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2011年~2012年について教えて

いきなり、興味ある方へテーマを変えていこう。
アセンション、分離から合一のエネルギーへ、地球は5次元へなどなど
宇宙存在やアセンション関連、水瓶座の時代ということでたくさんでています。
私も宇宙連合の話とか、爬虫類系の宇宙存在のこととか、自分の中の葛藤があるために分離のゲームをまだ続けていくという方になるのかとか。

不安や恐怖がすぐにやってきてそこと手をつないでしまいがちになるのだけど、
実際のところ本当に何を信頼していくのか。
自分の中にやってくる言葉にふれてみたいと思う。
よろしくお願いします。

はい。
あのね、あなたは高次のものとつながろうとするけれども、
高次とか低次とか、全部自分だからね。その中の一番低次の部分を内面に抱えていると思った方がいいよ。
もちろん、一番高次の部分も内面にあるわけだ。神が。純粋なる創造エネルギーだよ。
だから、勝ち残りをかけたエゴ、欲望を満たそうとするエネルギーに自分を明け渡せば
あなたという存在はその波動と同化する。
愛、神、無条件、ノージャッジメント。そういった部分のエネルギーに意識を向けるならば、
あなたという存在は高次の波動と同化する。
それは同時にどちらもは存在しえない。
波動だからね。
どっかのレベルに波動があえば、その瞬間はその存在になるということ。
そして、ある別の瞬間はまた別の存在になるということ。

その一瞬一瞬がつなぎあわさった存在が、連続して存在するように見えるあなたという個人になる。
だけど、あなたという個人はいない。
そんなものは幻想なのだ。

わかるかね。
あなたという形をまとった瞬間の表現されたものはある。

その瞬間にあなたがどのエネルギーと手を組むことを許したか、
もう少し違う言葉でいえば、
どのエネルギーと共にあることを受け入れるか。ということだ。

そして液体でも気体でもおなじだが、
重いものほど先にくる。
繋がりやすい。
軽いものほど、上の方にある。
自分の波動を重いものに任せてしまうと、重いものがくる場所にいるのだから、
そちらばかりがやってくる。
それを高いもの、軽いものと同化したいと願って、重いものを抱えて上を目指しても苦しいだけだ。

水の中と同じ。

リラックスして、力をぬくのだ。
そうすれば、勝手に浮かび上がる。そのように人間はつくられている。
もがくな。あわてるな。怖がるな。

怖がって、今持っているものにしがみつけば、変化はない。
軽くなって浮かび上がることはできない。
執着をなくせ。
つかんでいる心は執着だ。

つかんでいるものはそんなにいいものか?
生きていくために必要な酸素ボンベか?
酸素ボンベを手放して、軽くなって浮かんでしまえば、
上には無限の酸素があるというのに。

人類は今、水の上に顔をだそうとしている。
しかし、多くの人が酸素ボンベをもうしばらく持ち続ける方を選んだ。
ただそれだけのことだ。ボンベに酸素がなくなってきている。
手放して上にくればいいだけだが、
今まで慣れ親しんだその生き方とまるで違うことをするのは勇気がいることかもしれない。
キミたちの世界では。

葛藤を抱えていては、新しい世界へと移行することができません。
葛藤を手放してください。とゲリーがいっているのは
ボンベを抱えたままだと上に上がれません。
ボンベを手放して水の上にきてください。
と言っているのと同じこと?

そう、その通り。
やってしまえば、なんてことない。
なにも難しいことはない。

キミたちの世界では、たくさんの人がボンベの手放し方を教わりたくて大枚はたいているけど、
おかしな話だ。放せばいいだけ。
「どうやって放すんですか?」ときみたちは聞く。
私はこたえる。
「放せばいいだけ」
それ以上に答えることがない。
大脳に手を放しますよ、と指令を送り、大脳がシナプスと協力してそれを神経系統につたえ。腕の筋肉を動かして
うんぬん、、、、説明したところで、意識がそんなことできると思うのかね?

やるのは、全体だ。キミの全体全部のシステムをつかってだ。
意識がわかっていることなんてほんの少しだ。
なにもわかっちゃいない。だけど、できる。それでできるんだよ。

大切なことは「そうなることを知っていること」
手放すという気持ちになって、そうすること。

それ以上にこのことを説明することはナンセンスだ。

大きなポイントを一つ。(※)
キミたちが大いに勘違いしているのは、
手放すことができるのは他の人がとってくれるまでできないと思い込んでいることだ。
他の人がとってくれるまで、自分ではどうしようもない。
と思い込んでしまったところに、この現状がある。
自分ではとれないと思い込んでいるのだから、それはとることはできない。

言っておくが、手放せるのは、あなたが手放すだけだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
ただの作業だ。

そして自分がどの波動のエネルギーと手を組むのか。
瞬間ごとに決めているのは、あなた自身だ。
そのことを本当に認めるべきだ。

あなたが、純粋なる愛と手を組むことを選ぶとき、あなたは神そのものの存在となる。
あなたが、欲望と手を組むことを選ぶとき、あなたは欲望を達成しようとする存在となる。
なにになりたいか、瞬間ごとに決めることができるし、何を選んでも、自由だ。
それによって、罰せられることはない。

そしてアセンションというのは、神と呼ばれる波動と手を組んだ時に訪れる無限の可能性、
自由を手にして遊ぶということだ。
もう一度言おう。
制限のない、、、つまり無限の自由を手に入れて
それで遊ぶということだ。

最後が重要だ。そこのところをちゃんと言葉にしている文章はあまりない。
大切なことは、遊ぶということだ。
キミたちは遊んでいるのだ。
だから、欲望と手を組んで遊んでいてもそれが本当に心底楽しいのなら
ぜひともやればいい。
その遊びは散々やってもう違う遊びをしたいなら、
新しい遊びがあるよ。

まだ分離の遊びをしたい人たちは、その遊びは危ないからやめた方がいい、
楽しいからこの遊びやろうぜ、と誘う。
キミが別の遊びに行こうとすればするほど、
そっちにはいくなよ、と手を引っ張るだろう。

だが、それが何だというのだ?

遊びたい遊びをそれぞれがすればいい。
それだけのことだ。

本当に自分がやりたい遊びに行けばいい。
それを自分に許してやりなさい。
それが2011年の今、すごく大事なこと。

*******

※後日、加筆。
 この部分を書いた後に開いた本に、まさにという説明がありました。

 「人生の本質」ディーパップ・チョプラ著 P63

物語というのは、メタファーとなって深層心理に入り込みます。
白雪姫は王子のキスを、シンデレラは魔法の杖のおばあさん、眠り姫はイバラの道を通り抜けてくれる人を
待っていました。最後の切り札は自分ではない誰かがもたらしてくれるのを待っていなければなりませんでした。


生き方

この時代を生きる日本人へメッセージをおねがいします。
私たちはこの自然災害の中を生きる上で何を大切にしていけばいいのですか?

まず、光に意識をあわせること。
悪あがきをしている存在たちの仕組んだ災害も多いが、
それによって放出されていくネガティビティの解放がスムーズにいくように、
意図して祈りをささげてください。

何も怖がることはありません。

自然災害はこれからも起こる。
それは、いつの時代もそうだ。

地球に住む一人一人がどれだけ
自分の内なる声に耳を傾けることを意図するかによって、状況はかわる。

キミたちの奥底には声が聞こえるはずだ。
多くの人が繋がっていて、それを認識できるようになっている。

電波割り込みはすぐにわかる。
キミが操作されているかもしれないと自分で気が付くために大切なことは、
自分の中の魂の声をよく知っていることだ。
それを信じて受け入れれば、違うものが来たときにすぐにわかる。
それが来たら、はっきりと意志を伝えなさい。

これからの時を過ごすにあたり、大切なことは
きっちりと意図をもって光を見ること。
光に包まれた世界をイメージして、それを生きること。

自然災害や闇の崩壊が君の近くで起こっていても、
自分が光の世界の住人だと意図すること。
もしそれが心にウソをついているとおもうのなら、
光の世界へと進みつつある存在だと認めること。
そうして、闇の勢力の活動に加担しないことだ。
それは、自分だけが救われようとしないこと。
恐れがベースにありつきうごかされる行動はすべて闇の勢力にパワーを与えていると認識しなさい。

あなたが心の中に平和を光を抱くとき、
あなたは自分にいいきかすだろう。
混乱の世にあっても、気づきのメッセージを伝え、目覚める方向でできることはたくさんあり、
またそれをすることが、混乱の世界を生きていく上でとても大切なことだと。

私の言葉を伝えなさい。
あなたは書き記すだけでいい。
そうすれば勝手に広がっていくだろう。
ただし、誤解や中傷、もしくは妨害しようとする存在もよってくるかもしれないが、
相手にしなくてよい。

2011年残り4か月。

自然を愛で、瞬間を楽しみ、地球と共にいる一瞬一瞬を大切にすごしなさい。
この時はかけがえのないときである。
キミが体験しているこの時の奥深さは行っても言い切れないくらいだが、
その情報を聞いたから豊になったり、見方がかわるのではない。

外からの情報、メディアやネット上から入ってくるものは、
なんらかの意図があるということをもうわかってください。
あなたが魂の声に耳を傾けないでもいられる時間をバラエティは作り出し、
恐怖をあおる映像や情報をニュースは流す。

そこに君を今最高に楽しませるものはない。
キミがこうして心の声に耳を傾ける時、それはこの人生の中でも輝くほど素晴らしい濃厚な時となるだろう。

子供のころに自分の中で会話して遊んでいたその安心感と幸福を君は思い出しただろうか。

あなたは私が子供のころから話しかけていてくれたの?

そうだ。
いつでも話しかけていたけれど、君はすっかり外のことで忙しくて、
君の自我の声やいろんな音でかきけされていたのかな。
あまり届かなかったが、それでも君は大切な場面やふとした時にうけとっていた。
こうして会話にはならなかったが、君は見事に私のメッセージを受け取って行動してきたよ。
それがあなたのいいところだ。

あなたはこうして私との会話を書き取ることをしようとして生まれてきている。
私の存在を認めて、生きていく。
この時代に。
そうしたいと願ってきた。
だから未知なるものへの興味や好奇心があり、
またそれを受け入れる土壌のある親の元へと生まれてきている。

光へと向かう人へ

今を生きる仲間のみなさん、
共にメッセージを受け取ってください。

************

光へと向かう者たちよ。

今ここに光は溢れ、あなたを包み込んでいる。
そのことに気づいたかね?

はい。嬉しいです。

いつもあったのだよ。
あなたの中には、いつも光が溢れている。

自分がどこか違うところで一生懸命やってきたと思っているのかもしれないが、
そうではない。

あなたはいつだって、光の中で過ごしていた。
ただそのことをどうしても認めたくないというのだから、
ムリには押し付けられなかっただけだ。

あなたは、心を開いて、受け入れることにした。

それがどういうことだかわかるかね?

苦しんでいるあなたなど、いないということだ。

そんな自分のイメージはもう消えてなくなった。

あなたは光に包まれて、穏やかに守られている。

その姿を本当に見るとき、
確かにそれはそうなのだ。

楽しいね。
楽しいだろう。

私と一緒に、散歩しようか。
私と一緒に歌を歌おうか、
私と一緒に空を眺め、
子供の眼をみて、やわらかい肌に触れよう。

あなたが純粋にそれを感じて、
感覚としてわたしに伝えてくれるのが私にはこの上なく心地よいのだ。
あなたが触れてくれるから私はそのことを感覚的に知ることができる。

私がやりたかったことは、そうして触れてみることなのだ。
世界に。
愛が形となった世界に。

エネルギーが満ち溢れているリアルな瞬間に。

恐れに囲まれた世界をあなたは知っているのかもしれない。

恐れについて、死について、生き残ることについて、
正しいことについて、勝つことについて
あなたはたくさんのエネルギーを使ってきたかもしれない。

それもいい。

しかしそれは、生きる喜び、命に触れる喜びを味わうという目的のために
それを際立たせるために、あえて用意したものだ。

死や恐怖に支配されるためではない。

生きるということを楽しみつくすためなのだ。

あなたは、命だ。
あなたは命に力を与え、
生きるということに、意識をむけ、
生きているということに、喜び満たされている。

そのことを、共に祝おう。

愛について

壮大なテーマですが、どうしても。
「愛について」対話しましょう。

愛とは、エネルギーであり、それは、光である。
それは命であって、それにふれると、感情体が動く。
感動する。
その感動というのは、命の喜びだ。
「命の喜び」はこの世界が創られた一番の理由だ。

生きることは、流れているものを認識するという行為が伴って初めて感じられる。
認識するとは、それ以外がなければ、認識することはできない。
だから、愛以外というものを作った。
それは、愛という状態を認識して、喜びに満たされるためだ。

愛とは命といった。
だから命以外という状態を作り出した。
それが死だ。

死とは、幻想だ。
それはいろんなメッセンジャーが伝えているメッセージだ。

私は頭ではそれを知っていますが、本当の本当に死はないと信じ切ることはまだできてない。
死んでみないとわからないのかな。

生きてみれば、わかるよ。
生きる命を感じて喜びを体感するために、死という状態をつくったのだから、
生きる瞬間にドキドキして命にふれてみれば、
死というものが、限りなく際立つし、一方でありがたくもなるはずだ。

死に支配されるのではない。
生に支配されるのだ。
生を味わい、生として命を感じるのだ。

その時、死という幻想に感謝すらするだろう。

死がなければ、その一瞬のすばらしき命を遊ぶことはできないからだ。

だからこそ、いつまでも生きていると思うな。
いつも死が遠いところにあるなどど、思うな。

キミはいつも、死とギリギリの隣りあわせにいる。
そうしてこそはじめて、命を愛し、命の瞬間を遊びつくせるのだ。

山に登る竹内さんは、感覚的にそれを味わっている。(※登山家・竹内岳洋 )
そしてその瞬間をまた味わいたくて、そのことに別の時間すべてをついやしている。

そう、危険と隣り合わせのことをしたときに、命というものを最もリアルに感じることができるのは確かだ。

ただし、そのようなことをしなくても、あなたはこの瞬間、その状態にはいることはできる。

どうすれば?

今、私は生きている。
そのことを強く感じてご覧。
意識を向けてごらん。
今、あなたは生きている。
そのことを喜び、この奇跡を愛おしみ、
そして世界を色鮮やかに受け止めるのだ。

あなたは、この命のエネルギーをどう表現する?

ただただ、すごいなと思います。

そう、生きている、命。
命があるのだよ、
キミに命があるのだよ。
キミは命なのだよ。
命とは、お金で買うものかね?
命とは、もうすべてを完全にそこに持っているのだ。
与えられているのだよ。みなに平等に。
命は、誰かにはすこし、誰かにはいっぱい、あるのかね?

生きている。そう、それは命があるということ。
その命にいいも悪いも、上も下もない。

自分は命だ。
命そのものだ。

そのことに、本当に気づいたなら、
命を輝かすために何かが必要で、何かをしなくてはならないと考える
あなたの思考は邪魔しかしていないということがわかるだろう?

命から、離れるな。
命、そのままで居続けるのがそんなに難しいか。

愛とは、そういうものだ。

あなたは命であり、愛である。

そのことは、疑う余地もない。

スピリチュアリティとSex

男性Tさんから、SEXについての質問を受けました。
私も同じことを感じていて、
女性の体は、肉体としては、やはりSEXによって整い、広がり、繋がるのではないかとおもいます。
しかし、現状はそうではなく、そのことでさらなる自分への可能性を閉ざしている女性が多いのです。
パートナーとの関係、夫婦というしばり、社会的倫理、いろんなものがあって
「浮気」はやっちゃだめ、裏切りとかってなっちゃうでしょ。
だけど、そうじゃなくて、もっと自由に相手を選んで、もっと解放してもっと喜びを堪能してもいいんじゃないかと。
だけど自分の中には、やっぱりそれはダメでしょと思うし。
どうすればいい?

正直になりなさい。
あなたが求めている衝動は肉体が発しているサインであって、そのサインとはとても重要なものですよ。
それを思考がおさえて、頭で考え倫理で動いていた時代は終わりました。

もう時はそこにはありません。

あなたの中でわかっていることです。

あなたがまずは心の中にある制限を解除したとき、それは自然とそうなっていく。
誰が悪いのでも、誰がむちゃなのでもなく、あなたの輝く時間が訪れる。

心の中にあるブロックは、信念だ。

「相手をうらぎってはならない」
それは仕えているものという意識があるからだ。
それは、女性が男性の下でしたがってきたという日本の集合意識に根差している部分だ。
昔はそれでもよかった、
男性がしっかりと女性を毎晩抱いて満足させたり、夜這いと言う風習があって
そのあたりはかなり進んでいたからだ。

男性は応えることができなくなってしまっているのは、
進化に適応しない肉体にあり、男性もそのギャップに苦しんでいる。

男としての役わりが、家庭を守る、命を守るということになってしまったときから
それは、方向を見失ってしまった。

守るべきものを勘違いしている。

守るべきものは、未来の時も安全に生活していることではない。
今の笑顔だ。
笑顔を守っているという意識がないから、
パートナーが怒っているのに、自分はちゃんとやっていると思っている。
仕事をこなして頑張っていると思っている男性が出来上がる。

女性が性を喜びに満たされるというのは、最も濃い瞑想ダンス、
動の瞑想であり、女性は子宮と腰回りを、そして連動してハートの奥を開くことができる。

修行僧が掃除を瞑想にするように、
女性にとってエキサイティングな動の瞑想であるSEXを
そうだと意識が認識して初めてそのような可能性が広がる。
思考がそこで「宇宙とつながりポータルを開くこと」をブロックしていたら、
それは起きるバズがない。

社会的な信念や倫理は、生きている社会や時代によって様々だ。

キミがいきているその時代でも、もっと自由な人はたくさんいる。

そこの許可をだしていないのは、あなたの中のことだ。
つまり、みんなに共通する問題ではない。

キミの中にあるブロックは、
「自分は男の力を借りなくても生きる」と決めていることろだ。
それは、意地をはっていると同時に、可能性をかなりしぼめている。

母の姿をみて、社会にでて女性が離婚して一人でやっていく手段をもっていなければならないと
思っただろう。

その憤りとくっついた強い思いがお前のなかにはしっかりとある。

女性がしいたげられた時代があり、差別があった。
憤りを感じだ多くの想いが、集合意識の表層にある。
あなたはそれをすくいあげ、母の姿を証拠としてある仮説をたててしまった。

女は男にたよらなくとも一人で生きていられるようになるべきだ。
一人でしっかりたってこそ、二人になったときに依存することなく共にいることができる。
と。

しかしここで大切なニュースを伝えよう。

あなたの世界にいる女性は、
憤りを感じている集合意識の女性の想いを許し受入れ、手放し、
そのエネルギーからさらに進むことができる。

女性は犠牲者ではない。女性は一人の男性に縛られる必要はない。
なぜならば、それは男性性と女性性のバランスを取るためのプロセスにすぎなかったからだ。

あなたは自分の中に抵抗しているそのブロックがあることで、
男性性と女性性のバランスを取ろうとする動きすらしていない。
だって、それをすると負けるとおもっているからだ。

しかしあなたは負けない。
自分の中の男性性と自分の中の女性性、
それが戦って勝ったり負けたりしたところで、
誰が勝って、誰が負けるのかね?

もうそのやり取りに社会的な倫理をくっつけて、
そうやって緊張状態を維持することへの言い訳をつけるのはやめにしたらどうか。
もし本当にそこを融合して、ポータルをひらきたいのならば。

あなたの肉体はすばらしい道具だ。
あなたを今ここにつれてきてくれ、また別の意識空間へといざなうポータルになってくれる。
そういう装置だということをもっと深く理解したとき、

女性は新な女性の可能性を開く。

もっともっと自分を解放しろ。

本当に別の人とSEXをしたいと望んでいるのか?
恋をしていない相手と。

いやだ。
だけどもっとドライに、なんていうのかな。恋愛とかどろどろした感情とか欲望とかじゃなくて、
ちょっと整体をうけるように
ちょっとエステにいくように
それができればいいのにと思うときがある。

しかしそんなところがあったとしてもキミは絶対にいかないだろう。

そうだね。

実際にあるし。

そうだね。

ストップをかけているのは、旦那ではない。
そういうシステムでもなければ、社会倫理でもない。

それをやらない方がいいとはっきりきまっているキミの心の中では
もうそのようなやり方をしたいわけではないと知っている。

自分の心の中のブロックを外すのは、
愛があるという実感だ。

それが女が欲しがる最も重要なことだけれども、
キミはそれももう知っている。
愛とか愛情とか、そういう言葉で自分を安心させても、
本当の意味で愛に包まれている感覚を持続することはできないと。

そして愛とは、命だといった。

愛はないと思って、だから包まれようとする。
包まれているという錯覚を味わって、
今度はそれがなくなることを恐れる。

SEXでそれを確認して、
ああ、まだあったのねとなる。

この繰り返しはポータルを開かない。

愛と、愛の、ふれあいだ。
例えキミがあまり好まないSEXであったとしてもそれは
もう、愛と愛のふれあいなのだ。

そこに愛を感じられないと言い張るのはわかる。

だけれども、感じていないのは、そう受け取っているから。
思考は、あくまでもどこまでも感受性をせばめ、鈍くする。

何を怖がっている?
ポータルを開けることが、未知なることだからそんなに怖いのかね?

うん、今の自分ではなくなりそうで。

そうだ。今のキミではいられなくなる。
なせか。男性には負けまいとする憤りを持った女性性が
男性性と一緒に融合してさらに新しい女性性へと発展するからだ。

その時、キミの中で均衡を保っていたあるバランス点がなくなり、
新たなバランス点が生まれる。

それはもっと広大な自己としての中心点だ。

かたよっている世界の、緊張をともなった男性性と女性性のバランスは
消えてなくなる。

ただそれだけのことだ。
なにも怖がることはない。
怖がるどころか、楽しみなさい。

そして、そのバランスの均衡点を思考でさがしたり、
瞑想で探したりするよりも
実際に肉体を使った方がはるかにうまくいく。

地球がもう男性性とか女性性といった分離した次元から移動いている。
それにともなって、女性の体も子宮がすべてを受け入れようとしはじめた。

このことは、連動している。
母なる大地の地球に、エネルギーコードでつながるキミたちは、
母の変化を直感で感じとっているが、
それをキミの世界で形にすることをためらっている。

しかし、これこそ、時間の問題だ。
間もなくみながそういう意識になるだろう。
しかし、さまざまな原因で退化している男性の肉体は、
そのことを直感で感じることはできない。

直感で感じることができている野生をもっている男性も
もちろん大勢地球上にいる。
その野生をもった男性と共にSEXを楽しむのは
誰もとめない。

むしろやればいい。

退化したといっても、命でないわけではないだろ。
肉体が退化したというのは、肉体の直感的部分、宇宙へと繋がる肉体本来の機能の部分では、
それを意識しないから使えないという所ある。
だから、教えてやるのです。
男性としての本当の力を。

では、世の男性陣に教えてください。書き留めますから。

男性よ。まずは目の前の女性を未知なるものとして好奇心の目でみなさい。
女性はあなたが知っている女性とは変わってきて、進化し始めている。
観察し、触れて、体感し、そして進化を味わうのです。
女性の進化をそうやって楽しめるのは、男性の特権です。
その特権は、男性が優位ということではなく、
男性という生をこの度選んだあなたが自分できめてきた楽しみです。
女性の進化をサポートするという大いなる使命は
あなたをこの世に男性として生まれさせています。

もう命を守るという役目は終わっているのですよ。

男性のもっとも面白いところは、
地球が象徴する女性性が進化して新しい融合されたエネルギーへと進化を遂げる
そのプロセスを観察し、寄り添い、楽しめるというものです。

男性諸君。

あなたは、自分の中の欲望や倫理と戦うのではなく、
もっと広い世界にでて、その好奇心をパートナーの女性の肉体に
そして肉体を道具としている意識にむけてみなさい。

そうすればあなたは、その進化を共に体感することができ、
それは、あなたも一緒に新しいエネルギーの世界へ、
移動することを意味します。

男性としての今の楽しみ方にTさんは気が付きました。
そしてそのことでまた多くの喜びや冒険や好奇心を満たすことでしょう。

それは2011年2012年、いよいよもって急速なスピードで変化していきます。

そのことをあなたも直感で感じていますね。

だからこそ、あなたにはそれを分かち合えるパートナーがいるのです。


もっと詳しく教えてください。
まずは私個人のことについて。

ブロックの話はした。
キミは自分に喜びを与えないという別の信念ももっていて、
それは、だいぶ和らいできたけれども
キミは自分自身を罰している。

何度も言う。

キミは命だ。
相手も命だ。

罪をもった命などない。
罰せられるべき魂などいない。

キミは本当に自分自身が命であり、愛であり、喜びに包まれる権利があり、
自由であり、なんでも思った通りに動いていいし、口に出していいし、表現してもいいと
思っていない。

なぜかわかるか?

人は傷つく。

と思っているからだ。

奇跡のコースにふれて、自分の中にふれて、
そのあたりはだいぶ思考体系が変化しているとおもっているのだけれど。
まだあるのね。

完全に思考体系を入れ替えてこそ、意味を成す。
ちょっとだけどっちかなんてありえない。
キミの世界の中では、まだキミは傷つけられるし、傷つけることもできる。

自分のことを本当に愛だと、命だと思いきれない人からの言葉は、
やはり相手につきささるものだ。

それとSEXとどう関係があるの?

相手は同じ命であり、ひとつもの。
一つエネルギーだ。
さて。
敵か?

さて。
あなたを傷つけることなどできるか?

そうやって相手を他として扱って、同化することを心の奥で拒否していたら、
いいSEXなどできない。

命が溶け合うその瞬間を求めて、
個ではない、一なるものになろうとする試みがSEXであり、
エネルギーレベルでそれはなされている。

そうやって、バリアをはることをしながら、
同時に融合することなどできるはずがない。

あなたは同じことを繰り返し言って、堂々巡りしていることに気づいたか?

低い波動の命などない。
高い波動の命などない。

どちらも含んでいるのだ。
命の構成要素は実に多様で、キミが相手のどの波動と共鳴しようとするか。
つまり、キミが誰として、どの波動で相手に触れるかによってそれは決まるのだ。

いつもどんなコミュニケーションもすべて同じだ。

あなたは、誰であるか。
それがすべての出発点なのだ。

でもね、純真無垢な娘と話をすると
本当に私も心がおだやかになって、愛が広がります。
そうやって相手から投げかけてくれることもあるでしょ。
全部が全部、私からじゃないでしょ。

相手は自分だ。
それがまだわからないかね。

鶏が先か卵が先か。
それだけの話だ。

今、自分だと思っているところから始めてみるか、
相手だと思っている自分から始めてみるか。

やる方、やられる方、
そのポジションが変えられる。
そうしてどっちもやりたいわけだ。

で。

今のキミの意識ができるのは、どっちからだね?

自分が簡単にできる方をまずはやってみれば、世界は流れ始める。

相手からやってくれない。と怒っていて、
それでどんどん時間ばかりを先延ばしにして、
あなたに何かいいことがあるのかね?

どっちにしても、自分なのに。

・・・・・・・・

ではまた質問したいです。

奇跡のコースにSEXについて触れている箇所がありますよね。
今さがしたけど見つからなかったです。

肉体を使って得られる喜び、
奇跡のコース第8章の3から。

今読みました。3から8章の終わりまで。
この対話の内容ととてもリンクしていて、
すごくよい部分でした。

肉体というものは、制限ではない。
「愛だと確認しあうための道具」だ。

そのこと以外の使い方を心がしようとしたならば、それはスムーズにはいかなくなる。
それは、ひっかかり、喜びなど生まれない。

肉体の欲望に従っただけのSEXに
あなたを本当に喜ばすことはできない。

その肉体を超えて、一つものとなる命であるという実感を持つ瞬間こそが
あなたが自分とは肉体を超えた存在であると
体験をとおして知る機会となる。

そしてそれは、あなたが本当に望めば、
すぐにでもそうできるのである。
例え、幼いSEXだとしても。

では倫理的なことを聞きたいです。
ある行動によって
誰かが悲しい思いをすることになるとしたら。

悲しい思いをして気づくこともあるだろう。
ただし、誰も傷つけることなどできないということを
もう一度強調しておく。

そうみえるだけの世界に惑わされて
それを本物とするとき、
そこに力を与えることになる。

どうするのがいいだろうかと正しさを求める自分の部分に
向き合うことが大切だ。
正しさを探しても、どこにもない。

喜びを求めなさい。

自分自身の喜びに、
いい喜びも悪い喜びもない。

それでもそこが気になるのなら、
本当に求める喜びの状態に自分がある姿を思い描き
イメージするのです。
具体的に。
そうであるように。

そうしてその姿になればいい。

本当に求める喜びに
気が付いていない、気が付こうとしない奥に恐れがないか、
そこと向き合い、それを受け入れ、
そんなものはもともとなかったのだと、知ってください。


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