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ビール

どうして私はこんなにビールを飲むのでしょうか?

肉体の欲求だ。
それで働いているつもりになっている。
もっと違うことに肉体を使ったら?
そうしたら変わってくるよ。

でも別に飲んでもいいのかな?

別にいいんじゃない?そんなに楽しいならね。

ビールを飲むという行為について考えたことがあるかね?

う~ん、もう一口飲みだすとどうでもよくなるから、考えない。
「今日はもういいや」と思うから。

今日はもう何がいいのかね?

やることやんなくて。

やらなきゃいけないことをしているからだよね。
やらなきゃならないことって何?

生きるための生活のもろもろだよ。
ごはん作ったり、後片付けしたり、仕事のことやったり、いろいろ。

それはずっとやっているには疲れることなの?

そりゃそうだよ。疲れるよ。

疲れるということは、無理をしているということ。
ムリというのは、本当にありたい自分の姿ではないことを肉体にさせて、
それを「達成した」というように、価値を置いているからだ。

体は疲れもするが、エネルギーを回復するためにビールをのんでリセットするというのは
体にとってはもっと疲れることだということぐらいはわかるね。
では何が疲れていて、何が休むのか。

思考だよ。頭だ。

キミは思考体を酷使する。
肉体を使っているように思うが、はるかに多くのエネルギーを思考につかっている。
それを一旦休ませないと、エネルギーが体の回復にまわらないから、
強制的にビールを飲んで思考の動きを「今日はもういいや」と終わりにしているのだ。

それは、ビールというスイッチと連動するように設定している。

その設定は、簡単に解除できる。
方法は、ビールを飲む前に思考の動きを脇に置くことだ。

もしくは、生活の中で思考の使い方をかえるというトレーニングも有効だ。

瞑想や、活元運動の最初の「思考を脇に置くポーズ」もいい。
ヨガもそれだ。
動の瞑想というのも、みな思考体の動きを脇に奥くということをしている。

そう、中心に定まって、意識を魂に合わせ、五感を開いて、世界を感じ、愛し、喜んだら、
いらぬ思考など、うごくひまはない。

思考を動かし、何かをやろうとすることをつかさどっているのは、自我だ。
自我の生き残りをかけた戦略は、今はまだ時に生活の場面で必要だろう。
しかし、それを作動させるのは、
中心にあるスピリットの感覚、心の声だということを
あなたは強く意識し、意図して存在するべきだ。
そうすれば、思考の暴走、自我によるコントロールが生み出す、変な疲れ、
生きているだけでしんどいといったことはなくなる。

あけわたすのだ。完全にこの感覚に。
中心とつながり、そこに静かに落ち着きながら、五感をオープンにしているこの感覚に。

呼吸を意識してごらん。

瞑想の目的とは、
思考体を脇において、もっとも今にいること。
瞬間に存在するのは、肉体だ。

肉体を敏感に感じることは、
肉体を知り、
肉体ではないと知り、
そして肉体ではなく、思考でもない自分というその観察する存在にもどり、
そこに本来の居場所を置くということ。

さて、私が誰だかわかったかね。
本来の居場所であるあなた自身だ。
本来の居場所であるあなた自身にすべては含まれる。

ストーリー

ハリーポッターのような、すごく面白いドラマ、物語を描きたいのです。
インスピレーションをください。

本当にそれを受け取りたいのか。

はい。・・・・・・どうして黙っているのですか?

肉体を超えた自分という命の存在、
命へと戻ったら、それは起こる。

インスピレーションとは、
きみのベースポジション、つまり、スピリットとつながる状態にはいったとき、
そこから流れ出るもの。

私として語れるか。

私という存在の言葉を聞いている人がいる。それはお前の何だ?
そしてこう話す私は誰かね?

私はお前だ。
私そのものに同化する気持ちはあるのか?
ほんとうにそこに許可をだして、私自身と同化するならば、
それは起こる。

やってみます。

こうしてメッセ―ジをつたえているのは、まぎれもなく、あなただ。
私だ。

私は、命であり、それを味わう経験を観察するもの。
つまり命とは、パートをたくさんつくって、経験をして、
それを観察することだ。
観察している私が命であり、
観察している自己は、みながもっている。
それが命であり、その命とは、
すべてのものから解放されたときに、
すべての反応や思いが自分が体験したある波動であるということを認めた時、
そこにそれを認める自分がいて、
それが命であり、私だということ。

私はこうしてパソコンをうっている。
この体を通して、観察した結果を味わうこともできれば、
観察した結果を書き記すこともできる。

自我とどう違うの?

自我は意味を求める。

私は、意味を求めない。
ただ、そういう状態があった。ということだけなのだ。



眠い!

本を読んだり、この対話をしたり、
その最中に、昼間どうしようもなく眠い。
これはただの昼寝?それとも、どうしてこんなに深い眠りが急に襲ってくるの?

良質な水をたくさん飲んでください。
あなたの体は進化しているのです。

たくさんの光を受け入れるために、
抵抗があっては対処しきれません。
そのために、葛藤をなくしていく必要がありますが、
それは、あなたが許可すればどんどんと起こります。

意識を眠らせているのは、急激な変化に肉体意識がおいつかず、
邪魔をしないためです。
あなたの肉体意識が何かに頑張ってしまうと
サバイバルモードで動き肉体を使用すると、
光を吸収する変換が自動的にストップしてしまいます。

ですから、あなたは、そのようなモードに入ると
眠くなるのです。

でも本を読んだりチャネリングしたりしているだけだよ。

あなたの顕在意識がそれをサバイバルモードつまり自我で受け取っているときは、
特にその情報という名の光が強い場合は、回路がショートしてしまいます。
肉体意識はそこではそのままでは存在できません。

あなたが魂意識と同化していればそれは完全にオープンになります。
しかしまだその状態にはありません。

ライトボディの進化ということですか?

そうです。エネルギーグリッドの接続点の進化です。

私は今、ライトボディ第何レベルなのですか?

第8レベルに突入しようとしています。
しかしそれには葛藤が多く、多くの気づきが入ります。
あなたの思考的なブロックやエネルギー的なものも
最後の許可が出ればとけるように消えていき、統合されるでしょう

最後の許可とはなんですか?

あなたが、本当に自分を許すということです。

私はまだ自分を許してはいませんか?

深いところで、罰しています。
それは、ありのままという状態があまりにも無防備で
危険だという肉体意識の記憶によって防御されており、

そのことをやめられない自分に失望もしており、

それを罰してやめさせようとしています。

しかし、罰してもやめません。

なぜならば、罰するというプログラムこそ
すべての始まりの動きだからです。

あなたに罪はありません。

もしも光を受け入れないという選択をしたとしても
あなたには罪はありません。

あなたは自由にこの世界で羽ばたけばよく、
肉体というポイントを使って、喜びの波動を世界に放射し
それを拡大することがいつでも
いますぐ、この場所で
できるのですよ。

笑うことを忘れてしまった娘よ。

本当の心の奥底からのすべてを包む笑いを
あなたがもう何十年も忘れてしまったことが
私は残念です。

笑うことを自分にさせない理由はなんですか?

どうしてなんでしょうか。私は本当には笑ってはいけないと思っています。
今、涙があふれ出てきて止まりません。
どうして私は自分からこのように笑いを奪ってしまったのでしょうか

ある悲しみがあなたの笑いを放出する出口をふさいでいます。

悲しみは、笑いとはまた違う
ある特定の世界をあなたに持ってきてくれました。
それは長い間あなたの中にあります。
貴方の肉体意識が、あなたの魂意識が
どちらも抱えているものです。

私のカルマですか?

そうです。
あなたのカルマは、悲しみを美化してそれに片寄り
パワーを送っているというバランス点にあります。

そのバランス点での均衡を手放すことに恐れを感じますか?

そうです。感じます。
もうこのままでもいいと思う部分があります。

そして?

そして、それはもう充分やったという気持ちもあります。

その悲しみに依存するバランス点はあなたの世界に何をもたらしましたか?

さらなる悲しみと、笑いのない時間です。
そして役わりをこなし、表面の笑いで、心からの満足感を先送りにするつまらない時間です。

あなたはそれが好きですか?

いいえ、もう充分です。もういりません。

ではあなたの中の変化が起こるのをそっと静かに許可しましょう。
それは自然と水がそっと抜けていくように、なんとなくですが確実に変わり始めます。

後は精霊に任せなさい。

何も難しいスキルをためさなくてもいいのです。
あなたがこのようにそれに気づき、
そしてもう変わることを許可したならば。

あなたの子供たちの笑顔が、昨日とは違って見えますよ。
明日はもっとかわいく見えますよ。

そして、あなたが笑っている顔をイメージしなさい。
心から満たされた笑顔です。

それは自分が自分を受け入れ、
その存在の素晴らしさに感謝する
満たされた思いの笑顔です。



心の中で自分を罰し続けている人のなんと多いことよ。
それはその人のせいではなかったのに。

悲しい時代に巻き込まれ、
多くの時を自分を犠牲に頑張った人たちが
なぜ自分自身を心の奥底で罰し続けるのか

それは、
自分が本当に自分自身にやりたいことをやらせてあげていないことに
気が付いているからだ。

ごまかしの欲望をいくら埋めても、その部分は埋まらない。

人は自分のことを、罪深き子とみることが大好きだ。

刷り込まれたこの原初の葛藤を持つサバイバルな意識に主権を明け渡した罪悪感から
人間は逃れることはできない。

なぜならば、本来の姿ではないからだ。

あなたがたは、魂意識であり、そのエネルギーを肉体と共同してこのポイントに放出する存在である。

ふと良きことを行ったときの、こみ上げる嬉しさ。
それが、魂意識に主権を渡した瞬間である。

あなたにはそれができる。
なぜなら、そのものの存在だからだ。

いくら肉体意識がそれを否定しようとも
あなたは尽きることのない命であり、
肉体というポイントを通して
その喜びを表現する存在なのだから。

悲しみを味わい、それを楽しむことは大いに結構。
しかしそれに依存し、存在意義にしてはならない。

あなたは悲しみがあってこそ存在できるものではない。

あなたは喜びを放出するものである。

あなたがなんと言おうとも、それはそうなのだよ。


批判を受けて

なんなの!?

だいぶ怒っているね。

そりゃそうだよ。あんないい方、どうしてあんな反応するのか、信じられない。
知らないというのは、すごいことだ。
どれだけ他の人がやっているかということを想像しないなんて、本当に感謝にかける。

そうだ、そこだ。

世界が平和に回っているのは、自分以外の人が愛をもって動いてくれているおかげということを
まったく思い描いていない。
感謝。感謝だ。
いくら感謝してもたりないくらい、感謝する場所はあるだろう。
それは知らなくてもできるのだ。
だって、世界はそうやって信頼する場所としてあるのだから。

感謝しないその態度に、むかつくんだ。

******

それは鏡だ。
その部分を自分がもっていることをまったく認めようとしていないから
それをみたわけだ。

感謝していない部分があるもの。
私の中に。
まったく湧き上がってこない感謝、なぜだろうと思っていたけれど
それは想像力の欠如だ。

そうだね。自分で気が付いたかね。
Aさんに感謝しなさい。嫌な役を引き受けてくれたんだよ。
あなたこそ、感謝しなさい。

いくら感謝してもあなたの顕在意識ではとうてい「知らない」部分で
あなたがこうして気づくような場面がつくられているのだ。

イマジネーションの力を、そうやって使うのだ。それが、洞察力というものだ。

洞察力で物事をみる。その目的は、感謝の念が沸き起こるために。
それは、心がやさしさに包まれるために。

いくらしてもしきれない。
それほどまでに世界はあなたの顕在意識がとらえることのできない壮大なエネルギーの織物だからだ。

はい。なんだかすっきりしました。ありがとう。
だけどこの対話は本当にチャネリングなのだろうか。
ただ、自分の中のスピリチュアルな見方をするところがでてきて
ポジションを変えて話をしているだけではないのかなぁ?

*******(翌日)******

今、怒りの言葉が例の人からきた。正直かなり傷つく。
本当にどうしたものか。

ともすれば、一番最初のフィルターがあるところでうけとってしまい
またそえを投げ返してしまいそうになる。
しかしそれをやっては違うのだと知っているのだから、
ここは思考を使うところだ。

思考は分析するのが得意だが、
思考の真の使い方は、創造するところにある。

さあ、このことを経験して、あなたが一番なりたい姿は、何かね。

「このことにまったく影響されない心のやすらぎをもって、瞬間に存在している人。
 笑顔ですべてを最善とうけいれている人」
斉藤一人さんのような。

では、そうなりなさい。今この瞬間にそうなりなさい。

そうできると信じて、そうである人として息をして、そうありなさい。

私の声をきいて、私とともにあるのです。

感謝の心はこのような場面に活躍しますよ。

でもね。いいたいと思う反撃のセリフがどんどんでてくる。

指摘したいんだね。
指摘して、なんになる?

相手が気づけば、相手が悪いとわかる。

それは、ジャッジではないのかね?
相手を自分の好みに変えようとしているのではないのかね?

相手と同じ波動域の行動にはまってしまい、
自らの波動を落とす選択をあなたがするのは自由だ。
ただそれをしてこころはおだやかかね?

いいえ、一瞬すかっと気が済んだような気分になるかもしれないけど
そのあと続くいやになるような自己嫌悪と関係の悪化は簡単に想像できます。

ではほかの方法を試す価値はあるね。

はい。

相手が引き込もうとしている波動域に
いきたくないのなら、私はその波動域にはいきません。
私は〇〇を選びます。と宣言しなさい。

私はすべてがうまくいっていると信じます。
世界を信頼します。その波動域を選びます。

ああ、
その人がいいそうなことを思い描いて、
そういわれたらこう言いたい!と思う言葉がどんどんでてくる。
そう言いたいわけだ。そういう風に言われたら。
これが止められないよ。

Aさんはなにを知りたいの?
と聞いてみればいい。そして知りたがっていることには答えればいい。
愛をもって。信頼して。魂にむけて話すんだ。
そうすれば、そこに触れられる。

言ってもないセリフを予想して、それに対してイメージをつくるのは
いい方法とはいえない。
それは、そういう現実を引き寄せるよ。

ここで思考の暴走をとめることを覚えるのだ。
思考をちゃんとスピリットが使うのだよ。

娘の言動に

娘の言った言葉に、さっきもすごくムカッときて、怒ってしまった。
怒りの感情をどうにもできなくて、本人にぶつけてしまった。
でもどうしようもない。私はできた存在でも覚醒しているものでもない。
やはり怒りはわいてくるのだ。
どうしてなんですか?

何か知りたいのかね?

どうやったら怒りがわかないようになるかかね?
それとも怒りがわいたらどうすればいいかなのかね?

どっちもです。

怒りという感情を味わうことができるのを
まずは喜びなさい。

それから、怒りはおさえこまずに感じてあげるのだ。
プンプン怒ればいい。
ただし、本人に怒りの玉を投げつけない。

お前もこの前、怒りの直球をぶちこまれて、すごく嫌な悲しい思いをしただろう。

怒りというのは、投げるならば、的をはずすのだ。
少し本人にかする程度。
ああ、相手を怒らせたんだなとわかる程度。
それで十分。

そのほどよい逸らせ方を学びなさい。
それから、
怒りがわくということは、そこに怒りに火をつける元の感情というのがある。

その元の感情までしっかり感じきるというのが、次に同じような場面に出くわしたときに
反応で怒りが爆発するというのを別の反応に変えてくれる。

そこまでみつめる作業をするというのは、
怒りを投げてしまった相手に対してもやってしかるべき行為だ。

あなたの怒りのはけ口になった相手には、
ありがとうと後からでもいえればいいし、
そしてその怒りの行動をそれで終わりにしないことだ。
せっかく怒りを感じたのだから、それを最後まで十分に利用しなさい。

それから、怒りを感じないように、
つまり何があっても心の平和をみださないようになることとは別の話だ。

心が穏やかでいるとは、相手を批判し、自分の価値観を押し付けたり、
いいわけしたり、わかってもらおうとしたり、貶めようとしたり、
相手が悪いと宣言したり、気分が悪いと怒ったり、

そんな行為から無縁ということだ。

それにはそんなことに心を埋め尽くす隙がないほど
感謝して喜びを放射していればいい。

このことは、奇跡のコースで散々読んでいるだろう。

はい。
頭では理解していますが、今だにふとしたところで怒りが湧き上がってきます。

それでいい。
そんなに苦労なくやすらぎのこころだけになったなら、
この世はつまらないだろ。
だからやりがいがあるだろう。

ここであなたの心の声はなんていっている?

「どうせ私は覚醒なんてしていないし、葛藤まみれの人間だよ。
もうどうでもいいわ。なんてなさけないんだろう。
いろんな言葉をチャネリングとかいって書いているくせに、
全然自分はなんにもできていないじゃないか。
えらそうに、なんでそんなことやっているんだろう。はずかしい。
私なんて全然たいしたことないのに」

もういいたいことはないか?

「情けなくて、涙が出る。娘に申し訳ない。誰かもっといい親のところに生まれればよかったのに」

それだけか?

「もうこんな対話やめてしまおうか。所詮私はアセンションもだめだ。
光の存在でもなんでもなくて、ただの葛藤にまみれた怠け者の主婦だ。
なにをその気になっていたんだろう。おかしいわ」

そうか。それで?

もういいです。きりがないです。いくら書いたって終わりはないですから。

ならばこれから私が言うことをそのまま心の中で繰り返すのだ。

「私は光へと向かうプロセスを歩むものです。
その中でいろんな古い感情が浮上してきます。
それを出すために我が子はいろんな行動をして私のブロックを表面に出してくれます。
だから私はそれに淡々と取り組みます。
なぜならば、それはもう手放すことができるから出てきているからです。
そしてそのスピードは増し、たくさんのことがやってくるでしょう。
それでいいのです。
そうして私は古いカタマリをとかし、そこに気づき、光をあてて、自らの夢から目覚めるのです。」

「夢は覚めようとしています。
そして夢から覚ますために、私の回りの人は私にいろんなことを感じさせてくれます。
それは私がもっているものを光の元にさらしてくれます。そうして私は選ぶことができるのです。
これは、なりたい私の姿にいるものですか?いらないものですか?と」

あなたがなりたい姿は何かね?

毎日笑顔で笑っている存在です。

では、笑顔で笑っている自分を思い描いてそう、イメージするのです。
あなたにほほえむみんなの顔を。
貴方が愛おしいと思うすべてのものを。
そうして肉体を使って喜びを放出する自分の姿が光に包まれ、自分から光があふれ出し、
すべてが色鮮やかにリアルに躍動感をもって動いているのを感じてください。

そうして、あなたは、素直に言葉にできるのです。

ありがとう。
素敵だね。
気持ちいいね。
楽しいね。
大好き。

さあ、この作業をしてみてどうかね。

すごくすごく心が柔らかくなりました。

それではここで、先ほどの怒りについて触れてみよう。

なんて言いたがっている?

「何も知らないくせに、なんでそんなこと言うんだよ。
私がどんだけやっていると思ってるんだ。
人の気持ちも知らないで。」

そしてその奥にはなにがある?

「わかってよ。わかってよ。なんでわかってくれないんだよ。
こんなに我慢しているのに。誰もわかってくれない」

悲しくなりました。
すごく泣きたい自分です。
泣いても泣いても声を殺して泣いていて、それは誰にも見つかっちゃだめで、
とっても悲しいのです。

家庭の空気を察して、なんとかそれがうまくいくように
一生懸命自分が我慢している4歳くらいの私です。

それではそこに光をおくってあげなさい。

ありがとう。よく頑張ったね。あなたがいてくれてみんな本当に助かっていたんだよ。
あなたががんばってくれていたことを大人の私は今気づいたよ。
ずっとわかってあげてなくてごめんね。
もうがんばらななくてもいいんだよ。
あなたが自分の好きなように、自分がやりたいようにやれば、世界はうまくまわるんだよ。
あなたのお父さんとお母さんは今はとっても仲良しで、
お互い支えあって暮らしているから、安心してね。

どうだ?気持ちは。

はい。奥の方の緊張がなにか取れて、ふーっと息を吐きました。

そうだ。

あなたはもう自分でできる。
ただ誰か一緒に取り組む相手がいた方がやりやすいなら、
いつでも私を呼び出して、一緒にやりましょう。

つきあってくれるの?

もちろんだよ。

ありがとう。

こちらこそ、ありがとう。そうやって生きることに向き合うあなたがとても愛おしいよ。


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