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そこにある出会い

■Writer&Photographer
兼清俊太郎
■Age
22歳
■Profile
協賛金を募りながらアジアを旅する天然パーマな22歳の大学生。一昨年は100冊読書+書評、昨年はロンドンへ語学留学、今年はアジア放浪の旅。来年は大学生活最後、留学と旅をもとにした本を出版したいけど未定。
http://ameblo.jp/shun-travel/

そこにある出会い

 旅は出会いに溢れている。そして、旅における出会いは人によって様々である。旅先では、旅人と話をする機会が沢山あるが、彼らの話を聞くと、旅人という存在は随分と似たような場所を旅しているのだなぁと思う。それでも彼らの旅がそれぞれユニークで面白さに富んでいるのは、行く場所がいくら同じだとしても、出会いが人それぞれ異なっているからだと僕は思う。

 僕にとっての「出会い」とは、現地人同士の出会いである。僕は現地人との出会いを語ろうと当初思った。しかし、あえて僕は自分自身が主体的に体験した出会いを語ろうと思わない。僕が見た現地人同士の出会い、それを語ることで、貴方の生活に「出会い」の機会を与えられると思うからだ。

 僕は初めての一人旅にインドを選んだ。小学1年生の頃に父と父の同僚達に連れられてインドに行った僕は、「貧困」という言葉も「カースト制」という言葉も何も知らなかった。ただ見える景色、それが全ての答えだった。だから僕と同い年の女の子が、何故学校に行かず、僕に手紙を売ろうとしているかなんて、全く理解できなかった。けど、そんな僕も学生になって国際政治を勉強したことで、そのような事情が少しだけ理解できるようになった。そこで僕は、本から学んだ「言葉」に現地での体験を「肉付け」をしたいと思った。それが僕の旅をする理由の1つである。
 そのインドで僕が最も楽しみ、とても興味深く思ったのが列車内での交流である。インドの列車の座席は7つのクラスに別れている。エアコン付きで個室の座席だったら値段は高く、ファンしかついてない座席は当然安くなる。僕は、下から数えて2番目の「3-TierSleeper」通称SLクラスという寝台座席を主に使っていた。ゴミをゴミ箱に捨てる習慣のないインド故に、床にはゴミが散在し、わざと音を大きく鳴らすように設計されたとしか思えないファンが、頭上で僕らを威圧している。しかし、そんな劣悪な環境こそ、本当の等身大の現地人を見ることができる。僕はそれが楽しくてしょうがなかった。
 彼らは突如として議論を始める。仕事をしたこともないティーンエイジャーから、大物なオーラを放つ年老いた軍人まで、様々な人が年齢の隔たりなく議論を始める。席は6人が向かい合って座れるようになっている。チケットを持っているのか疑わしい人が加わり、6人以上が座ることもあるのだけど、それがインドである。窮屈は感じないのではない、感じてはいけない。最初は「おお、日本人か。ようこそインドへ。」とウェルカムモードで迎えられても、さすがに議論になったら話に入れない。仮に彼らが日本語で議論したとしても、その熱気に押されて僕は発する言葉がないことだろう。
 初めは、「よくもこうインド人は四六時中、何かを語っているもんだなぁ。」と呑気に考えていた僕も、この現地人同士の出会いは日本でほぼ皆無であることに気がついた。朝7時、新宿行きの小田急線は所謂「通勤ラッシュ」。電車内は人でごった返すが、その電車内で議論をする人は当然いない。極端を言ったが、仮に混んでいない電車内でも隣の人、前に座っている人と言葉を交わすことが貴方にとって日常的だろうか。僕にとってそれは紛れも無く日常的ではない。しかし、そういう経験は幾度かある。その時、僕はとても嬉しかったことを記憶していている。

 「電車内で、隣に座っている人や前に座っている人に、話しかける必要性が無い」と言う人も居ることだろう。それに対して僕は同意する。しかしながら僕が感じるのは、インド人は必要云々で話をしているのではなく、ただ話しかけることに心の障壁がなく、とてもラフに話し合っているということ。日本人の場合、どうも話しかけるということ、それ自体に抵抗がある、そこである。それは話しかける必要という問題ではない。「この電車の中は随分と暑いですね。」その一言さえ言うことを憚られる日本人の特異性が「出会い」を妨げているように思えるのだ。

 「旅は出会いに溢れている」と僕は冒頭で言った。しかし僕は断言できる、「日本は出会いに溢れている」と。
旅をしていても、旅をしていなくても、「出会い」は何処にでも溢れている。いつも通勤で乗る列車内、前の席の人に話しかけてみればいい。足しげく通うカフェ、隣の席の人に話しかけてみればいい。それが貴方にとってかけがえのない「出会い」となるかもしれない。僕は日本で知らない人に話しかける時、少しの勇気を必要とする。でも、僕の想像以上に相手は笑顔で僕を迎えてくれる。きっと多くの人も、そのような「出会い」を求めているんだと思う。その「出会い」の一歩を今までお互いが歩めなかったのなら、これを読んだ貴方に最初にその一歩を歩んでほしい。そうすれば、貴方の日々は旅と同様に「出会い」に溢れるだろう。





バングラデシュで姫になる

■Writer&Photographer
田中美咲
■Age
22歳
■Profile
少しでも多くの人が心から幸せを感じるような、対話のプロになる。田中美咲、1988/8/26(A型)です。
KEY WORD:バックパック旅(205日6大陸22カ国51都市)/瞑想修行/クリエイティブの可能性
前世はインドの姫/ヨガ/コーチング/渋谷で働くソーシャルアプリプロデューサー
Twitter: @misakitanaka

バングラデシュで姫になる
 今年の2月私は、去年初めて地球の歩き方が出版されたという未開の地「バングラデシュ」に行くことにした。

 タイ空港、バングラデシュ行き23:50発の飛行機はバングラデシュ人のみで、旅行者もいなければ、バングラデシュの女性もいない。さすが観光地化してないだけあるなと思った。それでも心細さや不安などなく、「バングラデシュに着いたら、インドみたいにそこらじゅうに人がいるだろうしなんとかなる!」と思っていた。しかし、いざバングラディッシュに着くと、空港には誰一人おらず、さらには宗教上の問題で、女性一人では外を歩いてはいけないと言われ、服装に関しても肌の出しすぎ(特にその時の私の服は半そでシャツ、デニム、ビルケンにリュック一つというラフすぎる格好だった)と注意されてしまった。そんなこともあって、深夜の空港内で待たされるハメに。

 その時、ある白ヒゲの男性が声をかけてくれた。「予約してるホテルまで送るよ。」と。予約も何もしていなかったが、なんとか空港から脱出したかった私は、彼の車でゲストハウスまで向かうことにした。しかし、どこのゲストハウスも地球の歩き方に載ってる値段の倍以上にはね上がっており(歩き方の情報が古いらしい)、今後の旅の予算を考えると泊まれない。グズグズしている私を見越して、「俺の親戚の家にひとまず泊まればいい。」と言ってくれたので、ずうずうしいが、一晩だけ泊まらせてもらうことにした。
 白ヒゲのおじさんは家族や親戚を呼び、親戚全員に紹介してくれ、さらにはバングラデシュの民族衣装(インドでいうサリーとかパンジャビ)のような服も私のために用意してくれた。食事から洗濯、お風呂まで全てタダで提供してくれた。
 それからなぜか一週間ほどそこの家に住み込むことになり、街を散策する時は危険だからと言ってガードマンを付けてくれるし、車も用意してくれた。さらにはお小遣いもくれたり、バングラデシュ衣装も数多くいただいた。家のおじいちゃんとおばあちゃんにはイスラム教としてのあり方を学び、毎日5回アッラーのために祈りを行い、私にその大切さや生きることについて教えてくれたりした。一人でふらっと旅するつもりだったが、いつのまにかこの家族の一員として、食事からお出かけまで全てを共にしていた。バレンタインの日には、イケメンのガードマンとデートまでセッティングしてくれた。なんだか恥ずかしいが、すごく楽しかった。
 バングラデシュ最終日。家族全員が朝早く起き、会社を休み、空港まで送ってくれた。プレゼントもたくさんもらい、おじいちゃんおばあちゃんからは抱きしめてもらったりと、本当の家族のようにしてくれ、本当に本当にうれしかった。こんな見知らぬ日本人の私を家に入れてくれ、全て世話してくれたこの家族を、第二の家族のように思えて涙があふれた。空港から飛行機が飛び立つまで、涙が止まることはなかった。

 バングラディッシュで友達になった大学生に、facebookで後からいろいろと聞いていると、空港で助けてくれた白ヒゲのおじさんは、バングラデシュで最も有名な芸能人「アサドヌマ・ヌーン(私はこう聞こえた)」(独自のラジオやテレビ番組を持っている、日本で言うみのもんたみたいな存在)であり、国の中でも特に裕福な家族だったらしい。バングラディッシュでそこの家の服を着ていた私を、家族全員はお姫様として扱ってくれていたそうだ。

隕石を食べさせるモンテネグロ人

■Writer&Photographer
laidbacktrip
■Age
30歳代
■Profile
2007年12月に日本を出発。
チベットでDJ、インドでスノボ、イスラエルで映画俳優、ヒッチハイクでヨーロッパからサハラを越え、西アフリカで鼻血ブ~。http://jetkey.exblog.jp/


隕石を食べさせるモンテネグロ人 

  東ヨーロッパのバルカン半島、アドリア海沿いにあり「Montenegro」は「黒い山」という意味らしく、あまりにも緑豊かな自然色濃い山は、遠くから見ると「黒い山」に見えたというのが、名前の由来らしい。
 普段着の「モンテネグロ」が見たい。モンテネグロ人達は、どんな生活してるんだろう。その国の人達との出会いが、より濃厚になる「ヒッチハイク」で旅することになった。
 アルバニア国境サイドまで、ホームステイ先のフランス人おばさんが車で送ってくれた。出入国審査も軽くすみ、パスポートには日付も間違ってスタンプされるいい加減な国。モンテネグロ国境から町までの公共交通機関は無いので、自動的に「ヒッチハイク」することになる。
 ヒッチハイク開始。木々の茂った間に細い道が1本走っている。その道路脇で親指を立てる。早速、地元のおじさんも隣で親指を立ててる。公共交通機関が無い場所では、みんな協力しあって移動している。
 アルバニア国境の町「シュコダル」~モンテネグロ首都「ポドゴリッツァ」まで約40KMほど。東ヨーロッパの陸路国境越えは、インドの州を跨ぐ様な近距離と気軽さ。1時間で着く距離じゃん、まぁ~余裕っしょ。。。てなわけで昼12時スタート。

 1台目:英語がほとんど通じないが眼が優しい青年、ツナギの服装からして車修理工。緑豊かな山間を走り20分ほどして、なぜか彼の自宅へ寄り道。ザクロやミカン、キュウイが実る素敵なお庭から、紺碧のアドリア海が望めるという素晴らしいお宅。バクラワ(アラブ諸国の名物甘味、シロップ漬けパイ)を戴きながら、なぜか彼の結婚式の映像DVDを鑑賞しながら、紅茶を戴く。自慢の奥さんの花嫁衣裳姿映像を見せられ、「バル」という街の近く、読み通り車修理工場で降ろされる。ヒッチハイクおやつ付きの自宅訪問スタイル。幸先すっごいフレンドリーじゃんモンテネグロ人。

 2台目:スズキ軽自動車、運転席と助手席、モンテネグロ人男性2名。英語が通じた。黒帯の空手家で親日家だった。狭い軽自動車に、デカイバックパック2個と我が家2名で、パンパンだったが乗せてくれて「バル」港街まで。
 この辺りでは、車に乗るたび(街ですれ違っても)「キーナ?(中国人)」「ヤパニ?(日本人)」と質問される事がほとんど。(無条件に中国人扱いも食らうが)「日本人」と答えると「グット」と言われる。

 3台目:セダンのセルビア人男性。英語が通じた。つい2006年まで「セルビア モンテネグロ」だった国なので、セルビア人、モンテネグロ人、アルバニア人いろいろいる。ここからは公共バスがあるからと、「ポドゴリッツァ」行きのバス停で降ろされる。なぜ「ポドゴリッツァ」へ行くのだと、大半の人に聞かれる。どうしようもなく何もない場所だからだそうだ。
 雲行きが怪しくなってきた。雨が降りそうな灰色の空。紺碧に輝いていたアドリア海も、空の色を移し灰色の海に見える。地元の人から評判の良くない「ポドゴリッツァ」へ行く気がしなくなったので、そのままアドリア海沿岸部の道を、今日は行ける所まで行こう!と言う事で、バス停から離れて、再びヒッチハイク開始、北へ向かう道の脇で親指立てる。
 4台目:バリバリゴォゴォ音を立てて走るロシアンジープ。午後3時過ぎ。(12時に出発したのに、寄り道しすぎて。。。)クリアーサングラスをした白髪混じりのロン毛を後ろで一つで結んでいる男、推定45歳。アーミーカラーのロシアンジープの中は、山道具やらスノーボード用品やら何やらでギュウギュウ詰め。彼の持つ眼と取り巻く空気感が独自で、面白そうな人。只者では無いなぁ、この雰囲気。「俺の人生は面白いぞ、おまえらの人生はどんななんだ?」と無言で説いてくる様だ。行き先など告げてもいないのに、ギュウギュウの山道具をどかしてくれて「まぁ乗れよ」と。器でかすぎだろ?ミスターモンテネグロ!この男は一体何者なんだ?
 車に乗り込んですぐ土砂降りの雨。雨に打たれずに済んで助かった。だが、車の中は雨漏り。。。ワイパーは途中で取れた。片言の英語で会話する。「俺の仕事は、オフロード」「街の車はコンピューターだろ?山に行くにはアドベンチャーな車だろ?」「車の中では音楽はいらない。ゴォゴォ唸るエンジン音やギアの音階、ワイパーの軋む音、これが俺にとっての音楽なんだよ。」ん~いちいち片言の英語で放つ内容が濃過ぎる。この人の人生見てみたい。リアルなモンテネグロ人。いや人種を超えて、一人の人間として興味が沸く人物。
 そんな中、今日の目的地「ポドゴリッツァ」に着いたのだが、外は大雨。。。「俺は、ドゥルミトル国立公園の山へ行く途中だ。世界第2の長さのグランドキャニオンの地だ。そこに俺の家がある。今夜はそこで寝ればいい。どうする降りるか?行くか?」モンテネグロ初日にいきなり、観光ハイライト国立公園行きの車をヒッチハイクした様だ。この国立公園、実は行きたかったのだが、公共交通機関が不便そうで、若干諦めかけてた場所。彼の家がどんな環境なのか、どんな寝床かわからないけど、山装備ならフル装備があるし、米もパスタもスープストックもバーナーもガソリンもバックパックに入っているので、1泊2泊なら何とでもなる。という事で、そのまま車に乗って、ドゥルミトル国立公園の山の中にあるという、ミスターモンテネグロの家へ。
 電気も水も無い「小屋」に着いた。ん~やはり山男。雨漏りする車に乗っているだけの事はある。今夜は手強いが、想定内だなこの展開。小屋の中でビールを飲む5名の山男達と何やら話しをしたが(モンテネグロ語だし、英語通じず内容不明だった)その小屋を出て、また車に乗り込み山奥へとひた走る。「さっきの小屋は、俺の仕事のベースキャンプ地だよ」どうやら、カヤックやパラグライダー、スキーなどのアドベンチャーツアー会社の社長らしい。「この渓谷に見えるホテルは、来年オープン予定だ。客室200あるからいつでも来いよ。」どうやら、ホテルのオーナーでもあるらしい。あれ?そっち?今夜の着地はどんな所だろう?この展開。ミスターモンテネグロ!君は何者なんだ?
 
 ヒノキ生茂る深緑色の濃い森、広がる丘には可愛らしい山小屋が点在している素晴らしい景色。その隙間に広葉樹が赤色や黄色、山吹色など紅葉していて、現実味が無いほど、ヨーロッパの秋を演出している大自然。彼の家は、観光避暑地&スキーリゾートのメインストリートの真ん中にあるアーティスティックな古民家の山小屋ロッジだった。「俺は、広告や看板は出さない。ここは時間をトリップしてもらうための山好きが集うBAR&CLUBだよ」雨に濡れた身体には暖かい暖炉。モンテネグロ産ワインで乾杯し、山で採れたばかりの野菜と新鮮なチーズのディナーをご馳走になり、優雅な時と素晴らしい出会いのモンテネグロ初夜。
 ヒッチハイクで出会ったとは思えない信頼感。そして、首から提げている石を見せてくれ、「これは宇宙からモンゴルへ来た石だよ」と片言の英語とジェスチャーで言って、大切そうな袋から砂をくれた。「食べろ」と。ジャリジャリしたけど、砂の味がしなかった。

「もう君達は、地球の旅じゃなく、宇宙への旅だよ」
 


笑顔の世界地図

■Writer&Photographer
ワールドハッカー
■Age
30歳
■Profile
元バックパッカーで、現在は職業ハッカー。
ブログ「World Hacks!」にて、海外旅行関連の情報を毎日発信しています。
http://bit.ly/WorldHacks


笑顔の世界地図
 『どこかの星に咲いている一輪の花を愛していたら、夜空を見上げるのは、心のなごむことだよ。星という星ぜんぶに、花が咲いているように見える。』
 サン=テグジュペリ作『星の王子さま』にこのようなシーンがある。これは、星の王子さまが、自分の星に咲いている大切な一輪の薔薇を遥か遠く離れた地球から思い返す時、自分の星を含む夜空に輝く星々を眺めるだけで、全ての星に薔薇が咲いているように感じられ、心がなごむ。ということを意味しています。
 さらにこのように続きます。『だれかが、なん百万もの星のどれかに咲いている、たった一輪の花がすきだったら、その人は、そのたくさんの星をながめるだけで、しあわせになれるんだ。』

 私はこれまで旅してきて、この内容が理解できた気がしました。海外を旅していると、その国の観光を喜びに旅するというよりも、その国での出会いを喜びに旅をしているということに気づくことが多々あります。道を教えてもらった人、意気投合して一緒に食事をした人、宿でお世話になった人などなど、旅行中は出会いというものがそこらへんに転がっています。その出会いの中で忘れられないものが笑顔。間違いなく、一番印象に残ります。言語が通じなくても、笑顔によるコミュニケーションは不思議と通じます。こちらから笑顔で話しかければ、向こうも笑顔で返してくれます。言語よりも力があります。そして、何よりも心に残ります。
 
 世界地図を眺めたとき、普通の人から見ればただ線で区切られた一枚の紙にしか見えないものが、出会いを経験した旅人からして見れば、地図のその国の上に、出会った人たちの笑顔が浮かんできます。その時の出会いを思い出してしあわせな気分になります。このような経験をした人は多いのではないでしょうか。訪れた国で笑顔と出会う度に、世界地図の上の笑顔が広がります。また、出会った笑顔の数が増える度に、世界地図の上の笑顔が多くなります。
 
 旅人は、知らず知らずの内に、このような「笑顔の世界地図」を作りながら旅しているんだと思います。多くの国を訪れ、様々な笑顔と出会い、より広く濃い「笑顔の世界地図」を持っている人、作り続けている人を羨ましく思います。さらに言うのであれば、「笑顔の世界地図」を広げていくことで、訪れていない国々の上にも、過去に出会った多くの笑顔と同様の笑顔が溢れているのだろうと想像してしまい、旅を終わらせることができないのではないかと思います。笑顔中毒とも言えるのではないでしょうか。多くの旅人が旅を辞められないと言いますが、その理由の一つとして挙げることができるでしょう。
 
 さて、この「笑顔の世界地図」ですが、出会った相手にとっても同じことが言えます。つまり、出会った人はあなたと同様に、その人の世界地図の日本の上に、あなたの笑顔が浮かんでいることになります。旅人は、自分の笑顔の世界地図を作りながら、相手に「笑顔の日本地図」を提供し続けているのです。あなたの笑顔が、多くの人の「笑顔の日本地図」の上で輝いています。

 旅とは、単純ながらにして、奥が深いです。

これだから旅はやめられない。



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