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 良い香りを放つカップに口をつけ、口の中に含む。

 

「どう? 自分でブレンドしたものだから、口に合えばいいけど」

 

 コーヒーの味の違いなどよく分からないが、頷いてまた飲み下す。

 

 そんな素っ気無い反応になぜか満足げな笑みを浮かべ、気品を漂わせる仕草でカップを持ち上げる保健医は、やはり保健医という職業が結びつかない。いっそどこかの大手ブランドの社長でもしていたほうがそれらしい。

 

「君、部活は?」

 

 まだこの学校に入学してから1週間も経っていない。同級生たちの中でもやる気のあるものたちは既に入部届けを提出しているようだが、全く興味がない私はいっそ帰宅部になろうかとさえ思っている。わざわざ嘘をつく必要もないだろうと思い、「興味ありません」と答えた。

 

「どうして?」

 

 カップを置き、指を組んで机に肘をついた。その動作に何故かとても演技臭さを感じる。

 

「……面倒だから、だと思います。」

 

 理由など考えたこともなかったが、少し思考を巡らすだけで、それらしい答えが口に出た。

 

「それだったら、同好会に入ればいいよ」

 

 人数も少ないしお手軽だよ、と笑う男が引き出しから取り出したのは、一枚の紙。

 

「この学校で部活創設に必要なのは学年を跨ぐ2人。それ以下の規模のグループが同好会って呼ばれて、旧校舎で活動してるんだ。一度見てみたら面白いよ」

 

 どうしても同好会に興味を持たせたいような保健医の言葉に押され、先ほどの紙を握らされた。

 

 それは、粗いながらもカラーで印刷された普通のコピー用紙で、屋上に立つ女子生徒が描かれていた。その絵の下のほうに小さく書かれた文字は、「同好会棟3階東側突き当たり 文芸部」の文字。

 

「俺がよく知ってる奴が入ってるんだ。ここは3月まではれっきとした部活だったんだけど、卒業生が出た所為でちょっと存続が危うくってね、ぜひ君が入ってくれれば大丈夫なんだけど」

 

 目的はこれだったか、と内心舌打ちをする。全くやる気を失った。

 

 しかし、その傍らで、この絵に自分の何かが動いた。

 

「分かりました。今日の放課後にでも覗いてみますね」

 

 自分でも驚いたが、自然と言葉が口から流れ出た。

 


6

 そして放課後。あの後結局またベッドに潜り込み、眠り込んだ私は、他の生徒が部活に出払った時刻に保健医に起こされた。

 

 鞄を教室から運んできてくれたらしく、それを手渡され、同好会棟はあっちだと言われた。笑顔だったが、行けと命令されているような感覚さえした。

 

 一応更衣室に寄り、制服に着替えた私は、今不思議なものを目にしている。

 

 同好会棟3階東側突き当たり。そこにはドアのガラス窓に貼られた「文芸部」の文字と、2人の男子生徒がいたのだが、何故かしりとりをしている。

 

「さ、砂糖!」

 

「さっき出た」

 

「え、嘘、じゃあ砂糖菓子」

 

「ありかよ。し、し、しまうま」

 

 しりとりだ。高校生男子2人がしりとりをしている。しかも、使われている言葉に制限をかけてあったりするわけでもない、普通のしりとりだ。幼稚園生でもできる。

 

 しばらく覗いていると、1人がこちらに気付いた。しまうまと答えた眼鏡男子である。

 

「おい、誰か来てるぞ。お前の元カノか?」

 

 その言葉に促され、もう一人の茶髪もこちらを向いた。

 

「知らん。ていうか、女子を見た瞬間元カノか?とか俺を何だと思っているんだ」

 

「女たらし。」

 

 酷いよ、なんて冷酷な陰険眼鏡なんだ、と叫ぶ男子を無視して、一人が廊下に出てきた。

 

「はじめまして。僕はこの部活の責任者。君は入部希望者ってことでいいのかな?」

 

 草食系男子の顔をして、ナチュラルに押しが強いな、というのが第一印象だった。

 

 

 


7

 

 

「いえ、部活見学に来ただけです」

 

 押しが強いからって負ける訳じゃない。押されたら押し返す。

 

「そう。じゃあ、中に入って」

 

 特に傷ついたわけでもなさそうだ。期待していた訳ではないらしい。

 

「はじめまして、文学・芸術部の8人目です。以後お見知りおきを」

 

 茶髪が椅子から立ち上がり、右手を差し出してきた。台詞も仕草も演技がかっている。こっちが保健医の知り合いとやらか。顔の雰囲気が似ている。

 

「はじめまして」

 

 私も右手を出し、握手をした。チャラそうな見た目とは裏腹に、力作業をしているような固い手だった。それがこちらの第一印象である。

 

「お二人共3年生なんですね」

 

 二人とも青いネクタイをしている。茶髪の方は結ばずに首に引っ掛けているだけだが。

 

「まあな、1年生女子」

 

 何故かドヤ顔で返答してくる茶髪。芝居がかってるとかの問題ではなく、なんか変な人。

 

「こいつは先生のお情けで3年になったような奴だがな、一応3年だ」

 

 辛辣な皮肉を混ぜ返す眼鏡。酷いよー冷たいよーと言いながらも、茶髪は大してダメージを受けていないらしい。この二人はいつもこんな会話をしているのだろう。

 

「まあ、とりあえず入んなよ。見学だけでもいいから」

 

 茶髪に招かれて入った教室は、旧校舎とは呼ばれるがそこまで古いものではないらしく、本校舎の教室より少し狭いだけであまり変わらない。窓際に彼らの荷物が置かれ、机が2つ向かい合わせに置かれている。

 

「お茶、つっても理科室からかっぱらってきたビーカーで入れるやつだけど、いる?」

 

 教室の隅には、机が3つ並べられ、ビーカーやアルコールランプが置かれ、その傍らには紅茶のティーバックやらなんやらも置かれている。男二人の部活にしてはまめである。

 

「はーい! 俺いるー!」

 

「じゃあ、私もお願いします」

 

 ひと眠りした後だったので、その前に飲んだコーヒーは既に喉を潤していない。

 

 はいはい、と面倒そうな口ぶりだが、湯をビーカーとアルコールランプで沸かす手つきは慣れている。

 


この本の内容は以上です。


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