときである。
キミが体験しているこの時の奥深さは行っても言い切れないくらいだが、
その情報を聞いたから豊になったり、見方がかわるのではない。

外からの情報、メディアやネット上から入ってくるものは、
なんらかの意図があるということをもうわかってください。
あなたが魂の声に耳を傾けないでもいられる時間をバラエティは作り出し、
恐怖をあおる映像や情報をニュースは流す。

そこに君を今最高に楽しませるものはない。
キミがこうして心の声に耳を傾ける時、それはこの人生の中でも輝くほど素晴らしい濃厚な時となるだろう。

子供のころに自分の中で会話して遊んでいたその安心感と幸福を君は思い出しただろうか。

あなたは私が子供のころから話しかけていてくれたの?

そうだ。
いつでも話しかけていたけれど、君はすっかり外のことで忙しくて、
君の自我の声やいろんな音でかきけされていたのかな。
あまり届かなかったが、それでも君は大切な場面やふとした時にうけとっていた。
こうして会話にはならなかったが、君は見事に私のメッセージを受け取って行動してきたよ。
それがあなたのいいところだ。

あなたはこうして私との会話を書き取ることをしようとして生まれてきている。
私の存在を認めて、生きていく。
この時代に。
そうしたいと願ってきた。
だから未知なるものへの興味や好奇心があり、
またそれを受け入れる土壌のある親の元へと生まれてきている。

光へと向かう人へ

今を生きる仲間のみなさん、
共にメッセージを受け取ってください。

************

光へと向かう者たちよ。

今ここに光は溢れ、あなたを包み込んでいる。
そのことに気づいたかね?

はい。嬉しいです。

いつもあったのだよ。
あなたの中には、いつも光が溢れている。

自分がどこか違うところで一生懸命やってきたと思っているのかもしれないが、
そうではない。

あなたはいつだって、光の中で過ごしていた。
ただそのことをどうしても認めたくないというのだから、
ムリには押し付けられなかっただけだ。

あなたは、心を開いて、受け入れることにした。

それがどういうことだかわかるかね?

苦しんでいるあなたなど、いないということだ。

そんな自分のイメージはもう消えてなくなった。

あなたは光に包まれて、穏やかに守られている。

その姿を本当に見るとき、
確かにそれはそうなのだ。

楽しいね。
楽しいだろう。

私と一緒に、散歩しようか。
私と一緒に歌を歌おうか、
私と一緒に空を眺め、
子供の眼をみて、やわらかい肌に触れよう。

あなたが純粋にそれを感じて、
感覚としてわたしに伝えてくれるのが私にはこの上なく心地よいのだ。
あなたが触れてくれるから私はそのことを感覚的に知ることができる。

私がやりたかったことは、そうして触れてみることなのだ。
世界に。
愛が形となった世界に。

エネルギーが満ち溢れているリアルな瞬間に。

恐れに囲まれた世界をあなたは知っているのかもしれない。

恐れについて、死について、生き残ることについて、
正しいことについて、勝つことについて
あなたはたくさんのエネルギーを使ってきたかもしれない。

それもいい。

しかしそれは、生きる喜び、命に触れる喜びを味わうという目的のために
それを際立たせるために、あえて用意したものだ。

死や恐怖に支配されるためではない。

生きるということを楽しみつくすためなのだ。

あなたは、命だ。
あなたは命に力を与え、
生きるということに、意識をむけ、
生きているということに、喜び満たされている。

そのことを、共に祝おう。

愛について

壮大なテーマですが、どうしても。
「愛について」対話しましょう。

愛とは、エネルギーであり、それは、光である。
それは命であって、それにふれると、感情体が動く。
感動する。
その感動というのは、命の喜びだ。
「命の喜び」はこの世界が創られた一番の理由だ。

生きることは、流れているものを認識するという行為が伴って初めて感じられる。
認識するとは、それ以外がなければ、認識することはできない。
だから、愛以外というものを作った。
それは、愛という状態を認識して、喜びに満たされるためだ。

愛とは命といった。
だから命以外という状態を作り出した。
それが死だ。

死とは、幻想だ。
それはいろんなメッセンジャーが伝えているメッセージだ。

私は頭ではそれを知っていますが、本当の本当に死はないと信じ切ることはまだできてない。
死んでみないとわからないのかな。

生きてみれば、わかるよ。
生きる命を感じて喜びを体感するために、死という状態をつくったのだから、
生きる瞬間にドキドキして命にふれてみれば、
死というものが、限りなく際立つし、一方でありがたくもなるはずだ。

死に支配されるのではない。
生に支配されるのだ。
生を味わい、生として命を感じるのだ。

その時、死という幻想に感謝すらするだろう。

死がなければ、その一瞬のすばらしき命を遊ぶことはできないからだ。

だからこそ、いつまでも生きていると思うな。
いつも死が遠いところにあるなどど、思うな。

キミはいつも、死とギリギリの隣りあわせにいる。
そうしてこそはじめて、命を愛し、命の瞬間を遊びつくせるのだ。

山に登る竹内さんは、感覚的にそれを味わっている。(※登山家・竹内岳洋 )
そしてその瞬間をまた味わいたくて、そのことに別の時間すべてをついやしている。

そう、危険と隣り合わせのことをしたときに、命というものを最もリアルに感じることができるのは確かだ。

ただし、そのようなことをしなくても、あなたはこの瞬間、その状態にはいることはできる。

どうすれば?

今、私は生きている。
そのことを強く感じてご覧。
意識を向けてごらん。
今、あなたは生きている。
そのことを喜び、この奇跡を愛おしみ、
そして世界を色鮮やかに受け止めるのだ。

あなたは、この命のエネルギーをどう表現する?

ただただ、すごいなと思います。

そう、生きている、命。
命があるのだよ、
キミに命があるのだよ。
キミは命なのだよ。
命とは、お金で買うものかね?
命とは、もうすべてを完全にそこに持っているのだ。
与えられているのだよ。みなに平等に。
命は、誰かにはすこし、誰かにはいっぱい、あるのかね?

生きている。そう、それは命があるということ。
その命にいいも悪いも、上も下もない。

自分は命だ。
命そのものだ。

そのことに、本当に気づいたなら、
命を輝かすために何かが必要で、何かをしなくてはならないと考える
あなたの思考は邪魔しかしていないということがわかるだろう?

命から、離れるな。
命、そのままで居続けるのがそんなに難しいか。

愛とは、そういうものだ。

あなたは命であり、愛である。

そのことは、疑う余地もない。


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