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 貨客船ポセイドンの救助要請から、37時間が経過した。情報不足が生み出す喧噪は沈静化しつつはあるが、状況は好転してはいない。未だに、89人の乗客と14人の乗員を乗せた質量3万トンの貨客船が、航行の自由を失って漂流しているのである。
 広大な太陽系の中、目的地まであと4日という火星を目前にした位置である。この貨客船にとって不幸な出来事だったのは、正体不明の物体に衝突されて推進剤タンクとエンジンに致命的な損傷を被ったことである。連邦軍基地アコンカグヤの近傍であった。軍が民間船に攻撃を加える益はなく、先日の戦闘で生じたデブリの一つが偶然に不幸な船を襲ったものと考えられた。しかし、関係を邪推されるのを危惧して、アコンカグヤは哀れな船に積極的な救援の手を差し伸べてはいない。
 ポセイドンの全長を貫く太い3本の支柱は、地球の海を旅する船の構造に例えて、竜骨と呼ばれている。長さ200メートルに達する3本の竜骨が長さ20メートルの細い支柱でつなぎ合わされて、巨大な三角柱となり、三角柱の側面の1つに搭乗員が居住し艦を操るためのするための管制モジュール設置され、その後方に乗客が居住する2つの居住モジュールが設置されている。三角柱の別の側面には巨大な円筒形の推進剤タンクと、この貨客船を航行させる核融合エンジンモジュール、残る1面にはこの艦が運版する貨物が詰まった24基の貨物コンテナが固定されている。各種のモジュールを変更することで、高速・低速、貨物先、客船などに使い分ける多目的船として活用しうるのである。
  漂流するポセイドンに付き添うように航行する小型機があり、傷ついた親鳥を心配するひな鳥にも見える。ポセイドン号救出に先んじて、救助機動隊が火星衛星ダイモスから高加速で射出させた小型無人情報収集機である。その情報収集機の高解像度カメラには、煙を噴くエンジンモジュールの傷口が映し出されている。
「運がいいのか、悪いのか、」
 映像を見た救助機動隊のシャオリーが、救出に向かう救助艇内のコックピットでそう呟き、その呟きが別の救助艇で航行する2隻の部下にも伝わって、部下も頷くようにそう思った。
 映像を拡大すれば、エンジンモジュールの右斜め前方に直径20センチばかりの穴が確認できる。その縁は高温で焼かれて変色している。高速で衝突したデブリの運動エネルギーの一部が、わずかな接触時間の間にそんな損傷を与えるほどの熱エネルギーを発生させたのである。そして、そのデブリはポセイドンの内蔵を食い破るように船体を貫いて、推進剤タンクに信じられないほど巨大な破口を生じさせていた。
「貫通射創・・・・・・」
 3号艇のヨリコが、その状況を銃弾に貫かれた人体に例えた。幸運だったのは、貫通射創が居住区画を逸れたことである。居住モジュールを始め生命維持システムに損傷はない。乗客乗員に人的被害はない。
 シャオリーは得られた画像から役割を確認した。破壊されたエンジンモジュールと推進剤タンクを、竜骨が構成する三角柱から切り離して、船体を軽量化する。そして、彼女たちが牽引してきた新たな小型エンジンモジュールを設置する。彼女たち救出チームの3隻で牽引してきたエンジンは推力がわずか500トンばかりに過ぎないが、この貨客船を軌道を変え火星に送り届けるには十分に違いない。そして、彼女たちがその作業を終える頃に、高速で射出された推進剤タンクが届くはずだ。そのタンクを船体に固定し、推進剤を新たなエンジンに供給する。そういう役割である。
 シャオリーは自分の役割の手始めに貨客船との間に回線を開いて挨拶を交わした。
「ポセイドン号。聞こえますか。こちら第14管区救助機動隊」
 彼女の言葉はポセイドン号船内放送を通じて乗客の乗る居住区にも広がった。透明な樹脂の窓から船外をのぞき込んで、見えもしない救援者を捜し求めていた幼女が、母親を振り仰いで笑顔を浮かべた。
「ママ」
(助けてくれる人たちがやって来た)ということを周囲の雰囲気から察して、不安げな母親に知らせたいと思ったに違いない。幼女の無邪気な笑顔と、傍らの若い母親の安堵のため息とともに漏れ出した笑顔が船客の気持ちを表していた。代表する艦長の声が届いた。
「ありがたい。このまま漂流して連邦軍に拿捕されるかと思っていた」
「運が悪かったね。その辺りは先日の戦闘でデブリ密度が高くなっている。その1つに衝突されたようだね」
「戦闘宙域はさけたつもりだったが、まさかデブリにとは思わなかった」
「ランデブー予定は3時間後。船体から重量物を切り離します。その後、新しいエンジンを設置するのに2時間。その間にカタパルトで射出された推進剤タンクが届くはずだ。タンクをエンジンに接続したら後は自力航行で帰れるよ。3日後には無事に火星の土を踏めるはずさ」
 シャオリーは彼らを安心させるためにそう説明し、さらに付け加えた。
「約束するわ。必ず、救出する」
 船長の音声に安堵と感謝の声音が感じ取れる。乗客のものと思われる歓声が重なって伝わってくる。数十時間にわたる不安と重圧から解放されたのである。シャオリーはヨリコとエヨロの二人の部下に宣言し、部下が応えた。
「さぁ、5時間で終わらせるよ」
「了解」
「了解」
 しかし、3号艇のヨリコがふと不安を口にした。
「隊長。この付近を遊弋している連邦軍フリゲート艦の存在が気になりますけどね」
 2号艇のエヨロも同様な不安を抱えている。
「そう、任務の終了まで連邦軍に邪魔をされなきゃ良いけど」
「私らはレスキューだよ。連邦軍も解放軍も、私らにゃ知ったこっちゃない」
 3人が口をそろえて宣言した。
「救出任務の邪魔をする奴は吹っ飛ばす」
 彼女たち第三小隊の搭乗艇の船首には、導火線がついた爆発物のキャラクターが描かれているが、仲間が『発破屋』と称するのは、シャオリーの気性そのものを指している。
シャオリーはモニターにポセイドン号の情報を映し出した。船体の中央部付近に8つほど赤く輝く点があり、e―4、e―5と表示されている。本来は竜骨から切り離せるはずのエンジンが事故の影響で切り離せない。多少荒っぽい方法を使わねばなるまい。
「接合部は緑のポイント、全部で8箇所ね。LA―7爆薬を使うよ」
「爆破の震動に気づいたら乗客が不安がりませんか」
「大丈夫、一気に済ますわよ。乗客が不安がらないようにあやしといてよ」
(さすがね。)
 もちろん爆薬など使い方を誤れば致命的な危険をもたらす。そんなものを自信を持って使いこなすとは、爆薬の取り扱いを教えた隊長の最初の夫は、若い妻になんと怪しげな教育を施したのだろう。シャオリーからの指示は続いていた。
「次にe―4ポイントが重心にも近い。ここと、後方のe―5ポイントにお荷物を固定する。図面からジョイントの長さを確認して調節しておいて」
「了解」
 エヨロはモニターから必要なデーターを彼女たちが牽引するエンジンモジュールに送信した。わずかな振動が機体の外壁を通じて伝わってくる。新たなエンジンの支柱の長さと角度が竜骨の所定の位置にぴたりと当てはまるように自動的に調整された。
「ターゲットは近い。準備して」
 二人の部下はそれぞれの機体の中でバイザーを閉じてヘルメットを密閉し、口をそろえて応じた。
「了解」      
 3人から口元の笑みが消えた。ここから先、彼女たちは船外活動に移る。体力を使うきつい作業である。ため息をつこうとした時に、シャオリーの救助艇のコックピットに緊急通信を示すランプが点滅した。
(司令部ね。今頃何を・・・・)
 彼女の疑問はもっともである。現在、救援の指揮権は彼女にあり、遠く離れた司令部が介入することはないはずだ。
「こちら第三小隊、ただいま立て込んでるの。何かご用?・・・・・・えっ?」
 僚艇のコックピットでは、今や船外活動を開始しようとしていた部下が、伝わってきた隊長の絶句に首を傾げた。シャオリーは受け取った命令を、表現を変えて確認した。
「不明瞭で聞き取れなかった。もう一度、言って」    
 3人は体制を維持したまま、司令部の返答を待った、こちらから発した通信がダイモス基地に届き、基地から返答が発せられてこちらに届くまで5分以上の時間を要する。
「繰り返します。任務は中止です。帰投して下さい」
「なんだって? 承服できない。ターゲットはすぐそこだよ」
 更に6分ばかり経過して、頑固な前線部隊に業を煮やすように、アフマド司令が通信に割り込んできた。
「小隊長。命令だ、帰投しろ」
「何故です?漂流者を見捨てて帰れとでも」
 ポセイドンはすぐそこに迫っているのである。無駄にするには惜しすぎる時間が経過した。
「このままの航路を取れば、連邦軍の戦闘宙域に入る。人道的見地から彼らに救助を依頼した」
「火星市民の救助です。我々がやります」
 ポセイドンも成り行きを見守るように沈黙を守っている。無言の6分が過ぎ、アフマド司令から次の指示が届き、シャオリーは即座に応答した。
「命令違反だぞ。降格ものだ」
「お小言と処罰は帰投してから受けます。我々はモジュール設置を続行します」
 その後、届いた連絡は前線の彼女たちの行為をすべて打ち消すほど致命的なものだ。
「すでに推進剤タンクはこちらに回収した。エンジンを設置してもポセイドン号を帰還させることは出来ないぞ」
「推進剤が届かない?」
 現場指揮官のシャオリーは歯を食いしばりながらも、救出中止を判断せざるを得ない。

2

  第三小隊がダイモス基地に帰投するのに3日を要した。その間に第三小隊のメンバーが上官に発し続けた罵詈雑言は数知れず、基地内に充満するように響き渡っている。第三小隊の3人は、救助艇から降りた航宙服のまま、大股で司令部に向かった。3人には爆発しそうな雰囲気が溢れており、周囲の司令部要員はそれを避けるように道を開けた。唯一、通りかかったサンドラ・バーク第一小隊隊長が平然と言った。
「まだ、お怒りは収まっていないようだね」
 基地の要員には彼女たちの帰投と共に一波乱あるだろうという外れるはずのない予感があった。シャオリーはサンドラをちらりと一瞥して通り過ぎた。今はこの嫌みな女に彼女の怒りを分散させる気はない。彼女たちは挨拶もせず、荒っぽく司令室のドアをくぐったが、アフマド司令は意外にも肥満した体を椅子にとけ込ませるように、落ち着いた雰囲気で机にいた。シャオリーはこの数日間に溜め込んだ怒りを込めて、抱えていたヘルメットを投げつけた。
「あんたさえ、ちゃんと推進剤を届けてくれたら、救出できたんだ」
「しかし、君たちは小隊ごと連邦軍に拉致されていた可能性もあるぞ。部下を守った上司にもっと敬意を払ってくれても良さそうなもんだ」
「私たちの言いたいことは1つだけよ。いいかい、今度、あんな事をやったら、アンタのケツの下に発破を仕掛けてやるからね」
 アフマド司令は肩をすくめて部下にアドバイスをした。
「そんなことより、しばらくは、世間から目立たないよう大人しくしくしていることだ」
 シャオリーはそのアフマドの言葉の意味を、ニュースで知ることになった。
 ハンガー横の控え室に顔を出したシャオリーらを、サンドラ率いる第一小隊の面々が立ち上がって迎えた。シャオリーは時間を確認し、ライバルの小隊と敬礼を交わした。
「14時00分。ただいま、第一小隊に当直勤務を引き継ぎます」
「第一小隊、ただいまより当直任務に当たります」
 この儀式が形骸化して意味をなしていなかった。当直に当たる第一小隊は第三小隊の出動の間、出動に備えていた。彼女たちの勤務は、出動に備える当直、訓練や装備の整備点検、休暇に割り当てられている。しかし、本来は3小隊で編成されているはずの部隊は、その一部を引き抜かれ、勤務は変則的にならざるを得ない。疲れた体を充分に休める間もなく、次の出動に備えて救助艇の装備を整備しておかなくてはならないのである。
 サンドラは親指で部屋の隅にあるモニターを指して、この部屋に漂う雰囲気の説明に換えた。先ほどアフマド司令が世間から叩かれるのは覚悟しておけと示唆していたのはこれである。映し出されている艦に記憶がある。彼女たちが救出を断念せざるを得なかったポセイドン号である。戦況が膠着し静けさを保っているとはいえ、連邦政府と火星行政府は武力闘争中には違いない。連邦に保護された人々は人質ではないにせよ、火星に住む家族から切り離され、帰ってくるめどがない。ポセイドンに搭乗していた民間人が紹介され、火星市民の同情を誘った。何より、乗客の中に母親と共にいた幼い少女のプロフィールが涙を誘う。そして、火星に残された身内の人々へインタビューのマイクが向けられた。
『ポセイドン号を救えたはずじゃないのか?』
『あの女たちは、私たちの家族を見捨てたの?』
『連中は連邦軍に尻尾を巻いて逃げ出したんだよ。』
 市民の怒りや嘆きは行き場を失って、救出に失敗したシャオリーらに向けられているのである。コメンテーターのしたり顔がアップになり、マスコミは今回の一件のために作り出した責任者を断定した。
『我々マスコミも、取材を通じて今回の救助機動隊の行為には疑問の声を上げざるを得ません。もっと迅速で手際よければ救出ができたはずです。のろまな連中がドジを踏んでしまったというところですね。そとも危険から逃げ出した臆病者ということでしょうか』
 ガシャンっと音がして、部屋の中の人々の注意を引いた。シャオリーが椅子を振り上げてモニターを破壊しようとしたのである。その手首をサンドラがつかんで引き留めている。
「やめなさい。モニターを壊したって始まらない」
 シャオリーはこの冷静な女と馬が合わない。しかし、この場合、サンドラの言い分に部がある。救出任務に失敗したという事実を背負って、シャオリーには弁解の余地はないように思われたのである。シャオリーは部屋を飛び出すように姿を消し、部下のヨリコとエヨロも続いた。
『では、次のニュースに移ります。本日、ソロモンドック社において豪華客船レニークラウディアが艤装を終え、正式に就航しました』
(まだ、こんな船が)
 彼女はこのダイモス港で船の数が激減しているのを実感している。その状況で、数十万トンという大型の客船が、まだあったのかと考えたのである。彼女は皮肉に考え直した。疲弊の中の例外的な光明であるからこそ、マスコミたちも大げさに報道したがるに違いない。この時、部屋にブザーが鳴り響いて、当直を引き継いだばかりの第一小隊に緊急出動を知らせた。状況を知らせるアナウンスを待たず、彼女はハンガーに掛け出した。

3

  救助艇の中、サンドラは忌々しげに呟いたが、その感情を誰に向けて良いか分からない。
「全く」
 現代の火星で社会の歪みが様々な形で吹き出している。それを感じつつ、その崩れかかった巨大な社会構造を語る言葉がない。火星独立闘争という言葉が、半ば期待感を込めて語られたのは、彼女たちの時間で2年以上も前のこと、地球時間では5年近い過去になる。偶発的に発生した戦闘が拡大した。陸戦兵力で敵の兵力を圧倒し、敵領地を占拠するという古来変わらない定石がこの時代にも通用した。しかし、地球と火星という隣の軌道でさえ、その大兵力を送るには遠すぎた。勝敗が定まらないまま火種が小惑星帯に飛び火した。小惑星帯に拠点を築き、小惑星帯とその外にある無尽蔵の資源を抱えた木星への航路を遮断し、互いの物資を枯渇させるという意図である。
 広がった戦域は海綿が海水を吸い取るように兵士の命を吸った。火星行政府は遠い戦場に送り出される兵士を、その社会から捻出しなければならない。壮年男性は社会から姿を消しつつあり、その影響は少年にまで及ぶ程である。行政府がサンドラたちを女性ながらレスキューという、危険な作業につけているのは、そういう理由である。しかし、サンドラの不安はその点ではない。船の不調が増えていることを実感しているのである。噂によれば、彼女たちが搭乗する救助艇のメインエンジンを組み立てているのは15、6歳の学生だという。まだ子供ではないか。火星の人的資源はそこまで枯渇しているのである。彼女たちは成熟した社会の中枢部から、その体を支えていた骨格や筋肉をだましだまし抜き取った脆い仕組みの中に生存しているわけだった。
(たぶん、この船も)
 サンドラがそう思ったのは、彼女たちが救助に向かう貨物船アマゾンのことである。小惑星帯から火星に帰還する航路で、エンジンの核融合炉が暴走するという信じられないことが起きた。プログラムで安全性を制御された核融合炉を暴走に導いたのは、取り扱いに不慣れな船員たちが、誤ってエンジンを緊急用の手動操作に切り替えたあげく、推進剤をエンジンに送り込む高圧ポンプの操作ミスを重ねたことであった。多少なりとも操作に慣れた者なら起こすはずのないミスである。こういうトラブルが、火星の各地で社会の歪みから染み出すように起きているのである。サンドラはため息をつきつつ、無人偵察機から収集した映像を見て判断を下した。
「応急修理は不可能ね」
 プラズマを制御する磁気コイルが溶融し、もはや宇宙船のエンジンとして役に立たない。緊急を要する負傷者はいち早く到着した無人機で火星へ搬送途中で、後はアマゾンに残る船員の救出のみである。幸い生命維持装置と居住区モジュールに被害はなく、搭載する貨物をパージして軽量化すれば、彼女たち3隻の救命艇で牽引して戻ることができるだろう。

4

 爆発が起きたのはこの時である。無人偵察機からの映像がアマゾンの船体中央の一点に輝きをとらえた次の瞬間には、救助機動隊ダイモス司令部のスクリーンが真っ白になり、直後に映像が途絶えた。司令部員がモニターから情報を解析して報告した。
「アマゾン船体中央に爆発確認。無人偵察機は爆発に巻き込まれた模様です」
 司令室に緊張が走った。救援の目処が立ったと信じかけたところで、不意に起きたトラブルである。
「第一小隊。無事か、状況を報告しろ」
 司令室にシャオリーが顔を出した。声をかけようとしたアフマド司令に怒りの目を向けたので、彼はシャオリーがまだ怒りを解いていないのを知った。
「第一小隊より司令部へ。こちらは全艇無事です。アマゾンの映像を送ります」
 通信が回復し、接近していた救助艇に備え付けられているカメラから映像が届いた。
「最初の事故で放熱板が損傷して居たからな。船内に核融合炉の廃熱が貯まっていた。推進剤タンクがその熱に耐えきれなかったんだ」
 アフマドはそう分析し、続く指示を与えた。
「アマゾンからの通信が途絶えている。状況を報告しろ」
「爆発で前方船底が吹き飛んでいます。通信機能喪失している模様」
「生存者を確認せよ」
「居住区に生体反応確認。8名の乗員が生き残っています。負傷の程度は不明」
 生存者が居る。その報告に司令部内に漂い始めた安堵感を打ち消す報告が届いた。
「待って、何か吹き出してるわ。居住区は酸素タンク1基を破損しています」
 巨大なひび割れを生じたタンクの映像が司令部のスクリーンに届いた。司令部員が新たな情報をデーターベースに加えて次の最善の手を探した。スーパーコンピューターがはじき出した結論は、
『残る酸素と空気再生装置での乗員の生存可能期間、36時間。』、
『救助艇がアマゾンを牽引してダイモス基地から射出する酸素と医療物資を搭載する無人機とランデブーするまでに要する時間、45時間。』、
『8名の乗員の全員救助は不可能』、
『8人の乗員のうち、3名を選択し、救助艇で救出する方法を推奨します』
「これだから、機械ってやつは」
 はじきだされた結果を見た前線のサンドラから、そんな不満の声が届いた。彼女たちの救助艇は基本的には単座だが、コックピット後部の装備を投棄すれば、与圧区画に一人余分に搭乗することができる。救助機動隊の量子コンピューターは、第一小隊の3隻に要救助者を一人づつ乗せろと言うのである。もちろん、残りの5人の命は見捨てることになる。端末を操作して情報を集めていたシャオリーが言った。
「サンドラ、居住区画だけ船体から切り離して牽引なさい」
「できるようならやってるわ。居住モジュールが竜骨とほとんど一体で、爆破するほどの間隔が無いの」
  居住モジュールを船体から切り離すことができれば、質量は80トンぐらいになるだろう。彼女たちの救助艇と変わらない質量になる。当然、火星まで牽引する時間が大幅に短縮される。しかし、爆発の危険を秘めた船体に、支柱を爆破する衝撃を与えれば、巨大な爆発を誘発する恐れがあった。
「LA―7を容器から出して、カップ状に整形して。大きさはアンタのおっぱいぐらいで充分よ。中に雷管を入れるのを忘れないでね」
 サンドラは察した。普段は爆薬として使うLA―7が、高温の燃焼ガスを発生することを利用して、居住モジュールと船体を繋ぐ支柱を焼き切ってしまえと言うのである。
「なるほど。それなら衝撃も、」
 そう納得しつつも背中に冷や汗が伝っている。こうしている間にも、アマゾンにはエンジンが発する余分な熱を蓄え続け、次の爆発が起きる危険を秘めているのである。

5

「いいかね、ウォーデン。我々にとって必要なのは、まず、臆病者だ」
 ウォーデンの前でそう言い放った男は、その思想を実践することで、一介のレポーターからタルシスTVの放送局長に上り詰めた。先日のポセイドン号の件についても、事故が起きた原因を掘り下げてゆけば、問題は複雑で責任の追及は曖昧になる。ところが、ウォーデンは放送局長のアドバイスに従って救出部隊という臆病者を作り上げることで、意気消沈しがちな火星市民の団結を生み、なにより大事な視聴率というご褒美を稼ぎ出したのである。その手腕は認めざるを得ない。放送局長は続けた。
「しかし、物事にはメリハリが必要だ。臆病者だけでもいかん」
「今回は、アマゾンの爆発事故で、英雄を作り出せと?」
「疑うのか?せっかく仕入れたネタだぞ」
 ウォーデンはネタの信憑性に首を傾げたわけではない。この上司が大物政治家と太いパイプを持って居ることは知っている。この報道ネタも、そのツテを利用して他の報道各社に先んじて入手したに違いない。口にしない不満を抱えた部下に、上司が語りかけた。
「いいか?俺の指示が会社の方針、火星市民を代表する意志だと思いたまえ」
「火星市民を代表する意志ですって?」
「大臣は俺の提案に乗ってきた。10日後には火星軌道上で盛大なパレードだ。まず、膳立てにアマゾンで市民の雰囲気を盛り上げる。ウチの独占中継、君の一人舞台だぞ」
 放送局長は中間管理職のシドニー・ウォーデンの目の前に餌をぶら下げたわけだった。
(英雄と臆病者を作るんだって?シドニー、失望したよ。いつからアンタはただの放送屋になっちまったんだ?)ウォーデンは、彼をファーストネームで呼ぶ古くからの仲間の冷たい視線を感じ取っていた。
 


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