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    1

 

 

 女が男を見ている小さな電気スタンドの明かり、外からはバイクのエンジン音、布を覆い被せたかのようにくぐもった、黒いプラスチックと透明なガラスで構成された机、その上に置かれた電気スタンドと紙とペン、紙は既に乱雑な文字の連なりによって汚され、部屋に存在する光源は電気スタンドの局所的な広がりのみ、女は男を見ている、男はベッドに横たわり微かな寝息を立てている、生真面目な慎重さで繰り返される呼吸、肺の膨張、縮小、それに伴う毛布の上下運動、誤差範囲内か、女の指はペンを握っているが、しかし、視線は紙ではなく男の方を指している、何の意味も持たない視線、物質的な視線、外部の音は途絶える、女に動きはない、男の呼吸だけが抵抗を続ける、唯一の理解、楽観、形成。

 

 

    2

 

 

 そんな風な考えが映写機のように目眩くので、Aはすっかりってしまい、怠惰な呼吸の度に蒲団の埃を喉に詰まらせながら、今日は外に出ようと決心する。いつまでもこの小さく薄暗い部屋にいては何も始まらない、と言うか時間すらいっこうに進まない。変化の無いところに時間など生まれるはずもないだろう。枕元の時計を見ると七時。目を覚ましてからまだ十五分しか経っていない。その間にAの胃は収縮し、蠢き、食物を欲し始める。無数の血管が指の先端で絡まって、どうしようもなく痺れる。昨日の夜、自分は何を食べたのだろうか。そのとき彼女はまだこの部屋にいたのだろうか。記憶をたどれば、なんとなく昨夜の八時ごろにテンポのいいクイズ番組を見ながら彼女の作ったスパゲティ、それもミートソースのを食べていたような気がする。そしてクイズ番組のことなんかほっておいて彼女が自分の書いている小説の話をしはじめたような気がする、いつになく早口で。名前の分からない少年が家を出て海を見に行くのそう海よ夏の日差しに輝く広大な海を見に行くのたった一人でその少年はまだ十歳程度なんだけど親はいないっていうか描写しないのねただ少年一人だけで街から電車で出て閑散とした海岸に辿り着くのよ勿論途中でいろいろなことが起こるわ老人が道端で立ち小便をしていたり駅の改札口を大股で過ぎていく粗っぽい長身の男を見掛けたり電車のごわごわした座席の隅に固まったでも触ってみると粘っこいガムの残骸が張り付けてあったりするのそれを少年はただじっと見つめて何も言わないのねそう内的描写だけそれで少年は海を見て少しため息をついて防波堤に横たわって眠るのよ静かに。それでどうなるのと尋ねると彼女はあきれ返ったようにこれで終わりよと言って机に並べられた二つのガラス製コップのうちの一つを掴み、なかの麦茶をゆっくりと飲みながらクイズの正解を考える振りをする。Aは右手に握られた鉄製のフォークをくるくると十回ほど回転させ、先端に巻き付いた脳味噌のような色のミートソーススパゲティを口内へ押し込みながら、言語活動の愚かさを呪う。秘匿の中で呪う。だがよく考えれば今日は日曜日だ。となると昨日は土曜日。例のクイズ番組は金曜にあるのだから、Aの回想は一昨日の話ということになる。では昨夜は何を食べたのだろうか。

 午前七時三十分ごろ、Aは蒲団から抜け出す。滑った暖かさを離れ、冷えた嵌木床の上を歩きながら、室内に二ヶ所設けられた窓のカーテンを開き、冬の朝日を取り込む。比較的強めの光、その放射。窓自体は開けない。と言うのもAが住むこのアパートは冗談かと思うくらい安物であるから、その分線路に近く騒音が酷いのだ。辛うじて防音処理はなされているようだが、窓を開けるとそれも無意味、朝のラッシュ時は絶え間なく電車が行き来し鉄の軋む音を響かせ、唸り、それを耳にするとAの指先は途方もなく痺れてしまう。痺れて何も持てない、掴むことができない。もしかしたら冷え性とかその類いの病なのかもしれないけれど病院に行く金も暇もない。でっぷりと太った医者通称先生? 病院の看護師はみなそう呼んでいるが人を役職のみで分類してはならない。それこそ言語的誤りであると面と向かって事務的な話をするのも嫌だ。それくらいなら窓を開けない方がましだろう

 冷蔵庫の扉を開いて牛乳パックを取り出し、頭頂に記載された薄い消味期限の数字を確認してから冷蔵庫を閉め、牛乳パックは流し台の上に置き、やかんへ水道水を適量流し込んでコンロにかける。灰色のレバーのようなものを強く押し続けるとチッチッチッチという馬鹿げた音がして発火する、まるで絶対的な拘束から解き放たれたかのように勢いよく。それからトースト用の食パン(五枚切り)を一枚皿の上におき、トーストせずにと言うよりトースターが室内に存在しない端から二口かじり、マグカップを用意して底にインスタントコーヒーの粉を多目に入れる。湯が沸けると火を止め、煮えたぎる液体を跳ねないように落ち着いて注ぐ。乱雑な渦を描きながらかき混ざりヘドロのように黒々しくなっていくお湯、ないしコーヒー。七割ほどの水位にまで達するとやかんを置き牛乳パックを持ってまた注ぐ。色が適度な薄茶色になると牛乳パックを冷蔵庫に片付け、椅子に座り、出来上がったコーヒーを口に含みながら食パンを食べる。この一連の動作は極めて定型的なものでほとんど変わらず毎日繰り返されており、彼女はそれを見て笑いながらコンビニで買ってきた調理パンのようなものの包装を破る。素早く無駄のない動きで一息に。それはピザのようでもあり、ホットドッグのようでもあり、フランクフルトのようでもある。油で萎びたパンに、大胆にも添えられた彼女の淡い唇はとても小さく、そこから言葉が発せられるとは到底考えられないほどに純潔。

 味気ないパンを何度も咀嚼するにつれすこしずつ明晰になってきた頭を使って考えてみると、彼女がいなくなったのは昨日だったそう、昨日の朝、無言のままどこかへ跡形もなく消えてしまったのだった。もし出掛けるならいつもは一言声をかけてから、もしくは伝言を走り書きしてからであるがそんなものは無く、さらに言えば彼女が日頃使用していた歯ブラシやコップや箸や櫛やタオルや服や靴まで無く、まるでそれまでの生活がまったくの幻想、願望をもとにした幼稚な白昼夢であったかのような気さえした。Aは朝起きてすぐ、部屋に彼女がいないことに気付いたのだが、彼女がAより早く起きるのは至極当たり前のことで、と言うのも彼女はAと違って一社会人として働いており、それも朝早くに出勤しなければならないような仕事であるため、Aの起床前にアパートを出てしまったということは十分考えられ、その日もAは自分が彼女の声がけじゃあ行ってくるわね、または、晩御飯いらないから、または、早く起きるのよ、等々、とりあえずそういった類の短い言葉を曖昧な意識で聞いてしまったがために思い出せないだけ(もしくは机の上に走り書きが残されているのだろう)と思い枕元の時計を確認してから(たぶん七時ちょうどくらいだった)また眠ってしまう。結局ことの重大さを理解するのは十時ごろ、朝御飯の食パンとコーヒーをたいらげ汚れた食器を洗いトイレにこもって芸術雑誌を読み換気扇をつけて一服しながらライターの火を見てその動きの多様さを楽しみ用を済ますと蒲団に入って二度寝しそれから口の中の粘着き(コーヒーとタバコの苦味)が気になって歯磨きをしようと洗面所に行っていつもAの歯ブラシの隣に置いてあるピンク色(もしくは廃れた赤色)の彼女の歯ブラシが無くなっているのに気が付き、あっ、と間抜けな声を上げたときになるのだそれはもしかしたら、ん? とか、え? とか、はたまた完全な無言なのかもしれない

 とりあえず一旦は驚いてみたもののどう対応すればいいのか分からずそのまま歯を磨き、磨きながら自分の落ち度を探し、探しながらも彼女が書いていた小説のことを考え、一ヶ月ほど前に彼女の車で行った海のあの静かな時間の流れを思い出す。若干季節外れの海には海水浴客など一人もおらず、また珍しいことなのかどうかは分からないが釣人も誰一人見当たらず、まるで自分たちがとてつもなく遠方の僻地、時間を飛び越え基準を失い安定性を求めることさえ不可能な領域へ入り込んでしまったのではないかという不安に駆られながらも路肩に車を止め、お互い手ぶらのまま道路を横断し、大分老朽化している感のあるコンクリート製防波堤を越え、無造作に転がっている空き缶(オレンジジュース)を避けるように砂浜へ降り立つ。彼女が先頭をきって進んでいく。Aはスニーカーの中へ入ってくる細かい砂粒を気にかけながらその後ろに続く。空は生物的に青く、雲は膨張するように重い。太陽が右の方角から鋭く差し込み視界を覆っている。粉々に砕けた光の粒子が海面に巣食い踊っている。恐ろしいまでに冷たい光、変貌する空気。彼女は波の到達しないすれすれのライン(海岸に薄く陰影をつけられている領域)を見つけそれに沿って立ち、海の方を向く。Aは一歩下がったところから彼女と海を眺める。波の押し寄せる音、砂の擦り合い、弱い風、背後の車道を走るエンジン音、幾度も幾度も、彼女の呼吸、聞こえるようで聞こえない息づかい、それに自分も合わせようとするが海のうねりに阻まれて上手くいかない、遥か彼方の地平線を侵食する半透明の島、霧に覆われているように曖昧な実存、鳥、無数の鳥、鴎か何か、叫び、背景に埋没する叫び、潮の匂いの中の生命、鳥、A、そして無言の彼女。

 歯を磨き終わって時計を見るとまだ八時半である。今日は二度寝しなかったから幾分か早い。Aは外へ出ようと考えていたことを思い出す。外へ出なければならないような気がする。偶発的な感覚だろうか。

 

 

    3

 

 

 そう、まだ冬と言うには早かったのかもしれない。室内が妙に冷えていたのでもう冬になったんだなと勝手に決めつけてしまっていたが実際はまだ十一月のはじめ、秋、もしくは晩秋である。

 Aと彼女が出会ったのもいつかの晩秋だったのかもしれない、いや、もっと寒い、雪がちらつくような真冬だったのかもしれない、もしかしたら意表をついて真夏、蝉のざわめきの中だったのかもしれない、それとも季節や寒暖などが存在しない平板な世界だったのだろうか、Aは彼女との最初の出会いをよく覚えていない自分に向かい合い、それを肯定しようとする、いや、肯定はAにとって当然の行為であり、わざわざしようとするものではないのかもしれない、Aの言葉は絶えずそのような構造、イデオロギーをかたどり、行き場のない苛立ちを発生させる、いや、ちがう、Aの言葉だからそうなのではない、誰が産み出した言葉であれ一種の苛立ちを引き起こすのだ、そう、あれは、去年の十一月だった、肌寒い秋の季節だった、なぜはっきりと覚えていないのだろう。

 そんなことを考えながら玄関のドアを閉め、階段の方へ向かい、斜め正面から広がる暖かい日差しを見る。太陽は猥雑な街を俯瞰するように浮かび、無数の色彩の入り雑じった煌々たる光の拡散を促している。朝方なので少し肌寒いものの、日陰に入りさえしなければ十分過ごしやすいだろう。なにも考えず長袖のシャツ一枚で外へ出てきてしまったがとりあえずなんとかなりそうである。

 そんな格好でどうすんのヨレヨレのシャツで街を彷徨するつもりなのそういうのは一人でいるときにしてよまるでホームレス乞食家出人引きこもりニート浮き世人脱獄人ただの馬鹿だいだいそのシャツに書かれてる言葉は何。いいだろ別に、わかったよ着替えてくりゃいいんだろ、めんどいなあ。

 古いアパートの壁。ところどころ欠落し、染み、色落ちが目立つ。そろそろ塗り直した方がいいのにと思いながら階段を降りる。だがこのアパートの大家はそんなことをするほど知的(もしくは利己的)ではないだろう。部屋を借りる時に対面した大家はおよそ七十歳くらいの老婆だった。中途半端な長さの髪の毛まるで人工的に作り出したのかと思えるほど不安定な灰色をしていたような気がする、もしかしたらそれは雨による錯覚だったのかもしれない、その日はちょうど雨が降っていて空は狭く空気は濃かった、視線というものは周囲の状況によって押し曲げられ、捻れ狂い、現在に至るまで色濃く残る傷跡を生じさせるものであるをゴムで短く括っており、鼻は低くそして大きく、眉は断片的に緩やかな弧を描いて顔面に一定の秩序を生み、睫毛に包まれた眼球は皮膚表面に穿たれた薄く小さな隙間から硬く鈍い眼光を覗かせ、そのすぐ傍には老化か何かで生じた自己証明としての皺、街の渓谷のように深く暗い皺が伸び、それは眼球の傍だけでなく頬や額や首元にまで波状し、それらに包まれて膨れ上がる唇には厚く脂っこい口紅が不気味なほど黒く塗りたくられている。大学はどちら? 魚のえらを指で潰し圧迫状態のまま叫ばせたかような、小刻みに震える発声。美大です、油絵の。へえそうなの、大変ねえ。大家としての老婆はすでに誰かが作っておいた原稿を慎重に辿りながら読むように話したため、Aには言葉の先がすぐに予測できてしまい、過剰な恐怖心が取り払われたのと同時に、何の生産性もない会話が延々と続くことを確信させられ、あきれると共に思考も鈍り、仕方ないので老婆に気付かれないよう目の動きだけで辺りを観察する。そこには事務室のような生活感のない雰囲気が漂っており、おそらくは入居手続きを行う時にだけ用いる埃被った部屋なのだろうと推察され、Aは無配慮に置かれた巨大なステンレスの棚の隣に存在する小さめの曇りガラスの窓に目を止め、それはまるで無菌状態にありながらもどこか不潔な臭いのするタイルのようであり、掃除後のトイレに潜む若干の違和感とも重なり、黴たように無言の女が青いゴム製の服を身に纏って大股で男子トイレに入ってくる瞬間、つまり使い古した掃除用具の前後移動が現れる瞬間が想起され、一定の距離感、控えめな憐れみ、室外から漏れる雨音が低く流れ、ここへ来るときにさしてきたビニール傘の存在意義を見定め、沈黙の中で閉じられた役割を知り、風の強弱を吸って時間が経つのを待つ。Aは聞かれるがままに自分の歳や立場を口にし、老婆はそれに対して自分の息子のはなしやアパートに住む危険人物への注意点、守るべきいくつかのルール、キムチは好きか等について話したキムチは老婆が自分の趣味で作ったものを新参者に食わそうとする魂胆だったらしいがAはそれとなく断っておいた、毎晩老婆が作ったキムチを食べていたら自分まで老婆と同じ雰囲気に包まれてしまいそうだった。そんな感じで無気力なまま返事をしていると手続きはすぐに終わってしまい、とりたてて罰も受けず解放され、数日後ひどく手狭な個室を与えられた。どこか老婆の痕跡が感じられる部屋で、Aは少し後悔した。干からびた老婆特有の悲哀にも似た感情がゆっくりと身体に染み込んでくるようだったのである。とは言えそこで生活を始めた後も何度か大家と出くわしたのだが、当たり障りのない事務的な話でうまくやり過ごせてしまったため、老婆の夫が存命であるかどうか、老婆の健康状態はいかがなものか、さらには子供が何人いるのかさえ見当がつかない、つまりAの言う悲哀のような感情を老婆が抱いているのかどうか未だにはっきりと判別できないでいる。もしかしたら大家は、今のAとは比べ物にならないほど幸福な生活を送っているのかもしれない。だが、たとえそうだったとしても、老婆は老婆という形容でしかないだろうが。

 ねえ大家さんのこともう少しいたわってあげなさいよ世話になってるんだからこんな安いアパート他にないわよそれなりに生活できるしあなたがこうやってだらだらとアルバイトもせず暮らしていけるのもこういうアパートがあったからなのよそうでしょ老婆老婆老婆老婆それがどうかしたの馬鹿みたいに老婆老婆って私もいつか年取れば老婆よ嬉しいねえ嬉しい? いや、別にいいじゃん、なにそんなむきになってんだよ。

 階段を降りきったAは遂に外部への脱出を成功させる。振り向けばアパートの正面、いくつも並んだ緑色の扉の列に、空白となったAの部屋の玄関扉が見える。この小さなアパートに大家は住んでいない。それは間違いないことである。

 

    4 

 

 

 街の中心地へ歩きながら、Aは自分がなぜ外へ出てきたのか、なぜアパートの部屋から逃げようと思ったのか、その理由を探そうと考え、歩く速さを周囲よりも少し緩ませながら、道なりに建てられた店の特色、たとえば五十歳を越えた辺りの母親と三十歳間近になっても未だ独身の娘二人で経営しているパン屋や、万引きを当然のことのように見逃すもしくは万引きという概念を知らない八十歳くらいの老人が店番をしている本屋や、営業しているのかさえ分からない曇った地図専門店や、営業準備中の弁当屋や、スポーツ用品店や、道行く人々に対し全く抵抗感を与えない小綺麗なコンビニなどといった、様々な店の特色を見、分析し、想像しながら彼女のことを思い浮かべ、そうだ、まだ彼女に電話をしていない、昨日はどうしてもためらって電話できなかった、やはり気まずいがずっと電話しないわけにもいかないだろう、もしかしたら彼女は自分からの電話を待っているのかもしれないのだ、そして新聞社の名前が大きく掲げられたビルの壁に寄りかかり、下半身を包む硬い藍色のジーパンの、左ポケットに押し込まれた冷たい携帯電話を取り出し(反対側のポケットには汚れた財布が入っている)、折り畳まれた状態のそれを勢いよく開くと、視界に映るのは黒い画面に反射したAの顔、青ざめ落ち込み凝縮されたAの鏡像。Aは一瞬その奇妙な物体が何であるか分からず、曖昧ながらも極めて鮮明な輪郭の現れから、常闇の世界に浮かび上がる呪いの具現化、神話に記された恐ろしい怪物のようなものを連想し、自分の肉体がその狂暴な歯牙によって食い荒らされ、脱出不可能な森の奥で虚しくも打ち捨てれた悲劇的な死体へと堕落してしまう様を脳裏に描き、口先で小さく息を吸い込むが、すぐにその焦燥も簡明な落胆、後悔へと変わる。携帯電話の電池が切れている、ただそれだけのことである。念のため電源を入れようとしてみるが反応はない。今日になってまだ一度も使用していないのだから恐らく昨日、昨日から電は切れかかっていたということになる。なぜ気付かなかったのだろう。普通は携帯電話を開いたときに電池のマークの横線が二本になっていたら目に止まるはずだが、現実には充電していない。となると昨日Aが使った時点ではまだなんとか三本の状態を維持していたか、もしくは彼女が消えてしまったことへのショックが大きすぎて脳がまともに働かず電池が危ういことに気付けなかったか、そのどちらかということになる。

 いや、ちがう、今考えてみると昨日携帯電話を使ったという記憶自体ないような気がする、携帯電話の姿すら見なかったような気がする、だが彼女の行方が分からなくなったその日に携帯電話を確認しないということが果たして有り得るのだろうか

 仕方なくAは使い道のない携帯電話をポケットへねじ込み、電柱や信号や縦長い建造物らによって押し潰された空、そこに溶け込む刺々しい雲の行進を見つめ、しばらくして歩道の群集の中へ戻る。

 

 

    5

 

 

 漠然と広がる車道は、巨大な自動車の群れによって疲弊し、硬直し、そして獣のように震えている。タイヤの回転音に悲鳴を上げ、透明な排気ガスを見い出し、激しい嫌悪感を覚えながらも抵抗することなどできず、何か状況を一変してくれる事件、街や道路を瞬時に破壊し自らを現状の拘束から解放してくれる大地震の発生のようなものを期待し、じっと、地表という極めて安定した場所で耐え続けている。Aは歩道と平行して走り抜けていく無数の車体を眺め、中で運転している男もしくは女の表情を確かめようとする。だが、自動車の進行速度が速すぎてうまくいかない。信号か、もしくは渋滞などで自動車が停止すれば容易に運転手の姿を見ることができるだろうが、なかなかそういった機会は訪れない。

 と言ってもAの思考内ではすでに運転手たちの大まかな表情が完成してしまっている。それはどれも同じように硬く強張った酷くつまらない顔面。理由は分からないがそう決まっているのである。

 その言葉に対し彼女は前方への視線を揺るがすことなく返事をする、じゃあ私の顔はどうなの。少し答えにくいが黙っているわけにもいかないので彼女の方を向かずに言う、同じかなあ。すると予想に反して穏やかな声、そうよね自分でも分かるわ。

 彼女の赤い車は対向車のない閑散とした道路をひた走る。出発したときよりも太陽が高く昇って空が明るくなり、また、建物が徐々に減って遠くに山が見えるようになる。Aと彼女の間に挟まれて光るデジタル時計の数字は五時四十五分。もちろん朝だ。どうしてこんなに早く出掛けなければならないのか、Aは彼女に文句を言ったが、当然のように軽くあしらわれてしまった。大方観光客や釣人ができるだけ少ない時間帯に行きたかったとか、そういう理由だろう。彼女は不特定多数の人間、特にそれらが発する判別不能のざわめきを嫌っているのだ。

 車内にはAの知らないバンドの曲が流れている。曲調や演奏はかっこいいものの、男の荒っぽい声で紡がれる歌詞は乱雑すぎてうまく聞き取れない。彼女は男の言葉を理解しているのだろうか。もし正確に聞き取れているのなら、この歌はどんな空気を彼女の中に響かせているのだろうか。

 

 この車もうすぐ売るわ。

 どうして?

 もう古いもの。

 古いからよかったんじゃないの?

 世の中そんなに甘くないのよ。

 

 そう、世間というは無情なものである。時代遅れの言葉たちはすぐに捨てられ、廃棄処分となり、過去というレッテルを張られ、年表の片隅にしまわれる。意思疏通という役割は奪われ、異質なイメージを生むためだけに用いられるようになる。新たに生まれる言葉も長くは持たず、すぐに砕かれ灰となる。革新は迅速であり、人々はその変動になんら違和感を覚えることなく自分を適合させる。そこに哀れみなどない。そこにためらいなどない。自分という小さな世界を超越し他者との完全な理解を為す言葉の創造、そんな夢境を描いて日々会話の更新に励むことを彼女は潔しとしない、はずだ

 突然、一台の車に意識が集中する。赤く焼けた色彩、角張った造形、やたらに派手な前面部。視界の末端から現れ、街の喧騒を破り、あらゆる抵抗から解き放たれたかのように滑らかな動きでアスファルトの上を走っていくそれは、彼女の車、少なくとも同型であるように見える。Aは心臓の突発的な衝撃を感じながら、しかしどうすることもできず、沈黙のまま赤い車体が道の先へ消えていくのを見つめ、そして何事もなかったかのように、前方へと歩みを続ける。

 



 

    6

 

 

 やはり一度アパートに戻って携帯を充電し、彼女へ電話をかけた方がいいのではないだろうか、今この時を逃すと彼女は失望し、自分のもとから完全に去ってしまうのではないだろうか、そうなってはこの先ずっと重い後悔を引きずって生きなければならない、だがまたあのアパートに帰れば閉鎖的な空間に押し潰されそうになるのは必至、できればそれは避けたい、しかしそんなことを言っている場合でもAはおかしな不安に囚われ、本気で道を引き返そうかと考え始めるのだが、その時なんとも都合のいいことに、Aの前に古い、おそらく古い電話ボックスが現れる。緑色の蓋のようなものが屋根として乗せられ、四本のステンレスが四隅を囲い、それらに挟まれて壁を成す若干着色されたガラス板の奥に、屋根と同様の鮮やかな緑色をした玩具のごとき公衆電話が備え付けられており、その前には誰もおらず、小さな子供も年寄りも主婦もサラリーマンもおらず、まるで公衆電話を使うのは今時幼稚であるという暗黙のルールが密かに成立しているようでもあり、Aは微かな躊躇を抱きながらも、なんとかボックスの中へ入る。

 そこは外に比べれば異常に狭く、人ひとりが辛うじて立っていられるほどの面積であるため、電話を使用するあいだはガラスか公衆電話への接触を避けられず、その上通行人の視線があらゆる方向から痛く突き刺さり、精神的にも肉体的にも酷く息苦しいので、Aはすぐにでも出たい気分に陥るが、しかし入ってすぐに出たりなんかしたらそれこそ笑い者だと思い、気を取り直して電話へ向かい、その緑色の薄汚れたボディに嵌め込まれた銀色のボタン(計十二個)を見、側面に取り付けられた受話器を持って、右ポケットに入った財布を取り出そうとするのだが、そこでAは、自分が彼女の携帯の電話番号を覚えていないことに気付く。そうだ、電話帳に登録していたからまったく覚えていない、覚える必要がなかったのだ、とりあえずそのまま財布を出して十円玉を握り、公衆電話の中へ落とすが、やはり当然のようにボタンの前で指が止まる。どうしようもなく右往左往する視線は上方に掲げられた看板の文字、そしてその横のガラス面に張られたシールを読み上げる。

 

 

 

 緊急電話番号

 

警察     110

   警察通報用電話

各都道府県警察本部の通信指令室

110番センター)に接続

 

消防・救急車 119

   各地方自治体の消防本部の通信指令室や消防指令情報センターなどの指令台に接続






グッドマナーテレホン

   

次の人のために

    きれいに使いましょう


 


入った直後には分からなかったが、次第にボックス内漂う腋臭のような、甘酸っぱく猥褻な体臭が匂えてきて、《不潔》や《吐き気》といった単語が脳の中で沸き立ち、煮え返り、公衆電話の下の、ステンレス製の棚に置かれている色褪せた電話帳、その薄橙色の表面に印刷されたデイリータウンページという表記を確認してすぐに手に取り、湿気でふやけた感のあるページをべらべらとめくり、彼女の仕事場の電話番号を探すが見つかるはずもなく、と言うか彼女の仕事場がどこにあるのか、何という名前の会社に勤めているのかさえ心当たりがなく、まったくもってどうしようもない。ふと歩道の方へ顔を向ければ、アスファルトの上を跳ねるように歩いている茶髪の少女と目が合ってしまい、その、あらゆる事象を軽蔑するかのような黒い瞳に吸い込まれ、困惑は頂点に達し、電話帳を棚へ片付け、受話器を勢いよく置き、返ってきた十円玉をつまんで財布の中に入れ、その流れのままガラス張りの閉鎖空間を足早に脱出する。呼吸が無駄に荒く、額にうっすら浮かんだ汗が風に当たって冷たい。こんなことでは彼女に馬鹿にされそうだ、なにビクビクしてんのよ、なんて。

 

 

    7

 

 

 それにしても、何故彼女は行ってしまったのだろうか、そんな疑問が飽きもせずに想起される。何か不満でもあったのだろうか、それとも同居人に言えないような重大な問題が発生してしまったのだろうか、幾度も繰り返される推測の数々。

 一年近くも一緒に暮らしていながらAは、彼女の蒸発について明確な予兆をつかめなかったわけだが、しかし近頃の彼女の言動や行動から、音もなく広がる影のような違和感、つまりは彼女の奥底にくすぶる拡散した粒子、赤黒いしこり、万物に対する諦観のようなものを感じとることはできた。予想の範囲内に過ぎないが、彼女はやはり一定の死、少なくともAという人間内部に存在する彼女という実存の崩壊を願っていたに違いない。

 だがそれは、必然的ではあろうがなかなか受け入れにくい事実であり、そのことを考えるとAは何も言葉を発せず、彼女への過度の依存、自分が一種の記号のような存在に堕落していたことを悟り、再びどうしようもなく指が痺れてしまう。名を持たぬ人々の群れがAを蝕み、錆び付かせ、たった一人、孤独の中の遭難へ連れ込み、自立というありふれた思考を強制するという展望、それこそが彼女の目的だったのだろうか。



    8

 

 

 背後からAの名を呼ぶ声が聞こえる。断片的な、しかしはっきりとした空気の振動。おそらく若い男のものであろう、その声は低く掠れている。万が一自分の勘違いなら相手に迷惑だろうと思い、気付かぬ振りをしてそのまま歩くが、間髪入れず二度目の呼び掛け、反応せざるを得なくなる。

 おい、なにしてんの、買い物?

 いや、まあ、そんなとこ。

 人混みの中から見い出される顔は、大学の同級生。

 たった一人で? 彼女は? おまえ年上の彼女いるんだろ、それも同居してるって。

 ああ、彼女、うん、仕事だよ、忙しいらしい。

 へえ、日曜なのに。やっぱめんどいなあ、社会人は。

 おまえは?

 え?

 いや、今日おまえはなんで街出てきてんの?

 映画だよ、映画。大街道に小さい映画館あるだろ、いまにも潰れそうなやつ、あそこでルノワールの特集をやってくれるらしい。ボヴァリィ夫人とか大いなる幻影とか河とか、全部千円で見放題。金と彼女のない映画好きの大学生にはもってこいなわけ。おまえも暇なら行くか?

 いや、いいよ、ルノワール知らないし。午後には彼女も帰ってくる。

 あ、そうか、じゃあいいや、お熱いことで。そんで、課題は終わった?

 いや、ぜんぜん、手つけてない。

 おお、よかったよかった、おれもできてねえんだ。まあな、期限まであと二週間はあるし、余裕余裕。じゃあもうすぐ時間やから、行くわ。またな。

 

 

    9

 

 

 それからAは、街の人々に「大街道」という名で呼ばれている小さなアーケード街へと入っていく。何か暇潰しになるもの、そう、せめて昼頃まで時間を潰せるものを探さなければならない、いまさらアパートに戻るのも馬鹿らしいだろう、そんな風にAは考え、同時に電話のことを忘れようとする。

 柔らかな光を通すガラス製の屋根、膨大な月日によって老化した店とそれらに対抗するかのように増えていく小綺麗な店、不法駐輪された自転車、無造作に吊るされた宣伝用ポスター、空き缶の詰まったポリバケツ、生臭い黒猫、それら様々な思惑に囲まれた十数メートル幅の通路では、歩道に生じていたものよりさらに密度を増した人混みの流れが、左右に広がる店の連なりを貪欲に物色しながら、一種の批評にも似た言葉を呟いている。あの店は安い、その店は不親切、この店は汚い、日曜は面倒、どっか行ってよ、本当に馬鹿ね。それらは他者に伝わることのない閉塞的な反響であり、何物にも代えがたい甘美な匂いであり、自己を苦しめる破壊的な衝動である。行き交う人々の動きはどことなく焦りを含み、眼球が、微動している。

 そこでは様々な種類の店が軒を連ねる。本屋、パチンコ、ゲームセンター、ファーストフード、カラオケ、衣類店、映画館(先程話に出てきたルノワールのやつである)、ペットショップ、雑貨店、CDショップ、美容室、土産屋、等々。それらは主に新旧で分類されうる。古い本屋と新しい本屋、古い雑貨店と新しい雑貨店、といった具合に。だが、いったいなぜそうなるのだろう。この事実は単に店と客、または店と店との間で繰り広げられる無音の争いを意味しているだけなのだろうか、それとも人々の意思のどこかへ根付いた本能的衝動を現しているのだろうか、解かれることのない疑問、設定することすら無意味な疑問が、誰かの口からこぼれ出て、誰の耳に届くこともなく薄れていく。

 Aはいくつもある店の中から、ひとつの古びた画材店を探し始める。探すと言ってもAはそこの場所を正確に覚えているので、どちらかといえば、画材店へ向かう、と言った方が適切なのかもしれないが、しかし、夥しい顔面の行き交う中で目的の店を見つけるのは、まるで一冊の長編小説から印象に残った一節を拾い上げるようなものであり、なかなか骨の折れる仕事なわけで、Aは揺れ動く頭部を必死に避けながら、画材店の特徴、つまりテナント募集中(昨年まで古本屋だった建物)と靴屋に挟まれた白く小さな店舗を探すのである

 蛍光灯が切れかかっているのか、それとも高々と積み上げられた商品棚が光を遮っているのか、店内は湿ったように薄暗く、彼女は、やっぱり狭いわね、と囁くような声で言いながら、なんとか人ひとり通れる通路に配置された商品の数々を眺め、その内のいくつかを細くしなやかな指で撫でる。古いからね、とAは言う。デッサン用の練り消ゴムや高価な油絵具や大小様々な画板など、近所の文具店だけではなかなか手に入らない代物が所狭しと並べられているのだが、残念なことにそれらの表面にはうっすらと埃がつもり、少しでも触れれば指が汚れるのは避けられず、普通の人間なら少しは躊躇してしまうわけで、この不衛生さが店の甚大な経営難を引き起こしているのは明白だろうが、そんなことなどお構い無しとでも言うかのように、彼女は風化した商品の上をわざと指でさわり、先端に埃を集め、時折、棚の枠組みに埃の塊をすり付けては、また平然と商品に触れる、その挙動ひとつひとつが、極めてゆっくりと安定したもので、どこか高貴な雰囲気さえ醸し出しており、Aは彼女を気にかけながら、大学の課題に必要な絵の具を探す。

 私も何か描くわ。描けるかしら。

 彼女は十二色入りの色鉛筆を買う。ブリキの箱に納められた美しい色彩の乱舞。アパートへ帰ってAが高校生の時に使っていた大きめのスケッチブックを押し入れから取り出し、そのざらついた白面に創造を拡散させる。赤、黒、青、緑。紡がれる思想は静物画でも風景画でもなく、名を持たない融解した表現であり、そこへ込められた怒りは全てを超越し、視界を狂わす。もはや理由など存在しない。あるのは暫定的な感情のみ。

 Aはその記憶を再現しようと、十二色入りの色鉛筆と大きめのスケッチブックを買う。店員の女によって埃を纏ったまま青いビニール袋へ入れられるそれらの道具たちは、いったいなぜだろうか、どことなく儚い。

 

 


 

    10

 

 

 描くに値する風景を求め街をさまようことは同時に絵を描いていても周囲から奇異な目で見られないような場所を探すことでもあり、自然と交通量の多い交差点や悪臭漂う路地裏などの特徴的な立地は選択肢から外され、後に残るのは面白味のない物体ばかり、浮浪者のように辺りを睨むがなかなか適所は見当たらず、とうとう街から追いやられ、静かな川が流れる郊外の一角でやっと足を止める。

 川には堂々と真新しい橋梁が架けられ、その太った肉体からは二本の脚が生えている、丸い鉄の棒を横から強くプレスしたかのような、平たい形状の脚である。たまに橋脚と水面の接触部が車両の通行によって震え、それにともない光の動揺が発生する、太陽から受けた熱を無限に分断する物理的行為が発生する、だがその震えも視認することが不可能なほど小さなものであり、気付くのは水中に生きる病弱な魚たちだけである、どれだけ集中力を高めようと、魚たち以外は気付くことができない、昆虫も鳥も獣も、誰も気付かない、ましてや橋を作り、自動車を運転し、魚を食い散らかすような無礼者なら尚更だ。恐らくあと数年も経たないうちにこの橋は、魚類の盛大な反乱によって無様に崩壊するだろう、頑丈かと思われたコンクリートは泥砂のように弛み、入れたはずの鉄筋は失われ、すべては川へ溶け込み、速やかに押し流されていく、巨大な橋の絶叫は街にまで届き、道路という道路、建物という建物を驚かせ、勇気づける、だがそのとき当の人間たちは、突然の出来事に唖然とし、まともな言葉も発せられず、まともな思考も組み立てられず、自分の無力さを痛感しながらも、それは一時の興奮でしかなく、惨事を観賞し終わったあと、平然と家へ帰り、家族と遅めの夕食をとるだろう、そこにはいつもと変わらぬ言葉や心理しかなく、橋の崩壊は翌日仕事場での友人との会話に用いられ、消費され、ひとつのありふれた事件として忘れさられていくのだ、きっとそうなのだ。

 Aは雑草や岩屑に覆われた川原へと下りていく。藁や砂利や小枝を踏みしだきながら歩き、雨風にさらされて黒く朽ち果てた木製のベンチを見つけ、そこに腰をおろす。そして目の前に広がる光景、つまり川、橋、空、雲、太陽、車、通行人などによって構成された情景を把握し、風でばたつくビニール袋からスケッチブックと色鉛筆を取り出し、膝の上に置く。寒い、酷く寒い。スケッチブックを開こうとした瞬間、ビニール袋が風に煽られ、五、六メートル先まで吹き飛ばされてしまう。大きく膨らみ、しかし重みはなく、ふわふわと転がり飛んでいく青い袋を見て、冷たく粘ついた喪失感が咽喉を包み、立ち上がって追いかけることもできず、急にタバコを吸いたくなるがアパートに置いてきたのでそれもできず、様々な不自由、不満足に全身を強張らせながら、色鉛筆の箱を開け、行儀よく並んだ十二色の中から、サップグリーンと名付けられた濃いめの緑を一本掴む。鉛筆の表面には金色の文字が派手に埋め込まれている。ARTERASE COLOR。指が悴んで痛い。

 急に気温が下がったような気がする、歩くのをやめたからだろうか、空を見上げれば太陽は薄っぺらな雲の奥へと身を隠し、その所在は仄かな微光によって確認できるものの、微光の中に暖かみなどあるはずもなく、寒さは悪化するばかり、灰色の雲はやたらに大きく広がっていて、しばらく途絶えそうにない、いつまでもベンチの上で固まっているわけにもいかないだろうと思い、うまく動かない身体に鞭打って、スケッチブックの表面を色でこする、素早く、小刻みにこする、青い血管の浮き出た手の甲が同じ形式、同じスピードで何度も行き来し、ぼやけた視界が残像を拾う、遠近感覚の失われた残像を拾う、色鉛筆が吐き捨てる色彩の痕跡よりも、焦点は残像の方へと導かれていく、寒い、酷く寒い、腋を強くしめ、肘を横腹の、肋骨の下へ押し付ける、硬派な肋骨は内臓の有無を覆い隠している、つまり誰も自分の内臓に触れることはできない、手で感じることはできない、かといって肋骨を砕くこともできない、ただ与えられた知識に従って自らの肉体内部へ淡紅色の形状を描く日々、ここは腎臓、ここは肝臓、ここは大腸、ここは肺、あ、心臓が動いた、動いたよ、ねえ、動いたよ、跳ねるみたいに動いたんだ、子供は喚くがそれも心臓の鼓動かどうかは分からない、あくまで何かが動いているというだけである、もしかしたら苦痛を武装した寄生虫が腹を空かせて暴れているだけなのかもしれない、もしかしたら動いたという理解自体が誤りなのかもしれない、子供はそれでも叫ぶ、僕は、僕は生きてるんだ、生きてるんだ、絶対に生きてるんだ風の止む気配はなく、逆に頻度が増しているようでもある、色鉛筆は目的によって何度も種類が変えられ、その内の数本はすでに芯が丸まって扱いづらくなっている、いや、それは普通の鉛筆のときだけに起こる現象で、色鉛筆の場合、力を入れずに全体を倒して描いていくため芯が丸くなりにくい、そう、使用頻度の違いはあるものの、よく使う数本の芯が丸くなってしまっているという事実はない、みな美しさを保っている、Aはその美しい色鉛筆を握り、冷たい風景を描いている、気付けば周囲の様々な物質へ、思考は分裂、拡散している、草の葉の先端や、石ころのざらついた断面や、塗装のはげたオレンジジュースの缶や、誰かが捨てた青いビニール袋や、流れているのか流れていないのか分からない川の水などにAは依拠している、自分という意識が自分を見、自分という意識が自分に見られ、自分が自分を食い、自分が自分に食われる、その循環を補助しているのもまた言語であろう、Aは彼女の裸体の光沢を忘れようとしている、なぜ忘れようとしている、なぜ忘れようとしている、忘れることを強制されているのか、もしそうなら何に、いったい何に、強制されているのか、思い当たるは全身の寒さ、どうにしかしてこの寒さを凌ぎたい、心地よい暖かさを手に入れたい、あの時の快感を貪りたい、その考えは安易な自己嫌悪へと繋がり、過去を不気味に反芻するが、Aは行為の無意味さを知っているがために、手の甲の残像へと自我を沈めるほかない。

 色は何度も変化を繰り返し、繰り返し、様々な色の積み重なりが十二種以上の色彩を生み、融解した輪郭を形成し、少しずつひとつの風景へと昇華していく、それは絵を描くという具体的な行動、仕草であり、対象物への偏執狂的集中であり、絵を描くために対象物を観察していると表面にあらわれた模様や形質だけでなくその内側で渦巻いている個々の感情のようなものが見えてくるんだ、という中学の頃の同級生の言葉がまたたき、あいつは本当に絵がうまかった、天才だった、僕なんて敵いようがなかった、でも結局あいつは絵描きにならなかった、普通の大学へ行った、普通のやつになろうとしたんだ、僕は許せないよ、絵を趣味にしたあいつの方が、今でも僕よりうまいだろうな、きっと、きっとね、僕は馬鹿だ、無駄な努力をしているだけだ、自分に甘えているだけなんだよ、すると彼女は笑いにも苛立ちにも見える曖昧な表情を浮かべて立ち上がり、洗面所の方へと消えていく、そして聞こえるうがいの音、口内の水が弾け、荒ぶり、のたうちながら何かを洗浄している響き、それに対してAは何をすることもできない、無力を噛み締めることすらできない、ただ、風の寒さに身を震わすだけなのだ。

 意図せぬままに描写は出来上がっていく、理性を振り払い直感だけで風景は浮かび上がっていく、いったん手を止めればおそらく再び動かすことはできなくなるだろう、死した動物へ食物を与えることが不可能なように、手を動かすことはできなくなるだろう、それほどまでにAの意識は脆弱なものになってしまった、橋の上を歩く者は誰一人としていない、轟音をたてる自動車は走らない、犬は鳴かない、虫は飛ばない、魚は泳がない、すべてが動き、同時に停止している、主張を持たず、言葉を持たず、目的を持たないそれらの存在の狭間に、黒い小さな点がある、白紙に穿たれた針穴のような点がある、ちがう、それはちがう、黒い点はすぐに巨大化し、人のような形、大きさになる、橋の上に立ち、こちらを見ている、じっと見ている、その視線は疲労かなにかを体現していようでもあり、絶望かなにかを批難しているようでもあり、Aはその眼光を好み、受け入れるつもりでそちらの方を向くが、すでにそこには何もない、白濁とした空が橋の上に身を置いているだけである、すると、どこからか音が聞こえる、地を這い石を鳴らし草をざわめかしながら近づく徘徊の音が聞こえる、近づいてくる、Aを蝕むように近づいてくる、それはいくつもの分断した気配、雨の日の駅構内に漂っている湿った闇のような気配、静かな空間、だからこそ聞こえる空気の摩擦、耳の中で金属的な音をたてる、破裂、原子の破裂、黒点であろう気配、Aはその根元が黒点であることを確かめたいと願うが、身体のあらゆる部位は色鉛筆で描かかれつつある作品の方に囚われてしまっている、決して他の事象へ関心を寄せることを許そうとしない、なんて不条理、狂ってやがる、そうやって束縛を感じている間にも黒点はゆっくりと、着実に歩を進め、こちらへ近づいてくる、この感覚、この緊張、何かに似ている、そう、あれだ、群衆のなかで言葉も発さずただ一人佇み、何気ない日常を偉大なものにしようと無駄な努力をしているあの時の感覚に似ている、となると黒点は、川原へ犬の散歩をしに来た老人か、現実と理想のギャップに苦しみとりあえず現実の方を捨てた若者か、いや、ちがう、これはちがう、黒点は確かにAを狙っている、Aを引き裂き生物ではない何かにしようとしている、わかる、匂いで分かる、木の実や皮膚や蝙蝠を混ぜて発酵させたような生臭い匂いがするのだ、おそらく黒点もはや黒点ではなく、もっと大きな形を持った、もっと人間らしい形を持ったものとなっている、正しくは黒い人形といったところだろうかの口はナイフで過度に切り裂かれ、ぱっくりと開いた口からは尖った鋭利な白牙が垣間見えるだろう、まるで狼、獣の群れ、涎を垂らした下品な感情、絵画の中にも影響が出始めている、色鉛筆で淡く描かれた秋の川原の風景の中に、あきらかに異質な雰囲気を纏った黒い領域が広がり始めている、寒さで硬化したAの手は黒い色鉛筆にしがみつき、黒い色鉛筆は死に物狂いで役割を果たそうとしている、そのため芯が削れ丸くなってきている、強く擦りすぎてスケッチブックの紙はへこみ、不可思議な光の反射を生んでいる、彼女の描いた絵にもこんなところがあったような気がする、彼女の絵は凹凸であふれていたような気がする、精細さの欠片もない、白熱した表現、あれは絵ではない、情欲的な執念、蓄積だ、Aはそれを再現するのか、再現させられているのか、黒々とした気配は旋回を繰り返し、繰り返し、刺々しい幾何学的な軌跡を作り出す、それはAという存在を絡めとるための赤裸な網か加持祈祷か、細々とした実存が収斂し、濃淡を強め、壊れかけのベンチに縛り付けられる、身体は冷えきっているにも関わらず、額をつたう幾筋の汗、神経細胞の興奮が規定数値を圧倒し、意味をなさない情報の氾濫が目立つ、際立つ、落ちぶれる、Aは呼吸をやめている、必要ないものは切り捨てる、生命の基本的処理能力、選択には常に責任が、責任がついてまわるものであり、つまりはA、Aという自己概念の代償、先天的な代償を負っているわけで、逃れられない矮小な枠組み、構造、憎むべき自我、理論、言語能力、言い訳、言い訳、自分が自分である限り続く自己防衛、都合のいい弁論、試行錯誤、もはや闇のような気配はすべてを包み、機能を停止してしまっている、Aは目を開く、正面に据えられた深淵な表情、濃霧、顔のようなものが飛び込んでくる、誰、誰なんだ、いったい誰なんだ、いったい

 

 声。透き通る。角張った。審問。

 安易な記憶。物質。解体。

 響く焦燥。指先に瞬き。

 

 そういえば彼女はどこへ行ってしまったのだろう。

 羽の生えた人間、茶色い拘束具、沈黙は不眠を呼び込み、流れのなかに記憶を見る、奴隷のような車体、砕けていく角砂糖、熱帯雨林の高揚、歌声の散漫、工事中の響き、教卓の無常、黄色い性欲、暗闇の布切れ、繊維の唱歌、バネの絶叫、結晶の不毛地帯、気楽な不在、滞る死者、落胆、恐怖、楽観、危険、不安、衝動、内部、神経、それらはすべて意味のない言葉だ。

 そういえば彼女はどこへ行ってしまったのだろう。

 段差。固定観念的段差。君は何年か前の誕生の瞬間を見つめ、それを疑う。失望の内に疑う。入れ替わり立ち替わり訪れる意識の変容。秘密。君の。

 そういえば彼女はどこへ行ってしまったのだろう。

 目眩だ。安定を狂わす目眩だ。地面の揺れ動きに対応できず立っていることすら困難になった人間に特別な権利など与えられるはずがない。すべての物体のなかに死の欲求が芽生える。

 そういえば彼女はどこへ行ってしまったのだろう。

 たった三分。いや一分。三十秒。十秒。五秒。一秒。一瞬。あまりにも多すぎる時間。不要な時間。物質から発せられる光が瞳孔に入り視細胞の反応へと繋がるその時間すらも多すぎる。まったくもって時間の多さには腹が立つ。

 そういえば彼女はどこへ行ってしまったのだろう。

 今。この瞬間。それだけで充分。いやそれしかないのだ。君の人生は脳細胞がひとつの情報を伝達するのにかかる極めて僅かな時間で終わりうる。

 そういえば彼女はどこへ行ってしまったのだろう。

 時間。言語。知覚。それらの罪はあまりにも大きい。君は君として生まれてしまったことへの償いを果たさなければならない。

 そういえば彼女はどこへ行ってしまったのだろう。

 自分が全能であることを否定できない者達が行う盛大な祝宴を唐突に襲う一匹の鳥。山から降りてきた狂暴な鷹だろうか、街を巡回する神経質な烏だろうか、その羽の広がりは誇りと鬱屈のために硬く強張っている。嘴は開閉を楽しみ、冬の窓ガラスの表面に現れた小さな雫の如き眼球は人々の喉を捉える。

 そういえば彼女はどこへ行ってしまったのだろう。

 たったひとりで飛び続ける鳥。それは白い。

 そういえば彼女はどこへ行ってしまったのだろう。

 白い鳥。雲。鴎。

 そういえば彼女はどこへ行ってしまったのだろう。

 海を見下ろす空の美しさ。彼女は空中を悠々と滑空する鴎に思いをはせ、太陽の不明瞭さに心踊らせ、砂浜の輝きに頬を緩ませる。その微笑みは言語化を拒否する。言語化を、拒否する。

 そういえば彼女はどこへ行ってしまったのだろう。

 永遠に途切れることなく続くであろう波の循環。潮風。貝殻。彼女の目的をAは本能的に察する。Aの中に名状しがたい後悔が落ちる。彼女は海の果ての、越えることのできない絶壁を見据え、ただ語る。

 そういえば彼女はどこへ行ってしまったのだろう。

 あなたとはいつか、別れなくちゃならない、そうでしょ、私あなた関係を持った瞬間、それは決まったのよ、私たちは別れなくちゃならない、だいたい、人は死ぬんですもの、死んだらお別れ、そう、お別れ、逃れようがないわ、でも、それでもいいのよ、死んだっていいのよ、だって私たちは、今ここで、生きてるんですもの、今っていう場所で生きてるんですもの、そうでしょう、過去だって未来だって、関係ないわ、今、今なのよ、今、生きているの、あなたは私のところから去るでしょうね、わかってるの、覚悟してるわ、だから、今ここで、全てを清算しているの、私は為すべきことを為して、あなたを解放するのよ、それがベストなの、わかるかしら、ええ、いいわ、わからなくたって、そんなことに意味なんてないんですもの、あなたはあなたらしくいればそれでいいの、私は遠目であなたを見て、そのまま死ぬわ、それで満足。

 そういえば彼女はどこへ行ってしまったのだろう。

 

 太陽は雲の隙間から控えめに顔を出し、川は再び煌めきの中へ溺れている。寒さは少し和らぎ、風はほとんど吹いていない。眠りから覚めたAは、顔をあげ、辺りを見回してから、膝の上のスケッチブックを確認する。そこには適度に美しい風景が描かれており、異常など、どこにもない。ふと、足元の草むらに視線をやると、黒の色鉛筆が落ちている。只々静謐に転がっている。Aはそれを拾って箱にもどし、蓋を閉め、スケッチブックと共にベンチの上へ置き、そのまま手ぶらの状態で川原から立ち去る。

 

 


 

    11

 

 

 街へ近付くにつれ、人々の姿は徐々に増えていき、中心地まで戻ると、Aは再び雑多な人混みの流れに呑まれてしまう。日差しは天頂を越えて少し傾き始めており、郵便局の壁面に設置された電工掲示板を見ると、現在2:28、気温21℃、午後からの降水確率30%、もう昼時は過ぎている。食欲はないが何か胃に収めなければならないような気がして、通りに面した喫茶店へと入っていく。

 木製の古びた扉を開けると、来客に気付いた二人のウエイトレス(品のいい中年女性と大学生くらいの眼鏡をかけた女)が同時にAの方を向いて軽く微笑みながら、いらっしゃいませと言う、いや正しくは、いらっしゃいませと言おうとする。というのも、残念ながらウエイトレスたちのその言葉はうまく発せられず、舌が痺れたようにたどたどしく、断片的な挨拶となってしまうのである。Aは一瞬驚くが、しかしすぐさま自分の中で簡単な理由づけをして、そういうこともあるだろうと考え、眼鏡の女によって誘導されるままに、一番奥の、四人用の席に座る。

 そこはどこか隔絶された空間のように見える。周囲の席には誰もおらず、陽当たりもよくない。入り口付近に集中して座っている客たちの話し声は、うっすらと流れるクラシック系音楽によってかき消され、まるで店の中に自分一人しかいないかのように思えてくる。

 淡黄色のざらついた壁には、夏の渓流を描いた小さめの風景画がかけられていたり、小綺麗なランプが等間隔に生えていたり、クリスマス用の装飾が思い出したかのようにポツンポツンと飾られていたり、全体的にどこか古くさく、必要以上に高い天井でも、空調として茶色のプロペラがゆっくりと回っていて、一種の時代錯誤、店内は昼間なのに、どこか灰暗く感じられる。

 そうやって初めて入った店の内装をざっと確認していると、同じく時代錯誤な格好、まるで戦前に書かれた私小説に出てきそうな格好をした眼鏡のウエイトレスが、水とメニューを持って再び現れる。水滴に包まれたコップをテーブルの上に置き、喫茶店にしては多めのメニューをAの前に並べ、掠れた声で喉を震わし去っていく。おそらく、注文が決まればお呼びください、とでも言いたかったのだろう。どうせ店員が言うようなことは決まっているのだから、はっきり聞き取れなくても支障などない。もちろん、彼らがうまく喋れない理由はよく分からないままだが。風邪でもひいているのだろうか。

 厚さの異なる三冊のメニュー一冊は飲み物、一冊はデザート、一冊は料理をそれぞれ掲載しているを開いて、コーヒー450円は高いな、でもそれくらいしかないよな、などと注文を考えていると、縦にずらずらと列挙された商品名の中に、ミートソーススパゲティ890円という表記を見つけ、手が止まる。自分でもなぜそれに反応したのかは分からない。

 いや、分かる。漠然とだが分かる。この店の雰囲気、この隔絶された座席、このメニューの中のミートソーススパゲティ、前にどこかで見たような気がする。Aはすぐに写真を探す。ページとページの境目に、寄り添うようにしてそれはある。青く縁取りされた陶器の皿、その中央に鎮座する縮小されたスパゲティ。

 頃合いを見計らって、眼鏡の女子大生が再々登場、注文はお決まりでしょうか的呻き声、手には伝票と鉛筆が握られている。ミートソーススパゲティと、それからコーヒー。Aの独り言のような呟きに、しっかりと対応するかしこまりました的掠れ声。素早くメモをとって一礼し、カウンターへと戻っていく。

 女の後ろ姿を眺めながら、私がああいう格好をしたら似合うかしら、という誰かの囁きが聞こえ、ああいう格好って、と尋ねると、ウエイトレスの制服よ、ここの店のは少し地味だけど、どうかしら、足がだぼだぼしていて履き心地が良さそう。Aは、はっとして正面を見るが、もちろん向かい側には誰も座っていない。 

 少し尻を上げ、視点を高くし、店全体を見渡す。入り口付近に客が集中していると言っても、日曜日の昼間だからだろうか、店内にはあまり人がいない。カウンター席で漫画を読んでいる六十歳くらいの禿げた男や、コーヒーとケーキを交互につまんでは何かを睨み付けるような顔をしている化粧の濃い女や、二人だけの会話を早口で楽しんでいる若いカップルなど、多く見積もってもせいぜい五、六人くらいしかいない。

 あの禿げたおじさん、ほら、退屈そうに椅子に座って、腫れ上がった鼻をさらにいっそう膨らませて、肩肘をつきながら、雑誌を読んでるおじさん、あの雑誌はたぶん漫画か何かでしょうけどね、あのジャージのおじさん、きっとここの常連なんだわ、暇だから毎日来てるのよ、きっと、それでね、ウエイトレスの娘に言い寄ってるんだわ、汚い舌を伸び縮みさせながら、大学どこなの、とか、趣味は、とかね、ありふれた質問ばかりして、楽しんでるつもりなのよ、退屈な自分をごまかして、楽しんでるつもりなのよ、本当はもっと有意義なことをしたいのに、何年も馬鹿やってて、方法っていうのを忘れちゃったんだわ、きっとね、その後ろに座ってる女もそう、行き場所がなくてこんな店にふらふらと立ち寄ってる、子供の世話に疲れて、主婦付き合いに疲れて、夫との関係に疲れて、話し相手もいないまま、雰囲気の良さげな店に居座って、価値ある休日をすごそうとしているの、家族は何も言わないわ、言わないからこそ、女はここでケーキを食べてるんでしょうけどね、先がないのよ、現状を言い表す言葉が見つからないのよ、あの顔見て、バッタか何かみたいでしょ、バッタの顔がケーキを食べてるの、おかしな話、あ、ちょっと目が動いたわ、窓際の席で話してるカップルの方を見たみたい、羨ましいのかしらね、それとも人生の先輩面して、心の中で同情してるのかしら、あんたたちも何年かしたら言葉さえ通じなくなるのよって、ふてぶてしく呟いてる、そうだったら面白いと思わない? あのカップル、大学出たばっかりって感じだけど、今を楽しんでる、楽しまなくちゃいけないみたいに、楽しんでる、いつか結婚するのかしら、え、私たち? 分からないわね、というより、どうなのかしら、そんなに長く話は続かないと思うわ

 この記憶。この既視感。そうだ、初めてではない。一度彼女と来たことがある、それも日曜日の、今と同じくらいの時間帯に。覚えている、印象に残っている、彼女が入りたいと言ったのだ、一度入ってみたいとなぜ今まで忘れていたのだろう、なぜ初めてだと思っていたのだろう

 ではそのとき何を注文したのか? 決まっている、あのミートソーススパゲティ890円だ。彼女も同じものを注文したような気がする。そして料理は眼鏡の大学生ではなく、中年女性の方が運んでくるのだ。コーヒーとスパゲティを、二つずつ。

 中年のウエイトレスは中途半端な長さの髪の毛をゴムで短く括っており、鼻は低くそして大きく、眉は断片的に緩やかな弧を描いて顔面に一定の秩序を生み、睫毛に包まれた眼球は皮膚表面に穿たれた薄く小さな隙間から硬く鈍い眼光を覗かせ、そのすぐ傍には老化か何かで生じた自己証明としての皺、街の渓谷のように深く暗い皺が伸び、それは眼球の傍だけでなく頬や額や首元にまで波状し、それらに包まれて膨れ上がる唇には厚く脂っこい口紅が不気味なほど黒く塗りたくられている。大学はどちら? 魚のえらを指で潰し圧迫状態のまま叫ばしたかような、小刻みに震える発声。美大です、油絵の。へえそうなの、大変ねえ。大家としての老婆はすでに誰かが作っておいた原稿を慎重に辿りながら読むように話したため、Aには言葉の先がすぐに予測できてしまい、過剰な恐怖心が取り払われたのと同時に、何の生産性もない会話が延々と続くことを確信させられいや、ちがう、それはちがう。まったく別の描写だ。実際のウエイトレスの顔は縦に長く、目が必要以上に開いていて、半魚人のようである。喋り方は丁寧だが、やはり言葉の体を成していない。

 半魚人みたいだったわね、さっきの人、昔からここで働いてるのかしら、あんなに老けて、いつまでウエイトレスを続ける気なのかしらね、よぼよぼのおばあさんになってもまだ続けてたら、お客が焦っちゃうわ。

 目の前に用意され湯気立ち上るスパゲティは、一昨日彼女と一緒にテンポのいいクイズ番組を見ながら食べたものとているような気がする。ミートソースの色、麺の量、盛り付け方、皿の模様まで、似ているというより瓜二つだ。しかし、そんなことがあるのだろうかAの記憶が間違っているのだろうか。

 彼女がこちらを見ている。肯定も否定も持たない視線。この視線と、Aは一昨日何を食べたのだろう。手作りのスパゲティか、喫茶店のスパゲティか。いやちがう、喫茶店を訪れたのは一昨日ではないし、大体夕食どきではなかったはず。外はまだ明るかった。

 だが、よく見てみると、灰暗い店内に差し込んでくる日光など一筋もない。窓から覗く車道は暗闇に包まれ、自動車のヘッドライトがその中を模範的に走り抜けていく。今、太陽は休止している。

 今って何?

 そういえば、昨日、昨日の夜、自分は何を食べたのだろうか、Aは必死に思い出そうとするが、しかし、まったく心当たりが無い。それに、夕食のことだけではない、携帯電話のことだってあやふやなままだ。昨日、彼女が消えた日、いったい何がどうなっているのか、おかしい、何かがおかしい、思い出すきっかけさえ掴めない、視界にぽっかりと大きな穴が穿たれて、そこに沈んで抜け出せない、漆黒が広がる、声が飲まれていく

 結局みんな簡単なことなのよ、本当に、簡単、どれだけ自分の時間を相手に伝えようとしても、言葉にした瞬間今じゃなくなる、ただそれだけのこと、わかる? 今っていう感覚は、空中に吐き出されて、緩やかに劣化しながら、誰かに受け入れられる夢を見る、白昼夢ね、そう、白昼夢、言葉っていうものはそういうものなのよ、きっと、誰にも伝わらないものなんだわ、あなたが自分の置かれた状況を嘆くのも分かる、だって小説なんて、単なる言葉の塊でしかないんですもの、今が分からなくなるのも当然、人に伝わるわけないのよ、目的なんて果たせられるわけ、ないのよ。

 Aは足場を確かめるように凝視を繰り返す。いや、繰り返される。茶色い光沢のある床の一角に置かれた旧型の加湿器の隣に置かれた観葉植物の背丈は一メートル七十センチほどでまさに一般成人男性並みであり一本の太い芯に大きな葉が何重にも絡まっている独特の形状を最初に作り上げたのはどこの誰なのかというどうでもいい疑問に答える葉の表面の埃は人為的に降らせたかのように均一になっていて触れれば指の先端に埃の塊ができるという数時間前の回想なのかもしれない想像を強制されるのだがそんな理解不能な植物を支える白い植木鉢はプラスチックで出来ているらしくまるで外から直接運んできたかのような汚さつまり少し泥がついていてその泥を産み出した張本人であろう植木鉢の中の土の中に混ざり合った小石と静かに眠る水分を含んだ腐葉土の集まりと同じ色をした壁の額縁に囲まれた絵画の大きさは退廃的な生活に憧れながらもリストカットすら満足にできない願望ばかりの高校生が学校という彼にとってあまりにも下らない組織形態から抜け出し行く宛もなく道を走り続けるための道具としての自転車のがたついた前かごに入れられた黒いバックに入れられたまったくもって意味のないノートの大きさに等しく四隅の尖り具合もほとんど同じで何故か偶然の一致に喜ばされるわけだが実際にその額縁に囲まれて生活しているおそらく油絵であろうその絵画は夏の渓流を表現しているらしく左右にそびえる巨大な崖やそこから生える湾曲した樹木や苔や野鳥たちや空を覆う化学物質のような青空が荒々しく描きこまれ絵の具の凹凸が肉眼で確認できるほどでとりわけ絵の主題である川の凄みは流れに逆らって必死に泳いでいるたくましい魚類たちを完全に消し去ってしまうくらい迫力あるタッチで表現されているため魚はどこへいったんだろうもしかして海の方まで流されていってしまったのだろうかと思って海まで歩いてみればそこでは太陽が天井に張り付いていてまったくの無価値でしかなくどこからともなく風の音が聞こえてきて鼻に塩の結晶がこびりつき指で擦るが取れるわけもなく防波堤に座って呆けている釣人にここはどこですか魚はどこへ行ったんですかと聞けば竿を海面から引き上げて先に引っ掛かった誰かの嫌悪感をこちらに見せてこれが魚というものかねなんて馬鹿なことを言うもんだから手に持っていたオレンジジュースの空き缶を釣人の頭部めがけて投げつけてみれば必要以上に遠くへ飛んで川岸の雑草の氾濫のなかの朽ち果てたベンチの上に置いてある硬く冷たい色鉛筆の箱に当たって瞬間的に爆発し拡散しその衝撃的な音を聞いてあわてふためいた大学の同級生が俺も魚食いてえなあ塩焼きにしたら旨いだろうなあ今度みかけたら教えてくれよと下らない戯れ言をべらべらと口にするのでまたオレンジジュースの缶を投げつけようとするのだけれどそこで同級生がとぼけた表情でそれどこで拾ったんだって聞いてきたからすぐに答えてやろうと思うけれど何故か思い出せないわけでたしか海だったような気がするでもなんで海なんか行ったんだろう理由があったんだろうかと考えればまた魚のことを思い出してというより確認してそうだ魚が行きたいって言ったんだった魚がどうしても海に行きたいって言ったんだった車で朝早く出掛けて人のいない街を走って色素の抜けた空を走って呼吸を交互に混じらせながら単調な波の生き死にを見て魚は海に帰ろうとするけれどそこは違う帰るべきは川だ緩むことのない川なんだと叫ぼうとするがしかし言葉にならず咽喉の表面を震わすだけで何も起きず自分以外の存在にはまったく影響も与えず大いなる自己満足が足先を砕き太ももを殴り腹を焼いて胸を転がし顎を溶かして唇を酸化させ眼球を肥大化し脳を愛撫し続けるこの終わらない循環あらがえない循環ささくれた体温は跳ねるように歩いていく茶髪少女の数十年後の見るも無惨な白骨死体を山に埋めにいく作業の利点を見い出すことに失敗して虫たちのざわめきの中を闊歩したい物質対物質的な関係を欲求したい欲望したい欲情したいという大学の同級生の呟きをまたもや無視して沈黙する聴覚和解する性的衝動シュルレアリスム堕胎手術充電式交通事故無差別鑑定高級欄干橋梁の上に設置せよって魚は言うけれどそれはどっからどう見ても魚ではなく人間の形をした人間女の形をした女彼女の形をした彼女なのでありいくら無邪気に言葉を並べたとしても結局小説の構造とも言うべき目的つまりどこにでもいるような大学生の男が一昨日まで同居していた女の行方を探して街を放浪するという小説のストーリーに帰結せざるをえずAと名付けられた主人公はまた空間のない世界の端で見つかるはずのない彼女の肉体を求め始めるのよそう決まってるのどうしようもないのよだってこれは小説なんですもの小説として書かれた文章なんですものこれを見てごらんなさいよ。

 彼女はそう言って壁際に置いてある調味料や紙ナプキンの集団から、一際目立つ細長い瓶をつまみ上げる。その側面には次のような言葉が書かれている。

 

 

 

 

          MADE IN U.S.A.

          Mc.ILHENNY CO.

             AVERY ISLAND

                       LA.

         TABASCO

             BRAND

          PEPPER SAUCE

MADE OF VINEGAR  57ml  RED PEPPER AND SALT

 
 


 

ほら、あなたが十三もいる。

 

 



    12

 

 

 視覚される事変、どこからともなく訪れ鋭い動きでこちらを暴く、安心としての知の渇望、際限のない語弊の燃焼、成り損ないの芸術家、としての我々、黒鉛で記された航空地図の中に太陽と月と溝鼠を見い出し、平和協定を結んだ電柱の生存能力に驚かされるばかり。

 首のない太陽の立脚、暴発する血液の消耗、その力によって表面化された物質のまぐわいは、いまや厳密な並列関係に置かれ、がたついた抽象概念、自分以上に自分であるという光の錯覚を擁護し、微小な差異は忘れ去られ、徹底した既視感の増殖、というより絶対的支配を呼び込んでいる。

 地上を貫いていた直線の腐敗は予想以上に言葉というものを痛め付ける。今、この瞬間に生じた言語は現在という概念すら現すことができない。加害者と被害者の見分けがつかなくなった意思伝達は欠陥でしかないだろう。一風変わった呻き声である。

 呼吸によって冷却された街には、根元の掴めぬ重いざわめきが黄砂のように広がり、それは昨日までいたあの部屋の蒲団の中ではどうやっても直面しようのない驚異的な変調であり、地面を覆う淡白なアスファルトの表面、そこに描かれた白文字の直角、つながり、断面を際立たせ、鋭く天上へ伸びた街灯、役割を一時的に失っている街灯を破壊し、様々な大きさに造られたオフィスビルの壁面が持つ固有の特徴それは確実に、絶対的に存在していたはずの明確な差異、つまりは材質や歴史や目的や場所や印象や未来などが巧みに融合した高速回転する球を平均化し、画一化し、まるで自然が長い時間、人間各個人の価値観と比較することすら困難なほどの長い時間をかけて生物的本能より導きだした完璧な法則に従属し、産み出されたかのような無為な表象を押し付け、味気ない集団的物質へと堕落させてしまい、その結果、無限に続く道路の先は茫漠とした灰色の霧の中に埋もれ、人々の行く末、終着点を見失わせてしまう。その証拠に、狭い歩道を窮屈そうに行き交う男女の顔は乾き、がさつき、疲れきり、自分でも知らない場所へ自分の力によって運ばれる現状を嘆いていおり、一つ一つをよく見てみると、今にも叫びだしそうな表情を、目、鼻、口、頬、額、それぞれの表面に、仮面のように張り付かせているのである。例えばそこを歩いている若い男に着目してみると、目は落ちくぼみ、鼻は固まり、頬は凍り、唇は青黒く、どう考えても本当の顔には見えず、あえて言うならば腐ったプラスチックでできた何か、おぼつかない足取りで廃墟の中を進み、呪いの中を進み、ひとつのありふれた決着を得るため、肉体を燃やし続けている何かでしかなく、今マンションから出てきた女も同じであろう、非生物的な仮面の上に、ぱさついた化粧を塗り重ねているその頭部、男を誘惑するためか、ちがう、自己を美しくするためか、ちがう、答えは視線である、嫌悪感に包まれた鋭い視線である、そしてそれは仮定なのだ、仮定のために人々は物事をこなしている、処理している、恐れているのだ、恐れているからこそ、仮面を被っているのだ。

 いや、ちがう、仮面ではない、仮面であるはずがない、数十もの顔を眺めている内にAは自分の安直さに気付く、というのも一般的に仮面は真意を隠すために用いられる道具であり、決してそれだけで成り立つものではなく、もし人々の顔面を形成している物体を仮面と言うならば、その下に重要な正体や本心が隠されていなければならないわけだが、しかし、よく見ればそこには何もないのである、空間すら、存在していないのである、仮面に見えた表情は、第三者が作り出したそれ本来の形、真実、つまり人々は語っていない、意図していない、悩んでいない、街を闊歩している細長な二足歩行たちは、単なる物質でしか、巨大な規則の下でぎこちなく動く即席の人形でしかないのだ。

 ほら、そこのバス停に立っている初老の男、彼もまた規則に屈した弱者の一人であろう。彼のたどたどしい呼吸音を聞けばすぐに分かる。役割で言えば浮浪者かなにか。バスは永遠に来ない、来るはずもない。バスを待っている行為そのものが彼の存在意義なのだから。バスが来ないからこそ、彼はバス停に立っている初老の男たりうるのだ、Aの目の前で。しかしそんな彼も次の瞬間、破裂して霧散し跡形もなく消滅する、ただそれだけ、それだけが彼である。

 Aは自らの内部より放出される腐った規則を傍観し、なぜこんなものが生じるのか、なぜ人々は名前を持たないのかという自惚れた、幼稚な自問自答を愛で、形式だけの客観性を求め、個々の物体が個々の自意識を抱く世界を求め、にもかかわらず言語的な不具合に死刑宣告を下し、自分しかいない孤独を嘆く、閉ざされた道を進み、扉のない壁にすがり、拒絶された現実を燃やす。

 今ならどんな犯罪も許されるだろう数万人を銃乱射で虐殺したり、無知な少女を強姦したり、記憶をなくした老婆を叩き潰したり、未だに彼女を欲したり、そんな卑劣な犯罪も、条件付きで許されるだろう誰もAを罰することはできない誰もAをAだと捉えることはできない世界は変化することがないそして、その条件とは、つまり、Aの盛大なる自害なのだ。

 道端で静止している何か、人なのかもしれない何かは、Aの歩行に従って肉体を変化させ、安楽的自意識を包み、矮小な高揚を巡回し、転化、圧縮、引き伸ばし、情緒的な課題のための必要条件をこなしていき、原形は失われ、境界線が見極められ、数百もの破綻回転処理を行い、少しずつ、少しずつ、放出すべき名前を獲得し、潰れたその皮膚から、後天的情報がじんわりと滲み出て、Aが『ふと道端を見てみると』と考えるふりをすると、完璧すぎる計算式が働いて、『そこには人目を気にせず立小便をする腰の曲がった老人がいた』という展開が現れ、さらには『痴呆を患って自分が何であるかわからなくなってしまったのだろうか、それとも若いころから恥知らずな性格だったのだろうか』などとありもしない描写、想像が煌めき、もはや先は見えてしまった、自らの末路が見えてしまった。

ひとつの登場人物として架空の街に囚われるAは、知覚される身体の連動、つまり筋肉や骨や細胞や電気信号などの美しい作業手順を事細かに分析しては軽やかに捨て去り、風にさらされる体温を忘れ、指先を苦しめるどうしようもない痺れを殺し、ざわめきは背景となって照り光り、気付いたときには落ちている。固定概念によって用意された新たな順序の整合性、その接続は容易、いかにも簡単なこととして解決は為されていく。

 起承転結、序破急の定理、数多くの思考が世界を享受する。きっと許されるだろう、きっと、たとえそれが逃避だったとしても。

 それゆえAが、駅の改札口を大股で過ぎていく粗っぽい長身の男を見掛けても、なんらおかしいことはないだろう。当然なのだ。記憶がそれを容認する。男が無賃乗車の常習犯であるとか、そんなことはどうでもいい。男が何歳であるとか、その先どうなっていくのかとか、そんなことはどうでもいい。必要なのは語呂合わせだ。適度なテンポで刻まれる、適度なレベルの語呂合わせなのだ。

 風景は塗りつぶされようとしている。ここにあるのは『駅』という状況だけ。Aは数えきれぬほどの駅の中で、数えきれぬほどの時刻を歩く、Aに反抗は許されない、先程も言ったが選択には責任が伴うものであり、それも当然なのだろう。

 定年退職直前の黄色い電車がするすると、ホームに滑り込んでは扉を開く。Aが乗車するのは当然で、まったくもって当然で、そこにあまり人がいないのも当然で、電車のごわごわした座席の隅に固まった、でも触ってみると粘っこいガムの残骸が張り付けてあったりするのも当然で、目線を少し上げると向かい側の荷物置きで四つ折りにした新聞一部が眠っていたりするのも当然で、もう、何も起こらない。

 電車が段差を乗り越える。がたんがたんと音がする。窓の描写が逃げていく。レールは喉が乾いたようだ。車輪が恋人を求めている。人はいない。誰もいない。

 Aは立ち上がり、眠っている新聞一部を手に取り、座席に戻って眠っている新聞一部を開く。日付は記載されていない。見出しなんてありはしない。今日が十一月であることはない。経済不況が問題視されることはない。交通事故なんて起こらないし、強盗殺人なんて起こらないし、政治家汚職なんて起こらないし、テロ活動なんて起こらない。新聞の名前は新聞でしかないし、記事ごとの枠組みも設けられていない。ページ数も分からないし、これが紙であることさえ曖昧で、電車の揺れは曖昧なまま、進み続ける電車の進行。

 せねばならぬこと、つまり、確固たる必然性をもって、Aは新聞を眺め、そこに印刷された文字列を眺め、眺めるというより凝視し、自分の名前と彼女の名前を探すが、探すという行為自体前衛的で、文字は個々に独立し、個々の世界を獲得し、一体感を失って、いったい何の記号なのか、いったい何の文字なのか、氾濫に次ぐ氾濫が、Aという存在を噛み砕き、そして溢れる彼ら。 

 

 際立った模範の中で見慣れた災いが光り、科白から出た幻視の芳香が麗しくも途絶える末端の瞬間、建築途中の眼球の前に用意された二律背反的憤慨の忌々しさが過呼吸に溶け込んで愛想となり、凝視する美意識によって諷刺される口下手な比喩表現、残忍主義、弁護しようのない桃源郷、枯れた辻褄は隠居した配置にすべてを委ね、落胆の内に構造へ帰り、真空に取り残されるは餌を欲する縮んだ言葉のみ、ただ唯一の、言葉たち、打開せよ、崇めよ、託せ、極めろ、夜行列車の進行を妨げる砂の現れを威嚇する澱みとしての後悔に対して厳粛でなければならないと思っていればいいのではなく必要なのは外部からの水流なのだ、豪雨としての

 

 さらには溢れるという言葉さえも見捨ててしまった彼ら。

 

 残響即位との区も偉大扶助からにと吠えい家運沿い序求めてしなくて座ら銅鑼して谷乗るか咲かしのすらば気味や引くならと荷くくれ簿くらり津の御悪蛹のみもな似ぬ声猿と荷のは求め触れ蛇の食おう葵区な似ぬ蹴るで鈍時に倉日でも荷に荷に荷求ふでる手倉篠は啼くな食うでも来る背筋は蔵す宅おらす簿連れ浮くもうしないのは蔵日の支店にもの幡羅すは籾のに抱くれ日案もぐら手市のみに出に隠れたの区々の求得たの藻ぬ儒求熊雄も差すらる手ら夢青も来る都にすればよく見んでも指すれが区もたちつて藻な刷らば二問でも河豚手呼ぶ夢の武佐も差に怺磨ればのに國剃ろ伝もいやのでも野谷の今の家触れたのみ人が切る手も忍んでも蔵すら下手か否か

 

 いまやAは、言語という道具のひとつとして捉えられ、分裂し、錯乱し、領域自体が瓦解して、自分は自分でなくなり、AはAというアルファベットの最初の一文字となり、それどころか、ついには文字ですらもなくなり、紙に垂れた黒いインクの染みとなり、汚れとなり、意味の見い出しようもなく、これまで書かれた事象すべてが抹殺され、灰となり、腐り果てて、消え失せろ消え失せろ消え失せろ、消え失せろ、消え失せろ。

 

 

 

    13

 

 

 荒野しかない。

 

 

 肉片しかない。

 

 

 歴とした決裂。

 

 

 自分が自分でしかないという現実の表象。

 

 

 それは願望への埋没でもある。

 

 

 どうしようもない。

 

 

 




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