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旦那との関係について

たいした会話もなく、つまらないといった感情がでてくる場面が多い旦那との関係。
これは何を私に教えようとしているのですか?

おはよう
そんなことを聞きたいのかね。。。。

それはあなたでなんとかしなさい。

だって・・・

ただ生きているだけで美しい。花や草、風、太陽の光。

土の匂い、せみの鳴き声。
地球、ガイア。

キミを愛するたくさんの存在。
それらはすべてキミだ。

キミが命とふれあい感じる喜びを、豊かさと呼ぶ。

そえは同じ一つの命ながら、分離している、自分と違うという外側にあるものとして表現することで
それに触れるという行為が生まれ、
そして、いとおしむという感情が生まれた。

それこそが、君たちの世界の醍醐味ではないか。

側にいる命は、なにも自然界の草木だけではないだろう。
動物がいて、子供がいて、人間がいる。

一番側にいる男という種族が、キミの旦那さんだ。

それに、つまらないもなにもない。

それぞれに特徴はある。

花には小さくて一生懸命咲いている素朴なものもいれば、
とげをもつ真っ赤なバラもあり
虫を食べるものまでいる。

それは、表現だ。
どれがすぐれているとか劣っているとかそんなことは一切ない。

すばらしく瞬間に存在する、命そのものだ。

命そのものは、生きているように見えて死にかけている、とか
イキイキと輝いているとかその度合いで君たちは上とか下とかつけたがる。

生きている。
それだけで、生きているのだ。
そしてそれは命だ。
エネルギーがそこには流れ、ただそこに流れている。

それを楽しむか、嫌がるか、批判してなんとか自分好みのものに変えようかと
命の前でいらぬ動きをしているのは、君が勝手にそうしているだけのこと。

例えそれがキミの好みのものと違うように見えていたとしても、
触れてみれば、そこに流れる命のエネルギーを感じることは必ずできる。
それを楽しむのか、愛でるのか、大切にするのか。
味わい方は自由だ。

向こうからやってくるのをまっていてはいけない。
それはなぜか。

キミの世界だからだ。

キミが楽しむための世界だ。
自分が世界に飛び出して、その命に触れてみれば、よい。

触れたくなければ、無理にする必要はない。
しかし、この世界で味わえる楽しみの醍醐味を
みすみすやらないなんて、もったいない。

笑顔だ。
あなたが笑えば、相手にもそれが伝わる。
簡単なことだ。

やってごらん。

相手の何のエネルギーに触れようとするのか、
もっと言えば、相手のエネルギーのどこに波動を合わすのか。

それは、あなたがどんな波動で相手にふれるのかによって決まる。

自分の鏡だというその見方よりもなによりも、
もっと単純に考えてご覧。
どこと共鳴するか、パイプを通すのか。

通したパイプのエネルギーがあなたにも流れる。
それは、相手の中にあるすべての中から、
あなたが選んだからだ。

自分が欲しいエネルギーの波動
自分がそこに合わせれば、
その波動がやってくる。

そうなるということを、ただ信頼して、やってごらん。

相手がバラだろうが、野の花だろうが、
その命のエネルギーはすべて純粋だ。

それに触れてみてから、
同じ質問をしてごらん。
それからでも遅くはない。

父について

胃がんの手術の後、脳症となり、今は記憶がなくなった父。
あの純真無垢な子供のような、思考をすべて脇に置いた笑顔と「ありがとう」という言葉に
すごく感謝があふれてきて、私はもうすべてをそれだけで許してしまうのです。
父について教えてください。

彼は純真なる姿に戻りたいと心から願った。

お母さんの元に帰りたかった。
命そのものの純真さを求めて、
思考と手を組んでいる自我を 自ら破壊した。

こちらからすれば何も起こっていない。
それは、3次元内での壮大な実験である。

そんなこといったら、介護している母は救われないよ。

お母さんは、それを選んだ。
お母さんの人生は、お父さんに寄り添うという約束を果たしきることで大きな約束を遂げる。
彼女は、それを喜びとしている。
そして支えられている。
外側から判断していはならない。

責めてはならない。

その人物がどんな人生を選び、
何を感じながら生きていようとも、
その自由を許し、受入れ、
そしてやりたいようにやっているのだから、
安心して寄り添えばいい。

あなたにそれをとやかく言うことはできないし、
言ったところで何の意味もない。
あなたが人を幸せにするのではない。
あなたには人の幸せはわからない。

あなたは、そうやって命と触れている行為をしている人の姿を
神聖なものとしてとらえ、
そして自分をこの世にもたらしてくれた存在に
常に、毎瞬、感謝を送りなさい。

そこに、いいも悪いもない。
正しいも、間違っているもない。
このことを本当に受け入れるとき、あなたは解放されるだろう。

ジャッジするというルールから、解放されたとき、
最大の恩恵を受けるのは、この世界だ。
あなたの世界、それはこの世界そのもの。

自分の内なる世界に祝福を送りなさい。

もうその時はきた。
あなたが私の言葉にこうしてふれ始めた今、
あなたの心の中にあった世界は変わりはじめた。

父も母も、それぞれの人生を懸命にいきている。
そのことからあなたが学ぶことは、それには誰も評価をつけることなどできないということだ。

心の声に従うとは、マザーテレサのようになるということではない。

じゃあ、どういうこと?
やっぱりマザーテレサのような生き方をした方がすばらしいと思うけど。
アセンテッドマスターになれそうだし。

みなすべての存在が、マスターだ。
自分のマスターになるかどうかだ。

すべての存在は神だ。その神の領域にあるということを
いかに触れてくるかという差はある。
しかし、勘違いしてはならない。

マザーテレサがえらいくて、普通の人は劣るのではない。

すべての魂は、同じエネルギーでできていて、それは神と呼ばれる創造エネルギーだ。
そして目の前にいる存在も、自分と同じ神であると認識できたとき、
それは自分の世界のマスターになる。

目の前の人が神そのもののエネルギー、つまり命だと認め
そしてその命の波動、とても高い波動に触れることで
自分の中にある同じ波動をさらに認識し、広めること。
それが、愛の行為、慈悲の心、無償の愛、いつくしみ。
世界を愛するということ。

マザーテレサはそれをやった人物だ。

あなたの母も、同じことをしている。
あなただってそうしている。

母という存在は誰でも、そうした瞬間がある。

生まれた我が子を胸に抱くとき。
どうしようもない愛おしさに胸がいっぱいになるとき。

それは、あなたにもできる。
それをできる存在だと、自分で認めるかどうか。
自分で自分のことをそう定義し、
「私はもっとも深い無償の愛で命に触れる存在である」と全宇宙に宣言し続けるかどうか。

瞬間、瞬間の積み重ね。

瞬間、あなたもそうであった。
今、この瞬間、あなたはそうである。
そして、次の瞬間もそうである。
もしかしたら、別の瞬間、違う選択をするかもしれない。

それはただそれだけのこと。
また次の瞬間、どんな存在でありたいか。
選び直し、そうすればいいだけのことだ。

どんな言葉で愚痴を言おうが、
あなたのお母様がそうした瞬間をすごしていないわけではない。

愚痴をいうことがあっても、いいではないか。
次の瞬間には、愛そのものである行動をするのであるから。

本人の顕在意識がそれに気づいていないだけなのだ。
だから言葉を使いなさい。

「あなたは、無償の愛で命に触れている存在ですよ」と。

そういう言葉を言えないのなら、ただ一言、こういいなさい。

「ありがとう。」

それですべては伝わる。あなたが母を何とみて、誰だと認識するかによって、
あなたの世界の中に住んでいる母の存在は大きく変わる。
それは、お母さんが変わったのではない。
あなたが世界の捉え方を変えたからだ。

そして、そうし続けることがあなたを豊にする。

お父さんは、あなたにそういうエネルギーで
「ありがとう」と言ってくれたのだよ。
だからあなたの心の奥底に届き、大きな愛のエネルギーを注いでくれたのだよ。

その瞬間は一瞬の出来事かもしれないが、時間枠の中ではそうだが、
あの「ありがとう」は、時を超える。
過去や未来も超える。

そしてあなたに命の純粋さ、愛の波動を刻みこみ、
あなたを癒し、また輝かせるのだ。

お父ちゃん、ありがとう
お母ちゃん、ありがとう

なんという勘違いを自分がしてきたのか、今、本当によくわかりました。
どうもありがとうございました。

ビール

どうして私はこんなにビールを飲むのでしょうか?

肉体の欲求だ。
それで働いているつもりになっている。
もっと違うことに肉体を使ったら?
そうしたら変わってくるよ。

でも別に飲んでもいいのかな?

別にいいんじゃない?そんなに楽しいならね。

ビールを飲むという行為について考えたことがあるかね?

う~ん、もう一口飲みだすとどうでもよくなるから、考えない。
「今日はもういいや」と思うから。

今日はもう何がいいのかね?

やることやんなくて。

やらなきゃいけないことをしているからだよね。
やらなきゃならないことって何?

生きるための生活のもろもろだよ。
ごはん作ったり、後片付けしたり、仕事のことやったり、いろいろ。

それはずっとやっているには疲れることなの?

そりゃそうだよ。疲れるよ。

疲れるということは、無理をしているということ。
ムリというのは、本当にありたい自分の姿ではないことを肉体にさせて、
それを「達成した」というように、価値を置いているからだ。

体は疲れもするが、エネルギーを回復するためにビールをのんでリセットするというのは
体にとってはもっと疲れることだということぐらいはわかるね。
では何が疲れていて、何が休むのか。

思考だよ。頭だ。

キミは思考体を酷使する。
肉体を使っているように思うが、はるかに多くのエネルギーを思考につかっている。
それを一旦休ませないと、エネルギーが体の回復にまわらないから、
強制的にビールを飲んで思考の動きを「今日はもういいや」と終わりにしているのだ。

それは、ビールというスイッチと連動するように設定している。

その設定は、簡単に解除できる。
方法は、ビールを飲む前に思考の動きを脇に置くことだ。

もしくは、生活の中で思考の使い方をかえるというトレーニングも有効だ。

瞑想や、活元運動の最初の「思考を脇に置くポーズ」もいい。
ヨガもそれだ。
動の瞑想というのも、みな思考体の動きを脇に奥くということをしている。

そう、中心に定まって、意識を魂に合わせ、五感を開いて、世界を感じ、愛し、喜んだら、
いらぬ思考など、うごくひまはない。

思考を動かし、何かをやろうとすることをつかさどっているのは、自我だ。
自我の生き残りをかけた戦略は、今はまだ時に生活の場面で必要だろう。
しかし、それを作動させるのは、
中心にあるスピリットの感覚、心の声だということを
あなたは強く意識し、意図して存在するべきだ。
そうすれば、思考の暴走、自我によるコントロールが生み出す、変な疲れ、
生きているだけでしんどいといったことはなくなる。

あけわたすのだ。完全にこの感覚に。
中心とつながり、そこに静かに落ち着きながら、五感をオープンにしているこの感覚に。

呼吸を意識してごらん。

瞑想の目的とは、
思考体を脇において、もっとも今にいること。
瞬間に存在するのは、肉体だ。

肉体を敏感に感じることは、
肉体を知り、
肉体ではないと知り、
そして肉体ではなく、思考でもない自分というその観察する存在にもどり、
そこに本来の居場所を置くということ。

さて、私が誰だかわかったかね。
本来の居場所であるあなた自身だ。
本来の居場所であるあなた自身にすべては含まれる。

ストーリー

ハリーポッターのような、すごく面白いドラマ、物語を描きたいのです。
インスピレーションをください。

本当にそれを受け取りたいのか。

はい。・・・・・・どうして黙っているのですか?

肉体を超えた自分という命の存在、
命へと戻ったら、それは起こる。

インスピレーションとは、
きみのベースポジション、つまり、スピリットとつながる状態にはいったとき、
そこから流れ出るもの。

私として語れるか。

私という存在の言葉を聞いている人がいる。それはお前の何だ?
そしてこう話す私は誰かね?

私はお前だ。
私そのものに同化する気持ちはあるのか?
ほんとうにそこに許可をだして、私自身と同化するならば、
それは起こる。

やってみます。

こうしてメッセ―ジをつたえているのは、まぎれもなく、あなただ。
私だ。

私は、命であり、それを味わう経験を観察するもの。
つまり命とは、パートをたくさんつくって、経験をして、
それを観察することだ。
観察している私が命であり、
観察している自己は、みながもっている。
それが命であり、その命とは、
すべてのものから解放されたときに、
すべての反応や思いが自分が体験したある波動であるということを認めた時、
そこにそれを認める自分がいて、
それが命であり、私だということ。

私はこうしてパソコンをうっている。
この体を通して、観察した結果を味わうこともできれば、
観察した結果を書き記すこともできる。

自我とどう違うの?

自我は意味を求める。

私は、意味を求めない。
ただ、そういう状態があった。ということだけなのだ。



眠い!

本を読んだり、この対話をしたり、
その最中に、昼間どうしようもなく眠い。
これはただの昼寝?それとも、どうしてこんなに深い眠りが急に襲ってくるの?

良質な水をたくさん飲んでください。
あなたの体は進化しているのです。

たくさんの光を受け入れるために、
抵抗があっては対処しきれません。
そのために、葛藤をなくしていく必要がありますが、
それは、あなたが許可すればどんどんと起こります。

意識を眠らせているのは、急激な変化に肉体意識がおいつかず、
邪魔をしないためです。
あなたの肉体意識が何かに頑張ってしまうと
サバイバルモードで動き肉体を使用すると、
光を吸収する変換が自動的にストップしてしまいます。

ですから、あなたは、そのようなモードに入ると
眠くなるのです。

でも本を読んだりチャネリングしたりしているだけだよ。

あなたの顕在意識がそれをサバイバルモードつまり自我で受け取っているときは、
特にその情報という名の光が強い場合は、回路がショートしてしまいます。
肉体意識はそこではそのままでは存在できません。

あなたが魂意識と同化していればそれは完全にオープンになります。
しかしまだその状態にはありません。

ライトボディの進化ということですか?

そうです。エネルギーグリッドの接続点の進化です。

私は今、ライトボディ第何レベルなのですか?

第8レベルに突入しようとしています。
しかしそれには葛藤が多く、多くの気づきが入ります。
あなたの思考的なブロックやエネルギー的なものも
最後の許可が出ればとけるように消えていき、統合されるでしょう

最後の許可とはなんですか?

あなたが、本当に自分を許すということです。

私はまだ自分を許してはいませんか?

深いところで、罰しています。
それは、ありのままという状態があまりにも無防備で
危険だという肉体意識の記憶によって防御されており、

そのことをやめられない自分に失望もしており、

それを罰してやめさせようとしています。

しかし、罰してもやめません。

なぜならば、罰するというプログラムこそ
すべての始まりの動きだからです。

あなたに罪はありません。

もしも光を受け入れないという選択をしたとしても
あなたには罪はありません。

あなたは自由にこの世界で羽ばたけばよく、
肉体というポイントを使って、喜びの波動を世界に放射し
それを拡大することがいつでも
いますぐ、この場所で
できるのですよ。

笑うことを忘れてしまった娘よ。

本当の心の奥底からのすべてを包む笑いを
あなたがもう何十年も忘れてしまったことが
私は残念です。

笑うことを自分にさせない理由はなんですか?

どうしてなんでしょうか。私は本当には笑ってはいけないと思っています。
今、涙があふれ出てきて止まりません。
どうして私は自分からこのように笑いを奪ってしまったのでしょうか

ある悲しみがあなたの笑いを放出する出口をふさいでいます。

悲しみは、笑いとはまた違う
ある特定の世界をあなたに持ってきてくれました。
それは長い間あなたの中にあります。
貴方の肉体意識が、あなたの魂意識が
どちらも抱えているものです。

私のカルマですか?

そうです。
あなたのカルマは、悲しみを美化してそれに片寄り
パワーを送っているというバランス点にあります。

そのバランス点での均衡を手放すことに恐れを感じますか?

そうです。感じます。
もうこのままでもいいと思う部分があります。

そして?

そして、それはもう充分やったという気持ちもあります。

その悲しみに依存するバランス点はあなたの世界に何をもたらしましたか?

さらなる悲しみと、笑いのない時間です。
そして役わりをこなし、表面の笑いで、心からの満足感を先送りにするつまらない時間です。

あなたはそれが好きですか?

いいえ、もう充分です。もういりません。

ではあなたの中の変化が起こるのをそっと静かに許可しましょう。
それは自然と水がそっと抜けていくように、なんとなくですが確実に変わり始めます。

後は精霊に任せなさい。

何も難しいスキルをためさなくてもいいのです。
あなたがこのようにそれに気づき、
そしてもう変わることを許可したならば。

あなたの子供たちの笑顔が、昨日とは違って見えますよ。
明日はもっとかわいく見えますよ。

そして、あなたが笑っている顔をイメージしなさい。
心から満たされた笑顔です。

それは自分が自分を受け入れ、
その存在の素晴らしさに感謝する
満たされた思いの笑顔です。



心の中で自分を罰し続けている人のなんと多いことよ。
それはその人のせいではなかったのに。

悲しい時代に巻き込まれ、
多くの時を自分を犠牲に頑張った人たちが
なぜ自分自身を心の奥底で罰し続けるのか

それは、
自分が本当に自分自身にやりたいことをやらせてあげていないことに
気が付いているからだ。

ごまかしの欲望をいくら埋めても、その部分は埋まらない。

人は自分のことを、罪深き子とみることが大好きだ。

刷り込まれたこの原初の葛藤を持つサバイバルな意識に主権を明け渡した罪悪感から
人間は逃れることはできない。

なぜならば、本来の姿ではないからだ。

あなたがたは、魂意識であり、そのエネルギーを肉体と共同してこのポイントに放出する存在である。

ふと良きことを行ったときの、こみ上げる嬉しさ。
それが、魂意識に主権を渡した瞬間である。

あなたにはそれができる。
なぜなら、そのものの存在だからだ。

いくら肉体意識がそれを否定しようとも
あなたは尽きることのない命であり、
肉体というポイントを通して
その喜びを表現する存在なのだから。

悲しみを味わい、それを楽しむことは大いに結構。
しかしそれに依存し、存在意義にしてはならない。

あなたは悲しみがあってこそ存在できるものではない。

あなたは喜びを放出するものである。

あなたがなんと言おうとも、それはそうなのだよ。



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